「南っ!!」



身体中に走る痛み、夢から覚めたように呆ける意識…それらを堪えるようにして開け放たれた扉を振り返ると…そこには長く見ていなかったクラスメイトの姿があった。
もともと細身のくせに、痩せてもっと細くなっていた。病的な痩せ方だった。


「南、おまえっ無事か!?怪我とか、してないか!?」


オレと南の間に立ち塞がる骸。駆け寄れなくて、大声を張り上げる。
ところが、遠目にも分かるほど、南の手には痛々しく包帯が巻かれていた。
こちらを見やる瞳は暗がりに陰っていて光がなかった。寒そうな薄っぺらいワンピース一枚の姿が、儚く怪しい印象を持たせる。

幽霊のようだった。


「…っ骸、おまえ…!あいつにまでマインドコントロールを…!」

「ええ、掛けましたよ」

「!!…南が何したって言うんだよ!南は…南はただの女の子なんだぞ!!」

「ツナ、ちげぇぞ」

「え…」


「羽無は、マインドコントロールをされてねぇ」


リボーンが小さく呟く。骸は、おや、と笑った。なぜか、それは嘘の笑みだと分かった。


「なぜ、そんなことを?」

「操り人形にして刺客にしたんなら、真っ先にツナの元へ向かわせるだろ。おまえが出てくる必要もないはずだ」

「…たしかに…」

「………いいえ。彼女はあくまでも人質。この場に縫い止めるだけで、君たちにとっては驚異でしょう?
ボンゴレに根っこから関与している、この娘なら」


忌々しげに吐き捨てる骸の元へ、よたよたと歩いていく南。
駄目だ!!と叫んでも、いまのあいつには届いていない。

骸の制服の裾を摘まんで、僅かに口を開く。その唇からは微かな音さえ洩れてこない。
骸は、そうですか、と一言、小さく呟いて、目を細めた。


「やっぱりおめーの狙いは羽無の立場か」

「えぇ、そうですよ。それ以外に何があると言うんです、こんな戦えもしない小娘。一般人としてぬくぬく育ったこの少女になど、他に利用価値なんてないでしょう」

「…っおまえ…!」

「手元に置いておくだけで、どのマフィアも僕には手出し出来なくなる。あの大マフィアボンゴレの愛娘とあらば簡単には手出し出来まい」


皮肉気に笑いながら言う骸を睨み付けた。
骸は、ぞんざいな言葉遣いをするけど、南はそんなあいつからずっと離れない。すがるように、骸の裾を掴んだままだ。
マインドコントロールでそうさせてると言うのなら、あまりに悪趣味だ。やっぱり、何か不自然に感じる。


「ほら、忘れていませんか?今は戦闘中だということを。おしゃべりはここまでです」


南が、ふらりと骸から離れる。さっきまで骸が座っていたソファーに、人形のようにぽつりと鎮座した。
六を初めとし、四、一と変化した奴の赤い右目に刻まれた漢数字が今度は三に変化する。
黒い影のようなものが、泥が落ちたような音を立てて着地する。ずるずると気味悪い摩擦音を響かせながら這い寄ってくるのは、いくつもの蛇だった。


「ひいぃ!きたぁ!!あ…
こ、これも幻覚なんじゃ!」

「正真正銘の毒蛇ですよ、なんなら咬まれてみますか」

「そ、そんな!!」

「第三の道、畜生道の能力は…人を死に至らしめる生物の召喚。
さぁ、生徒の命の危機ですよ。いいんですか、先生?」

「ひいい!!やめて!助けて!!」


迫り来る蛇の大群に万策尽きたオレは、涙目で悲鳴をあげる。
大口を開けて威嚇しながら迫ってくる蛇たち、鋭く長い牙。咬まれたら痛いだろうな、いやだ、痛いのもこんなとこで死ぬのも嫌だ…!
ちっとも焦った様子でないリボーンが、にやりと口角を上げて言い放つ。


「あんまり図にのんなよ骸。オレは超一流の家庭教師だぞ」


突如、飛来物が空気を裂いて真っ直ぐ骸へ飛んでいく。
手にしていた三叉槍で弾き飛ばされたそれを目で追い掛けると、唯一無二の人物を連想する武器だった。

「トンファー!?」

「10代目…!伏せてください!」

「え!?」


瞬間、身の周囲で爆発が起こる。頭を抱えるようにして縮こまりながら、思わず声をあげた。
もうもうと煙る爆煙の隙間から入り口の方を覗き見れば、肩を組んで支え合いながらヒバリさんと獄寺君がそこに立っていた。
ふたりとも結構怪我をしているようだったけど、案外元気そうだ。状況も相俟って涙目になってしまった。

まぁ、それもヒバリさんが「借りは返したよ」の言葉と同時に獄寺君を捨てるように手を離したことであっさり引っ込んでしまったけど。


「わかったか骸。オレはツナだけを育ててるわけじゃねーんだぞ」

「これはこれは外野がゾロゾロと…千種は何をしているんですかねぇ…」

「へへ、メガネヤローならアニマルヤローと下の階で仲良くのびてるぜ」

「…なるほど」

「すごいよ獄寺君!か…体は大丈夫なの!!?」

「ええ…大丈夫っス…つーか、あの…オレが倒したんじゃねーんスけど…」


がっくり肩を落とす獄寺君。あぁ、じゃあヒバリさんが…。
体は大丈夫、と言い張る獄寺君だけど、血が足りないのか少しぐったりしていて、座り込んで壁に寄り掛かったまま動けないようだった。

ふらふら覚束無い足取りでトンファーを拾いに行くヒバリさん。
彼が見上げた先には、一段高い場所にあるソファーに座る南の姿。俯いていて、顔を上げようとしない。


「……ねぇ、」

「…………」

「いつまで其処にいる気?」


ヒバリさんが語りかけても、南は答えない。頑なに口を開かない。
ねぇ、ともう一度繰り返したけれど、南が顔を上げることはなかった。

「ヒバリさん、あの、南はいま骸にマインドコントロール…操られてて、通じないんです」

「何言ってるの」

「え…?」

「操られてなんかないよ。自分の意思で僕を無視してるんだ」

「……、」

「スケブに言葉を書いてて、詰まったときと同じ顔してる」


そう言って、また南を振り仰ぐヒバリさん。ぴくりと一瞬反応を示した南は、おずおずと顔を上げた。
真っ暗だった瞳に、戸惑いの光が射している。ぎゅう、とワンピースの裾を握りしめた。



「もう、声がでないそうです」



不意に響く骸の声。
それは、さっきまでの話し方と一変して、無機質な、感情を感じさせない声色だった。
全員が骸を振り返り、次の言葉を待って耳を済ませる。



「話したくても、話せないんですよ。いまの彼女は」

「…いまの?」

「僕には、ひとつ確実に彼女の声を取り戻す術があります。君たちには到底できない、ね」

「……何が言いたいの」

「羽無は君たちに返しません。僕の大切な人だ…傷つけさせやしない」



刹那、肺を圧迫されるような殺気に襲われる。座り込んだままなのに、身体中の震えが止まらない。
骸の目付きが変わる。さっきまでの好青年な風貌はどこへやら、偽ることもせず怒り、憎悪を感じさせるように奴の異色虹彩が煌めいた。



「君たちがそばにいては駄目だ、彼女を傷付けるばかりで…許さない」

「どっどういうことだよ骸!!」

「今更説明し直す必要がありますか?マインドコントロールなんてかけていませんよ、そう見えるほどに彼女の精神は今壊れかかっている!!」

「なら、おめーは始めっから羽無を利用する気なんて…」

「無いに決まってるでしょう?君たちが勝手に勘違いしてくれたので良い方向に話が進むよう乗ってあげただけですよ。
えぇ、勿論羽無の立ち位置だって知っていました、ですが利用する気など更々ありませんでしたよ。羽無は、僕のそばにいてくれるだけでいい。それに価値があるんですマフィア風情の価値観と一緒にしないでください!」


声を荒げる骸。それはもう、本当に、怒りと憎しみに染まった瞳をしていて、羽無は、羽無はと繰り返す唇が僅かに震えていた。


「まずは君から片付けましょうか、雲雀恭弥。君が一番──彼女を傷付ける原因になる。目障りだ」



素早く三叉槍を構えて駆け出す骸、無言でトンファーを構え、対応するように飛び込んでいくヒバリさん。
二人の激闘、鳴り響く金属音。両者とも戦いを楽しむというより、感情をぶつけるように戦う骸に対してそれを受け流すようにトンファーを振るうヒバリさん。無表情だった。

早すぎて残像すらあまり見えない戦いに目を見張りながら、ちらと横目で南を見やれば、


目に涙を溜めながら、じっと戦いの光景を見つめていた。
震える手に、もう片方の手を重ね爪を立てながら。





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