爆発音に続いて、瓦礫の崩れる音ががらがらと鳴り響く。 殺気の方向とヨーヨー特有の摩擦音を頼りに身体を転がすと、さっきまで自分が横たわっていた場所一列に毒針が突き刺さる。 「ヘッタクソが!」 転がった勢いで立ち上がり、走り出すと、斜め後ろから追ってくる気配にオレは口角を上げた。奴が出てくる窓枠に仕掛けたダイナマイトが火を噴く。 爆発を避けきれぬまま正面に躍り出てきたメガネヤローに両手一杯のダイナマイトを投げ付けた。 「2倍ボム!!」 奴の頭上までボムが到達する前に、真っ直ぐ伸びてきたヨーヨーの糸が導火線をちぎっていく。 予想通りだ。オレの手を離れたばかりで未遂のまま足元に落ちていくダイナマイトの向こう、本元のダイナマイトの導火線がちょうどいいくらいにじりじりと焦げている。 「前回やられたのがよほど脳裏に焼き付いてるらしいな、素早すぎる反応だ。 おかげで足元がお留守だぜ」 「!!」 「障害物のある地形でこそオレの武器は生きる。ここで待ち伏せた時点でお前の負けだ」 爆発に爆発の威力が重なって大きな炎と黒煙が上がる。コンクリート製の壁や床がぼろぼろと端から崩れていく。 陽炎のように焔の中揺らめく人影が映り、オレはもう一束ダイナマイトを手にした。 「おっと、しぶてーんだったな…こいつで果てな ……がっ!!」 突如胸元に走る激痛。ランチア戦の時に襲ったものと同じだ。アネキが言ってたやつはこれか…! 手が震え、着火前のボムを取り落とす。冷や汗が吹き出してきて、足元も覚束無い。ふらふらと支えを探して、壁に背をつく。 大きく息をついた、瞬間だった。派手に真横の硝子が割れて、何かが飛び出てくる。 「スキアリびょん」 抉るように突き刺さるそれに、漸く理解した。 獣のように鋭利な爪を持った、人の手だった。 痛みが血になって溢れるようだった。視界がチカチカしてきて、意識が朦朧とする。無意識に朱が溢れて止まらないそこへ手を持っていき服を握り締めるけど、勿論痛みが引くわけではなかった。 「無事だったの?」 「死むかと思ったけどね。 ヒャハハハ!ザマーみろバーカ」 姉貴に岩を落とされて打ったであろう額脇に滲む血を気にするように一瞬押さえて、すぐこちらを向くアニマルヤロー。相変わらずムカつく口ぶりだ。 反論している余裕もなく、しっかりと立てるわけでもなく、よたよたとバランスを崩す身体に嫌な予感。ずるりと、左足が段差で滑った。 身体を覆うようなカーテンに咄嗟に掴まるも、オレの体重を支えきれるはずもなく、あっさり引きちぎれて背中から階段を滑り落ちた。 ただでさえ血が足りないのに今ので頭を打ったせいで更に意識が朦朧とする。一瞬目の前が真っ暗になった。「ぶっざまー♪」とバカにするアニマルヤローの声がする。 大丈夫だと言って、その背中を見送った。 なのに、こうも体が動かない。情けない話だ、オレはまだ、10代目の何の役にも立てていない。 右腕なのに。一番の部下としてお仕えしたいのに、自分はまだまだなところばっかりで。 ふと、南を思い浮かべた。 あいつは、イマイチマフィアの事とか理解してなくて、冗談半分に聞いていたようだったけど。 10代目の良さを知ってて、たまに語り合える仲だった。 この間、なにもないところで転んだら「自分もよくあるから」と言って笑いながら手を差し伸べてくれただとか。 風紀の仕事があって、10代目がわざわざ遊びに誘ってくださったのを断ってしまったときも、「仕事頑張れよ」と逆に励ましてくれただとか。 あいつ、小さなところを、たくさん見てるんだ。オレがつい熱くなって10代目について語っても、ニコニコ微笑ってちゃんと聞いてくれる。 そんなあいつが、今のオレを見たら、笑うんだろうか。 いや、きっと大丈夫だとか、獄寺くんはいつも一生懸命だとか、情けなくないだとか、そうやって励ましてくれるんだろう。 何処からか飛んできた、あのヘンタイヤローの鳥が瓦礫の小窓に留まって、調子っぱずれな声で「ヤラレタ」と繰り返す。 くそ、鳥にまで笑われるなんて。尚更動かない身体が恨めしい。 「ミードーリータナービクー、ナーミーモーリーノー」 「………!?」 「ダーイナークーショウーナクー、ナーミーガーイイー」 「………へへ…」 何処か音痴な歌が聞こえてきて、思わず笑みがこぼれた。 嗚呼、そうか。お前、そこに。 震える手を無理矢理動かして、ダイナマイトを一本取り出し、ライターで着火する。 「っひゃー、こいつまだ闘う気かよー」 投げるというより、力尽きてぱたりと倒れた手からボムがこぼれ落ちたようだった。でも十分だった。 薄い壁に当たって、動きを止めたボムが、オレの頭上で爆炎を上げる。 「っひゃー!どこうってんのー?」 「…!」 「へへっ… うちのダッセー校歌に愛着持ってんのは……おめーぐらいだぜ……」 がらがら、がらがら。崩れる瓦礫の向こうに、アニマルヤローとは違う獣≠フ気配。それは、殺気とも怒気ともつかない、野生の狂気。 認めたくはねぇが、多分うちで一番最強の男。その気迫も、瞳の煌めきも、失われてはいなかった。 「んあ?こいつ……」 「………並盛中学風紀委員長… 雲雀恭弥───」 「元気そーじゃねーか」 「ヒャハハハハ!!もしかしてこの死に損ないが助っ人かーっ!?」 「自分で出れたけどまぁいいや」 「へへっ」 「そこの2匹は、僕にくれるの?」 *** あっという間だった。 オレと同じくらいふらふらで、今まで見たこともないくらい怪我だらけのそいつは、あっさりと二人の刺客を撃退してしまった。 いつの間に手懐けたのか、当たり前のように肩にとまる小鳥を一瞥してから、オレを見下ろした。 「いつまで寝てる気だい」 「…っるせー…こちとら動きたくても…動かねんだよ…」 すると乱暴に引き起こされた。痛みも、ぼやけた意識じゃあまり感じなくなってきていた。 はた、と思い出して、動かない身体を無理に動かしてポケットから小さな袋と壊れたケータイを取り出した。 「ほらよ」 「…なにこれ」 「サクラクラ病の処方箋だ、シャマルから預かってきた。飲んどけ」 「………」 ケータイを受け取って、暫く見つめてからポケットにしまいこむ。オレの手元に残った小さな紙袋を見て、僅かに眉根を寄せた。 説明してやれば無言で受け取り、中身だけ取り出して外袋をオレに押し付ける。捨てていく訳にもいかず、またポケットにしまい込んだ。水などないので、桜のような桃色の錠剤を3粒、そのまま纏めて喉に放り込む雲雀。 頬についた血を擦るが、固まっているらしくあまり落ちなかった。薬を飲み込んでほぅと息をつく雲雀が、またオレに向き直る。 「……君も行くの?」 「当たり前だろーが」 「動けないのに?」 「……意地張ってっけどお前も似たようなもんだろ」 「………借りは返す主義なんだ。今回だけだよ」 壁伝いに立ち上がるオレの肩に腕を回し、支えになる。 オレも雲雀の肩に腕を回して、支え支えられの状態になりながら足を進め始めた。 「……お前、南がここにいるって、知ってたのか?」 「………」 無視。…だけど、不機嫌そうに顔をしかめたあと、目をそらす仕草で分かった。知らなかったんだ。 あいつ、案外いろんなとこでやらかしてんなー。自分とは違う、大勢の他者に心配されるあいつに、少しだけ羨ましくなったことは秘密だ。 「………なにも、」 「あ?」 「…なにも、言わないんだ。だから、僕はなにもしらなかった」 「………」 「……なにも言わなかったのは、僕も、同じだったけど」 ほんの一瞬、回された腕が震えた。 いつも通りの声なのに、どことなくこいつらしくなかった。 だから、オレもオレらしくないことを、いつの間にか口走っていた。 「伝えたいことは、声に出さなきゃ伝わんないんだと」 「……、」 「あいつが、言ってたぜ」 「知った風なこと言わないでくれる」と呟く雲雀の声が、なんだか拗ねた子供のようで。 思わず笑ったら、左脛を蹴飛ばされた。このやろう。 [prev] [next] back ×
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