「ここもだわ…

階段が壊されてる」


オレたちは今、黒曜ヘルシーランドの中にいる。
骸を探して歩き回るけど、どこもかしこも階段が不自然に壊れていて、骸本人も見当たらない。


「骸はたぶん上の階だな。どこかにひとつだけ生きてる階段があるはずだぞ」

「え?どーいうこと?」

「こちらの移動ルートを絞った方が守りやすいだろ?
逆に言えば自分の退路を絶ったんだ、勝つ気マンマンってことだな」


嫌な汗が吹き出してくる。ただでさえ不気味でお化け屋敷みたいなのに、いつどこから敵が来るかわかんないし、骸強そうだし…!
獄寺君が不意に、何かを拾い上げる。黒い携帯が落ちていた。所々破損していて、液晶も割れている。壊れてるみたいだ。

「もしかしてヒバリさんのかも…
ヒバリさん…ケータイの着うたうちの校歌なんだよね」

「なぁ!?ダッセー!!」

一応壊れていても届けた方がいい、ということになって、獄寺君はポケットに無造作にそれをしまった。
またヘルシーランド内を彷徨く。広いのに、なかなか壊れてない階段がない。

何処か事務室のような部屋の扉を開く。扉自体もボロボロで、今にも外れてしまいそうだ。
中を覗くと、非常用のハシゴがかかっていた。やっとあった、これで上の階に…

ふと感じた人の気配。
ヨーヨーを手で遊ぶ音をさせながら、物陰からメガネのヨーヨー使いが姿を現す。

「でた!ヨーヨー使い!

…っ!煙幕…?」

「ここはオレにまかせて先にいってください」

「獄寺君!」

「ハヤト聞いて!あなたは前やられた時、シャマルのトライデント・モスキートで命を取り止めたの」

「なっ…よりによってあいつに…!!」

「かけられた病気が完成するまでには副作用がおこるの、また激痛をともなう発作が襲うわ…それでもやる気?」

「あたりめーだ。そのためにオレはいる」


けっして万全の体調ではない獄寺君。一気に不安が膨れ上がる。
先を急ごうと声をかけるビアンキに、それを隠せずにいると獄寺くんが明るく言った。

「いってください!10代目は骸を!」

「そりゃそーだけど…!」

「終わったらまたみんなで遊びにいきましょう!」

「!…っそ、そーだよね…いけるよね」

「もちっス!…そんときは、南のやつも連れてきましょう!」

「うん!わかった、いくね!」

場を獄寺君に預けて、オレは煙幕の中ハシゴに向かって走り出す。
こんなとこでバラバラになりたくない。誰一人欠けることなく、並盛に帰るんだ。



***



「2階のボウリング場にはいないみたいだね」



「3階は映画館だったんだ…」



一通り探して、たどり着いた3階は、より暗がりが深くて怖かった。
恐る恐る劇場の扉を開く。スクリーンの前に、ソファーがひとつ。見覚えのある人が座っていた。


「ああ!!君は!!
もしかしてここに捕まってんの!?あ、あの人はさっき森で会った黒曜生の人質なんだよ」


顔見知りの存在にほっとしながら近寄ろうとする。


「ゆっくりしていってください。君とは永い付き合いになる…

ボンゴレ10代目」

「え?なんでオレがボンゴレって…?」

「ちがうわツナ!こいつ…!」


「そう、僕が本物の六道骸です」


「な…はぁ───!!?」


どことなく不気味で不思議な人だとは思ってたけど!!

驚きのあまり叫ぶオレの後ろから、扉の閉まる音がして、反射的に振り返れば、後ろ手にオレたちが入ってきた扉を閉めて立つフゥ太の姿。
良かった、たくさん探したのに見付からなかったから心配してたんだ。どこも怪我とかしてなさそうだし…あとは、南さえみつかればいいんだけど…

駆け寄ったオレとビアンキ。返事をするでもなければ、安心して泣くわけでもない。
直立不動で様子のおかしいフゥ太に、近寄り手を伸ばしたビアンキ。一瞬のことだった。

深々と。フゥ太は、握り締めた槍で、ビアンキの左の腹を、貫いた。


「ビアンキ!!ビアンキしっかりして!!
フゥ太何やってんだよ!!」


ビアンキに駆け寄るオレに、今度はその槍を向け、振り仰ぐフゥ太。ふぅふぅと腹の底に何かを押し留めるような呼吸をして、じりじりとにじりよってくる。
言葉を放つことなく、青ざめた顔色でじっとオレを見つめてくる瞳で気付いた。マインド、コントロール。ランチアさんと同じ、骸に操られてるんだ!

目を覚ませフゥ太、と声をかけながら、フゥ太が突き出し振り回してくる槍をかわす。…様子が変わらないところを見ると、効果はないらしい。
こんなのいつまでももたないよ、そう思った瞬間呼吸が出来なくなる。首回りにへばりつく感触。しゅるりとほどけたそれは、前ディーノさんにもらったお下がりのムチだった。


「もってきてやったぞ」

「こんなもの渡されてどーすんだよ!!」

「どーするもこーするも、やらねーとおまえがやられる」

「相手はフゥ太だぞ!!できるわけないだろ!?」

「クフフフフ…さぁどうします?ボンゴレ10代目」

「!」


最初から位置が変わっていない骸に気付き、はっとした。
そうだ、操ってる本体の骸を狙えば──!
骸に向かって一直線に駆け出す。けど、フゥ太も追ってきた。失敗したら前と後ろから挟み撃ちにされそうだ。

「やあっ!!」

思い切りムチを振るう。当たれ!
…当たった。オレの目に。
そのままムチが足首に絡まってもつれて転んだ。慌ててほどきながら立ち上がろうともがく。おもいっきり当たった目がずくずくと痛い。


「クハハハハ、君にはいつも驚かされる…
ほらほら、後ろ危ないですよ」

「いつつつ… !」

「ううう…」

「ひいい!フゥ太までからんでる!」

オレと同じように前倒れになっているフゥ太が、呻きながらハンディサイズの槍に手を伸ばす。
危ない、そう思ったが先か、手で弾いて槍を遠ざけた。からからと乾いた音が響く。

うう、と呻いたまま、また槍に手を伸ばすフゥ太。どうしちゃったんだよ、お前…。
ふと、濁った意思のない瞳を見て、ランチアさんの本心からではない…迷い、困惑を隠すような偽物の意思の瞳の色を、思い出す。


僕、もうみんなのところには戻れない。…戻らない…

僕、骸さんについていく…、羽無姉のそばにいてあげなくちゃ



涙を溜めた瞳が、ごめんなさいを叫んでいた。

南のこと、大好きだもんな、お前。
優しいお姉ちゃんってだけじゃないだろ。普段は兄貴ぶってランボたちの面倒みてくれるのに、南を見つけるとちびたち放っといて一番に甘えにいく。
学校にこっそり遊びに来ては、南の居場所を聞いてきて。大抵応接室で風紀の仕事をしてる南を、邪魔しないように、って窓の外からそっと覗いてさ。

バレンタインに南が置いていったチョコを、大事そうに抱きしめて、食べずに四六時中ニコニコ見つめてて。
南がヒバリさんのことを好きだって知って、暫くは落ち込んだまま元気なくして、励ましてもだめで。

南がいなくなった、って聞いて真っ青な顔して飛び出していって、それきりうちにも来なくなって。


南だって、お前のこと、弟ができたみたいって嬉しがってたんだ。
何か悪いことをさせられたのか?それで責任を感じて、一緒にいる、って。

フゥ太が、槍を掴んで、起き上がりオレに向かって振りかぶる。
うまく言えないけど、なんとなく、心のうちにある確信が、ほろりと口をついて出た。




「おまえは悪くないぞ」


「!」

「全然、お前は悪くないんだ。みんなフゥ太の味方だぞ。南だって、お前の味方だ。きっと、笑って許してくれるよ」

「……っ」

「だから、安心して帰ってこいよ。南も一緒でさ、帰ろう。な?」

「………っツナ兄…」


じわりと、涙が滲んできて。

きっと、たくさん後悔したんだろう。
小さいなりに、責任を負おうと一生懸命だったんだ。

お前は、悪くなんか、ないんだよ。きっと。
だって、南はいつも、お前といると、本当に嬉しそうに、優しく微笑うんだ。

抱え込まなくても大丈夫だよ。
また、優しく微笑って許してくれるよ。


「………ごめ…なさい、…羽無姉…っ……」

「!フゥ太!?おい!!」


一筋の滴をこぼして、倒れ込むフゥ太。閉じた瞼から、はらはらと光が止まらない。
鼻から血が出ている。倒れ込んだときに頭を打ったせい、ではないだろう。


「君が余計なことするから…彼、クラッシュしちゃったみたいですね」

「そんな!フゥ太!?…あぁ、耳からも血が…!」

「彼はこの10日間ほとんど眠っていないようでしたしね。思えば最初から手のかかる子でした…

我々はボンゴレ10代目の所在のあたりをつけて日本に来たのですが、特定には至らなかった。そこで10代目と顔見知りと噂のフゥ太くんに来てもらったのですが…沈黙の掟≠貫き通しだんまりでしてねぇ。
さらには心を閉ざしてランキング能力まで失ってしまった」

「なんだって!?」

「それで仕方なく以前に作られた並盛のケンカランキングを使い、ツナとファミリーをあぶりだそうとしたんだな」

「目論見は大成功でしたよ。現に今ボンゴレはここにいる」


くつくつと喉の奥で笑うような嫌な声がして、オレは顔を歪めた。
罪のないフゥ太をこんなにして…おかげでフゥ太は、ランキング能力を失って。
南のランキングをしてあげるんだといつも楽しみに話していたのに。あの約束も、果たせなくなってしまった。


「六道骸…お前、人間をなんだと思ってるんだ!!」

「……おもちゃ、ですかね」

「くっ…!…ふざけるな!!」


こんな、こんな奴に!
頭に血が上ったのが自分でもわかる。

オレは、もう一度ムチを手に駆け出した。





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