オレは、六道骸との戦いを終えていた。
立ち上がり、額の炎が消えていくのを感じながら鼻や口元の血を拭う。

極悪犯と名を馳せる彼は、思っていた以上に…あたたかくて、優しい感じがした。
これは戦いで、本気のやり合いの筈なのに…年の離れた兄ちゃんと喧嘩したら、こんな感じなのかと、心のどこかで感じていた。

暫く黙りこんでいた骸が、静かに口を開く。


「…………完敗だ。
お前が六道骸を警戒するのも頷ける」

「え!?な!?何言ってるんです?だ…だって、六道骸ってあなたのことでしょ?」

「オレは影武者だ」

「えっ」

「ニセモノ!?」


後ろでビアンキが大きな声をあげた。
嘘だ…え、だって刑務所の写真に写っていたのは、確かにこの人だったはず!


「本物の骸は自分の姿を記録に残すようなヘマはしない。

そして六道骸…あいつは…オレの全てを奪った男だ!!」


憎しみに満ちた暗い瞳で何処か宙をぎろりと睨み付けながら、目の前の六道骸≠ヘ語り始める。

北イタリアマフィアの一員として、ファミリーの用心棒をしていたこと。
自分と同じようにして、みなしごが拾われてきたこと。
自分がその世話をしたこと。

ある日、ファミリー全員が殺されていたこと。

その後の調査で判明した犯人は、自分であったこと。


目を覚ます度に、身に覚えのない屍の前に何度も立っていたこと。

自殺すら出来なかったこと。


全てをそのみなしごに…六道骸に、操られていたこと。


ずっと独りで抱え込んでいたであろう、六道骸の秘密。
力を抜くようにして、「いつしかオレは、名も心も奪われニセの六道骸となっていた」と呟いた。


「なんて奴だ六道骸…人間のすることじゃない……」

「ぶっ倒しましょう10代目!!」

「獄寺くん!!大丈夫なの!?」


さっきまで苦しそうに蹲っていた獄寺くんが、憤りをそのままに声にした。目立った傷もなく、案外元気そうで良かった。
山本は、相変わらず意識を失ったままだけど…命に関わるみたいな怪我ではないようだし。本当に良かった。


「ボンゴレ…おまえなら、できるかもしれない…。そうすれば、あの少女も…」

「え…?少女?」

「いいか、よく聞けボンゴレ…

骸の本当の目的は…」


彼の言葉に振り返り、言葉の続きを待っていたその時だった。


「っ!どけっ!」


声をあげる間もなく突き飛ばされたオレの代わりに、目の前で影武者の骸は額脇から脇腹、そして腕にかけて一瞬で毒針の餌食になっていた。
カサリと木の葉のそよぐ音。人影は木々の隙間に消えていき、見覚えのあるその攻撃に獄寺くんが目で追った。


「メガネヤローだ!」

「行ったな…一撃離脱か」

「山本武は無事よ!」

「……っ」

「ああっ!!」

「目的は口封じだな…」

「そんな!大丈夫ですか!?しっかりしてください!!」


重力に従って背中から倒れていったその人から溢れ出す血の多さに、獄寺くんがやられた時の光景がフラッシュバックする。
駆け寄ると、既に息も絶え絶えで、つらそうな表情にも関わらず…彼は、微笑んでいた。


「散々な人生だったぜ…」

「そんな……あっ、あなたの本当の名前は?」

「!」

「六道骸じゃない、ちゃんとした名前があるでしょ!?」

「…………オレ…は…ランチア………」

「しっかりしてくださいランチアさん!」

「その名で呼ばれると…思い出すぜ……昔の…オレの…ファミリー…

これで…みんなの下へいける…な………」


躊躇いがちに呟かれた名前。ずっと、奪われ続けた名前。
彼自身の名前を呼べば、うっすらと涙を浮かべて…悔しそうに微笑うと、彼は……ランチアさんは、そっと目を閉じた。

名前を叫んでも、彼は瞼を開かなかった。



「やっぱりあいつむかつくよ。行こう、骸のところへ」

「だが最後の切り札は使っちまったぞ」

「わかってる…だけど…でも…六道骸だけは何とかしないと!!」


ヒバリさんも捕まっちゃってるし、死ぬ気弾ももう無い。獄寺くんとビアンキはいるけど、リボーンは相変わらず助けてくれなさそうだ。
だけど、このままになんてしておけないよ。オレに何ができるかなんて、分からないけど…南まで巻き込んで…。ランチアさんも、きっと南のことを口にしようとしたんだろう。
これ以上身近な人が被害に遭うのだって嫌だ。フゥ太だって助けてやらなきゃいけない。ああ、まだなんにも終わってなんていなかったんだ。


リボーンが、そっと口を開く。


「そうか。…ランチアはまだ死んでねーぞ」

「え」

「問題は針の毒だ。一時間以内に解毒剤を投与すれば助かるかもしんねーぞ」

「本当?」

「解毒剤はきっとヨーヨー使いがもってるわ」

「10代目、メガネヤローはオレが倒しますよ!」

「獄寺くん…ありがと…!」


ランチアさんには、手早く止血と応急処置をしてから、気絶したまま意識が戻る気配の無い山本と一緒に安全そうな木陰に移動させた。
ここまで一緒だった仲間を置いていく不安もあったけど、どうしようもない状況だ。早いところ骸たちをやっつけて戻ってこよう。

すると背後で突然甲高い声がして、振り返ると泡を吹いて倒れているヘンタイ男のトリが繰り返し「バーズヤラレタ!」と叫んでいた。


「今までおとなしかったところを見ると、やられてしばらくすると仲間を呼ぶよう訓練されてんな」

「あのオッサンらしいセコい手だぜ」

「…あ!あの建物に!!」


羽ばたいていったトリを目で追えば、茂みの向こうに不気味に聳え立つ廃屋…黒曜ヘルシーランド。
あそこに、六道骸がいるんだ。オレは、いつもやるRPGのゲームのラスボス戦前のような、いよいよといった緊張感に肩を震わせた。


「ツナ」

「ん、なにビアンキ?」

「あなた、まさかその格好のまま行くつもりじゃないでしょうね」

「え、……あっ!でも、着替えなんて持ってきてないよオレ…!」

「私のがあるわ。貸してあげるから、さっさと着なさい。見苦しいわよ」

「え、あ、ありがとう…」


ショルダーバッグからTシャツとラフなベージュ色のジーンズを取り出すと、ビアンキはオレに手渡した。
その場で手早く着てしまうと、リボーンが先頭を切って一歩を踏み出す。

ふと、ちらつく無関係とばかり思っていた人物の存在が気になって、オレはリボーンに聞いてみた。


「なぁ、リボーン」

「ん?なんだツナ」

「あのさ…なんで、南がここにいるんだ?フゥ太が言ってたことも気になるし、ランチアさんは、多分南のことを言おうとしてたんだと思うんだ」

「………」

「でも確かに…南が巻き込まれた理由が分かんないッスね」


獄寺くんも頷く。ビアンキも、オレから南が大分前から行方をくらませていることを聞いて知っているので腕を組んで心配そうな思案顔を浮かべた。


「怪我なんか、してないといいんだけど…」

「あいつ、喧嘩とか、ただでさえそういうの苦手だったはずなんだ。だから、巻き込まれたとしたら…すごい怖がってるのかも…」


「ひとつだけ、羽無が巻き込まれたかもしんねぇ理由になる事実がある」


リボーンは、ボルサリーノのつばに手をかけながら、やけに厳かに口を開いた。



「羽無は…

あいつは、ボンゴレの人間なんだ」

「………は…?」

「な、リボーンさんなに言ってんすか…南は一般人じゃないですか!ねぇ、10代目、」

「そうだよリボーン!あの南が、マフィアの人間なわけ…」

「………」

「裏社会であの子の名前なんて聞いたこと無いわ、リボーン。どういうことなの…?教えて頂戴」



オレだけじゃない。二人も動揺を隠せずにいた。

リボーンはゆっくりと顔を上げると、険しい表情で続けた。


「オレもディーノに聞くまで知らなかった。いや…そうかも、とは思っていたが…」

「なんの話だよ!説明してくれよ…!」

「ボンゴレには、今回お前に勅命を下したファミリーのボス、ボンゴレ9世とは別に門外顧問という、普段はボンゴレとは無関係な独立した機関がある。だが、非常時にはボスに次ぐ権限を発動できる実質2だ」

「は…?門外顧問…?」

「今は違う人間だが、先代の門外顧問──9代目が全盛期の門外顧問でトップだった人間、

それが羽無の祖父だったんだ」

「はぁ!?南のじーちゃんが、その門外なんとかってやつの偉い人!?」

「先代門外顧問のボス、南ソマリオ。優れた指揮官でありながらその強さもまた9代目と並ぶ強者…そして、9代目の旧友だ。奴の息子である羽無の父親は現門外顧問で副官を勤めてる」

「嘘だろ…、そんなの、あいつ一言も」

「羽無自身も知らなかったんだろう。だから、羽無の存在は裏社会に知られていなかったし羽無も親の事情など知らなかった。

でも、骸たちがそれを狙って羽無を人質にしたんだとしたら…ボンゴレとしては手が出せねぇ」


いつだったか、あいつがほとんど一人暮らしなんだと聞いたときに、家族の話を少しだけ洩らしていたのを思い出す。

小さい頃は、イタリアの祖父の元で育ったと。親は、滅多に帰らなくて、それでも、イタリアにいた頃はもう少し会う機会があって。
今は、知り合いも少ない日本でほとんど一人暮らしで、すこしだけ寂しい、と。苦笑いでスケッチブックを見せていた南。


ただの、クラスメイトだったのに。
ちょっと変わった体質だけど、中身は普通の女の子で、喋るのが好きで、明るくて元気なやつで。
頭は良いのに運動神経悪くて、オレと一緒にマラソンの最後尾走ったりして…いじめられてた頃は、遠い存在だと思ってた、京子ちゃんみたいに皆の真ん中にいるやつ。


「……たすけなきゃ」


無意識に呟いていた。
だって、あいつ、オレの友達なんだ。クラスメイトなんだよ。
仲良くなってから、よく喋るようになったし。なんていうか、南がいるのだって、オレの中じゃ当たり前だったんだ。

欠けちゃいけない。

もう一度、たすけなきゃ、と呟くオレに、獄寺くんも同意して、ビアンキも頷いた。


「そうだな…行くぞ、ツナ」

「うん」


南がボンゴレの関係者だとか、急に言われても実感沸かないけど。
南自身は、オレのよく知る南のままだから。

たすけなきゃ。そう思ったんだ。




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