「こんにちは眼帯くん!」 「いちいちうるさいです、もっと小さな声で話せないんですか」 「いいじゃん、いつもなら声出せないんだから」 いつからか、当たり前のように精神世界で彼女に会うようになっていた。 彼女はもう何日もここに入り浸っているようだ。目が覚めないから、現実に戻れないらしい。 そう何日も意識を失っていたら危ないんじゃないかと時々思っていたけど、敢えて言わないでいた。 言ったところで、簡単に戻れるものでもないからだ。 それに僕は、いつの間にか結構彼女のことを気に入っていた。 話し相手が出来たのは初めてだった。現実じゃ、泣くのをこらえて部屋の隅で固まっているだけだから。 こんなに何も考えることなく話をしたのは、こいつが初めてだった。 自分で手一杯の現実。他人のことを知ろうとする余裕もその気もなかった。 正直鬱陶しくて嫌だったというよりも、コミュニケーションの計り方を知らなくて戸惑っていた。 こんなふうに、積極的に話しかけてくるやつ、今までいなかったしこれからもいないと思ってたから。 「ねぇねぇ眼帯くん、今日こそは眼帯くんのお話聞かせてよ」 「聞いても何の得にならないでしょう、あなたにとって」 「損とか得とかいう話じゃないのっ!あたしが眼帯くんのことちゃんと知りたいって思うから聞いたの!」 その思考回路がまず理解できなかった。 利益も無しに何故相手を知ろうとする?知ったあとに裏切られて後悔するのは自分だというのに。 必要以上に相手を詮索しても、何の得もないどころか、自分の身が危険にさらされる。それをこいつは分かってない。 僕はいつも通り自分のことなど話すわけもなく、静かに目を閉じた。 僕が黙っていてもこいつは勝手にしゃべるから騒がしい。 「じゃあ今日はねー…、」 ぺらぺら、というより、その声はころころ転がるような柔らかい口調だった。 偽りと裏切り、優しさだって薄っぺらい相手を利用するための手段でしかない。そんな毎日の中にいる僕は、こいつが出すような声音を知らなかった。 話を聞くというより、彼女の声を聞いているのが好きだった。 落ち着いていて、時折はしゃいで。普通≠フ子供は、こんなものなんだろうか。 そこで僕は気付く。 彼女が、先ほどの言葉のまま続きを話し出さないことに。 「…どうしたんです?急に黙りこんで…いつもおしゃべりな君が。気味悪いです」 「…………」 「……ちょっと?生きてますか?」 「………眼帯くん、」 「……はい、」 「………あたし、死んだかもしれない」 目を見開いたまま両手を見つめてぽつり、呟いた彼女。 さっきまでの元気はどこいった、と聞きたくなるくらい小さな声だった。 「どうして、そう思ったんですか?」 「……もう、何日もずっとこっちにいるよね、…あたし」 「…僕がこちらで君に会うのは3回目、君が意識をなくして3日ってとこでしょうね」 「……起きるの、嫌になってきちゃったのかも」 「最初はなんとなく呼び戻されてる感触あったけど…今はなくなっちゃったし」と俯く彼女。 身体と魂の繋がりが絶たれた、と言いたいのだろうか。そうだとしたら、彼女の肉体は朽ちるのを待つだけ、彼女の魂は永遠にこの精神世界に取り残され彷徨うことになる。 「僕は嫌ですね、君みたいなうるさいやつがずっとここにいるなんて」 「ひっどーい…せっかく、ちょっとくらい仲良くなれたかなって思ったのに」 「僕は君とお友達ごっこをしている暇はないんです」 「………ごっこじゃないもん」 「駄々こねるのやめてくださいね、鬱陶しい」 「………眼帯くん、とは……ごっこじゃない、友達になり、たかったよ…っ!」 ふと、しゃくりあげる声がして、そちらを見やれば大きな瞳をゆらゆらさせた彼女が僕を見つめていた。 そういえばこいつ、友達がいないんだったな。いじめられて、怪我して…とか言ってたっけ。 僕の知ったことではないけれど、泣く寸前の彼女にどう対応したら良いものかと内心戸惑う自分自身にまた戸惑っている。 昨日みたいに泣かれたら嫌だ、色々面倒だし僕も泣きそうになりそうだ。 僕が胸中で悩んでいると、突然真っ白のベンチで僕の隣に座っていた彼女が立ち上がった。 「あんまりっこういうのってはっきり言って決めるものじゃないと思うけどっ」 「………なんです、急に立って」 「眼帯くん!」 「、はい」 思わず返事してしまった。 「あたしの、お友達になってください!!」 「……はい、」 「えっほんと!?」 「…あ、違いますいまのなし」 「やーだーいまのなしがなし!!」 「うるさい僕がなしって言ったらなしなんです。友達なんて生ぬるい関係誰がなるもんか」 「生ぬるくないもん!!ぽっかぽかになっちゃうんだから!!」 「いや温度の問題でなく」 きゃー!なんて言ってベンチの前の草原をぱたぱた走り回る彼女。ガキだな。ほんっとガキ。 何を思ったのか少し離れた川辺りまでまたぱたぱた走っていって、こけそうだなと見ていたら見事につんのめってこけていた。 顔からダイブって…あほですか。あぁあほなんですね。 すると今度はこけない程度の速さで走っていって、川辺りにたどり着くと、大きく息を吸って彼女は叫んだ。 「南羽無11歳、眼帯くんかっこ本名不明かっことじとお友達になりましたぁぁ〜〜!!」 やめてくれ切実に。 かっこってなんですかかっこって。言葉で言うもんじゃないでしょう、あほですか。あぁあほでしたね。 いくら精神世界には僕らしかいないからって、恥ずかしすぎる。万が一にも誰かに聞かれていたとしたら僕は彼女をこれから全力で無視するだろう。 ていうか僕断りましたよね。何を聞いてたんでしょうこのあほ。 「きゃー!!やったよお友達げっとー!!」 まだ言うか。 僕は走っていって彼女の頭を後ろから叩いてやった。そりゃもうありったけの力を込めて。 もういい泣け。泣いてしまえ。「いたーい暴力ふるう眼帯くんなんか嫌い!お友達じゃない!!」って言えばいい。 ……嫌い、はなんか気に障るんで意地悪、に訂正しましょうか。 うずくまっていた彼女。泣き出すかと見下ろしていると、急に飛び付いてきた。 「わぁっ!!」びっくりして声をあげてしまった。悔しい。 「何するんですかっ!!はなせっ」 「たたいたなーっこのパイン頭っ!!」 「っ!?ちょ、やめ…髪を引っ張るな!!抜けるでしょうがッ」 「っ!いたーっまたたたいた!眼帯くんのあほーっ」 「はぁ!?あほは君だっなんなんですか急に友達になれとか意味不明なんですよバカ!!」 「あほとかバカとかよくそんなポンポン悪口出てくるなっ自分の髪型はポポポポーンのくせにっ!!」 「〜っもう頭にきた!!殺す!!」 「きゃーっ眼帯くんが怒ったぁ〜!!」 「逃げるな!!」 もうなんなんだ、この低レベルなケンカは。 二人して髪を引っ張りあって頬をつねって、殴るし蹴るし最後はもうただの追いかけっこだ。 やっていてすごくくだらない、と呆れてしまうにも関わらずなぜか意地でも泣かせてやる、と結局彼女を追い回している。 走り回りすぎてまたこけた彼女を今度こそつかまえてやる、と駆け寄ると、彼女はそのまま転がってきて僕の足をひっかけた。 おもむろに顔からずっこけた僕はついにキレて本気で殺してやろうかと殺気を放つ。 ところが、 「あははっ」 「っ!?」 「ははははっ!!ふふ…っ、」 「くっつくな!はなせ、」 「はーったのしー」 「……は、」 「ケンカなんて何年ぶりにしたかなー」 にこにこ笑って僕にくっついてくるこいつをひっぺがそうと頑張るも、なかなかにしつこい。 諦めた僕に、嬉しそうに彼女は言った。抱きつかれているから、触れ合う肌から少し速い彼女の鼓動を感じてどきりとした。 「楽しいよ、眼帯くん」 「…僕は疲れましたけど」 「えへへーあたしもっ」 「……」 「だってケンカ出来るお友達なんて、いなかったんだもん」 「………」 「眼帯くん、もうお友達なっちゃったね!残念でしたー羽無の勝ちっ」 なんだか色々考えてる自分があほらしくなってくる。こいつと一緒にいると。 はぁ、とため息をひとつつけば、静かな声。 「こんなにね、笑ったのも…昨日みたいに泣いたのも、すごくすごく久しぶり。もしかしたら初めてかもしれないな」 「……」 「あたし、眼帯くんと一緒だったら普通に気持ちを出せるよ。無理に笑わなくていいし、怒ったらまたこうやってケンカ出来るよね」 「君とケンカだなんて…こっちが疲れますよ。もうごめんです」 「ふふー、あたしもケンカはあんまりしたくないなー。眼帯くんとはいっぱい一緒に笑って一緒に泣きたいな!」 「僕は泣きません。残念でしたー僕の勝ちです」 「あたしのまねっこしないでよー」 「…クハハッ」 まるで、普通≠フ子供になったようだった。 感情を押し殺して、堪えてばかりの自分じゃなくて。ちゃんと笑って、怒って、泣ける自分。 嫌いじゃない、むしろ心地よかった。僕もちゃんと人間なんだ、って。そう感じられた。 これが、友達。 「…わかりました、なってあげますよ。友達」 「ほんと!?わ、うれしい!!」 「友達はどんなことをするんですか?教えてくださいね、」 「うーんとね…、遊ぶ約束をするよ!」 「じゃあ、しましょうか。約束」 「明日も、ここで会ってお話しして、また遊ぼうね!!」 小指同士を絡めさせられる。「ゆーびきーりげーんまーん、うーそつーいたーらはーりせんぼーんのーます。ゆびきった!」なんていう呪文なんでしょう。かなり物騒に聞こえますね、呪いですか。 でも覚えましたよ。次から約束するときは、僕も一緒に唱えられますね。 また明日、そう微笑うと、彼女はすぅと消えていった。 きっと身体に戻れたのだろう。 初めての友達は、むちゃくちゃであほでバカで、それでいて弱くて強い変なやつで。 僕は、このときから彼女には敵わなかった。本当に、色々と無敵なんじゃないだろうか。 彼女がいじめられているなんて到底考えられなかった。だけど、もしそうなら僕は守ってやろうと思った。 だって、彼女と僕は友達だから。 僕にないものを持ってる君。 君がいないと人間になれない僕。 今となっては君を友達だなんて簡単な関係で片付けられないくらい依存してしまっているけれど。 本当に、本当に大切なんです。 君がいて初めて僕は、自分の弱さと向き合える。君がいないと、だめなんですよ、僕。 弱い僕がいた だからお願い、ずっとそばにいて next...15:伝えたいこと [prev] [next] back |