声が、出なくなってしまった。





「………、…………っ……」




喉を押さえながら必死に息を吐くことを何回も、何十回も繰り返すけれど。
掠れた空気しか出てこない。
あれ?音が、音が出ない。声が、出ない。



「………っ…!」



心が端から真っ黒に染まっていく感触がした。
でも、止める術なんて分からなかった。
3年前にも感じた、絶望の味。全部が枯れ落ちていく味。


……薬、投与してないのに、喋ったから。
でもどうせ、いつの日にかは出せなくなるんだ。少し期限が早まっただけ。



「…………」



そう、思うのに。

瞳から、ぽろぽろ溢れて止まらない涙を手の甲でごしごし拭う。


いろんな人と、約束した。

喉が治ったら、歌を歌うから、
幸せな、素敵な気持ちになれる歌を歌うから。




もう、果たせない。



























僕は、さっきも来た部屋の前に来ると、カーテンをくぐって両手に抱えていたものをそっと瓦礫屑まみれのコンクリート製の床に置いた。
金属のそれが僅かにかちゃり、と音を立てたから肩が跳ねたけれど、周りに誰もいないことを確認してほっと息をついた。


この建物の出入口になっている部屋。そこで骸さんと戦ったヒバリさん。
横の小部屋にガラクタと一緒に放り込まれていた彼の武器を、勝手に持ち出してここまで運んできてしまった。

今思えば、見つからなかったからこそ良かったものの、僕すごい危険なことをしてる。
せめてヒバリさんの近くに。部屋の中には入れないし、背の低い僕じゃ小窓から投げ入れることも難しい。
だから、彼がここを出たときにすぐ武器を取れるように、近くに置いておこうって。そう考えた。


僕は、戦えないから。
弱いただの子供だけど、僕には僕で出来ることがあるはず。
それで羽無姉が元気になってくれるなら、僕は頑張る。それだけなんだ。


ヒバリさん。
羽無姉をあげるわけじゃないけど、羽無姉、ヒバリさんと話してるときが一番元気なんだよ。
僕ね、ツナ兄を見に何回も並中に潜入したことあるの。そのとき、ツナ兄と同じ回数くらい羽無姉のことも見に行ったんだ。
たくさん笑って、たくさん怒って、たくさん拗ねて、でも最後にはたくさんまた笑うんだよ。

ねぇ、ヒバリさん。
こんなとこで寝てないで、早く羽無姉を助けてあげてよ。
羽無姉、笑わなくなっちゃうよ。

僕には出来ないことが出来るんだ、ヒバリさんは。
ズルいよ。僕だって、…僕だって。



羽無姉を大好きなのは、ヒバリさんだけじゃないんだからね!




僕は、真っ青な顔をしてどこかへ行ってしまった羽無姉をさがしにいくため、走り出した。



ほんとうは、羽無姉に…ヒバリさんに謝りたかった。


───……最後の質問です

雲雀恭弥の弱点を知っているなら吐きなさい


………


吐きなさい、そうすれば…尋問をやめてあげます


…………さく、ら…、

桜……




いくら骸さんに操られていたからって。
ヒバリさんがどんなに強いからって。
僕は、僕はもうろうとする意識のなか、早くこんなこと終わらせて欲しくて、
自分の身可愛さに、ヒバリさんを犠牲にした。少し前にツナ兄に今日あったこと≠チて聞いてた、ヒバリさんの弱点を漏らしてしまった。
羽無姉がヒバリさんを大切におもっているのを知っていたからこそ。
僕の勝手なヤキモチが、ヒバリさんなら別にいいや、って。そうじゃなかったはずなのに。

結局、羽無姉を泣かせる原因になってしまった。羽無姉は、僕が泣かせたようなもの。

僕が、僕が悪いんだよ。









***











「羽無姉!!」


羽無姉はいた。3階の元映画館のステージで一人、ぽつんと座り込んでうつむいていた。
僕がもう一度、羽無姉!と呼んでも顔を上げてくれない。
走り寄って羽無姉の肩をゆするけど、羽無姉は顔を上げるどころかぴくりともしない。

不安になった僕は、かがんで下から羽無姉の顔色をうかがった。
すると、



「…っ羽無姉!」

「…………」



ゆっくり瞬きする羽無姉の眦から、ぽたぽた、ぽろぽろ。透明な滴が落ちてきて、僕の顔にかかる。
擦ったのか、目は真っ赤に腫れていた。羽無姉は、瞬き以外の動きを一切しない。
まるでお人形さんが泣いているみたい。きれいだったけど、あまりにも目が虚ろで地面よりも下の下の、地獄でも見てるみたいにぼんやりしてたから、僕はそんな羽無姉を見ていられなくて思いっきり抱きついた。



「羽無姉、起きて」

「…………」

「羽無姉、僕だよ。フゥ太だよ…」



ちっとも反応しない羽無姉。
僕はちょっとさびしかったけど、気にしないようにして少しずつ話し出した。



「羽無姉、あのね。僕…羽無姉が来る前、骸さんにたくさん酷いことされたの。ツナ兄の居場所を教えなさいって」

「………」

「僕、ツナ兄まで酷いことされたら嫌だから、話さなかったの。ずっと酷いことされたけど、我慢したの…」

「…………」

「そしたら、ね。……ランキング能力がね、使えなくなっちゃったの」

「………、」



ぴくり、抱きしめてる羽無姉の肩がはねた。
僕は羽無姉の頭にほっぺを擦り付けるようにしながら続けた。



「ねぇ、羽無姉。…僕も、一緒だよ」

「………」

「羽無姉の歌、聞けなかったけど…、僕も羽無姉のランキング、できなかった。だから、おあいこ。…ね?」

「…………、」

「おあいこってことは平等だよ!羽無姉とおんなじなの!僕!」

「………」

「だから、今だけでもいいから……お姉さん≠オないで。強がらないで…、ひとりで泣かないでよ、羽無姉…」

「…………っ」



ね?と羽無姉の顔をもう一度見た。
羽無姉は、まっすぐに僕を見た。さっきまで濁って真っ暗だった目が、今は澄んでとってもきれいな色をしていた。
羽無姉はぐにゃぐにゃな顔になって、ぼろぼろ涙をこぼしてふるふると震えてた。
僕は、ちょっとお兄ちゃんになったような気持ちになって、羽無姉を優しくぎゅうっと抱きしめた。
羽無姉にぎゅうっと抱き返されて少し照れくさかったけど、すごく嬉しかった。


羽無姉、僕は羽無姉の味方だよ。
羽無姉と、ずっと一緒にいるよ。



骸さんたちには言えないこと、僕にはたくさん言ってね。
隠れて泣きたいときは、僕がまたこうやってぎゅうってして羽無姉の泣き顔隠してあげる。
つらかったら、一緒に泣こうよ。ひとりで泣くのは、さびしいよ、ねぇ羽無姉。


羽無姉、世界はまだ、終わってなんかないよ。

だって、まだ僕たち、息をしているよ。



ごめんね、羽無姉。
僕、まだ子供だから、って年のせいにはしたくなかった。分からないことがたくさん、たくさんあることを。

だけど、羽無姉をこんなに泣かせてるのは、どんなに言ったって僕のせいだよ。
誰かじゃない、僕の、僕が悪いんだ…。

ごめんなさい羽無姉。
こんなときばかりずるいけれど、いまだけは僕が子供だから、ってことで多目にみてほしい。
ちゃんと、あとであやまるからね。いくらでも怒られるから…

だから、僕はちゃんと責任をとるよ。
ヒバリさんの代わりに、僕が羽無姉とずっとずっと、一緒にいるから。










***








「もーいないよな」

「いるわ。隠れてないででてきたら?」

「な!!?」

「そこにいるのはわかってるのよ、こないのならこちらからいくわよ」


楽器の女子も変態のおっさんも、双子も倒したあと、リボーンから説明があって、それを終えて先に進もうとするオレたちの前に現れたのは、


「ま…まって。僕だよ」

「!

フゥ太!」

彼を見つけられたことにホッと胸を撫で下ろし、一緒に帰ろうと声をかけたとき、「こないでツナ兄」という拒絶の言葉。



「!…え…?」


「僕……もうみんなのところには戻れない。…戻らない…」

「は…?フゥ太…?」

「僕…骸さんについていく…、
羽無姉のそばにいてあげなくちゃ…」

「!…南がいるのか!?」



衝撃の事実。無関係と思っていた彼女が何故ここに…
じわりと涙を浮かべながらフゥ太は小さな声で続ける。


「僕のせいで…羽無姉は、」

「なんの話だよ…!フゥ太!!」

「ダメなんだよ、ツナ兄…僕、羽無姉のこと泣かせちゃったから」

「……南もいるのか?」

「………僕、戻らなくちゃ。さよなら…」

「ちょっまてよフゥ太!!

フゥ太!おい待てって!!」



茂みの中に消えていく小さな背中を追いかけてオレも駆け出す。
後ろから戻ってくるように訴えてくる獄寺君の声がする。

走りながらオレは考えた。

なんで南がこんなとこにいるんだ?
南は強いどころか戦うことを嫌う奴なのに。
人質にとったとして奴らに何かメリットがあっただろうか?


頭の悪いオレに答えを出せるはずもなくて。
とりあえず、フゥ太をつかまえて何があったのかちゃんと聞かないと。



オレは暫くした後に、南自身も知らなかった現実を知らされることになる。





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