「有香…ちゃん?どうして…、」

「京子…、お祭りで見掛けたっきりだったわね…」


「ちょっと、京子?この子誰なの?」

「あなたは…、京子のお友達ね。はじめまして、青島有香っていうの」

「なんで有香ちゃんがここにいるの!?まさか葵ちゃんも…、」

「今日はいないわ」

「今日は…?どういうこと…?…、もしかして羽無がいなくなっちゃったのって、あなたたちが原因なの!?」

「……?、羽無がいない…?」

「そうだよ、羽無は今行方不明なの!!…っ、なんで有香ちゃんが、並盛に…っ!?どうして、」

「京子、落ち着きなさい」



花が横から少し大きな声で言う。はっ、と息を飲んだ。
有香ちゃんの表情も、カチコチのまま。少しだけ、静寂が流れる。
口を開いたのは私。ちょっとだけ強い口調になった。



「こんなところで話すのもなんだから、家で話そう。…今、お母さんたちもいないから」



有香ちゃんが、こくりと頷いた。
花も、一緒に来てもらうことにした。

…それにしても、有香ちゃんのこのしぼんだ雰囲気はなんなんだろう。
羽無をいじめてた、意地悪で酷い有香ちゃんしか、私は知らない。
葵ちゃんと一緒じゃないから、かな。


私達は、ゆっくりと、そして黙ったまままた道を歩き出した。





***





「適当なところに座ってて。今お茶淹れてくるね」

「あ、うん…ありがとう」

「京子ー、あたしハーブティーね!いつもの!」

「ふふっ、うん…わかった」



私の部屋に有香ちゃんと花を残して、一階の台所へ。
ちょうど気分がそんな感じだったから、皆同じ(花がいつも飲む)ハーブティーを淹れる。
お兄ちゃんは入院してるし、お父さんもお母さんもいない静かな家のなか、…あの@L香ちゃんがいるってだけで、一人勝手に緊張してる。
私が緊張してるなんて聞いたら、羽無はなんて言うかな。



緊張してるの?
じゃああたしがおまじないかけてあげる!




…懐かしいなぁ。
小学生のときに、リコーダーの発表会で私が固まっちゃったときに、羽無がかけてくれたおまじない。
なんてことはない、ただの一言だったけど。




大丈夫だよ




その時、初めて聞いた彼女の声。
耳元で、優しく小さく響いた、あたたかいおまじない。

羽無の声は、魔法なんだって思った。
きれいで優しい、あったかい魔法を使える、私と同じ年の小さな魔女さん。


羽無が頑張れって言うと、私すごく頑張れた。
羽無が元気出してって言うと、私すぐ笑顔になれた。



みんな、みんなきらい

こんな世界、きらいだよ



入院してから数日間経ったあと漸く羽無と直接会うと、魔女さんは虚ろな目をして悲しい魔法を呟いた。
魔女さんは自分に魔法をかけてしまったんだ。だからそれからずっと、羽無は寝てばかりで起きてもほとんど食事もせず、虚ろな眼差しで何処かを見ていた。


悲しい魔法が解けたあと、小さな魔女さんは少しずつ元気になっていく。
いっぱい笑えるようになって、また魔法を使えるようになる。



「………羽無…」



また悲しい魔法をかけるなんて、しないで。

私は羽無と一緒に、笑っていたいの。


もっと頼っていいんだよ。
疲れたって、助けてって、言っていいの。

だから、帰ってきてよ。
また一緒に、笑ってお茶をしよう?




















「…で、どうして羽無をいじめてたあんたが今この町にいるのよ」



一通りの話を聞いた花が、若干怒りつつ有香ちゃんに問う。

そりゃそうだよね。
大切な友達をいじめてて、転校したはずなのに今ここにいたら。

私も、怒ってる。
でもだからこそ、なんで来たのかちゃんと話がしたかった。



「……羽無に、謝りに…来た」

「………え?」

「…今更?」



ぴくり、小さく肩を震わせる有香ちゃん。
でも俯くことなく、しっかり私たちを見据えてる。



「この間のお祭りのときも。…本当は、謝りに来たのよ。葵と一緒に」
「お祭りって…並盛神社での夏祭りのこと?」

「そう。…私だって、いつまでも子供じゃない。たくさん考えた、いじめる理由になった嫉妬だって…、もう今じゃ下らなかったなって。…そう思う、し」

「…待って。本当は、ってことは……あんた羽無に何かしたわけ?」



羽無は何も言っていなかった。
有香ちゃんたちに会ったことも、何も。




「突き飛ばして、殴ろうとしたわ」




ガタンッ!!


「花っ落ち着いて!!」

「っ落ち着けるわけないでしょ!?こいつ…!」



花がミニテーブルを強く殴り付けた。飲みかけのお茶が入ったカップが震える。
彼女の肩を押さえて声をかけるけど、今にも殴りかかりそうな勢いで憤慨している。
いつもは仲裁に入る側の花がここまで怒るなんて、よっぽどだ。



「…私ね、」



有香ちゃんが、小さな声で話始める。
花は拳を握り締めたまま目をそらしながら聞いていた。


「転校先でずっと羽無のこと、考えてたの。すごい嫌いで、見るのも考えるのも嫌だったけど…それは違うんじゃないかって。
それで、彼女に謝ろうと決めた。葵にも話して、一緒に行くってなって…仲良くはなれなくても、普通に話せるくらいにはなれるかな、って…
でもね、駄目だった。祭りで見かけた彼女は笑顔だった。私が悩んでいた間、彼女はああして笑っていたのかと思ったら…無性に腹が立って、あとをつけて、独りになったときに声をかけて。
…駄目だよね、分かってるのに。気が付いたら、また彼女を傷付けてた。


…この間、もう一度だけ、謝ろうとまたこの町に来たの。彼女のマンションの前で待ち伏せして、私が声をかけようとしたら…葵が、喧嘩腰で話し掛けて…
気が付いたら、また彼女を傷付けてた。傷付けてる間の記憶がないの。もう、病気なのかな…
救急車で運ばれていった羽無を物陰から見ていて、私すごく後悔したの」


「…ちょっと待って有香ちゃん。羽無は…運ばれたの?」

「え、…そうよ」



搬送先はほぼ確実に並盛中央病院。だったら、担当医の水湖先生が手術をやることになるはず。
今の羽無の行方は分からなくても、羽無が学校に来なかった一週間を先生は知ってるかもしれない。


「有香ちゃん。病院行こう!」

「京子?何言ってるの、こんなやつと…」

「ううん、違うの。…羽無のことを知るために、だよ」

「でも、…私が行ったって…」

「知ろうとしないまま分からないなんて言っても、仕方ないよ。だから、…知っていこう?ちょっとずつ。…ほんの少しずつでも」



こくりと頷く有香ちゃん。
葵ちゃんと一緒にいないだけで、こんなに柔らかい雰囲気の子になるんだ。

私は簡単に彼女にこの町の現状について説明をした。
「だからこんなに町に人がいないんだ…」と納得した様子で立ち上がる。

花も、髪をかきあげると、ため息をひとつついてから、「私も行くわ」とゆっくり立ち上がった。



***



***


「まっ、でもメガネヤローはまだ寝てるらしいし、アニマルヤローは倒したし。意外と簡単に骸をぶっとばせそうですよ!」


第一の刺客は、並盛中ケンカの強い人ランキング第2位の山本を狙ってやってきた。
土砂の中に埋まっていた動植物園に落ちてしまった山本は、歯を差し替えることであらゆる動物の能力を扱えるヤバめな人、城島犬と強制的に戦闘することになっちゃって…
暗い視界のなかどうしたって不利になる状況で、山本はオレがリボーンに蹴落とされて動植物園の中に来てしまって城島に狙われたのをきっかけに、見事勝利!
代償に、山本の左腕が奴に咬まれたせいで血でだらだらの真っ赤になっちゃったけど…、「これぐらいのケガじゃ余裕で野球できるぜ」らしい。山本…すげぇ!!!


気絶してる城島を追ってこれないように適当に岩に縛り付けてから、なんとか引き上げてもらって、山本の手当てやら何やらをしていた。


「ププッ!めでてー連中だぜ!!」

「!」


「アニマルヤローだ」と獄寺君。山本とオレが落ちた穴の底から、ヒャハハハハ!!と高笑いが聞こえる。
さっきまでは完璧に気を失ってたのに…!


「ひっかかったなー!おまえ達に口割らねーために、オポッサムチャンネル使ったんだよん!!」


「おぽっ…?」

「有袋目オポッサム科オポッサム。死んだフリをするのが得意な動物よ」


ビアンキの適格かつ分かりやすい豆知識。こういう正式名称みたいなの、よく覚えてるよなー…
感心していたのも束の間、再び穴から声が響いた。



「でもよーく考えてみたら、おまえ達に何言っても問題ないじゃん!!

ぜってー骸さんは倒せねーからな!!全員顔見る前におっ死ぬびょーん!!」

「んだと砂まくぞコラ!!」

「甘いわハヤト…」

ひょいっ



ゴッ!!


「キャンッ!!」



「ヒクヒクしてるけど…あれも死んだフリかしら」

「(やっぱこのヒト怖え───!!)」


穴を覗き込むビアンキ。至って平静だから余計怖い。
そこでリボーンが懐から1枚の写真を取り出しながら言った。
それはさっきも見せられた、敵3人組の写ってる写真。右にさっきの城島犬、左に獄寺君が戦った眼鏡に帽子の人が写っている。


「だが奴の言う通り、六道骸をあなどらねーほうがいいぞ。
奴は幾度となくマフィアや警察によって絶体絶命の危機に陥ってるんだ。だがその度に人を殺してそれをくぐりぬけてきたんだ、脱獄も死刑執行前日だったしな」

「この人何してきたの──!?


六道骸やっぱ怖え────!」




***




「六道骸様」



むくり。
起き上がった包帯だらけの身体に名を呼ばれ、そちらを見やる。
枕元に置いておいた眼鏡をかけ、起き上がった拍子にずり落ちたそれを指先で直す。



「おや、目を覚ましましたか?

3位狩りは大変だったようですね、千種」

「…ボンゴレのボスと接触しました」

「そのようですね。彼ら遊びに来てますよ…犬がやられました」

「!」

「そう慌てないでください、我々の援軍も到着しましたから」



先ほど、状況を監視させていたバーズの鳥が帰ってきて知らせたのだ、
犬がやられた、と。

ガタッ、と音をたててベッドから降りようとする千種を引き留め宥める。
振り返れば、脱獄する際に手を組み、今回は殺し屋としてきちんと雇った彼らがいた。
ついさっき報酬金額について話をしていて機嫌の良さそうなM・Mが口を開く。


「相変わらず無愛想な奴ねー、久々に脱獄仲間に会ったっていうのに!」

「…何しに来たの」

「仕事に決まってんじゃない。骸ちゃんが一番払いいいんだもん♪」

「…答える必要はない……」

「「…………」」

「スリルを欲してですよ」


「千種はゆっくり休んだ方がいい。ボンゴレの首は彼らに任せましょう」



そう諭して彼をもう一度ベッドに押し戻す。横になっていた方がいい、と言ったにも関わらず、もう平気ですと譲らない。
変なところで頑固なのは昔から変わらないですね。そうですか、と相槌をうってベッドの端に腰かけた。


「さーてとっ、犬がやられたってんならさっさと次のやつが行かないとなんじゃない?骸ちゃん」

「……頼めますか、M・M」

「もっちろんよ♪ちゃっちゃと済ませてショッピングに行くんだから!
…あ、千種!10代目の容姿教えなさいよ」

「………すすき色の、ツンツン頭」

「ツンツン?…ふぅーん、そぅ!」


「行ってきまーす」と身軽そうにクラリネットだけを手にして部屋を出ていく彼女の背を見送る。


「バーズ、彼女が駄目だった場合は次を頼めますか?」

「はい、勿論ですよ六道さん。
そこの彼はラスボスの設定≠ネんでしょう?」

「えぇ。ですから、」

「ウジュジュジュ…任せてください」


「用意がありますから、少し早めですがもう行きます」と猫背な小男は人形のような容姿の双子を引き連れ部屋を出ていく。
部屋には僕と千種、そして、───…もう一人の僕=B

特に話すこともなく、沈黙が流れる。
そこで千種が、ふと両手を見ながらぽつりと小さく呟いた。



「……骸様が、やってくださったんですか…?」

「ん?…あぁ、違いますよ。あの子です」

「……どうりで、いつもより包帯の巻き方が…」

「なんです千種?もう一度言って頂けますか」

「すみません、なんでもないです」


再び流れる沈黙。だけども、今度は先程よりも僅かに短かった。



「……なんだか、」

「はい?」

「…変な感じです。…昨日、犬とも話してたんですけど」

「変とは…?」

「南羽無のことです。……あんな、平凡な、表の人間がこれから俺達と行動を共にするなんて…理解できない、って」



彼らが戸惑うのもわかる。
僕だって、今でこそこんなにも彼女に入れ込んでいるけれど、最初は彼らと同じように彼女の存在を納得出来ずに何度も酷い言葉を吐いた。

あの日だまりのような温かい笑顔も、わざと明るく振る舞うその気概も、能天気そうな言動も、
全部全部僕にはないもので、僕が知らないものだったから。



「理解なんて、しなくていいんですよ」



僕の言葉に、不思議そうな顔をする千種。
くすり、零れる苦笑。



「あの子は、僕らが受け入れるまでもなく、いつの間にか心の内に入ってきてしまいますから」


「…軽くはた迷惑に感じます」

「えぇまったくです。…ですが、気付くともう、いるんですよ」



どうして彼女は、あんなにも色々なものを持っているんだろう。
あまりになんでも持っているせいで、彼女の世界≠フ人間には疎まれ妬まれ蔑まれたらしいけれど、元々何かが欠けている僕には、それを埋めてくれる彼女の存在がいつからか嬉しかった。

羽無は僕の世界。
僕の世界は、羽無がいないと始まらないし終わらない。
神様より遠くて、仲間よりも身近な存在。
愛するべき、守るべき、崇拝すべき僕の片割れ。


「千種も犬も、そのうち分かる日がきます」

「……………………はい」


何処と無く不満げな彼の様子にクフフ、と笑みを溢す。
そこで僕は思い出したように、ふと小さく呟いた。




「あぁ、ちなみに、













羽無は、裏社会の人間ですよ。
それも、ボンゴレの…ね」




***

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