「ふぅーん…、あんた羽無っていうの」


M・Mが腰に手をつきながら、向かい合うように立つ羽無の爪先から脳天までをじっくりと眺め回す。
羽無は若干緊張気味で、M・Mの言葉にこくりとひとつ頷くと、目をぱちくりと瞬かせた。

暫くして、M・Mが半目で睨むように彼女を見ながら言う。



「貧乳」

「っ!」

「童顔、ひょろっちぃもやし」

「〜っ」

「おまけに戦えない?冗談じゃないわ!なんでこんな子を気に入るのかしら、骸ちゃんのセンス疑うわ」

「M・M…?世の中には言っていいことと悪いことがあるんですよ…?」

「だってそうじゃない!あたしがこの子より劣ってるところなんてあるっ!?」

「その性格のキツさですかねぇ」

「ちょっと!骸ちゃんっ!?」

「クフフ、まぁそれも貴方の良い持ち味ですけどね」

「……もう、わかってるじゃない、骸ちゃんったら♪」



頬を赤らめながら照れ隠しに羽無をどつくM・M。ひょろひょろとよろめく彼女を後ろにいた犬が支えた。
機嫌が直ったのか笑顔のまま椅子に座るM・M。僕は気付かれないようにそっとため息をついた。


「お前も黙ってないで少しは言い返せよなー」

「………、」


ふとそちらを見やる。
羽無が、口を開いているにも関わらず声が出ていないようだ。
さっきまで、微かでも声は出ていたというのに。


「……羽無?」


喉元を押さえる羽無。
犬も様子がおかしいと気付いたのか顔を覗き込むようにしている。
M・Mも異変に気付いて、鼻唄を止めこちらを見ている。
バーズやツインズは気にも止めていない様子だ。


「………、………」


ぱくぱく、唇だけが動く。




声が、…出なくなった?



羽無は驚愕の表情でブラウスの胸元を握り締めた。
すると、弾かれるように勢いよく駆け出して、部屋を出ていった。
物陰に隠れて様子を伺っていた星の王子にかけていたマインドコントロールを解くと、静かにそのあとを追っていった。

様子見は彼に任せた方がいいだろう。一人きりよりはましだし、僕のように心を許している人間でも、ここにいる彼らのように逆に初対面の人間でも今の彼女には不向きだ。
子供一人がそばにいたほうが、冷静さを保てるだろう。



「……あいつ、どうしちゃったのよ」

「…おそらく、精神的負荷による失声症でしょう」

「しっせーしょー?」

「声が出なくなる病気ですよ。もともと彼女は声帯が生まれつき弱かったみたいですけどね」

「……ふぅーん…」


M・Mが武器であるクラリネットを手でいじりながら聞く。
一見興味なさ気だが、あれはあれで気にしているのだろう。

全く、君は本当に他人を取り込むのが上手いですね。
妬いても妬き足りませんよ。


今まで羽無が出ていった方をじっと見ていた犬が、ふと顔をあげる。
すんすん、と鼻を鳴らすその様に、僕はなんとなく勘づいた。



「来ましたか、犬」

「はい。…オレの標的のニオイもしまふ、行ってきていいれすか?」

「勿論です…クフフ、行ってらっしゃい」

「いってきまーす」



舌なめずりをして楽しそうに部屋を出ていく犬。
残された僕らは、ただ千種が目覚めるのを待つのみ。

僕はその間に、今回彼らに頼んだ仕事≠フ内容を簡単に説明した。


「ボンゴレ10代目を、殺さず生かさず捕獲すること。…出来ますよね?」

「もっちろんよ♪それ相応の報酬が出れば問題ないわ!」

「ウジュジュ…、骸さん…その他ギャラリーは好きにしていいんですよねぇ?」

「えぇ。殺すなり遊ぶなり、好きなだけどうぞ?」

「………」


ウズウズし出すツインズを横目に、先程から一言も喋らない彼を振り返る。
彼は、羽無とは違う意味で、もう一人の僕だ。


「……さっきの少女は、」

「はい?…あぁ、羽無ですか?」

「…何故こんなところにいるんだ…?」


低い声で問うてくる彼の言葉に、一同が再び静かになる。
僕はそうですね、と一言おいてから、微かに笑みを浮かべながら言った。





「彼女も、この世界に絶望しているから。


……僕と同じように、ね」





精神世界で彼女が打ち明けた現実≠ヘ、酷く痛みに包まれていた。
傍にいる人間を信用できない。更なる痛みに怯え震えながら過ごす日常。
他人を異常に恐れるようになり、唯一心を許している人間の言葉でさえ疑ってしまう。

弱く臆病な自分が嫌。
自分が存在する世界が嫌。

絶望した世界に生きることが、つらい。




僕とは形が違うけれど。
それでも、共有出来る痛みだった。
全く同じなんて、望んでいないけれど。
それでも、一緒にいられることが癒しだった。



自分の慾のために世界を壊そうと思った。
だけど、途中から壊すだけじゃなく、作り替えようと思った。

虚無の世界で独りになるより、君とあそこのような世界を作り上げることの方が、僕には魅力的に思えた。
何より、君がいれば出来る。そんな、確証も何もない予感だけがしたんだ。



「骸ちゃんにとって、あの子はなんなの?」


ポツリ、呟くM・Mの言葉に、僕は無意識に微笑う。



「大切な人、です」







***





「え…、羽無いないんですか…?」

「えぇ、ごめんなさいね…。何か知っていたら良かったんだけど」


お兄ちゃんのお見舞いの帰りに、羽無の担当医だという水湖一海先生を尋ねてみた。
花もなかなか学校に顔を出さないどころか連絡ひとつもない羽無のことを心配していて、一緒に聞いてみたんだけど…、やっぱり羽無の行方は分からないまま、だった。


「分かりました、ありがとうございます」

「何かあったら、またお尋ねしてもいいですか?」

「えぇ、もちろんよ」

「ありがとうございます…、じゃあ、また」



挨拶をして、病院を出た。
暫く花も私も何も話さなかった。

もう一週間以上会ってないなぁ…。
羽無、元気かなぁ。


「京子さぁ、」

「ん?なぁに、花」

「あの子と小学校から一緒なんだよね?…何か心当たりとかないの?」

「……うーん…」



こんなふうに、何日も会わなくなったのは、あのとき以来かな。
羽無が、葵ちゃんと有香ちゃんたちに大怪我させられちゃって入院した、あのとき。
羽無は、3日間眠り続けていた。所謂、昏睡状態。
漸く意識を取り戻したって聞いて駆けつけても、面会拒絶されてしまった。


今思えば、あんなふうに、色んな人にいじめられて、誰のことも信用出来なくなっちゃったんだってわかる。
だけど、私を信じてくれない、会ってくれない羽無にすごく落ち込んだの、覚えてるよ。

今度は何があったのかな。羽無が風紀委員になってから…、一緒にお弁当食べることも、お休みに一緒にショッピングに行くことも、少なくなっちゃったよね。
羽無はいつもお仕事だから、って。それでも、雲雀さんに会いに行く羽無がとっても嬉しそうに笑ってたから、私、安心してたんだけどな。


羽無の力になれない自分が、なんだか悔しいよ。
私は本当に、羽無にとって親友なのかな?
まだ、羽無は私に心を許してくれてないの、かな。



花に名前を呼ばれて、はっとする。
目の前で、花の細くて綺麗な手のひらがひらひらと上下に振られていた。


「あんたが黙っちゃ元も子もないでしょ?らしくないよ」

「あ、…あははっ、そうだね」

「あの子に何があったのかは、聞かない方が良さそうだけど…さ。あたしたちにはあたしたちで、出来ることがあるんじゃないの?」

「うん…そうだね。羽無が帰ってきたら、笑顔でおかえりって言ってあげなくっちゃ!」

「あたしはどこいってたのよ!ってちょっと怒るかな」

「ふふふっ、もう…花ってば。羽無が怖がっちゃうよ?」

「いいのよ、ちょっとくらい。…じゃなきゃ、心配してたって、わかんないでしょ?」

「ふふ…、そうかも、しれないね」



二人で微笑い合いながら、帰り道を辿っていく。

そうだよね。私が暗くなってちゃ、羽無のこと励ましてあげられないよね!
意気込んで、改めて前を向いたその時だった。




「……京子…、」


「…………ぇ、」






突然目の前に現れた人影。
見間違えるはずも、忘れるはずもない。




有香ちゃんが、そこに立っていた。





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