君は僕の片割れ。

もう一人の僕。



君が笑うから生きようと思った。

君が泣くから世界を変えようと思った。


君がいなければ僕は何も出来ない。

君がいたから僕は今ここにいる。


あと少し。
もう少し。


君が泣かなくていい、
僕と二人で笑い合える、


そんなキレイな世界に、してみせる。









ぱたぱたぱた。

つっかけたスリッパで走る軽い音が、段々と近付いてくる。
僕はソファーに腰を降ろしたまま、顔をあげた。
正面の、外に直接繋がる出入口から、羽無が駆け込んできた。
そのまま速度を落とすと、僕に向かって歩み寄ってくる。


「何処まで行ってきたんです?そこから戻ってくるということは、大分遠回りしたでしょう」

「………くろ…」

「はい?」

「むくろ……、あのね…」



そう言うと、首をブンブンと振ってひとつ深呼吸をすると、僕に抱き付いてくる。
僕の足と足の間に片膝をつくようにしてぎゅう、と絡み付いてくる腕を振り払うことなく、逆に抱き返してやる。
彼女の柔らかい栗毛が頬に触れてくすぐったい。何処からか、甘いような優しい香りがした。


「どうしたんですか、」

「……あの、ね…」

「はい、」

「……あたし、…この、ままで…、いい、の…かな、」

「…!」



掠れた声が、僅かに震えていた。
不安げに、腕をきつく絡めてくる羽無。

安心させるように、優しく、きつく抱き寄せて、頭を撫でてやる。


「……いいんですよ、このままで」

「っ、」

「君は、僕のそばにいるだけで。それだけでいいんです…」

「……」

「何も、気にすることなんてありません。…一緒に、作るんでしょう?
────あそこ≠ンたいに、美しくて、幸せな世界を」



温かい、温かい、君の鼓動。
君の薄いブラウスと、僕のTシャツ越しに伝わってくる。
柔らかい感触のこれは、もしかしなくても、彼女の薄い胸だろう。不謹慎にも笑みが零れてしまう。
温かくて、柔らかい君の感触。優しくて、癒される君の香り。

満たされていく僕の内側。
こんな世界でも、君がいるから少しだけ、幸せを感じられる。


でも、君が悲しいと、つらいと、感じながらもそれを我慢しなければ生きていけないような、
そんな世界なら壊さなければならない。壊して、君がずっと優しく笑っていられるように作り直さなければ。


君は僕の片割れ。もう一人の僕。
僕が泣かない代わりに、君が泣く。この世界を嘆く。
君が笑わない代わりに、僕は笑う。この世界を葬る。

二人だけでいれば、つらい気持ちも分けて共有し合える。
二人だけでいれば、優しい気持ちも一緒に共有し合える。

君がいれば、僕は人間になれる。
君がいないと、僕は人間にすらなれない。


つらく苦しい過去のせいで欠落した感情を、君という存在が補ってくれる。
感情豊かなせいで溢れてしまう堪えきれない感情を、僕という存在が飲み下してやれる。


ほらね、僕らは二人でひとつだ。


だから一緒にいよう。
世界の果てで、二人きりで。


そのためにはまず、



僕の存在を貶め、君の存在を脅かす、
マフィア≠ニいう存在から消していこうか。






優しい手つきで彼女を自分から離す。
泣いてはいないものの、涙の膜を張ってゆらゆら揺れるその瞳を静かに見つめた。


「大丈夫です。僕が、ずっとそばに、一緒にいる」

「……でも、」

「君は僕が守ってあげます、…僕自身の、ために」

「……じゃあ、あ、たし…は、むくろを、まもろ…かな」

「クフフ、頼みましたよ」


落ち着いたのか、仄かに笑む彼女の額に唇を落とす。
もう一度頭を撫でてやると、元気そうに立ち上がった。
その時、羽無越しに見えた人影。


「ああ、千種ですか?」


ドサッ!!


「!……おや、当たりが出ましたね」

「千種きましたー?…っと、」


僕の声を聞いて振り返る羽無。
そこには傷だらけ、血塗れで倒れる千種の姿。

物置部屋からひょこりと顔を出す犬。羽無はその横を通り過ぎるようにして、走って部屋を出ていった。


「なんら?あいつ…」

「怖くなって逃げただけです。大丈夫、そのうち様子を見に戻ってくるでしょう」

「ふーん。…あら!

っひゃーだっせー!血塗れ黒コゲじゃん!レアだよレア…

っひゃ、血ぃうっまそ!」


「噛むな犬!」


しゃがみこんで千種の様子を伺う犬。
涎を垂らして舌なめずりするその様はまさに獣そのもの。
諫めるように声をかければ、躾のできた動物のようにピタリと静止する。


「気を失ってるだけです。ボンゴレについて何もつかまず千種が手ぶらで帰ってくるはずがない…
目を覚ますまで待ちましょう」

「ほへー…つまんねーのー」


犬が頭を掻きながら立ち上がった時だった。
ぱたぱたぱた。またあの音がする。

部屋の横側の出入口を見やると、若干肩で息をしながらそこに立つ羽無の姿があった。
手には、何処からか持ち出してきた救急箱。



「あー?お前何する気ら?」

「羽無?」



質問に答えず、またぱたぱたと走り寄ってくる羽無。
千種のそばに座り込むと、彼を仰向けにして身体のあちこちを触ったり見たりし始めた。

帽子を取って髪を掻き分け傷口を見る彼女に、何がしたいのか分かった僕は薄く微笑うと、彼女の傍へ行って問うた。


「何をお手伝いしましょうか?」


きょとん、としている羽無に笑いかける。
すると羽無も微笑って、微かに「服、脱がせてあげて」と言った。
今度は僕がきょとん、としかけたが、傷の具合を見たいのだと目で急かされ漸く意識が追い付く。


「犬、手伝いなさい」

「えー?…分かったびょん、らから骸さん槍はナシで頼みまふ」


くすくす微笑う羽無。
可愛らしいその顔に僕も微笑う。

それから、羽無は一生懸命に消毒したり、ガーゼを当てたり、包帯を巻いたり、カットバンを貼ったりと忙しなく動き、あっという間に千種の傷の応急措置をしてしまった。
犬に千種を着替えさせて、僕らが医務室としている部屋まで運ぶよう頼むと、めんどくさそうにしながらもおとなしく運んでいった。
いつもめんどいと言っているのは千種なので、若干の違和感に内心笑ってしまいそうになる。

「さ、僕らも行きましょうか」

「ん…、…っ!」

「羽無?…どうかしましたか…、…おやおや」


立ち上がった彼女の表情が歪んだのを見て、僕は問い掛けた。
足を押さえている風に見えたので、近寄って薄手のスカートをほんの少し捲った。
すると、彼女が床についていた膝辺りから出血していた。切り傷に見えるあたり、散らばっていたガラスの欠片で怪我をしたのだろう。


羽無をソファーに座らせると、彼女の手から救急箱を受け取り、開いて消毒液とガーゼ、絆創膏を取り出す。
先程彼女がやっていたのの見よう見まねで傷口を消毒し、仕上げに絆創膏を貼った。
普段怪我をあまりしないぶん(しても自然治癒)、少し手間取ってしまったが、なんとかやりきることができた。

くすくす、また漏れる可愛らしい笑い声。


「…っふふ、…む…くろ、…へたっぴ」

「……うるさい」


僕は、ぐちゃぐちゃになって貼れなくなった絆創膏の残骸を救急箱に放り込むと、閉じて手に持ち、立ち上がる。
手当てしたおかげでもう然程痛みもなさそうに彼女も立ち上がる。

すると、先程千種が戻ってきた正面玄関からぞろぞろと、人影が現れる。


「おや、丁度良いところに来ましたね。
待っていましたよ」

「ちょっと!骸ちゃん、その女誰!?」

「…はじめ、まし、て…」

「初めましてじゃないわよ!骸ちゃんの隣はあたしのものなのー!」

「やれやれ、うるさい小娘だ。骸さん、お久しぶりです」

「「………」」

「………」


隣で首を傾げている羽無の頭を撫でる。
個性的なメンバーではあるが、頼りにはなる。
これからが本番だと、僕は緩やかに口端を上げた。





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