*** レオンの尻尾が切れて、リボーンが不吉だと言って、それからレオンがいろんなものに変わりっぱなしになって、あれ?そういえばカメレオンって尻尾切れるんだっけ?って思ってたらガラガラと忙しない音が近付いてきて、医者の先生たちの大きな声がした。 「どきなさい!!また並中生がやられた!!」 「え!?」 「風紀副委員長の草壁さんだ!」 「病院出てすぐにやられたんだって!」 さっきまでとは明らかに違うざわつき。あの風紀委員会のNo.2がやられた、と皆不安を露にしている。 だけどおかしい、さっきの話じゃヒバリさんが敵をやっつけに行ってるはず。…も、もしかして、ヒバリさん… 「まっさかー、あのヒバリさんが喧嘩で負けるわけないよねー」 「…レオンをたのむぞ」 「あっ!おいリボーン!!」 オレが一瞬頭を過ったあり得ない可能性を否定すると、リボーンは鏡餅になったレオンをオレに預けて草壁さんの横たわる搬送用のベッドの上に飛び乗った。 意識のない草壁さんの口を抉じ開けると、「4本か」と確信めいたことを呟いてベッドから飛び降りる。草壁さんはそのまま手術室へ運ばれていった。 「おい、何してんだよ!!」 「他に考えにくいな」 「!?」 「喧嘩売られてんのは、 ツナ。お前だぞ」 「へ!?」 いくらオレでも分かる。これはジョークでもなんでもないってこと。 でもその信じがたい事実に、オレはただただ狼狽えるだけ。 「喧嘩売られてるってどーいうことだよ!!」 「お前は被害者が何本歯を折られたか覚えてるか?」 「え?…何本って…、 さっきやられた草壁さんが4本って言ってたよな…、確かお兄さんは5本だろ?あとは…」 「了平の前にやられた森山ってのが6本だ」 その前の押切が7本、その前の横峰が8本、その前の奴が9本、その前の奴が10本だ。 リボーンの言葉に、オレは驚愕。こうも数字がきれいに並んでるってことは…、 「気づいたか?最初に襲われた奴は24本全部の歯を抜かれた。それから順番に1本ずつ抜かれた数が減ってるんだ。 奴らは歯でカウントダウンしてやがる」 「なんだって──っ!!!?」 「カウントダウンに気付いてピンときたんだ。こいつを見てみろ」 「…並盛中の喧嘩の強さランキング?」 突然手渡された1枚の紙には、悪名高い先輩方の名前や、オレの知らない人の名前まで様々に順位のもと書かれていた。勿論、一番上にはヒバリさんの名前があった。 「え…?これがどうかしたのか…?」 「おめーは鈍いな。襲われたメンツと順番がピッタリ一致してんだ」 「えーッ!!?マジかよ!!……本当だ!!つーかこのランキングって…」 「ああ、フゥ太のランキングだぞ」 「えぇ!!?」 レオンが小さなフゥ太に姿を変えた。 話の展開が速すぎて頭が追い付かない。どうして犯人はフゥ太のランキングを持ってんだ? 「一体何がどーなってんだ…?」 「…オレ達マフィアには沈黙の掟≠ニいうのがある。組織の秘密を絶対に外部に漏らさないという掟だ…フゥ太のランキングは業界全体の最高機密なんだぞ、一般の人間が知る訳ない。 つまりこのランキングを入手できるのは…」 「あっ!」 オレはリボーンの話を聞きながらランキングを眺めていて気がつく。 4位の草壁さんが襲われた。ヒバリさんが戻らない今、敵は今も動いてるというわけで、それはつまり、 「次は3位の人が狙われるってことじゃん!」 「あぁ」 字を目で追う。3位、3位…見ればそこには、よく見知った親しみ深い名前が書かれていて。 急に不安になったオレはリボーンにヘルプを乞うた。ピコピコハンマーに変わったレオンを手にしたリボーンの表情に若干影が射す。 「やべーことになってきたな…お前が行け。オレは気になることを調べる」 「オレ───!!?」 *** がらんとした教室。相変わらず斜め後ろの席は今日も空っぽ。珍しくその2つ左の10代目の席も空っぽ。 どーなってんだ?欠席してる奴がやけに多いし…野球バカは後ろでいつも通り居眠りこいてっけどよ。 10代目のいねぇ学校なんざ来る意味ねぇし。かったりー。 暇潰しに弄っていた携帯電話の電池が切れた。 「ケータイの電池切れたから帰りまーす」 「コラ獄寺!!きさま遅刻して今来たばっかりだろー!!」 *** 「ええっ早退したー!?」 「ちょっコラ沢田!!来て早々帰るな──!」 足がそんなに速いわけでもないのに全力疾走して既に息切れ気味のまま学校の階段を駆け上がったオレにこの仕打ち。ったく、ハルたちに邪魔されなかったら獄寺くんつかまったかもしんないのに!! 肩で息をしながら今上がってきた階段を勢いよく駆け降りる。途中足を滑らせて半ば転がり落ちたけど、すぐ体勢を立て直して下駄箱へダッシュ。スニーカーに履き替えて取り敢えず町へ出た。 公園、ゲーセン、ファーストフード店、一度一緒に行ったところをしらみつぶしに回るけれど見つからない。 見つけた公衆電話から彼の携帯にかけても繋がらない。まさに八方塞がり。頭を抱えていたら、二人組の女子高生が通りがかりながら何か呟いているのが耳に入った。 「あ、並中生だー」 「無視無視、近寄らない方がいいよ」 「変に巻き込まれたくないもんねー」 「(そんな風に思われてんの…?)」 「さっきも商店街で…見た?」 「なんか並中の子黒曜の子と喧嘩してたんでしょ」 「!」 まさか… 間違いない。 オレは商店街へ向けてもう一度駆け出した。 *** 嗅ぎ慣れた、鉄臭さ。 ただいつもと違うのは、流れる血が草食動物のものでなく、自分のものであるということ。 「おっと」 ぐっ、と髪を根本から掴まれ、顔を引き上げさせられる。 何度も殴られて、頬は腫れ血が滲み、鼻や口の内側が切れてぼたぼたと血が零れ。頭も何度も打ち付けたせいで額や右目の上あたりが切れて、滲んだ血で視界が曇る。 「なぜ桜に弱いことを知っているのか?って顔ですね。さて何故でしょう」 あのヘンな病気のせいで霞む視界。それでも血で曇る右よりかはまだマシだ、左半分の視界でくつくつと嘲笑うそいつを視線で殺してやるつもりで睨む。 髪を掴んでいた手を突然離されて、がくりと落ちる体。肘をついてなんとか保つ。 頭を上げるのも辛い。噛み締めた奥歯から鉄の味。むせ返るようなそれに口を開けば、げほっと血溜まりが落ちた。 「おや?もしかして桜さえなければと思ってますか?…クフフ、それは勘違いですよ。君レベルの男は何度も見てきたし幾度も葬ってきた。 …地獄のような場所でね」 肺にうまく力が入らない、呼吸のしづらさがもどかしい。 嗚呼、南が幼い頃受けたものも、こんな感じだったんだろうな。 殴られたのなんて、ましてやここまで好き勝手にやられたのなんていつぶりだろうか。 「さぁ、続けましょう」 「……!」 腹に尖ったブーツの爪先が勢いよく刺さる。肋骨の届かないそこは臓腑に直接衝撃が叩き込まれる。痛みに力が抜けた一瞬の隙を見計らうかのように背を踏みつけられ、容易にうつ伏せにさせられた。 古い建物のせいで床にはあちこちに砕けた硝子の破片が散らばっており、腕をそれで引っ掻いた。また新しく生傷が増える、鮮やかな赤がじわりと染み出してきた。 「なかなかしぶといですねぇ…鬱陶しいですしこのまま殺してしまいましょうか」 嗚呼、でも契約しておけばそれなりの戦力にはなりますかね。 まるで教科書の数式を唱えるように、感情も何もない声音が降り注いでくる。 契約?なんのことか知らないけど、こいつの手下に成り下がるくらいなら悪いけど僕自害するよ。それくらいこいつだけは嫌だ。そもそも誰かの下につくなんてプライドが許さない。 ひゅー、ひゅー。呼吸をする度にそんな音が気管からする。僕の喉笛はいつの間に本当の笛になったんだ、聞いたことないこんな音。 左腕を掴み持ち上げられたあと、強く頭を殴られる。軽く浮いていた上体もその衝撃に乗って再び床に叩き付けられる。 何度目か分からない骨の軋む音、それに伴うようにして感じる痛みに歪む顔。 「えぇと、何本イきました?そろそろ体も起こせないんじゃないですか?」 「………っ、」 「…ふむ、骨を折るのも飽きてきましたね。なかなか疲れますし。いい加減に意識を飛ばしてもらいましょうか」 殴りすぎて赤くなった手の甲に息を吹き掛けながら話す男。 もう一度腹に入れれば痛みで意識も飛ぶでしょう、薄く笑うそいつ。頭がうまく回らなくて、次で最後か、胸中でそれだけ呟いた。 その時だった。 「…!」 「…っ、おや…随分とお目覚めが早いですね、お姫様」 「……っめ、…っ!!」 ぱたぱた、駆け寄ってくる音がした。気づけば、ぼんやりと男の姿を映していた視界が栗色に染まる。 光に反射してきらきらするそれに、目を見開いたまま瞬きが出来なかった。 「退いてください、羽無。邪魔です」 「っ、や…!」 「そのままにするより今意識を飛ばした方が楽ですよ?彼も、」 「……っ、」 「………貴女も。」 ふるふると震える栗色。 僕は、思わずそれに手を伸ばしかけた。うまく腕に力が入らなくて、上がらなかった。情けなくて、やんわり唇を噛んだ。 「む…ろ、」 「ほら。見たくなければ上で犬と一緒に待っていなさい、ついでにそこの王子様も連れていってくださると助かります」 「……ぃや、……」 横たわる僕を庇うようにして立つ、一週間前より幾らか痩せたその細っこい身体。 足には病院のスリッパをつっかけているだけ、所々にまだ新しい擦り傷やら切り傷やらが見えた。 悔しい。何がって…全部だよ。君が僕を庇うのも、やられっぱなしの僕も、胸糞悪い。むしゃくしゃする。 ねぇ、何やってるの。怖いんだろ、分かるよだって膝が笑ってるよ、肩が震えてるよ、ねぇ。 君が居たらいつまでも僕は反撃出来ないじゃないか。無理してないで、また花見の時みたいに何処かに隠れていてよ、頼むから。 怯える君を視界に残したままじゃ、僕が戦えない。 それなのに、聞こえた掠れ気味の声は、震えながらも強さを孕ませていて。 「も…っ、…終わりに、しよ…よ」 「………」 「あたし、…ぃく、から。 ちゃんと、……り、さん、…お別れ、す…から」 ねぇ。 何、お別れって。 ふざけるなよ、 南、 「では今すぐに挨拶を済ませなさい。僕にはまだまだやるべきことがあるんです、その男だけに構ってやれる余裕などない」 怒りを孕んだような、低い声がした。 段々と意識が掠れていく。怪我からくる肉体疲労とここ最近の睡眠不足のせい。 視界がぼやけてきた。振り返る君が、笑った気がした。 「ひばり、さん。 ありがと、ござい…ました。 さよならです、」 ごめんなさい、 そう言ったかい? 小さすぎて聞こえない言葉。 頬に冷たい何かが落ちてきた。その感触に胸が軋む。 (待って、) まだ、言えてないことがあるよ。 ねぇ、 ねぇ。 ぷつり。 そこで、全てが暗闇に落ちた。 [prev] [next] back |