雲雀サンの狩りに向かう背を見届けてから少し。
特にすることもなし、この辺りは屋台も距離的に遠いので行く気は起きない。
仕方なく茂みの木に背中を預けてぼんやり空を見上げていた、そんな時だった。


そろそろ花火、始まっちゃうんじゃないかな…。


「あれー、オシャレに浴衣なんか着ちゃってー彼氏とデートぉ?」

「あは、んなわけないじゃん。こんな顔だけの人形。ねぇ私たちのこと憶えてるー?」


ふと聞こえた声。そちらに視線を移せば、


「忘れるわけないよね」

「だって、私たちあんたのせいで」


ああ、あああ、

蓋をして二度と開けるものかと怯えていたあの記憶。

その傷は今もこの胸に深く深く残っていて、

きっと一生消えることなんてないと思っていて。


そしてあたしの浅はかな、
きっともう会うことは一生無いという考えは、思いは、



「「遠い遠い場所へ転校させられたんだから」」


今、見事粉々に打ち砕かれて。



「ゆ……、ゆうか、ちゃん…?それに、あおい、ちゃんまで…」

「へーぇ、名前まだ憶えてたんだぁ」

「久しぶりだね。 南羽無ちゃん♪」


嘘だ

嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!

どうして、なんで、


青島有香に如月葵

私服姿で並ぶ二人

この子たちは、県外に転校させられたはずだ
校長先生から、厳重な罰として

何故なら有香ちゃんと葵ちゃんは



あたしを病院送りにした張本人達だから



「あんたのせいで転校先じゃ私たちは悪い者呼ばわり」

「おまけにいじめに遭うし、教師には問題児のレッテルが勝手に貼られてる」


「「なんで私らがこんな目に遭わなきゃなんないのよ!!!!」」


パシンッ


なんて勝手でヒステリックなひとたちなんだろう
自分たちが何をどうしたのか考えたことがまるで無いみたいだ



叩かれた頬がひりひり痛む

3年前にも感じた感覚と同じ


心の奥底から溢れ出る悪意を痛みで叩きつけられるような

そんな、真っ黒な感覚


「どうして私たちがいまここにいるのか分かる?」

「簡単だよ、夏休みだから二人で遊びに来ただけ」

「私たちこの町がとっても好きだったんだもの。純粋に、本当に」

「だから別にあんたをイジメるために来たわけじゃないよ」

「だけどまさかこんな偶然に出会えるなんて思ってもみなかった」

「さっき京子も見かけたよ。相変わらず優しそうだったね」

「あんたの親友なんて、同情の念からだと思ってたけど」

「あははっ、同感。なんであの京子が私たちよりあんたを守ろうとしたんだろうね」

「くっだらない。どーでもいーよ、そんなこと。それよりさー、歩いてて耳に入ったんだけどー」

「あんたさー、並盛中の風紀委員になったってホントー?」


二人で勝手に話を進めていく
途中なんてまるであたしが居ないみたいに盛り上がって

急な話の展開に目を見開いた後、正直に頷く





「やっぱりかー…」

「並盛も落ちたよね」

「こんな人形を秩序にしちゃうなんて、さ!」

ドガッ

「っ…!」


蹴られた

すぐ後ろが木だったから衝撃が流れないで全部身体に留まる
痛い 帯、曲がっちゃったんじゃないかな



「風紀委員長のヒバリキョウヤとはどうなの?」

「あっは、もしかして毎日メタメタに殴られてたりする?」

「………ちがう」

「……あれー、そういえば声どうしたのかなー?」

「あの頃はどんなに痛くても嗚咽すら漏らさずに泣いてたのになー」

「…………もうすぐ、なおる、から」

「へー、そーなんだー良かったねー」

「その喉のせいでみーんな人形のあんたに勘違い起こしちゃったんだもんね!」

「あはははっ、京子はまだ勘違いしたままかなっ!?」


笑うな

京子は勘違いなんか起こしてない



ずっと、ずっと優しくしてくれた
つらい時も苦しい時もそばにいてくれた

魂の無い人形じゃない
あたしは、

「にんぎょうなんかじゃない」

「………は?何言っちゃってんの?」

「小奇麗な顔売りにして男子に囲まれてたのは誰?」

「声が出ないのをいいことにキレイ事ばかり並べたのはだぁれ?」

「全部あんたじゃない、あんたは人形だよ」

「冗談もほどほどにしてよね…笑えない」

「ちがう、」

「違うわけ無いじゃない!!!!!!」


有香ちゃんが怒鳴った
お祭りの音が騒がしい中でも、すごく痛く耳に響く声

体がぶるっ、と震えた


あの時も、こうやって怒鳴られた後いろいろ酷いことをされた


ま、た?




葵ちゃんが黙ってあたしを睨んでいる

こわい


有香ちゃんはざくざくと林の中に踏み入ると手頃な、それでもやや太い枝を
持ってきてぎり、と手に力を込めた

木に背中を預けて震えるあたしは葵ちゃんがすぐそばに居たこともあって
身動き出来なかった
有香ちゃんが枝を思い切り振りかぶる

あ、殴られるんだ


あの日がフラッシュバックする


だんだん痛みも感じてこなくなった、あの日あの時
怖いと思うことも、痛みに目をつぶることも、しなかった



ぼう、と目の前の有香ちゃんを見つめる

ああ、久しぶりだから痛いのかもしれない




雲雀サンと、花火見たかったのにな










バキッ






砕けて石畳に落ちていく木の枝の破片
有香ちゃんの持っている枝は、有香ちゃんが持っているところの3p上辺りから
吹っ飛んでなくなっていた


「……………………、あ、あんた」

「何よ、邪魔しないでくれる?関係ないでしょ」

「有香!やばいよ、歯向かわないほうがいいって!」

「触んないでよ葵、あんたまで怪我するよ?」

「そっちの女子の考えのほうが正しいかな」



嘘、だ

痛くない


「ひっ……!ゆ、有香!こいつ、アレだって!」

「なんなのさっきから。鉄の棒振り回してる辺り不良なのは分かるけど」


きらり、暗闇に光るその獲物は下ろされた
これ以上攻撃を加えるつもりはない、という意味だろうか


もう、気は済んだんだろうか
まだあっちの群れを咬み殺していてくれたら、こんな醜いシーン見せなくて済んだのに



「ひばり、さん………」


ほら、また


あなたの優しさを、勘違いするあたしがいる


守ってくれた、なんて


「随分と吠えるのが得意な草食動物みたいだね」

「ゆ、ゆーかぁ!」

「うそで、しょ、こ、こいつ、が…」

「うちの大切な委員に手を出すのは僕が許さないよ」

「に、逃げよ…」

「…………っ」

「この子がいなくなるとデスクワークの出来る奴草壁しかいないんだから」


しゃがみ込むあたし
もう浴衣が汚れてしまっても何も言えない
力が入らないのだから

あたしの頭めがけて振り下ろされた枝は、当たる寸前で粉々に砕けて散っていった
気が付いたら、雲雀サンがあたしの前に、二人からまるであたしを庇うように凛として立っていた


「馬鹿な真似はよしてさっさと尻尾を巻いて逃げなよ、負け犬に似た草食動物2匹」

「「………っ!!」」



雲雀サン越しにあたしをぎろりと睨むと、二人は走っていった


くるり、振り返ってこちらを見る雲雀サン
嗚呼、ありがとうと言いたいのに肺の奥が震えて息が上手く出来ない

そっとしゃがみ込むと雲雀サンはあたしの左頬に触れて、静かに呟いた


「腫れてる」

「………………っ」


その声が、瞳の色が、表情が、優しかったような気がして、
もう止まらなかった。涙が、溢れてしまった。
月並みな言葉だとは分かっているけれど、大粒の涙、これが一番表現にふさわしいと思う。

ぐしゃぐしゃに乱れた髪の毛が木の皮にほんの少し引っかかっていて、
これもまた優しい手つきでそれを取ると、見た目よりも大きな手のひらであたしの頭を撫でた。

俯いてただ涙を零すあたしを、そうっと、壊れ物を扱うような仕草で、撫でてくれた。


何も言わないでただ隣に座りなおしてくれた雲雀サンは、空に輝く大きな大きな花火を見上げながら、
ずうっと、ずうっと、あたしの頭を撫でてくれていた。




大きな花火は綺麗だったのかもしれない。

でも、水滴がぼろぼろと頬を転がり落ちていく様を見せたくなくて、
ひたすら下を向いて泣いていたあたしには分からなかった。



どのタイミングだったか覚えていないけれど、花火を見上げる雲雀サンがきれいだね、と
呟いていたのはよく聞こえたから耳に残っている。


立て続けに放たれる花火の爆音に続き、それを見る人々のわあっ、という歓声で、
きっとあたしが僅かに声を漏らして泣いていたのは、誰にも分からなかったはず、だ。




どんな美味しい屋台の食べ物よりも、花火の音よりも、会いたくなかったのに会ってしまった二人よりも、


ただ、雲雀サンが本当に優しく、優しく包むように頭を撫でてくれた感触、



それだけが、心に焼き付いて消えなかった。





next.


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