トンファーで巻き起こる風が、爆煙を素早く取り払う。
少しは楽しませてくれるかと思ったけど、所詮草食動物は草食動物のままか。

僕は物足りなさに、赤ん坊の制止の声も聞かずトンファーを振る。
が、

金属と金属のぶつかる音がして、

「次オレな」

「…………!」

山本武が刀を持って僕の前に立ちはだかる。
こいつ、長身なのを良い事に僕を見下ろすから嫌いだ。

これならやりあえそうだな、と気楽な台詞。
こいつは出来るほうだけど、詰めが甘いからね。

「どーかな?


 僕の武器には、まだ秘密があってね」

仕込み鉤がトンファーから突出する。
刀を取られた山本武は、僕が強くトンファーを振った方向にそのまま持っていかれて、
砂埃を上げて地面に倒れた。


次は、沢田綱吉、か。
赤ん坊に撃たれた沢田は、また性格が一変して、下着姿で突っ込んでくる。
手には、はたき?馬鹿だね、それは武器じゃないよ。


一時的な強さに、興味は無い。


額から変な炎が消えた途端、沢田が元に戻る。
僕は気にせず、トンファーを振るった。

……けど、


どさっ

「ひぃっ!

 ……!」


どういうわけか、僕は膝をついていた。


どうやら、さっき殴り飛ばした酔っ払いのせいらしい。
眩暈がする。身体もなんだかだるくて重たいし、高熱が出たみたいな錯覚。

なんとかしてだるさで重たい身体に力を込めて立ち上がる。
南が駆け寄ってくる音が、ぼんやりと聞こえた。

「雲雀サン!」

ああもう、声は使うなって、言ってるのに。

「大丈夫、君はあいつらと花見を楽しんでおいでよ」

「で、も……!」

視界が霞んで見える。南がスケッチブックを抱く腕に力を込めた。
僕は今出来る限りの作り笑いを浮かべて、もう一度大丈夫と言った。
沢田たちにせいぜい花見を楽しむがいいさ、そう告げてフラフラと公園を出る。

作り笑いなんて、初めてした。


心配させたくないなんて、僕も随分おかしくなったな。

そう思った時の僕は、自然と笑えていたと思う。










フラフラ、フラフラ。

公園から離れてもなかなか調子の戻らない身体に苛立ちを覚えつつ、
僕は自宅へ戻ろうと帰路を辿っていた。
時々住宅のブロック塀に身を預けては熱い呼気を吐き出し、
本当に熱でも出したのか、とぐらぐら揺れるような頭痛に頭を悩ませた。

学校にも桜が咲いている。
症状が治まるまで、おそらく今日一日は学校に行かないほうがいいだろう。


道中、見慣れた場所に出る。

いつも、帰るときには必ず通る道。
南の住む、マンションの前。


一人で帰るときも、たまに一緒に帰るときも、必ず通る場所。
一緒に帰ると僕が見えなくなるまで彼女が見送ってくれているのを知っている。
一人で帰るときは、何故か必ず一度マンションを振り返ってしまう。

また、僕のこと見送ってたり、しないか。


がくり、膝が落ちそうな感覚。自宅のあるマンションまであと少しなのに。

いつもと同じように、いや、習慣になったかのように。
僕は後ろを振り返る。




そこには、スケッチブックを片手にこちらに走ってくる南の姿があった。


嗚呼、やっぱり、いた。


悔しくも、僕の意識は、そこで途切れた。



***




フラフラと、危なっかしく歩いて公園を出て行った雲雀サン。
どうしようかと右往左往していたら、京子やハル、それからツナくんのお母さん達。

京子はフラフラと歩く雲雀サンを見かけたらしく、
ふんわりとした笑顔で、

「羽無、行ってきなよ」

心配なんでしょ?

そう、言った。

肩をぽん、と押されて、あたしは2、3歩進んで、一度振り返る。
まだ笑顔でこちらを見ている京子に、口パクで、

あ り が と う

そう告げて、それから走り出した。


京子は、最後まであたしを笑って見送ってくれた。













一度学校のほうまで行ってみてから、様子から居なさそうだと判断して、
あたしはとりあえず彼が居そうなところを歩き回った。

病院の周り、並盛神社、それから通学路、



見当たらなくて、どこにいったのかな、と仕方なく家に戻ろうと歩いていたとき。

進行方向の先に、見覚えのある黒い後ろ姿。


両腕に抱えていたスケブを片手に持ち替えて、走り出す。


























「あ………南…」

呟いた声。
呼吸も荒くて、苦しそう。

そのまま瞼を落として道路に転がった彼。
慣れない状況に、今あたしは何をすべきか、一生懸命考えた。

あれ、そういえばここ、
あたしんちの、前…?


そう気が付いた途端、やることが決まった。


家の中なら、桜は無いわけだし。

スケブを持っていないほうの腕を彼の脇に通し、持ち上げようと頑張るも、
やっぱり自分より大きい男の人を動かすのにはそれなりの力が必要で。

力が抜け切ってだらりとした雲雀サンの身体を、出来る限りの力で
道から起こす。嗚呼、なんてひ弱なんだ、あたし。


最終的には、スケブを一度エントランスのほうまで置きに行って、
両腕で彼を引きずってマンションの中まで運ぶことに成功した。

あの雲雀サンを引きずってしまった…。

申し訳ないなぁ…。そう思いつつ再び引きずってマンションのエレベーターまで
彼を運ぶあたしだった。だって持てないよ、この人みたいに超人違うもんあたし。











ようやくあたしの住む部屋の前まで彼を連れてきた(もとい引きずってきた)あたしは、
部屋の鍵を開けて中へ入る。渾身の力を込めてよいしょ、と雲雀サンを持ち上げると、
ローファーを脱がせた彼をあたしの部屋まで連れて行った。

なんとかしてあたしのベッドに彼を寝かせると、
皺にならないよう彼のトレードマークである、いつもははためく学ランを
ハンガーにかけて、あとで全力で引きずったこと謝ろう、と心に誓った。


公園に居た時よりもずっと顔色の良い雲雀サンを見たらホッとした。
今は深く毛布を被って(いや、かけてあげたんだけど)すやすやと眠っている。

あどけない寝顔にくすり、微笑。どうしてこんな人が町ひとつ支配できるんだか。
優しくて、皆が言うほど怖い人じゃないと思うんだけどなぁ。
それは、あたしがこの人を好きだからか、否か。


普段は使わないような力も使って彼を運んできたせいで疲れていたあたしは、
早起きしすぎたこともあって、気が付かないうちに眠りについてしまった。

彼が眠る、ベッドに寄り添うようにして。



***




目が覚めたら、知らない景色が広がっていた。






僕は最後、道路に倒れたはずだ。
どうして室内に?

ふと、意識が飛ぶ寸前に南の姿を見たのを思い出す。
あれは、幻覚だったのか、それとも。

ゆっくりと身を起こす。
その時、太腿のあたりに柔らかな重みを感じる。
ぼやける視界がだんだん覚醒してくるにつれ、それが何か見えてくる。


南、


両腕を組むようにして、重ねた手の平の上に頬を乗せてすやすやと眠る南。
僕の太腿に彼女の頭がやんわりと乗っかっていた。枕にされていたらしい。
あたりを見回せば、知らない部屋だけどシンプルで彼女の趣味に合ったものばかり。
ここは、南の部屋?

ハンガーにかけて僕の学ランが窓のカーテンのレースのところに下げられていた。
なんか涼しいと思ったら、学ランが無いからか。

僕の体温で生温い温度になったであろう布団の中、再び眠気が僕を襲う。
南がいると安心している気がする。だからか、よく眠くなる。
彼女が少し物音を立てても起きないらしいし、良い夢見心地だから、
南の居るところで睡眠をとるのは嫌いじゃない。寧ろ好きだ。

栗色の髪の、彼女の頭を撫でてみた。
さらさらと流れるように頬を滑り、落ちていく。

ほんの少し身じろぎした南だけど、それ以上は動かなかった。
そして、またすやすやと眠りだした。
気持ちよさそうに眠っているところ申し訳なかったが、軽く優しく彼女の肩を揺り動かし、
とにかくあんまりにも近い南と距離を置くことにした。
まともに触れたことも無いのに、寝顔を見たり、こんな風に近寄ったりしたら
僕の心拍数がおかしいことになってしまう。今現在とてもおかしいことになっている。

南、と声をかければ、ぴくりと反応する。
むくり、身体を起こしてからゆっくり目を開いて、ぱちぱち、瞬きを繰り返した。

「あッ、雲雀サン!」

声を出してから南が両手で口を覆う。
やっちゃった、と言わんばかりの表情でスケッチブックを探す南。
部屋の入り口に放り出されていたそれを拾い上げると、南が何故か
深く深くお辞儀をした。南身体柔らかいな。

南がスケッチブックを僕に見せる。
そこにはごめんなさい、と書かれていた。
彼女が次のページをめくると、全力で引きずって連れてきました本当にすいません、
控えめな小さく細い字でそう書かれていた。僕引きずられたのか。

でも元気になって良かった、スケッチブックを持ち直すとそう書かれたページを見せながら
南が僕に笑いかけた。心配性だな、と柄にも無く笑った。


「ありがと、おかげで調子戻ったよ」

【いいえ、目の前で倒れられたので物凄くびっくりしたんですよ】

「……うん、僕も振り返ったら君が居て物凄くびっくりした」

【タイミング良かったんですよきっと】

「だね。じゃあ僕帰るから」


ベッドから出て窓のほうにかかっていたハンガーから学ランを取って軽く羽織ると、
南が寄ってきて僕の額に手を当てる。嗚呼、デジャヴ。

【熱は無いみたいです】

「だろうね」

【無理はしないでくださいね、調子悪くなったら言ってください】

「………………ん、」

【来週の水曜日から、ですよね。学校】

「うん。じゃあ水曜にね」


下のエントランスのところまで僕を見送りに行こうとした南を
ここでいい、と言って止めて、今度は振り返らずに去った。
南はやっぱり僕が見えなくなるまで見送ってくれた。気配で分かる。




来週の水曜日から南は2年生か。
僕はいつまで並中にいるのだろう。


僕の学校から離れるのは嫌だけど、南がいずれ学校からも僕からも
離れていくであろうという事実に胸が軋む。


あの子もいつか、僕から、風紀委員会から卒業するのか。


僕は舞う桜の花びらに、少し寂しさを覚えた。






2/3

[prev] [next]



 back