なんだろう。

条件反射、かな。


無意識のうちに走っていて、



気が付いたら、家の前だった。



雲雀サンと帰ろうと思って、そしたら、いっぱいチョコが、






何コレ。嫉妬?
馬鹿みたい。別に恋人でもないのに。

失礼なことしたのは、あたしだ。


なんか、






あたしとしたことが、

まるで少女漫画みたい。




悲劇のヒロインになりたいわけじゃ、ないのに。



雲雀サンは、かっこいいし、強いし、モテてもおかしくないし。
彼の特別だったんじゃないかって、自意識過剰。

彼は言ってた。

君の声が、すきだ、って。


特別だったのかな、自惚れてもいいのかな。

なんで感謝の気持ちなんて言ったのかな。

好きですって、なんで言えなかったかな。



イベントに流されて告白なんて出来ないし、したくもないし。
でも、









少しは、女の子らしくなっても、許されるでしょう?









もう、嫌になっちゃうよね。

あの日から何も言えないまま時間は経って、今日は土日。
携帯にも何の連絡も無いまま、土日。

今朝『今日は学校ね』とメールが来たときは少し鼻の奥がツンとした。


雪がふっかふかに積もった並盛の中、あたしはコートを着て歩く。
いつも通りうみ先生のところに定期健診行くのと、
風紀のお仕事をするために学校に行くのとで。

雲雀サンわざとお仕事溜めてあたしに押し付けるんだもん。
意地悪っていうか、メンドくさがりっていうか。

制服じゃ寒いって言ったら私服の許可も出たし、
のど飴を口の中で躍らせながら校門まで来た。


…ん?あれ、今日は部活もないし、風紀の人以外は
学校にいないはず、だけど…。



あら。


遠目にツナくんたち3人とフゥ太くんとランボくんイーピンちゃん、
それから京子のお兄さんにリボーンくん、ビアンキさんと、
ディーノさんとその部下さんたち…かな、が見えた。

雪合戦してるのかな、それにしては銃構えたりなんか紫色の
物体が飛んだりしてますが。

なんとなく危機を察知したあたしは校庭の端っこを歩く。
気付かれないように、早く校舎まで…


「あ、羽無姉だーっ!」


君はいつもいろいろしてくれるよね、可愛い顔して。

フゥ太くんに見つかった。皆があたしの方を向く。
……ディーノさんがあたし見てずっこけて雪玉と化していくのは、
見なかったことにしてもいいのかな。

苦笑いして、手を振って、それでも応接室に繋がる校舎まで歩むのは止めない。

まったく、君ら寒くないのかね。
あー、動いてるから寒くないのかな?




途端に、低く地響き。え、なにこれ。
あたしが目離した隙に何したのよ。
地震かな、ほんの少し体が傾いて、
雪に足場を取られてよろよろ、っとあたしはこけてしまった。

うぅ、雪ちべたい…。

ジーンズに染みてきた。冷たい。
でもなんか足がずっぽりはまっちゃって立てないんだけど。
どないしよ…



「南何してんの?」


こんな再開のしかたってないんじゃないのか。

学校でも会わなかったし、呼び出しも無かったし、実は寂しかったなんて、

言えないけどね。

立てないーと視線を送ったら、雲雀サン腕掴んでがぽって抜いてくれた。
華奢なのにほんと力強いよね。

はむむ。

足、痺れた…!!!

ホントに、ホントに自分は情けないと思う。

引き上げられて、そのまま雲雀サンにしがみついてしまった。
うぅ、恥ずかしいよ…!

足の感覚が麻痺して、今立っているのが分からない。
雲雀サンは「なに、痺れたの?情けないね」と言った。
返す言葉もありません。

ところが、


ひょいっ

「!!!!!!!?」

「まったく、そこで待ってなよ」

お ひ め さ ま だ っ こ さ れ た !!!!

職員玄関のところにそのまま持ってかれて、待ってなよって言って、
あんたはどこに行くんですか。

この顔の赤さは寒さのせいであって、けっしてお姫様抱っこで嬉しかったわけじゃ…。

不意打ちは無しでお願いしますよ、雲雀サン…。



***




気まずくて呼びたくても君を呼び出せなかったなんて、
本当ならいつだって会えたけどそうしなかったのは、
君の事になると臆病になる自分に気付きたくなかった、


そんなこと、君に言えるわけない。





いい加減溜めすぎた仕事も片付けなければいけなくなって、朝メールをすれば
南からの返信は早くて、携帯の機能で表示される文字たちが
南からのだけは特別な気がして、変な感覚になった。

嗚呼、彼女の言葉だ、なんてね。



南が遅いから校舎の外に出てみたら、雪にはまって転んでる南が居た。
どうやら力が入らないらしく、そのままボーっとしているから、近付いて引き抜いてやった。
雪にはまって困ってる君が少し可愛かったなんて秘密だけど。

ところが痺れて上手く立てない南は、ふらりと僕にしがみついた。
びっくり、というよりも、なんだろう、心臓が跳ねた気がする。

南を軽々と横抱きにすると、職員玄関まで持っていく。
軽いね、この子本当に食べてんの?
あ、いや、南が食欲旺盛なのは僕もよく承知の上なんだけど。



顔を赤くしている南。なんだか口もぱくぱくさせてるし、
相変わらず君って面白いよね。
そんなに寒かったかな…確かに空調完備の応接室から出た時は寒かったけど。

南を玄関口に座らせると、さっきの地響きの理由解明のため、
僕は校庭へと踵を返した。
ま、正確に言えばさっきから群れてる草食動物たちを狩るため…だけど。



さっきまで窓越しでも分かるくらい騒がしかったのに、
校庭に着くと数えるほどしか人数が居ない。
代わりにでかいカメが横たわっていた。ああ、地響きはあれのせいか。

なんだか変な車のようなものが僕の足元に走ってくる。
それを追いかけて沢田も僕のところに走ってくる。
…けど、つまづいて雪の上を滑った。

「何これ?あとそのデカいカメ」

「ひっヒバリさん!!」

車っぽいのを拾い上げて、むくりと起き上がる沢田に聞いてみる。
なんでここに、とか心の中で言ってるみたいだけど、見え見えだし。
こいつ以外に草食動物いないし、咬み殺す気が萎えた。

あたりを見回せば、あの南にまとわり付く気に入らない餓鬼も見当たらないし。
カメの下敷きになってるんなら、いい気味だ。

沢田に車から緑色のボールへと化したそれをぽいっと渡して、職員玄関のほうへ
僕は歩き始めた。
今日は確かに冷えるな…南にココア、出してやろうかな。
さっき雪にはまって寒かっただろうし。

大量に溜めた風紀の仕事も、あの子が居ればすぐ終わるしね。




僕が職員玄関で南と合流して、校舎の中を歩いていた頃、
校庭で爆発が起こっていたなんて僕は知らない。








【雲雀サン、ココアありがとうございます】

「ん。その資料終わったら全部だから」

【はーい】


応接室。
僕と南は資料整理を黙々とこなしていた。
この静かだけど二人で居る空間は嫌いじゃない。

ふと、ココアを作ってやっているときに、バレンタインのことを思い出した。
チョコレート…カカオ繋がりだからだろうか。

南が僕から逃げるように走って帰ってしまったこと、
何事も無かったかのようにそのあと過ごしたこと。


ごめんと言うわけでも言われるわけでもない。
だってどちらも悪くは無いのだから。

【雲雀サン、】

「ん?」

【ココアでバレンタインのこと思い出しちゃいました】

「ワォ、奇遇だね、僕もだよ」

南はすこしだけ寂しそうな表情でココアの入ったカップを見つめる。
なんだかずっとそんな彼女を見ている気にもなれなくて、
僕は自分のコーヒーの入ったカップに目を移した。


南はそれから、何も僕に語りかけることなく、また仕事を再開した。
僕も、カップのコーヒーを飲み終えて再び資料に手をつけた。

もうすぐ春だ。

桜の見頃はいつだろうか。

満開の桜を南にも見せてやりたいな。



僕は、いつになったら彼女に、

この気持ちを伝えられるのだろうか。



***





つたえたいきもちはいつだって

このむねにあるというのに

おくびょうなあたしは

いつだってつたえられないまま

ときはすぎてしまうから


まだつたえられない
もうすこし

もうすこしまってください


あなたにはなしたいことが

はなさなくちゃいけないことが

まだまだたくさんあるから


それをぜんぶはなしてからじゃ

おそいのでしょうか


どんどんふくらんでいくこのきもちを


ぜんぶつたえるのには

まだもうすこしだけ

じかんがひつようなのです


だからあとすこし



もうちょっとだけ


まっていてください。





























人は誰かに感情を伝える時、
言葉の種類や発音、緩急や声の大きさ、
そしてその人の声音が重要になるのだという。

あたしには出来ないこと。
言葉の種類は選べても、相手があたしのメッセージを見ない限り、
伝わることはないしましてや声音なんてものは存在しない。

いつか出来るようになるんだって信じているけど、
やっぱり大切なことはこの声で伝えたいと思う。

ラブレターなんて、言うのが恥ずかしいから、でしょう?
あたしにはその感情が分からないの。
どうして?伝えられる声を持っているのに、

どうして文字で伝える必要があるの?


筆談なんて、もう何年やってきただろうか。
最初の頃はただのメモ帳だけで良かったのに、
年数を経るごとにサイズがどんどん大きくなっていって、
今じゃスケッチブック、だ。


文字だけじゃ伝えられないこともあるんだよ。
その人の感情が、思いがこめられた声じゃないと、
伝えきれないことだってあるんだよ。

だからあたしは、この声がもとに戻ったその時、
彼にこの気持ちを伝えたいと思うの。
それじゃ遅いのかなぁ?

歌だって歌いたいし、きちんと彼と『会話』をしたいの。
だめかなぁ?遅いかなぁ?

それじゃ、届かないのかなぁ?





あたしはこのすき、という二文字の思いを声で伝えたいの。
さらり、紙に書いただけではいけないと思うの。

だからもう少し、あと少し。



あたしに、時間をください。





ちゃんと伝えるよ。

伝えた後のことは考えたくないよ。

怖くなってしまうから。


でも、伝えられるかどうか、それが大事なんじゃないかなって思う。

結果を恐れて手を伸ばさずにいるなんて、


そんなの、あたしはいやだ。







ことり、カップが置かれる音。

【全部終わりましたー】

「ん、じゃあおしまい」

【ココアありがとうございますー】

「なんで語尾伸びてんの」


ソファーに身体を預けて、大きく伸びをする。

ほんわか、空調設備がばっちりな応接室は温かくて、
どうしたって眠気を誘われる。
さっきから寝そうになってるのを、
一生懸命自分を叱咤して頑張っていた。

雲雀サンも終わったみたいで、向かいのソファーに腰掛けると、
優雅に足を組んだ。足長いなー、背も高いし、スタイルいいよなぁ。

先ほどローテーブルに置かれた、雲雀サンが淹れてくれたココア。
それを手にとって口をつける。

ほんわかとした甘み、牛乳のまろやかさ。嗚呼、幸せ!

疲れを癒してくれるココアにほくほくしながら、
あたしはもう一度ソファーに身体を預けた。


「……………ねぇ、南」


うとうと、瞼を閉じようとしていた時。
ぽつり、雲雀サンが呼びかけるものだから、
右目だけ、ほんの僅かに開けた。

意識がはっきりとしないからか、視界は霞み掛かっている。
ぼんやりとする雲雀サンの姿。
表情とか、細かいところは何にも見えない。

「バレンタインの日、さ」

「……………」

「その…チョコ、美味しかったよ」

「…………!!!……」

「あの子供にも、お礼、言っといてよ。それと、さ」


びっくりして一度目を見開くけど、もうもたないらしい。
完全にあたしの視界は真っ暗になった。

「八つ当たり、ごめん。
……また、作ってよ。君の作る菓子は、……────」





ごめんなさい、雲雀サン。


もう、聞こえないよ。



なんて言ったんですか?




















「僕、すきだ」




─────………



目が覚めると、窓からの景色はもう夕暮れに近かった。
雲に夕焼けの光がかかって、グラデーションになっていた。
紫やピンク、オレンジが綺麗に混ざり合っていて綺麗。


ゆっくり横になっていた身体を起こす。

…あれ?

あたし、確か、


ソファーに凭れて眠ったはずじゃ…。


寝ている間に傾いちゃったのかな。
そんなに寝相悪くないはずなんだけど…

まぁいいか、ととりあえず立ち上がる。大きくのびをして、
強張った身体をほぐすと、ばき、身体の何処かが悲鳴を上げた。

辺りを見回しても、雲雀サンの姿がない。
あれ……、どこいっちゃったかな。


お仕事も終わってるし、そろそろ時間も時間だから帰ろうかな、
そう思って、少ない荷物を持って、ソファーの隅に置いておいたコートを羽織る。
見回り行っちゃったのかな。うーん、と、帰るって、書置き…。


『お先に失礼します。ココアありがとうございました』


書置きを執務机の目立つところに置いて、最後に応接室の窓から、
夕暮れに輝く真っ白な校庭を見つめて、それから応接室を出た。




























「…………………………………あ、」



ナイスタイミング。いや、この場合バッドタイミング?

職員玄関に置きっぱなしだった靴に履き替えて、
いざ寒風吹く外に出たと思ったら、雲雀サンとはちあわせてしまった。


【あ、あの、お話の途中で寝ちゃって、すいませんでしたっ】

「……………あぁ、別にいいよ、それくらい。お疲れ様」


め、珍しい。雲雀サンから労いの言葉だなんて。
だから雪降ったんじゃないのか?←失礼


「……ねぇ、南」


小首を傾げる。
聞けなかったお話、そんなに大切だったのかな…



「あのさ、明日から、お茶菓子、作ってきてよ」

「へ?…っあ!!(汗;;)」

「……此処のところ本当に君気が緩んでるよね…、」


つい口を出て、間抜けな声が。
急いでスケブを持ち直して、応答する。

【は、はい…いいですけど、急に、そんな、どうしたんですか?】

「ん………なんとなく」

【ええぇぇっ!!!???;;】

「気まぐれ。君料理上手いから。あんまり甘過ぎないやつでお願いね」

【ぅあ、あっ、はい!】

「うん。じゃ、また明日ね」


ペコリ、一礼して彼が校舎の中に入って見えなくなるのを見届けると、
少し溶けてペシャペシャする雪の上を早歩きして学校から出た。



はふぅ、吐息は濁った白。
今日の気温いくつだったけ、なんてね。


『チョコ、美味しかったよ』



食べなくていいって、言ったのに。
食べてくれたんだ。

あの、大量のチョコレートはどうしたのかな。
食べ切れなかったのかな?

それでも、あたしのと、イーピンちゃんのは、食べてくれた。
正直に、嬉しい。



まだぐるぐるしてはっきりしない感情、
まだ伝えられないこの感情。

彼との距離も明確でない今、あたしは何をすればいいのかなんて、
いまいちよくわからないけれど、それでも、



彼に褒めてもらえた腕前で、
おいしいお菓子をプレゼントする、


それが唯一、自信を持ってあたしだけに出来ること、なんだと思う。



ホワイトデーの日、

雲雀サンはラ・ナミモリーヌのココアケーキを
1ホール丸ごとプレゼントしてくれた。

あたしはホワイトデーのことをすっかり忘れてて、
その日もお茶菓子のパウンドケーキを持ってきてしまったんだけど、
雲雀サンは美味しいと言って全部残さず食べてくれた。

雲雀サンが直々に選んでくれたらしいそのケーキは、
飲むココアのように、甘くて、ちょっとほろ苦くて、
ふんわりとしたスポンジの間に挟まったまろやかなココアクリームが、
なんとも言えず幸せにしてくれる一級品モノだった。



そろそろお花見の季節。
あたしも2学年に進級だ。

雲雀サンに卒業のことを聞いたら、

「僕はいつでも好きな学年を選べるからね、」

とだけ言って、不敵な微笑を見せた。

つまり、卒業しない、ということでいいんだろうか?
並中愛は誰にも負けないってホントだね…。




彼が並中に君臨するのが当たり前なように、

あたしもいつか、彼の隣にいるのが当たり前になるのだろうか。



それが、『彼に望まれた』当たり前でありますようにと思いつつ、

今日もあたしはココア片手に資料整理に追われています。



next.



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