あなたのために、なんて言えないけれど、

日頃からの感謝とともに、

少しだけでも届いたらいいのに、この思い。



ほろ苦いチョコレートに溶け出した、

まだうまく使いこなせない感情。


こういうときにばかり緊張するなんて、

やっぱりあたしもお年頃?


09:伝えたい気持ち




2月14日、バレンタインデー。

女の子が好きな人にチョコやお菓子をあげる日。

そして、この日のための、製菓会社の陰謀。




あたしは、今日は委員会をお休みした。
昨日いっぱいいっぱいお仕事したら、雲雀サンが軽く「いいよ」って言ってくれた。

嬉しーなー。これで思いっきりチョコレート作れるぞー。



実は1週間前に、京子と一緒にチョコを作ろうね、という約束はしていたのだ。
そこで、「ハルちゃんも一緒でいいかな?」という京子に、快く了解したのだ。

場所はツナくんのお家。リボーンくんやフゥ太くん、
もちろんツナくんにも作ってあげるつもりだったから、ちょうどいいや。

この間宙に浮いていたビアンキさん、て人に京子たちは教わるみたい。
あたしは残念ながらもう材料を用意していたから、別のお菓子だけど。



放課後。


「あ、じゃーね京子、羽無」

「うん、バイバイ」

【また明日ね】



京子と一緒にツナくんのお家目指して町を歩きます。

材料は持ってきたから、大丈夫かな。

京子と歩きながら、
「エプロン水玉のなんだー」とか、
【あたしはチェックのだよー】とか、
「ハルちゃんもお料理得意なんだって!」とか、
【へぇ!あたしたちも昔よく一緒にやったよねー】とか。

ホットケーキをまんまるに焼けた時は、二人して大喜びした記憶がある。



そんなこんなで、もうツナくんち。
インターホンを鳴らせば、ツナくんのお母さんが迎えてくれて、
そして足音がしたと思ったら、

「羽無姉ー!!!」

【フゥ太く……】

ぎゅう。


駆けてきたフゥ太くんが、腰に抱きついてきて、一瞬よろめいた。


向こうからランボくんとイーピンちゃんもやって来て、
京子とあたしのまわりが少し騒がしくなった。


お台所にお邪魔して、鞄から材料とエプロンを取り出す。
エプロンをつけると、フゥ太くんが入ってきて、
「羽無姉エプロン姿も可愛いね!」って満面の笑顔。
どうして君はそんなにも愛くるしいんだ!もう!

少ししてリボーンくんが降りてきて、ちゃおっす、とお決まりの挨拶。
ハルはすでにツナくんちで準備万端で待っててくれていた。


人数分材料が足りるか確認していると、玄関からツナくんの声。
また下着姿だし…。この季節、風邪引いちゃうよ。

以前リボーンくんにあれはツナくんの死ぬ気モードなんだと説明を受けた。
確かに彼は人柄が急に変わるから、なんとなく納得できた。
羽無も死ぬ気になるか?と言われて、下着姿になるのはちょっと、と
お誘いを断ったのだった。


「ツナくん!お邪魔してます」

京子とハルが台所から顔を出す。あたしも少し遅れて【お邪魔してます、】
とご挨拶。


フゥ太くんが台所に残りたがってたけど、京子やハルに背中を押されて
そのまま台所を追い出された。悔しそうに階段を上って行く彼。
その背中に漂う哀愁。悪いことしたなぁ。チョコ楽しみにしててね!


一緒に階段を上ろうとするイーピンちゃんを呼び止めて、台所へ連れ込む。
不思議そうに後ろをついてくる姿が可愛い。

【ツナくんに聞いたんだけど、イーピンちゃん好きな人がいるんでしょう?】

「!!!!」

【照れなくていいんだよ、女の子だもんね】

「………羽無さん…」

【うん、相手が誰かも知ってるよ。雲雀サンでしょ?】

「………」コクン

恥ずかしそうに頷くイーピンちゃん。
この子、あたしなんかよりもずっと恋してる、あの人に。


【それでね、一緒にチョコ作ろうかな、って思って。
届けるの、恥ずかしかったらあたしが代わりに届けるからさ】

「…………謝謝!!」

【よっし、じゃあ作業に入りましょ!】


可愛い。イーピンちゃんほんと可愛い。
お礼言うだけでちょっと顔が赤いところとか、
チョコを作るとなってワクワクキラキラしてる瞳とか。

こんな女の子のほうが、やっぱりいいのかなぁ。

自分にゃ到底無理だな、乙女なんて言いたくないもの、自分のこと。

自嘲気味な微笑をして、あたしはイーピンちゃんと共に台所に立った。



イーピンちゃんと二人でチョコを作り始めて小一時間。
チョコトリュフを作ろうと思っていたので、幼いイーピンちゃんでも
簡単に作れていて、良かった。



一度ドロドロに溶かしたチョコをバットに流し込んで、
適度に柔らかくなるまで冷蔵庫で冷やし固める。

冷えるのを待っていたらフゥ太くんがそぅっと台所に来て、
ランキングモードになったので、材料やら調理器具やらが
浮いてビアンキさんが怒った。邪魔しないで!みたいな感じで。

拳骨を一発食らったフゥ太くんは涙を浮かべて2階へ走り去った。
何がしたかったんだ?うん?
後ろからついていくツナくん。君ら何が目的だい?うん?



ちょうどいい具合に冷えて固まったチョコを冷蔵庫から出して、
適量をバットから取り出し、手の上で丸める。
手の温かさで溶けてしまわぬように気をつけないとなんだけど、
イーピンちゃんは手際が良くて、そんなに溶けていなかった。
あたしの手は冷え性だから早々に溶けないんだよ。すごいでしょ?

別のバットに出来たまんまるのチョコを並べていって、
飾りの銀色のザラン…だっけ?や、色とりどりのチョコスプレーをかけたり、
残りのにはココアパウダーをかけてほろ苦い大人な味に仕上げた。
イーピンちゃんが手についたココアパウダーをぺろりと舐めて、
「………☆к〇Я=……(苦い…)」と顔を歪めたのは可愛かった。




ツナくんやフゥ太くんたち今あげられる人たちの分を除いて
二人でラッピングをする。

イーピンちゃん、雲雀サンの分ラッピングする時ものすっごく可愛かった。
なんかね、周りがキラキラしてた。ずーっとニコニコしてたよ。
出来たー!って見せてくれた時はもう抱きしめたい衝動に駆られた。

なんなのこの子。可愛すぎる。乙女パワー全開!みたいだよ。
あたしはちょっとラッピングで忙しくて手元が空かなかったので、
抱きしめることは出来なかったが。
うん、こんな笑顔見せられたら男の子はイチコロだよイーピンちゃん!!


とりあえず、多少時間はかかったけどチョコは完成。
いつの間にかビアンキさんいなくなってるけど…。


イーピンちゃんが、ラッピングされた小さい袋をあたしに渡す。
これが雲雀サンに渡す分ね。任せなさい!
照れて2階にツナくんたちを呼びに行っちゃった。可愛いなぁ。

ふと外を見たら、もう夕方。
あー、早いとこ学校行かなくちゃなぁ。


ハルと京子に、それとビアンキさん、ツナくんたちの分。
チョコを机の上に置いて、京子に伝えて、あたしはエプロンを外し
ブレザーを羽織って、マフラーを巻く。

【じゃあまた明日!】

「うん!羽無も、ちゃんと渡しておいでね!」

【任せてよ。イーピンちゃんの思いはあたしが届けてみせる!】

「…………、あ、うん。いってらっしゃい!」

【はーい!じゃーね!】


ツナくんのお母さんにお礼を言って、あたしはツナくんちを飛び出した。

「…羽無のチョコを、ちゃんと渡しなよ、って意味なんだけど…」

「羽無ちゃん、自分の事に関しては鈍感なタイプですね…」


台所では小さな小さなガールズトークが繰り広げられていたとか、いないとか。



─────………




【雲雀サン、これ、普段の感謝の気持ちということで】

「何それ」

【チョコですよチョコ。甘すぎない味なので】

「………。」



今日は休みにしてあげたのに、急に学校に走りこんできて、
応接室に入ってきて、はいチョコですって言われても。

とりあえず受け取っておく。
南は料理も上手いし、実は楽しみ。

今日はバレンタインデー。だから、風紀委員も忙しくなる。

違反者のチョコレートやらお菓子やらを回収するのに追われるからね。
毎年毎年本当に懲りない奴らだよ。

南のチョコは……いいんだよ、うん。
僕も仕事が一息ついて休憩になるとケーキ草壁にパシらせるから。
職権乱用なんて人聞きの悪いこと言わないでよね。


バレンタインデーはあれだ、女子が好きな男子に、
チョコレート贈るって奴。
最近は外国みたいに感謝の印で渡したりもするらしいけど。

…………、うん、期待はしてたさ。白状するよ。
でもさ、開口一番に「感謝の気持ちです」って言われちゃったし。
ちょっと残念っていうか、うん、ね。

まぁ、貰えたんだからいいよ、それでいい。



沢田んとこの弁髪の少女からも、僕にって南が配達してくれた。
本当に君って人が良いよね。僕の気持ち知らないからこそだろうけどさ。

南が来る少し前に資料整理は終わらせていたし、
ちょうど巡回も終わらせてそろそろ帰ろうとしていた。

南が【この後用事も無いし寒いんで帰ります】とか言うから、
必然的に一緒に帰ることになった。
僕の住むマンション、南のマンション通り過ぎたとこだし。
そんなわけで、今僕らは、下駄箱の前に、居るんだけど。



【………………、】

「…………草壁の奴、」

どうして僕の下駄箱だけ確認してないわけ。


どういう状況かと言うと、

僕と南が下駄箱で靴に履き替えようと思ったら、
僕の下駄箱から雪崩が起きて、僕が真顔で唖然としていたら、
南が履き替え終えて、僕が遅いから様子見に来て、
それで、二人とも沈黙、ってわけなんだけど。

下駄箱に15個もチョコ入るわけないでしょ。
自動で下駄箱の扉開いたんだけど。
どんだけ無理矢理に入れたのさ。



僕らはどうしようもなくなって、南が微妙な表情してて、
それが僕宛のチョコに対してどう思ってるのかなんて、
考えたくも無いんだけど。


【………雲雀サンって、モテるんです、ね】

「……………」

【秩序だなんて、鬼の風紀委員長だなんて言われてるのに、
良かったじゃないですか】

「何がだよ」

【…………すみません】


僕の機嫌は少し良い≠ゥら最悪≠ノなった。
イライラのあまり南に怒気を含んだ声音で八つ当たりした。
そんな自分にもっと機嫌が悪くなった。僕、何してんだ。最低、



【雲雀サン、ご機嫌損ねてすみません。
その、チョコ。あたしのは何だったら食べなくてもいい、ですから。
イーピンちゃんのは絶対食べてあげてくださいね、】

「……………」


南は僕に
【とりあえず袋どうぞ。
地面にチョコそのままっていうのもくれた方に失礼ですし】
と言って、どこからか袋を出して僕に押し付けて、
走って先に帰ってしまった。


なんだこれ。
なんだこの気持ち。

南が、僕から、


逃げ、た?



袋を押し付けられた時に見た彼女の顔は、
なんとなく、

寂しそうな表情だった気がする。

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