「大気圏外だ」

「(地球の外ー!!?)」


雨が降ってきてから、フゥ太くんの様子がおかしくなった。

言うことが少しずつでたらめだし、その、……


宙を浮く人と、物と、その強さが跳ね上がっている。

さっきまで普通に立っていたツナくんまでもが浮き上がる。
あ、この美人だけど浮いてる人がビアンキさんなんだ…。

「ツナ兄の愛してる人ランキングいくよ」


あれ!?いつの間にそんな話になってたの!!?うそ!!


「ツナ兄の愛してる人ランキング、1位は…」

ツナくんは宙に浮いたまま頭を抱える。
ハルはワクワク、キラキラした目で続きを催促するような表情だ。

フゥ太くんが口を開く。



「レオンだ」




皆が騒然とする。え、れ、レオンってこのカメレオンでしょ?

ハルがショックのあまり窓際にふらり。

「ハルはとんだ伏兵に負けました…
ハルのハートはこの雨のようにずぶ濡れです」

「! 雨!?」

ハルの言葉にフゥ太くんがハッとする。
途端に、浮いていた人、物が全部重力の影響を受けて床に落ちた。


隣で力なく床に膝をつくフゥ太くん。
大丈夫かと一緒に膝をついて顔を覗き込もうとすると、
フゥ太くんはそのままあたしの膝の上に頭を乗せた。

「僕、雨に弱いんだ……ランキングもでたらめになっちゃうし」

「え、じゃあ今の全部嘘ー!?」

ツナくんが少し安心した顔で叫ぶ。
獄寺くんも、さっきまで石化していたのがまるで嘘のよう。

ランボくんのランキングは、当たってると思う…。

雨の降り出すのを見ていたあたしは、
もっと早くに雨のことを言っていれば良かった、と少し後悔。


膝の上でぐずーっと調子悪そうにしているフゥ太くんの頭を撫でてやった。
するとまるで猫のように擦り寄ってくる。可愛くてそのまま続けた。


「フゥ太ずるいもんね!オレっちも羽無に撫でてもらう!」

「〇#☆$£!(イーピンも!)」


そう言うとちびっ子二人もあたしのほうに駆けてきて、
撫でて撫でてと視線で訴えるのだから、もうどうしようもないほど可愛い。

両手で二人の頭を撫でてやると、癒されるように目を細める。

見てるこっちが癒されちゃうよ!


ふと、そんなあたしをツナくん、獄寺くん、山本くんがじっと見ていた。
リボーンくんはツナくんの足元でニッと笑った。

「南……子供に懐かれるんだね」

「手懐けてるようにしか見えないぜ…しかもあのランキング王子が…」

「はははっ、仲良くていいのなー」


不思議なものを見る目であたしを見る3人。
どこかおかしいだろうか、と首を傾げると、さっきまで
膝の上におとなしく居たフゥ太くんが飛び起きて、

「羽無姉ーっ!」

「!!!」

っと抱きついてくるものだから、あたしは両手にランボくんと
イーピンちゃんを抱えたまま後ろに倒れてしまった。


「羽無姉、ごめんね、
羽無姉のランキングする前に雨でできなくなっちゃった…」

雨に打たれた子犬のような視線で、
抱きついたまま謝罪してくるフゥ太くん。

ううん、いいのよ、君は何も悪くない!


何も言わず(言えず)頭を撫でてやれば、
「羽無姉だいすき〜」と頬擦りしてくるフゥ太くん。
あたしもそんなあなたが大好きよ!







「フゥ太のやつ、羽無に惚れたな」

「はは…いつになくスキンシップ激しいなおい…」


獄寺くんと山本は雨が弱くなってきた今のうちに帰る、と
帰ってしまった。
部屋に取り残されたオレと、イーピンとランボ、そしてリボーン。
ビアンキなんかさっさとリビングに戻ってしまった。


南の上に乗って抱きつくのをやめないフゥ太。
もうあいつ尻尾ぶんぶん振った犬にしか見えないんだけど。
それもとびきりの小型犬。チワワとか、それっぽい。

南がやっとの思いでフゥ太ごと身体を起こすと、
タイミングを見計らったようにちび達も南に飛びつく。
おかげで南はまたこてんと床に転がってしまった。


「…………、お、おいおい、お前らそろそろ離れろよ!」

オレが思い出すかのように言えば、不満気にそろそろと離れるちび2人とフゥ太。
ゆっくりと再び身を起こす南は、視線で「ありがとう」と言ってるようだ。
【あたし、そろそろ帰らなくちゃ】

「え−、羽無姉もう少しいようよー」

「ランボさん羽無ともっと遊ぶもんね!」

「жЯ%ё!!(イーピンもっと仲良くなる!)」


口々に南を引留めようとする3人。
南は困った様子で必死に弁解していた。

【今日放課後委員会お休みしたから、帰って
資料とかいろいろ済ませなきゃいけなくて、】

「羽無姉〜〜」


中でも一番フゥ太がしつこい。
どっちかというとちび2人はフゥ太と競っている様子。
フゥ太が諦めればすぐやめそうなもんだ。

リボーンが言ったとおり、フゥ太は南のことが好きみたいだ。
恋愛的感情の意味で。


南が筆談で頑張っていると、南の鞄から
着信メロディー。慌てて南が携帯を取り出す。
通信先が誰かを確認すると、南はびっくりした様子で、
いっそう慌てて携帯を開き、電話をとった。


『もしもし、僕だけど』


オレは漏れた音声に硬直した。
間違っていなければ、この声は、


『ちょっと任せたい資料あるんだけど。
今から学校だともう遅いから、僕が届けるよ。
で、今どこに居るの?』



―………ヒバリさんだ…。

え、嘘!?ヒバリさんが南と電話!?
しかもあの人から届けるとか!!
ありえない、絶対想像できない!むしろ取りに来させる人だ!



フゥ太が、「誰?」と小声で聞く。
南はそれをやんわりと手で制して、
どう返事をしようか迷っていた。

『南?メールに変えようか?』


南すげぇ。
ヒバリさんとメアドも交換してるのかよ!!?


オレが驚愕のあまり口を閉められずにいると、
南は本当に小さな声で、



「沢田綱吉くんの家に、お邪魔してます…」


と、答えた。


『……あぁ、赤ん坊が居る家か。
いいよ、一度だけ行ったことある。今から行くよ』

すると、ブチッと音を立てて、通信が絶たれた。

嘘ー!!ヒバリさん家来んのかよ!!!!


「ツッくーん、お客さんよー」

いつの間にか帰宅していた母さんの声が響く。


………いくらなんでも早くないか?



【じゃあ、今日はお邪魔しました】

「いいのよー。またいつでも遊びに来てね!」

玄関で交わされる、母さんと南の小さな会話。
オレとリボーンは一応彼女を見送るべく、玄関に立っている、のだが…


「………………」

「…………………」

同じく見送るために玄関に立つフゥ太と、
…その、ヒバリさんとの睨み合いが激しく見るに耐えない。

重い!空気が重いよ!!

ちなみにちび二人はリビングに戻って夕飯を一足早く頂いていた。
(イーピンに関してはオレが戻っておけと言った)
(こんなところで爆発されたらたまったもんじゃない)


【雲雀サン、お待たせしました】

「…………、あぁ、終わった?」

南の声で、ヒバリさんの視線がフゥ太から外される。
フゥ太はなおも彼を睨み続けている。
ちょ、やめろよお前、咬み殺されたいのか。

南が最後にフゥ太に向き直り、
【また遊びに来るね】とスケブを見せながら頭を撫でた。

するとフゥ太は目を細めて「うん!」と可愛らしく言う反面、
ヒバリさんに「いいだろう」と優越感に浸った視線を送る。
だからやめろって。喧嘩売るのは他所でやれって。

ヒバリさんはそんなフゥ太と純粋に頭を撫でる南を
見比べ、最後にオレを一瞥すると、「行くよ」と
無表情かつ黒いオーラで言い放った。

オレはこうもずっしり重たい空気にやられそうなのに、
南と母さんにはまったく効いていないらしい。
まぁ、二人に向いたものではないからだろうが…。

オレとフゥ太に手を振って、【じゃあまた明日ね、ツナくん】、
とようやく家を出た南。
玄関には、すっかり軽くなった空気と、オレ、リボーン、母さん、フゥ太だけ。


ヒバリさんにしては珍しい、リボーンには一言も
声をかけずにフゥ太と睨み合いだけして帰っていった。

そんな様子を、リボーンは一人面白そうに眺め、
あげく南とヒバリさんが去ったら、
「ママン、オレも飯にするぞ」と言って、いち早く玄関をあとにした。


次に母さん、フゥ太とリビングに戻っていき、
オレだけが玄関に残った。

オレは、2人が消えた玄関扉を見つめて、最後に
ヒバリさんのあの視線をふと思い出し、身震いして、
それから、暖房の効いたリビングへと戻っていった。

ヒバリさんの目が、


『この餓鬼、これ以上南に近づけないでね』


と、射殺さんばかりの殺気を含んで語っていたのを、思い返しながら。



***



「はい、これ資料」

【明日までですか?】

「うん。そんなに多くないからすぐだと思うけど」

【分かりました】


あれから、雲雀さんはどこか不機嫌そうに隣を歩いていて、
少し話しかけ辛かったのが本音だ。
雨はすっかり止んで、綺麗な夕焼けが空を彩っていた。


あたしのマンションの前まで送ってくれた彼は、
ずっと手に持っていた資料をあたしに手渡すと、
「君、こんなとこに住んでたんだね」と物珍しそうにマンションを見上げた。


【雲雀サンはマンション住んだことないんですか?】

「いや、今もマンション暮らしだけど」

【はぁ。…あたしは親が海外なので、ここで充分です】

「僕も一人暮らしだよ。奇遇だね」

【……ご家族とも、群れたくない、とか…】

「そのとおりだよ」

【……………】


呆れるというか、流石というか。

ふと、雲雀サンはあたしを見て、言った。

「ねぇ、君。あの子供どうしたの」

仲良いの、と付け足される。フゥ太くんのことかな。

【はい、一応。今日は彼らに会いに遊びに行ったんです】

「へぇ……君自ら群れの中心へ…?」

【!!す、すみませ!そんなつもりは微塵も!】

「まぁいいよ。別に君に怒ってるわけじゃない」

一瞬マジの殺気が垣間見えたんですが。
どういうことでしょうか。



雲雀サンは、「明日もいつもどおりね」とだけ残して、
学ランを翻し去っていった。

あたしはそんな彼が見えなくなるまで、見送っていた。




雲雀サンがツナくんの家に来て、一番に口を開いたのは、
ツナくんのお母さんだった。

「あら!素敵な方ね!羽無ちゃんの彼氏さん?」

…天然って、素晴らしい。
あたしは真っ赤になって訂正。真っ赤な顔、雲雀サンに見られたかな…

【委員会の委員長で先輩です!
資料を届けに来てくださったんです!】

「あらそうなの?残念ねぇ……」

なにが残念なのか説明してほしかったけどね。



そんなわけで、長い長い一日がもうすぐ終わりそうだ。
あとはこの渡された資料をまとめて、明日提出できるようにして、
のど飴舐めて、ご飯食べて、お風呂入って、寝るだけ!
宿題は今日は無いし、よしよし。学校で終わらせてきて良かった。


ガチャン、音を立てて鍵が開く。
扉を開けば、マイホーム。ただいま、マイホーム。

ふと、雲雀サンも一人暮らしだと言ったのを思い出した。


家に入る。
動物一匹飼えないこの賃貸住宅で、あたしは一人暮らし。
両親は半年に一度帰ってくるか、こないか。
いつもがら空きで広すぎる我が家に寂しくなる。

彼は、どうしてこんな暮らしを好き好むのだろうか。




部屋のカレンダーを見やると、もうすぐ2月。
2月といえば、乙女の記念日バレンタインデー。

今年も京子たちにチョコ作らなきゃ。
今年はいっぱい知り合いが増えたから、材料足りるかな。


彼にも作ってあげようか、そう思ったけど、
食べてくれるのか、ものすごく不安になった。


next.



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