彼女は、時々ボーっとするのが癖だ。
でも、その度に、僕が声をかけて、ふと気が付いて、
「ごめんなさい」ってスケブで僕に返事をして、
悲しく笑うんだ。


彼女のごめんなさいは保健室でのあの「ごめんなさい」を連想させる。
涙を流しながら、まるで道に迷ったみたいな目つきで、
ごめんなさい、って言っていた。どうしようもないくらい、泣いていた。

かすれた声で、普段なかなか聞かせてくれない声で、
ごめんなさい、と言ったあの日を、
思い出すんだ。




僕は深夜、正直悪いなとは思いつつ彼女を神社に呼び出した。
ここからは、星も月も綺麗に見える。
彼女はいつだったか好きだと言っていたから、
見せてあげたいな、と思ったんだ。

彼女に初めてココアを淹れて上げたあの日、僕は彼女の夢を知った。
「声が出るようになったら、いつか歌を歌いたいんだ」、と。
叶ったらいい、と思った。聞いてみたいとも思った。

あれから彼女が改めて風紀委員会に入会して、そうして少しだけその話を聞いた。


空が好き。
手の届かない、触れられない輝きがあって、好き。
歌えないあたしには、星も月も、眩しすぎるくらいに憧れ。
きらきら光って、歌を歌ってるように見えるから。

鳥が好き。
羽ばたくことが出来るから。
誇れることがあるから。
あたしにも、誇れるような歌が歌えるかな。

あたしは、まだ形もつかめない歌に、恋をしている。


少しずつ筆談で語る彼女は、嬉しそうに、


でも、思いつめるように、

悲しい瞳で、話を続ける。



神様なんて信じない僕だけど、そんな彼女の、南の、
好きな女の子の、切なる願いくらい、叶えてくれたらいいのに。
僕には叶えてあげられないけれど、もしもいるのなら、

どうか神様、あの子の願いを聞いてあげてほしいんだ。


毎年縁起モノだからと願っていたけれど、
今年の初詣は「並盛がいつも平和でありますように」以外にも、
願うことが増えたみたいだ。


彼女が、いつか心から笑える日が来ますように。
彼女の願いが、叶いますように。



***





いつの間にか、眠ってしまっていたみたいだ。

ゆさゆさ、誰かに肩を揺り動かされている。


「ねぇ、起きて」

んー、まだ眠いのにな。今何時だろう。

視界がだんだん開けてくる。ぼんやり、からはっきり、に変わっていく。
一番に視界に映ったのは、雲雀サン。
あ、そっか、深夜に呼び出されて、そしたら年が明けちゃって、
あたし、いつの間に…。


君、ほんと無用心だよね。外で簡単に寝ちゃうんだから。

雲雀サンがそんなことを言っている。
本人も欠伸しているあたり、寝ていただろうに。意地悪な人。

あたりはまだ薄暗い。こんな時間に、なんなんだ。
もう少し寝てても良かったじゃない。

すると、雲雀サンが、「ほら、あっち見て」と言ってくるものだから、
まだ重たい瞼をこすってそっちを見れば、



――――………初日の出」


眩しくも、神々しく輝く、黄金色の朝日。
きれい。
その一言に尽きる、ただそれだけ。

「これ、見せたくて」

本当は夜空も綺麗なんだけどね。この辺、人口の明かりが少ないから。
でも君、早速寝てくれちゃったから、見損ねたね。残念。

寝ちゃったものは仕方ないじゃないか、とは思うものの、
初日の出を見つめる彼の表情は、すっきりとしていてとても上機嫌そうだったから、
そのまま黙って一緒に初日の出というおめでたいものを眺めることにした。
って言っても、何も持ってきてないから話せないんだけど。

治ってきているとはいえ、あまり頻繁に使いたくない声。
それを、彼も少しは分かってくれていることだろう、と勝手に思い込む。




隣で、ふぁ〜あ、と欠伸をする雲雀サン。
並盛最強にして最凶のひと、だなんて、こんな姿を見ただけじゃ誰も思わないだろうに。
中学生らしさを、最近よく垣間見るな、なんてね。
だんだん、寒い、眠い、と不機嫌になってきた彼を、まあまあ、と言って、
まだ誰も来ないような時間だし、町民の皆さんよりも一足お先に初詣でも済ませちゃいましょう、
と身振り手振りでジェスチャー。なんとなく分かってもらえたらしい。

コートのポケットに奇跡的に入っていた財布に中から、
45円を出して、お賽銭としてお賽銭箱に放り込む。
縁起モノはとことん試してみてナンボだと思う。

ぱんぱん、と柏手を打つ。
朝早すぎて神様がもし起きてなかったらどうしよう。
欠伸をしている神様を思い浮かべて、少し笑う。


あたしが今年願うこと。

今年こそ、普通に話せますように。
歌が歌えるようになりますように。

皆が、あたしから離れていかないでくれますように。



それから、



***



風が吹きつけて、寒さと木の葉の動くかさり、という音で目が覚める。

隣では、石段に軽く横になって眠る南。
最初は、気付いたら座ったまま眠ってるから、横のが楽だろうな、と体を動かしてやったんだった。

外気に触れて冷たくなっている南の肌。
ちょっと悪かったかな、なんて柄にも無く思っていると、彼女が身じろいだから、
起きるかなと思ったけど、起きなかった。
そろそろ夜も明けて、初日の出が昇る頃だろう。
ちょうどいいから、彼女の肩をそっと掴んで揺らしてみる。

「ねぇ、起きて」


だるそうにゆっくり体を起こす南。ふぁ、と小さく欠伸をする。
まだはっきり目が覚めていないのか、目がしょぼしょぼしているらしい。
眉間に皴を寄せて、頑張って目を開けようとしている。面白い。


無用心にも、深夜に外で眠ってしまった彼女をからかう。
ま、僕も寝てたけどさ。いいんだよ、僕は強いから。寝込み襲われてもやられないから。
ふと、自分も欠伸。彼女のよりかは大きい欠伸。
欠伸が移るって本当だったのかな。


ほら、と見せる方角には、

思ったとおり、初日の出が顔を出している。

ちら、と彼女の顔を見やれば、さっきまでの眠気はどこへやら、
大きい瞳をさらに大きく開けて、ただボーっと初日の出を見つめている。
朝焼けの空が彼女の瞳に映る。
もとのこげ茶混じりの瞳の色に黄金色の朝日が反射していて、とても綺麗だ。

視線を僕も初日の出に戻して、これを、見せたかったと言う。


なんだかんだ言って、僕の計画は成功、というところか。
年も一緒に越せたし、眠った彼女の隣で見た夜空は綺麗だったし、
何より今こうして初日の出を拝む彼女の嬉しそうな顔も見れた。

うん、満足。


ふぁ〜あ、と欠伸をまたひとつ。
日が昇り始めて温かくなってきたからだろう。
でもまだ寒い。一日外で寝ていたら当たり前だろうな。

寒い、眠い。

呟けば、眉間に皴が寄っていたのか、不機嫌な顔に見えたらしく、
彼女が急に立ち上がって賽銭箱の方を指差すから、大方初詣でも先に済ませようと言ってるんだろう。
それだけで僕は十分彼女の言いたいことが分かったんだけど、
一生懸命身振り手振りで説明しようとする彼女が面白かったから、
しばらくそのままにして、いいところで「わかったよ」と声をかけてやった。


彼女はコートのポケットを探って財布を取り出していた、なんかやけに嬉しそうな顔してるんだけど。

羽無は賽銭を放り込むと柏手を打って祈りだした。
目を瞑っている彼女を横目に、僕は5円玉だけをそっと賽銭箱へ。
静かに手を合わせる。こんなもの、本当は信じていない。

でも、気休めには十分だろう。
少しくらい希望があってもいいと思うんだ。



並盛の平和が今年も守られますように。


彼女が、いつか心から笑える日が来ますように。
彼女の願いが、叶いますように。


最後に、彼女に優しい僕でありますように。



***




雲雀サンも何かお願い事、してたのかな。
意外、こういうのは信じないタイプかと思ってた。

でも、学校の伝統を重んじるような人だから、納得いくっちゃぁいくかな。あは。


初詣を済ませたあたしたちは、改めて新年を祝う言葉をお互いにかけて、
(このときばっかりは声を使った)(家帰ったらのど飴舐めとかなきゃ)
今日一日くらいしっかり休んでくださいね、とだけ伝えて、あたしは家路を辿った。

明るくなってから見た雲雀サンの私服はやっぱり黒かった。
マフラーも真っ黒で、あれじゃ暗闇にいても顔と手ぐらいしかわかんないよな、なんて。
暗闇じゃ何にも見えないでしょ、と自分にツッコミを入れたのはまた別の話。



雲雀サンは、あの初日の出をあたしに見せたくて呼び出したと言っていた。
嬉しくて、別れ際にありがとうございますの意を込めてお辞儀をしてみた。



今年はいい新年の明け方、したな。
いいこと、あるかな。


あたしが最後にお願いしたこと。それは、


精一杯、彼を好きになれますように。


好きのすの字も知らないようなあたしに、あんな人を好きでいられるだろうか。
でも、あたしは、皆が知らないような彼を知っている。

きっと、叶うと信じて。



頬と髪の間をすり抜ける風が、今だけは心地の良いものになっていた。


お母さんからの年賀状に、「彼氏できた?」なんてフザケたことが書いてあったのは、
誰にも秘密。

next.



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