冷たい風の吹く今日は大晦日。

明日は、なんともおめでたくお正月!

一日ぬくぬく暖房の効いた部屋で過ごそうと思ってたのに、


やっぱりあたし、あの人のこと嫌いかもしれない。


鳴り響く携帯。
表示されるは、あの人の名前。

もう、分かったよ!
行けばいいんでしょ、行けば!


でも、一緒に年を越せるから、ちょっと嬉しかったり、


…嬉しくなかったり。




07:欲張りな願い




深夜急に鳴り出した携帯電話。
まぁ、大晦日だし、別に気にもしないけど…

『今すぐ並盛神社に来て』




………ほんっとに、腹立つ!

今何時だと思う?夜中よ、深夜11時!
この時間帯に女の子一人で外に出ろと!?
迎えを寄こせとは言わないけれど、少しは考えてよね!もう!

あと一時間で新しい一年の始まりだ。





コートを着て、マフラーを巻いて駆け出した。また遅れたらからかわれるし、嫌になっちゃう。
外の空気はひんやり、温かい部屋から出たばかりのあたしにはちょっと寒すぎた。

コートの下はタートルネックの服に、半袖のパーカー。コートとパーカーのフードを重ねているから、
どことなく首の後ろ辺りがもこもこしている。でもあったかいからいいか、なんて。
ジーンズじゃちょっと寒いかも、ブーツ履いて来たら足元も温かかったかな…。
でも、走っていたらすぐに温まるよね、うん、そういうことにしよう。



神社の階段前に到着。見当たらない、ということは上か。
長く高い石の階段を駆け上がる。くそう、運動は嫌いだって言ってるでしょ!
でもまぁ、委員会入ってから何かとパシリにされてましたから、いくらかは強くなりましたよ、足腰。

最後の段を上り終え、膝に手をつき、はふぅ、と息を吐く。
体はこんなにもポカポカなのに、吐いた息は真っ白だ。

「ワォ、意外と早かったね。部屋でぬくぬくして出てこないかと思った」

あなたに呼び出されなきゃ今頃そうしてましたとも!

彼は石段を登り終えてすぐのところに立っていた。

しん、と静かな神社に響く、彼雲雀恭弥の声。
最近はそのテノールの声が耳に心地いいと気づいてしまって、ちょっと恥ずかしい。
ってもまぁ、今あたしの顔は普段とは比じゃない半端無い運動量のせいで真っ赤だから、
別に隠す必要も無いんだけども。夜中だから暗いしね。


「こっち、来なよ」

雲雀サンに手招きされて、神社の社のところの石段に腰掛ける。
一気に疲労感が迫ってきた。あ、ものすごく眠いな、今。
隣に彼が座る気配がする。うとうとしているあたしの視界は満足に景色を映さない。

ここに来るまでは、街灯が申し訳程度にちらほらと点いていたけれど、
さすがに神社の中まではないようで、ただ月明かりが辺りを照らしていた。

「…ここね、並盛一帯が見渡せるんだ。僕のお気に入りの場所」

左様でございますか。
息切れしていて満足に返事も返せない。


…返事も返せない?




しまったぁぁああああ!!!!
急ぎすぎてスケブどころか携帯まで置いてきちゃった!あたしのバカ!
これじゃ会話できない…雲雀サンが一人で喋ってる寂しい人になっちゃう!

なーんて失礼なこと考えてましたすいません雲雀サン。
まったく、声が出ないのいいことになにしてるんだか、あたし。

心読まれるか、と思ってたけど、雲雀サンは景色を堪能していらっしゃって、
こちらの様子にはちらりとも目を向けませんでした。


「で、君を呼んだ理由なんだけど、」

ふと、ずっと景色を見ていた雲雀サンが急にこちらを見て話しかけてきた。
時間は…多分、日付が変わる10分くらい前。
年が明ける、10分前。

「……ここ、並盛が見渡せるって言ったでしょ」

そう言うとまた視線をもとに戻してしまう彼。
真っ黒なマフラーに少し顔を埋めているように見える。
暗闇に、目はとうに慣れていた。

「ほんとは、さ」

あたしも彼と同じように景色を見つめてみる。

「もっと、時間近くなってからにしようと思ったんだけど、ね」

さっきから何のことを言ってるんだろう。
断片的で良く分からない。

「…年、明けちゃうから」

隣で、はぁとため息をつくように呼気を吐き出す彼。
手の先が、さっきから冷たい。手袋もつけてこなかったなぁ。


「………やっぱり、あとで言う」

なんなんだか。
本当に気まぐれだな、この人は。
どうしてこんな人好きになったんだろう。
どうしてこんな人に、深夜呼び出されて、
寒い中一緒に神社の石段に座って、
並盛を見渡しているんだろうか。


ぼーっとしていると、雲雀サンが腕を動かす。
急に彼の手元が明るくなった。視界の端が眩しい。

「ねぇ、」

雲雀サンが、あたしの肩を叩いてきた。
そちらを向けば、彼は携帯をいじっていたようで、画面を見せてくる。

『1/1 00:00』

「年、明けたね」

あ。

結局、今年は彼と新年を迎えてしまったらしい。
普通好きな人とこんなおめでたいことになったら、普通の女の子はきゃいきゃい騒ぐものなんだろう。
でも、なんだか、そんな意識あたしにはなくて、彼といてもドキドキなんて滅多にしなくて。
ただ、じんわり「すきなのかなぁ、」なんて思うだけなのである。

それは、その温かい感情に心が麻痺してしまったからだろうか。
あの、2年前のあの日から、ずっと。




────………






あたしの周りには、ずっと昔から男の子ばかりだったような気がする。

一緒に遊びに行こうって誘われたり、勉強教えてくれたり、
全部全部、男の子ばかりだった気がする。

でも、それはあたしの中では普通以外の何者でもなくて、
時々年上の男の子たちにも話しかけられたことがあった。

イタリアから5歳の時に日本に越してきたあたしは、両親がその頃から忙しくて、
家ではいつも寂しかったから、周りにいるのがたとえ男の子でも嬉しかった。
じんわり、ただ「あったかいなぁ」って思うような、それだけ。


だけど、だんだん女の子が離れていくのが自分でも分かった。


京子は、家が少し近かったこともあって、ずっと仲良くしてくれていたけど、
ほとんど皆、しばらくすると露骨にあたしを避けるようになって。

何か、悪いことをしたんだろうか。
よく分からなくって、ある日仲良く話していた女の子数人の中に入ってみようと思って
話しかけた。
そした、ら。

『羽無ちゃん、こっち来ないでよ』

『羽無ちゃんは男の子に囲まれてるんだから寂しくないでしょ』

『自分が一番可愛いとか思ってたんでしょ、あっち行ってよ』


あたしは、皆と仲良くしたいんだよ?
男の子とだって、話しかければ皆仲良くしてくれるよ?
何がいけなかったの?
あたし、皆が大好きだよ?だから、

仲良く、して、よ。




そのまま幾日幾月、幾年と過ぎて行って、悲しいくらいあたしは一人になった。
女の子は皆あたしを害虫でも見るみたいな、
嫌そうな、憎しみの籠った、なんとも言えない感情を秘めた視線を送ってきた。

あたしはいつだって、一人だった。
何がいけないのか分からなくて、陰で悪口を言っているのを直に聞いた事だって、
お気に入りのスケブに「どっか行け」「消えろ妖怪女」とかって、
残りのページ1枚も残らず書かれた事もある。

その度に家に帰ってから一人で大泣きして、
その度に京子から電話がかかってきて。

「羽無は悪くないよ、何もいけないことなんかしてないよ」
「羽無は私の大好きな大切な親友だよ」
「いつだって、羽無の味方だからね」

京子が大好きだった。味方だから、って何回も言ってくれた。
何回も励ましてくれた。落書きされたスケブの代わりに、
一緒に新しいスケブを選びに行ってくれたりも、した。


学校に行くとき迎えに来てくれたり、休みの日はよく遊びに来てくれたり。
京子と一緒に作って食べた日曜日のお昼ご飯はおいしかったなぁ。

声が出ないのはとても不便で、大変で、
それも皆が遠ざかってく理由のひとつだったみたいだけれど、
あたしには大切で、いつか歌を歌うって夢までくれたから、
別に恥だなんて思うことはなかったし、
生まれ持ったこの体を憎むこともしなかった。


毎年の初詣は、同じことばかりをお願いしていた。

今年こそ、普通に話せますように。
歌が歌えるようになりますように。

皆が、あたしから離れていかないでくれますように。


毎年、毎年。
いるのかいないのかも分からない神様に、
ずっと叶いますようにってお願いしていた。




心から、願ってたんだ。




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