とりあえず、病室前に到着。
ここに来る途中2回ほど爆発音が聞こえたけど、なんだったんだろう。
爆発、でリボーンくんが応接室を軽く破壊したときのことを思い出して、
一人病室に向かいながら笑ってしまった。


入ろうかな、と思ったそのとき、



ツナくんと2〜3人の人たちが、重傷患者として運ばれていった。
…大体の予想はつくよね。

大きく息を吸って、深呼吸。
いわゆる『咬み殺す』を実行した後なんだろうな…。

仕方ないから、意を決して病室内に踏み込む。
中では、暴れ終えたであろう『委員長様』の姿があった。

体が一瞬強張る。
今の彼は、制裁を行った後の彼で、委員長の顔の彼であって、
あたしの知っている雲雀サンではないのだ。

『委員長様』は、その鋭い切れ長の瞳で、睨むように「誰?」と振り向く。
目が合う。…少し、怖かった。
でも、「南…?」と呟いて、あたしだと認識してからは、どことなく血のついていたであろう得物
(とんふぁー、って言うんだっけ)(初めて見たなぁ)を隠してくれた。
あたしが苦手なの、ちゃんと意識してくれてるんだ。ちょっと、嬉しい。

「君、何でこんなところにいるの?」

【草壁さんに聞いたんです。あたしのせい、ですよね…】

「別に。ただ冷えて熱出しただけ。そんなひどくも無いよ、もう治る(草壁の奴、余計なことを…)」

【よかった、そんなに悪くなくて。心配したんですよ】

「僕は風邪ごときにどうこうされたりしないよ(前言撤回、草壁ありがとう)」

雲雀サン、に戻った雲雀サンは、途中何かを考えているような顔をしながら返事をしてくれた。
ブツブツなに言ってるんだろう…気になる。

はっ、として、雲雀サンに駆け寄り、額に手を当ててみる。
案の定、まだ僅かにも熱い。
雲雀サンがビックリしているのも気にせずに、彼の服の袖
(そういえばパジャマだ)(なんか新鮮)(てか黒いな)をぐいぐい引っ張ってベッドまで戻す。
「なに、」と言う彼の肩をポン、と押せば、そのままベッドへ流れるように背中から倒れこむ。
びっくりと不機嫌の混ざった彼の視線はなんとも言いがたいけど、とりあえず叱ってみる。

【仮にもまだ治っていない人が暴れちゃいけません!熱だってちゃんと下がってないのに!】

「………暴れてたことは、咎めないんだね」

【だって、止めたって聞きやしないじゃないですか。
体弱ってるときぐらいきちんと休めてください、体のほうが可哀想です】

そしてあたしが心配になります、と敢えて付け足してやれば、むー、と口をへの字に曲げる端正な顔。
子供っぽくて可愛い。いまのは好きかな。

ぴゅう、っと風が吹き込んでくる。あたしも寒かったので、窓を閉めさせていただく。

【ほら、早く寝てください。すぐ治るものも治らなくなりますよ】

そう言って、ベッドの横にあった椅子を持ってきて座る。
雲雀サンが目を丸くしていたので、何のことかと小首を傾げた。

「君、まだここにいるの?」

いてくれるの?といった風な口調。やっぱり子供っぽくて可愛い。

【だって、ここ、静かなんですもん。あたし、うるさいのは苦手なんです】

耳に響くんだもん。頭がガンガンするから、本当は賑やかなのもいくらか苦手。
この病室は雲雀サンがいることもあって、だーれも寄り付かなくて静かだからいい。

でも、そういうこと含めて考えたら、なんであたしこの人といることに慣れたんだろう。
順応力って怖いね。うん、怖い。
さらに好きになっちゃったりして、まったくもってミラクルだよ、ホント。
乙女心って恐ろしいね。心の底から恐ろしいよ。うん。

でも、風邪を引いて弱っているとはいえ、新しい彼を見る特権が与えられたみたいでちょっと嬉しかった。



***




早速僕の眠りを妨げた沢田綱吉に制裁を加えて、
見苦しいから通りがかった看護師にさっきの奴らも含め運んでくれるよう頼むと、
あっという間に部屋がすっきりした。
残骸とはいえ、目の前で群れられるのは僕にとって良くないからね。

さて、ゆっくりもう一眠りしようかと思った矢先、病室の扉口に人の気配がする。
「誰?」と睨みを効かせて振り向けば、なんと南その人。
今日は会えないと思ってたから少し嬉しい。
彼女が嫌いな暴力に使われる僕の愛用のトンファーを、さりげなくしまい込んだ。
え、どこにって?それは企業秘密ってやつだよ。

僕の入院を草壁から聞いてやって来てくれたみたいだけど、あいつ余計なこと言って。
帰ったら咬み殺すの確定だね。分かる?彼女に、好きな子に弱ってるの見られたくない気持ち。
でも、そんな僕の多少の意地っ張りも、南の

【よかった、そんなに悪くなくて。心配したんですよ】

の一言で脆くも崩れ去る。心配してくれた、って事実が嬉しい。…笑えるな今日の僕。
草壁に礼まで(心の中で)言ってしまう僕はかなりキているものと思われる。
風邪のせいだ、早く治そう。

そう思った途端、南が駆け寄ってくる。びっくり、顔には出さないけどちょっとドキッともした。
南の手のひらが僕の額に当てられる。細い指に、小さな手。可愛らしいな、なんて。
気がつけば、南が僕の服の袖を引っ張っている。腕を掴むほど強引じゃないあたり彼女らしい。
彼女が僕の肩を押す。急なことでかなり力を抜いていたから、簡単にベッドに倒れてしまった。
女子相手になにやってんだ、僕。気抜きすぎ。

【仮にもまだ治っていない人が暴れちゃいけません!熱だってちゃんと下がってないのに!】

南がスケブ片手に怒ってる。迫力無いな、面白い。
でもひとつだけ驚いた。

「………暴れてたことは、咎めないんだね」

…そう、僕がさっきの今まで沢田を咬み殺していたのなんか知ってるだろうに。
そのことに関して、直接彼女は怒っていなかったからだ。

【だって、止めたって聞きやしないじゃないですか。
体弱ってるときぐらいきちんと休めてください、体のほうが可哀想です】

そう筆談で語る南の顔は、心底心配しているものだった。(心配しますって言われたけど)
なんだか、僕のこと欠片でも理解してくれたみたいで、嬉しい。
所詮これは、僕の自惚れに過ぎないのだろうけどね。うーん、なんかそれって不満だ。

南が窓を閉めた後、近くにあった椅子に腰掛ける。
長居するつもりなのかと、ちょっと(ていうかまた)びっくり。いてくれたほうが僕的には嬉しいけど。

ここのが、良い。彼女は言う。
僕だって、今こうして君といられるの、嬉しい。
でも、君の思うそれとは、違うんだろ?

彼女が促す通りに、ベッドに潜り込む。寝顔見られるのか。なんか恥ずかしいな。
今まで気になんてしてなかったのに。今日の僕、彼女が来る前からなんか変だ。
そうだ、きっと風邪のせい。僕が変なのは全部風邪のせいなんだ。

枕に頭を預ける。うん、なかなかふかふかで気持ちいい。
そんなとき、南が「あ、」と声を出すようにして(実際出てないんだけどね)、
急に上着のポケットを探り始める。
よく見たら、彼女の私服は初見かも。へぇ、それなりにおしゃれするんだ。
気取りすぎなくて、地味でもない。服の裾にちょっとレースがあしらわれてたりするだけだ。
なかなか僕と趣味合うんじゃない?この子。

気付けば南の手元には携帯電話。桜色の、ちょっとストラップがついてるだけのやつ。
彼女の白い肌に映えて、なかなか綺麗な色をしている。

南はしばらく何かを打ち込んでいると、僕に画面を見せてきた。
メールの新規作成画面。なるほど、スケブから一時的にこっちで会話、ということか。
内容は、と視線を走らせる。

『雲雀サン、今携帯あります?
今度また急にお仕事の変更あったときに、一々学校行かなくても
分かるようにアドレス交換したほうが良いかなって思いまして』

敢えてアドレスなのは、電話だと僕が用件を伝えるだけで彼女からは何も連絡が取れないから。
彼女は賢い。さすが僕が改めて風紀委員に入れただけあるよね。あ、それはまた別かな?

「いいよ」って軽く返事をして、まぁ念のため電話番号も一応交換しておく。
いつ切り出そうか悩んでたんだけど、彼女から言ってもらえて良かったよ。

僕は連絡先を交換したあと、携帯を枕元に置いて改めてベッドに潜る。
(僕の携帯は彼女のとはうって変わって漆黒だ)(でも二つ並ぶと意外とどちらも引き立つ色合いだった)
なんだか今はすぐに眠れそうだ。

「じゃぁ僕は寝るよ。一応音立てないでね、すぐ起きちゃうから」

さっき沢田なんかに言ったのよりずっと言い方が優しいのなんか知ってるよ。うるさいな。
仕方ないだろ、彼女に面と向かって咬み殺すなんて言った日には、早速連絡通じなくなるよ?
こくん、小さくうなずく彼女を視界のど真ん中に捕らえる。二人だけの部屋での、僕の特権。

あぁ、もう眠い。ほんと眠い。次に目が覚めたら、彼女はもういないのだろうか。

ふんわり、甘いとまでは言わないけど、優しい匂いがする。
南の香り、なのかな。とても、心地の良い香り。

彼女の日本人のではない色をした髪が、部屋の照明に反射して柔らかく光ったのを見たが最後。
僕は、今までで一番穏やかな眠りについた。


意識を手放す寸前、僕の好きな彼女の声が、
『おやすみなさい』
と、かすかに言っていた気がした。

next.



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