やりのこしたこと




あれから2年が経った。



「リンク!城下町に寄るんなら、ちいと寄り道を頼んでもいいか?」
「ミルクの配達ね、任せて」

剣盾を背負うのは慣れたもので、ボウさんから受け取ったミルクのビンがいくつか入った籠をエポナの鞍にくくりつける。
イリアが「ついでに何冊か本も買ってきてよ!料理とか手芸の本がいいわ」とボウさんの後ろからひょっこり顔を覗かせて笑った。モイさんちの二人目の子が女の子だったから、ここのところイリアはウーリさんにくっついて回っては赤子の世話を手伝っている。
妹ができたコリンは人一倍たくましくならなくちゃ!とやる気になっていて、タロと一緒になって俺に剣の稽古をつけてくれとせがむようになった。今日は午前中に付き合ってやったから、今は牧場近くの丘のほうでみんなと昼寝をしているだろう。

「エポナがいるからって、あんまり頼み事しすぎるなよ〜?リンクの帰りが遅くなっちまう」
「大丈夫ですよ、こんくらいなら夕暮れには戻れるから」
「いくら城務めが多いからって、朝帰りはすんなよ?嫁が待ってんだから」

畑の水を汲みに来たジャガーさんがからかうので、俺は慌てて狭い村を見渡した。

「ジャガーさんだめ!!それまだ内緒って言ったじゃないですか!!!」
「なァんだよ〜まだプロポーズしてないのかぁ?」
「しっ!!!もう!!ほんとに!!頼みますよ!!!」
「勇者サマは色恋には随分弱腰なんだなぁ」
「そうだぞリンク、次期村長なのだから所帯は持ってもらわないと」
「ボウさんまで〜……」

トアル村の結婚平均年齢は早い。旅を終えて村に戻ってきた俺に、ボウさんは俺が本格的に城仕えになって戻らなくなる前に早く結婚させて村に落ち着かせたいらしい。
イリアもカカリコ村の復興活動を手伝っている間にいい人に巡り会えたらしく、最近はその相手宛ての恋文を俺に届けさせる始末だ。相手の様子もまんざらでもない感じだから、彼女の嫁入りもそう遠くはないかもしれない。ボウさんが許せばの話だが。

俺が恥ずかしさを紛らわすようにエポナに跨って、もう行きます!と無理やりこの話題から切り抜けようとしたその時。

「なあに?誰が結婚するって話?」

洗濯物の入った籠を抱えたエリシュカが川下からやって来て声をかけた。
ジャガーさんとボウさんがおやと楽しそうな顔をするのを見て、俺は余計に顔が熱くなるのを感じ慌てて声を上げる。

「イッイリアだよ!!!カカリコ村の人とよさげな雰囲気だからそろそろだろって!!!」
「なっ……リンク〜〜!!それはお父さんには秘密って……!!!」
「イリア……?何の話じゃ……?」

ゆらりと娘を振り向いて目を見開くボウさんに、横で少し青くなるジャガーさん。イリアは照れと焦りからか父親の豹変ぶりに気付いていない。
エリシュカはそれとなく状況を把握すると、「あら!じゃあイリアのウェディングドレスは私に織らせてね!」と嬉しそうに顔を綻ばせた。場を収めるための話題転換だろうが、その言葉に嘘はないように思えた。

「やっぱり定番の純白かしら?それともトアル村って結婚の衣装に決まりがあったりするの?そういう話はボウさんよりウーリさんのほうが詳しいかしら」
「き、気が早いわよエリシュカさんたら……!……でもちょっと流行の衣装も気になるかも〜なんちゃって〜ウフフ」

照れ隠しで隣の父親を引っ叩きまくっているイリアの耳には、ボウさんの「痛い……痛いぞイリア……わしは身も心も……痛い……」という悲痛な声など届いていないらしい。

「じゃ、じゃあ俺行くから……!!」

俺はエポナに軽く合図をして、些か逃げるようにその場を後にした。
どうか、どうかエリシュカがさっきの話題を掘り返していませんように!


***


エリシュカは、髪を切った。


先の決戦によって崩壊してしまったハイリア城の再建、王政が機能していなかった間に滞ってしまった行政や、トワイライトの影響で滞った物流や経済の立て直しと、やる事は山ほどあった。国内の異常事態を整える間にも、隣国との関係や魔物の脅威が落ち着いたわけではなく、ガノンドロフやザントの力を前になす術もなかった兵達も改めて力を蓄える必要があった。
エリシュカの親父さんという絶対的リーダーを喪ってから崩れていた秩序体制の整備には、アッシュの親父さんを中心にして、アッシュ自身とモイさんがそれを手伝った。テルマさんに「腰抜け兵士」と言われた城仕えの兵達の戦力増強のため、俺も度々城に呼ばれて剣術を教えることになった。
アッシュが親父さんと肩を並べて王国騎士団を指揮するようになるくらいの時期にカカリコ村へも人が戻り、徐々に新しい建物が増え復興がうまくいき始めた。力仕事にはゴロン族が率先して協力してくれたし、温泉やゴロン族伝統の相撲なんかを元にした観光事業も復活して、経済も回り始めた。
ゾーラ族の族長を亡きルテラ妃から正式にラルスが継承して、里も少し落ち着いたと便りが届くようになった頃、ゼルダ姫が俺に勲章を授与する式典を行ってくれた。
異常事態における混乱を収め、悪しきものを祓った英雄の証、だそうだ。名誉騎士の勲章をもらった俺は、今でも度々何か問題が起こると、ゼルダ姫に頼まれてハイラル各地に足を運んでいる。

ゲルド砂漠から戻った頃には、エリシュカの紡ぎ針の内の魔力は枯渇しかけていた。
役目を終えたマスターソードを再び封印するため、俺と彼女はフィローネの森の奥、迷いの森の中の時の神殿跡へと赴いた。
台座に聖剣を刺し直しても、もう過去の時の神殿へと空間が繋がることはなかった。静かで爽やかな風と木の葉の掠れる音、青々とした木々の匂いに柔らかな木漏れ日以外は何もないその場所が、悪しきものに侵されることのないようにと、エリシュカは紡ぎ針を突き立てて最後の魔法をかけた。

彼女は、記憶から抜け落ちていた実の母親の墓の場所を思い出して、そこに自分のために身を賭してくれた叔母と父の名を刻むと、花を手向けた。
時折、迷いの森からはラッパの音が鳴り響く。エリシュカは騎士として城に戻ることを辞め、主として森を見守れる場所にいたいとトアル村に定住することを決めた。

城下町にあった仕立て屋の店は取り壊された。けれど、王宮お墨付きの腕前を買われて、彼女はトアル村に居ながらもハイラルじゅうの様々なオーダーに応えている。
エリシュカは、旅中で俺に約束した新品のハンカチの代わりに、名誉騎士特注のマントを織ってくれた。ゼルダ姫の命で各地を巡るとき、俺はこれを必ず羽織ることにしている。今でも時折活躍している勇者の緑衣は、たくましい者の証として、今や流行の最先端として城下町の人々が複製品を着て歩いている。

肩につかないほどまでばっさりと髪を切ったエリシュカは、何処か憑き物が落ちたように、以前に比べて晴れやかに笑うようになった。
彼女が命を削ってまで求めた家族は、もう誰もいなくなってしまったけれど、いつまでも俯いていては駄目よね、とエリシュカは言う。歯を見せて笑うその顔に、もう過去を引きずる暗さはなかった。

もう王宮騎士でも紡ぎ屋でもなくなってしまった、このふつうの女の子を、いつからか支えてやりたいと思うようになった。
ずっとそばで見守っていたい。ただの相談相手でも、旅を共にした友人でもなく、家族として隣にいられたらと。

この気持ちを伝えようと心に決めて早3ヶ月、見ていて焦れったいと村の大人達に囃し立てられるようになって、いつ俺以外の口から彼女に伝わってしまうかと焦る毎日。
今日こそ。今日こそは、帰ったら伝えるんだ……!!


「……ク……、リンク!」
「アッハイ!!!」
「ぼうっとして、どうかなさいましたか……?」
「なんでもないデス……姫の御前で失礼しました……」
「そう固くならずに。今は私と貴方だけです。……エリシュカのことでも考えていたのでしょう?」

うぐ。ゼルダ姫は非常に敏い。さすがは智恵のトライフォース所持者。見透かされたように言い当てられて、俺は情けない声を漏らす。

「あまりまごついていると、エリシュカの結婚式に友人として参列することになりますよ」
「……ゼルダも結構言うよな……」
「彼女、この間自ら配達に来たでしょう?久々で雰囲気の変わった彼女に早くも目をつけたどこの馬の骨ともしれない輩がわいているらしいですよ」
「姫ってどこからそういう情報仕入れてくるんだ……?あんた滅多に城下町に降りないだろ」
「エリシュカは可愛い妹分のようなものですから。当然です」

くす、と悪戯っぽく微笑んだゼルダの真意が分からず、思わず背筋がぶるっと寒くなる心地を覚える。
エリシュカは王家の遠縁の血を引いているらしいから、妹分ってのも筋が通っているんだろうけど……。

「ああ、そういえば」
「ん?」
「貴方から渡しておいて頂けますか?エリシュカに」

そういってゼルダが手渡してきたのは、一通の手紙。
表と裏と返して見ても、宛名や送り主の名前はない。本当にエリシュカ宛てなのか、の意を込めて手紙をひらひらさせていると、ゼルダがそっと口を開く。

「彼女が騎士団を脱退するきっかけになった事故を覚えていますか」
「……ええと、魔物に襲われた家族と馬車を救えなかったって話……?」
「ええ。助かったのは赤子一人。その後、赤ん坊は養子に出していました。その子を引き取った両親からの手紙です。我が子を命懸けで救ってくれた、名も知らない騎士へと」

はっとする。
エリシュカは、赤子しか救えなかったと言った。
でも、その子の親になった人達は、赤子を救ってくれたことを感謝している。
エリシュカは、力のない自分をひどく悔いていた。けれど、こんなにも彼女は、命を繋ぎ合わせて、今にも誰かを笑顔にしている。

「エリシュカが自分の家族を持つことを後ろめたく思っているのは知っています。きっと、その手紙を読めば、すこしは心変わりしてくれるでしょう」
「ゼルダ……」
「私もね、あの子には幸せに笑っていてほしいんです。宜しく頼みますよ、勇者殿」

きりりと鋭敏な眼差しでいることの多いゼルダが、その時ばかりは、優しく目を細めた。

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