ゆうきのありか



ざぶ、と水球が浮上した場所は、玉座のある王の間だ。
突然水中から現れた人間達に、ゾーラの者共は皆一様に驚き、そして再びの強襲かと銛を構える。

しかし水球の内によく見知った顔があることに気付いて、現ゾーラ族の最高権力者が得物を収めるよう命じた。


「この方たちは敵ではない!西方の村で私を救ってくれた方々だ!」

「「はっ!」」


水球は宙を移動し、王の間の床の上へ着地すると、ざぁと形を崩し部屋中央の泉へと流れ込んでいく。
やや濡れた衣服を絞り、身震いする人間の中から、先頭をきってローブ姿の男が現れた。


「ゾーラ族の王子と見受ける。こいつらの保護を頼まれてくれないか。カカリコ村は今魔物の急襲に遭い、安全な場所がない」

「えぇ、我が命を繋いでくださった皆さんのお力になれるなら喜んで。……ですが、あなたは……?」

「エリシュカの知り合いだ」

「エリシュカさんの……!彼女は今無事ですか?」

「あいつがほぼ独りでカカリコ村を守っている。俺はすぐ戻らなければならない。
ハイラル全土の魔物達が躍起になっている、此処にも奴らが乗り込んでくるはずだ。警備を怠るな、それと手が足りるならハイリア湖の人間も保護してやれ」


男は言い終えるなり、泉へ飛び込んで、ゾーラも瞬いて驚くほどのスピードで川を下っていった。
それを見届けると、ラルス王子は玉座を降りて親兵達に命じる。


「皆さんを温かい部屋へお連れしてください、手練れの者は私と共にハイリア湖へ。スノーピークへの登山口も今暫くは最重要警戒です、門兵を増やすように」

「はっ!……しかしラルス様、あのような見知らぬ人間の情報を信じて良いものかと……」

「母亡き今、我々に出来る最善策は、自らの目で見て信頼できるものを失わないようにすることです。何より、母が生きていれば……必ずそうしたでしょう」


王子の強い眼差しに、親兵の表情から曇りが晴れていく。真っ直ぐ前を見据えるラルスに、親兵達は恭しく頭を垂れた。


「すっかり王子さまらしくなったね、ラルス」

「コリンさん……えぇ、皆に比べればまだまだ、足元にも及びませんけど」


親兵の一人が他の兵を呼びにいった隙をみて、トアル村いちの弱虫だった<Rリンが、そっと歩み寄りながら王子の背に語りかける。
少し恥ずかしそうな顔をしたゾーラ族の少年は、眉尻を下げながら笑う。するとコリンに続いて、子供達がそぞろに並んで彼に語りかけた。


「なによう、しょぼくれてずっと口もきかなかったときに比べたら見違えたじゃない、ベス見直しちゃった」

「ですが、私はまだ仲間の力を借りねば何も出来ません」

「おれたちだっておんなじだよ!一人で何でも出来ちゃうなんて、そんなの寂しいじゃん、なぁマロ!」

「リンクだって、何もかも一人でこなしているわけじゃない……道具や薬の調達には店を頼るし、そもそも剣だってコリンの父に習っていた身だ」

「リンクさんが強くたくましく写るのは、きっと頼りにできる方がたくさんいるからなんですね」


ルダの言葉を噛み締めるように深く頷いて、ラルス少年は一切の翳りを払った眩い煌めきをもつ瞳で、自分の手のひらを見つめた。


「はい。ですから、私もいつか、彼に頼ってもらえるような男になりたい。それがきっと、母が私に願った一族の王として雄々しく生きる≠アとの近道になるから」


勇気≠ヘ、伝染する。

勇者の志は、ときにひとの心にふれて、彼らに希望を抱かせる。
それは、誰かの夢となり、理想となり、一歩踏み出すための力になる。

他者を支配し、己以外を踏みにじることで事を成し遂げるよりも、ずっともっとあたたかくて、優しく、そして大きな大きな力になる。



***



針の形をした短剣から、電光が迸る。
それは白い緒を引いて、糸を垂らすように彼女の足元に渦を巻いた。


「城の雲行きが怪しい……シャドウはまだかしら」


雑魚の軍勢を凪ぎ払い、空を鬱陶しく飛び回るカーゴロックやグエーの群れを稲妻で貫く。ゴロン族に南の入り口を任せ、カカリコ村北に仁王立ちするエリシュカは、魔物の気配に気を配りながらちらちらとオルディンの泉を見やっていた。
遠目に映るハイラル城を覆っていた結界が無くなって、数時間が経つ。レジスタンスの皆は、リンクと合流出来ただろうか。おそらくは城の中にも魔物が彷徨いているだろうし、平原の魔物共々城下町に流れ込まないとも限らない。ある程度一掃したら城下へすぐさま駆け付けたいところだ。


「今度こそ、私が守り抜く」


小さな馬車の一行を守りきれず、目の前で魔物に殺されたあの日から、もう随分経つ。
母と呼んでいた伯母が、魔物の矢に射られて絶命したことだって、一日たりとも忘れたことはない。

守りきれずに取り零してきたものは、たくさんあった。
その度に自分を追い詰めて、自分で自分を苦しめながら嘘の笑顔を振り撒いた。

彼女は胸中で呟く。

私がどんなに卑怯もので、臆病者で、軟弱ものだって、それでいいよって言ってくれるやつに出会えたから。
どんなに弱虫でも大丈夫だよって、見守ってくれるひとたちに気付けたから。

私は恩返しをしたい。
この手で。この力で。



「言い付けは守ったようだな」

「シャドウ!遅いわよ」

「そう急くな。ひとまず奴らは無事送り届けた」

「そう!ありがとう。じゃあ、いよいよ出陣ね」


お目付け役とも言える影なる者が、背後に現れる。張り切る彼女の手に握られた紡ぎ針を見て、男は伏し目がちに問う。


「……どうしても、行くんだな」

「当然よ。ガノンドロフと因縁があるのは、何もトライフォースを身に宿した者だけじゃないわ」

「エリシュカ。ひとつ約束してくれ」

「……分かってる」

「いいや分かってない。いいか、万に一つの可能性として、光の勇者が敗北するようなことがあったとしても……」

「大丈夫よ。あいつは負けない。……私が、負けさせない」


振り返ることなく言った彼女の背中が、何処か遠ざかってしまうように思えて、男は彼女を抱きしめた。


「……その時は、俺がなんとかする」


だから、何処にも行くな。


そうか細い声で言う彼の腕が、僅かに震えているのが分かって、エリシュカは困ったように笑った。


「シャドウは、なんでも知っているのね」


いつからか、あらゆるひととシャドウは繋がってしまっているようだった。
それは、彼女が憧れ続けた父の記憶であり、その父をひとたび重ねて見ていた光の勇者の記憶であり。
はたまた、遠い過去の彼女を想っていながら何もしてやれなかった、水から生まれた魔物の心であり、その魔物のオリジナルであり分身であった時の勇者の心であり。

何よりも自分を失うことを恐怖してしまう彼が不憫で、申し訳無くて、けれど何処か安心してしまう自分のずるさに、エリシュカは苦笑するしかなかった。


「シャドウ、お願い。
私を、リンクのところへ連れてって」


自らを抱くその腕に、そっと手のひらを重ねて、彼女は微笑う。
今度はきっと、ハッピーエンドになれると心から信じている。

彼女の心はもう、揺らがない。
それを知っているから、シャドウは固くくちびるを引き結んで、己と彼女を影の粒子へと変えて城建つ町へと運んでいった。



***



「リンク!!!」


小人が、厚い壁越しに叫ぶ。
寸でのところで勇者が飛び退き前転で体勢を立て直す。
姫の姿をした魔王は、正三角形の領域に魔力を放つなり、剣を持ち直し勇者に向けて切っ先を放つ。
猛スピードで彼目掛け突撃してくる刃先が、髪数本を拐い彼の頬に一筋の赤を描いた。

一国の姫を相手に、剣で斬りつける訳にもいかず、勇者リンクは圧倒的不利を強いられていた。


「ふふ、いつまで避け続けられるだろうな?次は足の腱を斬るぞ」

「くそ……!」

「その次に腕の腱。肩が上がらぬようにしてやる。貴様は剣を持ったまま、為すすべなく我に首を落とされるのだ」


構え直した聖剣も、刃を向けられないならただのデクの棒と同じだ。
敵は刃先に魔力を蓄積し、ばりばりと音をたてる光弾を放った。リンクは聖剣をここぞとばかりに振るい、光弾を跳ね返す。しかしあっさり軌道を読まれ、軽やかにかわされ次弾が放たれた。
横っ飛びで避ける彼の足元を舐めるように、魔力の塊が三連続で弾ける。


「読みが甘いわ!!」

「ッ!!!」


リンクが光弾に気をとられた一瞬の隙を突いて、魔王の剣が再び彼目掛け迫る。
右に傾いた体重では、咄嗟に右方からの攻撃に対応できない。盾を構えるが、切っ先が狙うのは更にその下──宣言通り、彼の足の腱だ。


「やめろぉ!!!!」


まだ痛む体を引き摺って、夕日色の拳で結界壁を殴り付けながら、相棒の悲痛な叫びが響く。
ひくりと魔王の頬が持ち上がり、邪悪な笑みを形作った。



「アンタ、年取って性格歪んだんじゃない?」



周囲に漂う黒の塵。
視界にちらつく鮮やかな赤毛。

顕現した彼女は片膝をついて深くしゃがみこみ、突き立てた針で剣線を逸らした。


「ッチィ……!!」

「お久しぶりね!!」


人の姿で影の力を操るエリシュカは、迷うことなくゼルダ姫向けて電光の刃を放った。魔王はそれを剣でいなす反動で、勇者と距離をとる。辺りにばちばちと魔力の残滓が飛び散った。


「エリシュカ、おまえ……!」

「紳士ならまず言うべきはお礼なんじゃないの?」

「……ハハッ、オーケー。そんだけ減らず口が言えるなら心配しなくていいや」

「随分失礼ですこと、勇者さん≠スら」

「紡ぎ屋さん≠アそ、かなり柄の悪いお知り合いがいるようで」


立ち上がり、勇者と背中合わせになった紡ぎ屋は、壁の向こうの小人へこっそりウィンクをする。
兜をもたげながらこちらを窺う影の者の表情が、いくらか明るいものに変わったのを横目に、彼女は宙を漂いながら剣を握る魔王へ挨拶を投げやった。


「姫様の美しいお顔が台無しよ、亡霊にはとっとと成仏してもらうわ!」

「ハッ、どちらが亡霊だろうな。貴様のオリジナルはとうの昔に死んだ」

「おあいにくさま、こちらはきちんと人間ですから!先代もあんたの顔なんて何回も見たくなかったと思うわよ」

「……癪にさわる物言いは、奴そっくりのようだな」

「お褒めいただき光栄です魔王さま」


いたずらに目をすがめて笑ったエリシュカの手に握られた紡ぎ針が、ぴりぴりと小さく音を立てて薄緑の光を纏う。リンクが肘で彼女を小突いた。


「シャドウは?」

「国中の魔物が魔王復活に感化されて暴れまわってるの。カカリコ村の皆を安全な場所に運んでもらった。今は城下町で平原の魔物からの防衛を任せてる」

「あいつ一人でか?門は東西南で3つもあるんだぞ」

「あらご存知ない?彼、すっごい強いんだから」

「……エリシュカ、その気取った都会喋り≠竄゚ない?久しぶりにイラッとくる」

「あはは!ちょっと調子乗ってるの、ごめんあそばせ」


冗談も苛立ちも、気兼ねない。
当たり前のように背中を預けられる。

そして何より、傍にいるだけでちょっぴり強気になれる。


「そういうわけだから、遠慮なく魔王討伐といきましょ。お供するわ」

「虫とゴースト相手じゃなきゃ心強いぜ」

「一言余計!」


真に強き者はどちらか。

数百年の時を経て、今、証明してみせよう。





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