このいとが、つなぐもの



次の瞬間、敵が叫びを上げた。
こちらはまだ何も仕掛けていない。

目を押さえたまま地に落ちていく竜剣士達。
何事か、と咄嗟に盾を構えた。すると、耳慣れた鳴き声が声高く響いて、旋回してくる鷹が見えた。トアル地方の他には数少なしか生息しないはずの。
力強く翼をはためかせて滑空してくる鷹を目掛け、ブルブリン達が矢を番えた。しかし、突然の砲撃に見舞われて一瞬で粉塵と化す。


「リンクー!」


鷹が舞い降りた先を見下ろす。
腕に留まった相棒と一緒にこちらを見上げ、大手を振るのはモイさんだ。今しがた撃ったばかりであろう砲筒を肩に背負い直すのはラフレル翁だし、刃から滴る魔物の血をふるい落とし鞘に収めて視線だけでこちらを見やるのはアッシュ。後から遅れてやって来て、眼鏡のブリッジを押し上げながらウインクなんてしてみせるのは間違いなくシャッドだろう。レジスタンスの皆が、総出で駆け付けてくれたらしい。


「モイさん!皆!どうして此処へ!?」

「なぁに、いつの間にか結界がなくなってたからな!」

「我々にも必ずや、力になれることがあるだろうと思い至った次第ですよ」

「相変わらず異変を嗅ぎ付ける鼻がいいな、貴様は」


アッシュがふ、とうっすら笑んだ。珍しいこともあるもんだ。
すると隣でシャッドが、やや肩で息をしながら俺に向かって叫ぶ。


「エリシュカから連絡があったんだ!キミが単身城に向かったから、何か手伝ってやってほしいって!」

「エリシュカから?!いつだ!」

「ついさっきだよ!彼女からの手紙を持った男が酒場に来たのさ!」


シャドウのことか、と合点がいって、彼女がまた無理に村を飛び出したわけではないのだと分かると、すこし安心した。


「俺なら大丈夫だ!皆は城内の魔物が街に降りないように、頼む!」

「承知しました」

「リンクも気を付けてなー!」


ラフレル翁とモイさんが踵を返しても、アッシュは足を進めずこちらを見たまま。
シャッドもまた、物言いたげな表情でいる。


「リンク!ちゃんと、無事で戻りなよ!」


そう叫ぶと、やや覚束ない足取りで駆けていくシャッド。
何かを振り切ったようなその背中を一瞥してから、アッシュもまたひとつ言い残した。


「エリシュカを泣かせたら承知しない」


遠ざかる足音に耳を澄ませていると、影から顕現したミドナに肘で軽く小突かれて、俺は後ろ頭を掻いた。

あんなに警戒されて、彼女絡みで何度も怒られた。あのシャッドにだって、一度本気で怒りをぶつけられたことがある。
エリシュカのことに関して、俺は全く信用されていないと思っていたのに。こんな土壇場で、そんな言葉投げ掛けられたら。


「ちっとは、認めてもらえたのかな」


なんだか場にそぐわず照れくさくなって、それから、独りじゃない心強さに胸が温かくなった。

早く帰ろう。
彼女の待つ場所に。



***



私に出来ること。
私だから出来ること。

そんなの、限られてくるって最初から分かってた。

どんな時代のどの戦いだって、いつも最後は彼らの一騎討ち。
私が手出しをする隙なんてない。

だったら、精一杯あいつの手助けになるよう、力を尽くすしかない。



「エリシュカ姉ちゃん!もう動いて平気なの?」

「あら、コリン。大丈夫よ、ベッドでじっとなんてしていられないくらいにね」

「そっか!良かった……
ところで、その服どうしたの?」



教会前に立つ私に声をかけてきた少年が目にしたのは、真っ青な布を羽織り緩く腰紐で留めただけの私の姿。
光の加減によっては、濃紺にも鮮やかな空色にも見える不思議な布地は、先程私が魔力と一緒に織り上げた祭服だ。


「これから、優しい魔法をひとつ、見せてあげる」


ひた、と裸足で踏み入った、オルディンの聖なる泉。
深く息を吸い込みながら、ゆっくりと足を進め、泉の中央で袂から紡ぎ針を取り出した。


「光の大地を守護せし精霊達に告ぐ……
紡ぎ屋当代主であるこの私に……その御力をお貸しください」


輝き、煌めき出す紡ぎ針。
目映いほどの光が泉から湧き起こって、柔らかくあたたかな光玉を抱えた巨鳥の姿をした精霊が姿を現した。


「貴方は裏切り者の血を引く者……我々と同じく神より大いなる力を任されていながら、その責務を全う出来ぬどころか、闇に呑まれ在るべき姿を見失ったかの者の末裔です」

「えぇ、確かに先代は、一度間違ったことに力を使いました。でもその報いを、罰を彼女はきちんと受け入れたわ。
だからこうして、私達がいる。ハイラルの地は、彼女のおかげで再び光射す下で生き長らえている」


私は、ゆっくりと紡ぎ針を天に掲げ、一振るいした。
黄昏の陽を受けてきらきら瞬くように輝く針には、微塵の曇りも翳りも、ない。


「勇猛なる若人の使命は、神を貶めこの地を汚す悪なる者を、その刃にて斬り払うこと。
智恵備えし王女が為すべき使命は、民を導き、大地を統一し、穏やかな日々を創造すること」


私は、一呼吸置いてから、紡ぎ出す。


「私は、神さまが気まぐれでこの大地に取り置いた、ちっぽけな魔法使いの生き残りだけど。リンクや姫様みたいに、皆を守ったり導いたりすることは出来ないけど──」


針の先に、ぽつ、と灯が点る。
黄昏の色をした、哀しくて優しい温度の光。


「この手のひらを通して、誰かと誰かを繋ぐことなら出来る。出会い≠ニいう、小さな奇跡なら起こせるかもしれない……!

だから終わらせない。彼の勇姿も、誰かの涙も悔しさも……
私はこの伝説を──奇跡を伝え続ける、ただひとりの誰かになる」



灯った光は、柔らかく膨れて弾けて散って、私の祭服に落ちていく。
星空柄の祈りは、さらに光を強めて、辺りを白で包み込んだ。



***



最上階に続く長い階段を登り終えると、吹き付ける風や霧雨の音も届かない、まるで何処か世界から切り取られたみたいな部屋が、そこにあった。
床に転がる、無惨な姿の神々の彫像。聖なる加護はもはや届かないと、まさに力ずくで示している。
玉座の上の正三角には、囚われの姫がくたりと首をもたげて眠っていた。


「ようこそ、我が城へ」


謁見の間。王座に鎮座ましますは、この国を統べんと企むかの宿敵。


「死ぬほど会いたかったぜ」


ミドナはそう呟くなり、牙諸とも敵意を剥き出しにした。
初めて見るはずなのに、見覚えのある風貌。心の奥、魂とでも呼ぶべきか、精神の根幹からうち震えるものが、俺に知らせてくる。

奴こそ魔の元凶───


「僅かな力を宿した程度で、神に逆らい見捨てられた哀れな一族よ。
お前達の苦悶が血肉の糧となり、憎悪は力となって我を目覚めさせた……」


奴が拳を握れば、周囲に漂うだけの魔力すら刺々しく変質し、同時に徐々にこちらへと迫る何かを思わせる。

畏怖の念とでも呼ぶべきか。圧倒的威圧感が、俺達を土俵の外へ押し出さんとする。


「お前達一族に欠けていたもの……それは、力。神に選ばれし強者のみが持つ、絶対なる力──その力を支配する者こそが、この世を統べる王にふさわしい」

「自惚れるなよ!
オマエが絶対なる力を持つ選ばれし者だと言うならば、ワタシは全てをかけて否定してやるよ!」


憤慨するミドナ。怒りで震え上がるその隣に、一歩踏み出して俺も肩を並べる。
それを見て、ひどく冷たい微笑を浮かべた魔王が、すがめた視線の先を俺達から頭上に囚われた姫へと投げやった。


「影が光に、絆されたか……面白い
ならば、否定してみるがよい。その友情とやらでな!」


にやりと歪んだ口角が、ばらばらとほどけ崩れていく。影の粒子となって姫に襲い掛かるガノンドロフ。
俺より先に飛び出したミドナが盾となるが、粒子はその隙間を縫うようにして姫の身体へと吸い込まれていった。魔力によるかりそめの肉体ではなく、実体を得た魔王を打ち倒さんと、爪を立てた手のひらを振るおうとするミドナ。


「………っ、」


戦慄く彼女は、しかしゼルダの頬に手を添えるしか出来ない。悔恨と愛惜を混ぜたような、悲痛な面持ちをする彼女を、しかしゼルダ姫は裏拳で弾き飛ばす。


「ぎゃあっ!!!」

「ミドナ!!」


駆け寄る俺と相棒を隔てる、魔力の壁。ミドナは石床に叩き付けられた身体を苦しそうに起こして、尚も小さな拳で結界を殴り付ける。


「くそ……くそっ!バカにしやがって!」

「中身が我だと、分かっていても手出しできぬとは……情がそこまで腑抜けにさせたか」


「……ミドナ。俺を信じろ」


剣を引き抜く。硬質的に黒光りする鞘から、一層鋭さを増した聖なる光を纏った刀身が現れる。


「俺が相手だ」


魔王の魂宿りし姫君は、闇の魔力に蝕まれて黒く亀裂の入った頬を固くして、呟く。


「……やはり立ちはだかるか、勇者の魂よ。傲るなよ、貴様程度の存在──その神の力さえなければ、我の前では無力に過ぎぬ」

「何度だっておまえの前に立ってやるさ……!」



はは……っ、やってみろよ。
何回だって、……立ち上がってやるさ




「…………煩わしい」


端正な面持ちを歪めながら、身形に似合わぬ大振りの剣を足元から拾い上げるゼルダ姫。
麗しき金色の瞳は今や細められ、その目付きは姫らしからぬ鋭さを宿している。



人間になんかなりたくない!!!
だってもう、意味ないもの!!!




「………今度こそは、必ず我が手に!」



迫り来る切っ先。
俺は盾を構えて、今一度柄を握り直した。




***




「みんなー!!空が!!」


物見台から、タロのよく通る声が響く。

見上げると、眩かった黄昏の美しい空は何処かへ。暗雲がハイラルじゅうの空を覆い尽くして、城の上空へと垂れ込め渦を巻いている。
嫌な空気だ。結界中に閉じ込められていた邪悪な魔力が、気候すらも操ろうと蔓延しているのが肌で感じてわかる。

ゴロン族が一人、猛スピードで山を駆け降りてきた。
騒ぎを聞き付けて、レナードさんが教会から出てくる。


「大変だゴロ!デスマウンテンじゅうの魔物が数を増やして、やけに興奮して暴れまわってるゴロ!」

「なんですって……!」

「山の魔物はオイラ達の仲間で何とか食い止めてるゴロが、このままだと平原から魔物が村に雪崩れ込んでくるかもしれないゴロ……!」

「それはいけない、今のうちに避難を!」

「何処に逃げるってんだ!この村にお城みたいな塀や石垣がある安全な場所なんてねーぞ!」

「地下室は、以前にも魔物に入られていますし……」


飛び出してきたバーンズさんが、ゴーグルを目の上に押しやりながら怒鳴った。
地鳴りのような魔物達の足音が遠く近づいてくる。ベスが震え上がり、ルダはそっと父の袖を掴んだ。


「どっかの誰かさんが、倉庫を吹っ飛ばしちまったから、爆弾の在庫も心強くはねぇぞ……!」

「オイラ達も全力で守るゴロ、けど……!」


「皆、大丈夫よ。落ち着いて」


私の声に、大人たちが言葉を止めた。


「子供たちが怯えてるわ。焦っちゃだめよ」

「呑気なこと言ってる場合か!」

「やめなさいバーンズ。……エリシュカさん、何か考えがあるのでは?」


レナードさんが、真っ直ぐに私を見つめる。

私は、一度深く頷いてから、今しがた上がったばかりの泉を指し示した。


「この国の水脈は全て繋がっています。船はありませんが、安全に水中を移動する手段があるので、ひとまずはゾーラの里へ」

「ゾーラの?」

「水場には魔物も少ないですし、彼らには王子を救われた恩義があります。必ず力になってくれるわ。
少なくとも、山道の魔物と戦いながら、デスマウンテンの内側へ避難するよりは安全です。この調子だと、山が噴火してもおかしくないし」

「待ってくれよ!」


物見台から降りてきたタロが、私の祭服にしがみつくようにして声を荒げた。


「魔物にぐちゃぐちゃにされた村を、やっとここまで立て直してきたのに!俺たちだけ逃げたら、またおんなじことの繰り返しだ!」

「タロ君、気持ちは嬉しいですが……、村よりも君たちの安全の方が大切です」

「待ってレナードさん、僕もそう思う。エリシュカ姉ちゃん、僕らもここで戦いたい!」


コリンも声をあげて抗議する。マロは相変わらず強い眼差しを向けてくるし、本当、此処で生活をしてから君たちは逞しくなった。
でも、凶暴化した魔物の相手なんて、まだ戦い方を習い始めたばかりの子供たちにさせられない。

ざぶ、と一際強く波打つ水の音。
振り返ると、赤毛の男がローブを羽織って水から上がってくるところだった。


「ガキはおとなしく大人に守られていろ」

「シャドウ!……そういう言い方しないの」

「誰だよおまえ!」

「この人が皆を運んでくれるわ」

「手紙の次は人間か……俺は運び屋になった覚えはないぞ」


文句こそ言えど、彼はふわりと手を子供たちに向けて、呼吸のできる水泡の内へと閉じ込めた。
次に、バーンズさんやレナードさん達もまた別の水泡へ閉じ込める。

それから私へと向き直り、リンクと瓜二つの姿に戻ると、まじまじと私の格好を見て眉を潜めた。


「……その服は縁起が悪いぞ」

「あら。私のこと信じてないの?」

「いい思い出がない」


ひとつため息をついて、シャドウは私の言いたいことを察したふうにまた赤毛の男へと姿を変えた。


「まったくおまえは……」

「いいの!パパからもらう≠アとに意味があるんだから」

「……本当にいいんだな」

「大丈夫よ。影の真珠≠ヘ、もう人の命を奪わなくても願いを叶えてくれる。不器用で優しい心を持ってるんだもの」


彼は、私の額にひとつ、キスを落とす。くしゃりと頭を撫でる手つきは、遠い幼き日を呼び起こす。

私を取り巻く影の粒子が、尖った耳の先を黒い結晶へと変え、星空柄の祭服は肌と一体化して緑線走る黒いドレスになる。
長い髪はそのままに、渦を巻いた貝殻のような髪飾りがポニーテールに縛り上げる。

肌は、人間のまま。泉の水鏡に映る姿も、私≠フままだ。


「シャドウ……皆をお願いね」

「戻るまでは、村を出るなよ」

「ふふ、もうわかったってば!」


彼が皆を連れて水の中に消えていく。
ゴロン族が数名、村の出入口である北と南に二手に分かれて守りを張る。ずん、ずずん。地響きのような音と揺れと共に、魔物がやって来る。



私は、もう逃げない。





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