こんどこそ、きみと



自分の写し身が2体とも気配を消したことを感じ取り、ザントは歪んだ笑みを浮かべる。
確かに、闇の力でこの世界を支配するには、ソルは厄介だ。故に、知能のない魔力の塊であるスフィアマスターを生み出し、ソルを封じ込めさせた。
しかし同時に、これは彼らの力を推し量るためのものでもある。影の真珠が意識に取り憑かれたことは計算外だったが、影の結晶石が3つも揃っている以上所詮鍵でしかない奴が自分に抵抗する術はない。

神より賜いし力を十分に奮うに値する程度には、骨があるようだ。くつくつと喉の奥で声帯が震える。


「……ザン……ト」


背後から、名を呼ぶ声がした。振り返らずともわかる。床に這いつくばりながら、痛みと自由がきかない体にもがき苦しんで疲れきった様子の、女ただ一人。この部屋には、自分と彼女しかいない。


「どうだ。体の具合は」

「ぐ……う、ぅ……」

「言葉も無くしたか。まるで魔物だな。ククッ……」


まるですがり付くように、必死に針の収められた鞘を抱いて踞る紡ぎ屋。影の真珠を失い魔力のない奴に、紡ぎ針は使えないというのに。


「ただの人間ならよかったのにな。紡ぎ屋はその肉体すらあらゆるものを繋ぐ媒体だったとは」


長きにわたり光の世界で影の力を宿し、姿をも影のものに変えていた肉体。こちらの世界に来たことで、肉体の中の光と影が混じりあい、どちらの体裁も保てなくなっている。


「都合がいい。貴様を使って少々細工をしてみようか」


ザントが手を伸ばす。振り払おうとしたのか、しかし力なく振るわれた手のひらは、彼の手にぺちりと弱く当たっただけ。


「憎め。恨め。己の不運を」


力ある者にしか、神は応えてくださらない。
紡ぎ屋。神に死を言い渡されている時点で、貴様に救いなどないよ。


「……ッ、く……」

「……」

「リ……ク……」


食い縛る歯の隙間から漏れる声。かの勇者の名を呼ぶ、声。


「……奴なら、直に此処へ来るだろう」

「!」

「残念だったな、会えなくて」


鞘から、紡ぎ針を引き抜く。
取り返そうと目が追ってくるも、腕は力なく震えるだけだ。

魔力を持つ者だけが扱える、紡ぎ針。
謂わば、彼女と彼は遠い親族のようなものだ。使えないわけがない。


「さらばだ、我が同胞」


横たわるその無防備な背筋に、深々と紡ぎ針を突き立てた。



***



聖剣を一振り払えば、霧が散る。

ソルの加護を受け、眩しくも温かな光を宿したマスターソードを握りしめ、俺たちは進んでいた。


「……間違いない。この先だ」

「今やエリシュカの波長を感じることは出来ないが……他の部屋にはいなかった。おそらく、あいつも此処にいるだろう」


ミドナに続け、シャドウが言う。二人とは違い魔力を扱うことのない俺には、波長なんてものわかりゃしない。だけど、気配というか雰囲気というか……予感、に近いものなら、ひしひしと感じていた。

重々しく開いた、最後の扉。
妙に明るいその部屋で、玉座に腰掛けこちらを見やる者がいた。


「自分がかけた魔力に追い詰められることになるとは、皮肉なもんだよな?なぁ、ザント」


ミドナが意地の悪そうな笑みで奴を睨む。
俺達よりも一歩踏み出して、シャドウが毅然と言い放った。


「エリシュカは何処だ」

「……我々は、長きにわたり虐げられてきた。魔術に長けた優れた部族が、陰りの中の鳥籠のようなこの世界に押し込められ、いつしか怒りや憎しみ……欲望を持たぬ腑抜けた者達に成り下がった」


答えず、ゆっくりと腰を上げこちらに歩み寄ってきたザント。
兜は襟元から畳まれるように影の粒子となり、隠されていた素顔が露になる。細面に、尖った唇。大きな瞳には感情の色が見えず、しかし猛る怒りが徐々にみなぎっていくのが手に取るようにわかった。


「全ては、影の世界に甘んじ何もしなかった愚かな王家のせい!
そんな愚かな王家に耐え忍びながら、私は奴らに仕えてきた……次に一族を治めるのは自分自身であると、信じていたからだ。
しかし私は認められず、長の持つ魔力を与えられることもなかった!

だが、絶望と憎悪のうねりの中で、私は神≠ノ出会ったのだ……」

「!」

「神は私に言った。汝の望みあらば、我もまたそれを望む≠ニ。そして私は、力を賜わったのだ」


奇天烈な動きで豹変したように俺達の周囲を動き回っていたザントが、ふと反らしていた背を起こし、再び兜をつけた姿で言った。


「愚かなのは紡ぎ屋とて同じだ」

「なっ!」

「ただの人間よりも優れているにも関わらず、光の世界で飼い慣らされ、やがて絶えるを待つばかりになった。
見ろ、奴はこの場で誰よりも脆弱な生き物だ」

「!!!」


ザントが示す先を、俺達の背後を勢いよく振り返り、見つめた。


「エリシュカ!!!」


玉座が塵となって離散し、現れたのは、変わり果てた姿のエリシュカそのひとだった。
ぽっかりと胸元に穴を開けて、向こう側が見えてしまっている。体の至るところは粒子となり、爛れた肌のようになるばかりか数ヵ所は抉れ、元の形を失っていた。
灰白の血色、低い鼻。変色し黒い涙を流しただろう瞳は固く閉じられており、指先は炭のように黒く硬質的で、いやに鋭かった。
人形のようで、まるで眠っているその姿は───死を連想する。


「ッテメェェ何をした!!!」

「何も」

「ふざけるな!!何もしないでこんな、こんな……ッ、」


茫然とする俺の横で、ミドナが怒りに震えザントを鋭く糾弾する。
シャドウは歯噛みしながらも彼女に駆け寄り、確かめるようにエリシュカの頬や首筋を撫でては、か細く名を呼んだ。


「真珠よ、貴様が招いた事態だ」

「ッ!」

「悔やむなら過去を悔やめ」


シャドウが弾かれたようにエリシュカから離れた。
ザントは彼女の前に立ち、俺達を眺め嘲笑う。


「我が神の望みはただひとつ──光と影をひとつの闇に!」


突如、魔力の奔流が迸る。エリシュカの姿諸とも周囲が暗闇に呑まれて見えなくなる。
魔方陣のようなものがザントの背後に広がると、暗がりが晴れると同時に先程までと全く異なる光景が目に映った。

幻?……否、踏み締める枯れ草の質感も、毒沼から漂う腐臭も、湿気混じりの陰鬱とした空気も──はっきりと思い起こせるものと変わらない。
一番始めに挑んだ森の神殿の、ボス部屋が其処にあったのだ。

ずおう、と首をもたげるように水中から姿を現したのは、紛うことなき覚醒寄生種ババラントだ。


「どうなってやがる!アイツはとっくの昔に倒したはずだ!」

「エリシュカを介して、お前達の記憶の中の光景を異空間の中に再現している……リアルに感じれば感じるほど、敵の強度は本物以上に増すぞ」

「チッ、こんなことのためにエリシュカをオモチャにしやがって……!!」


いきり立つミドナの髪が今にも暴れんと逆立っている。
ザントはけたけたと不快な笑い声をあげて、光弾を飛ばしてくる。ババラントの種攻撃と入り乱れて、視界は不明瞭だ。

水の防壁を展開しながらシャドウが言い放つ。


「あのデカブツはお前らじゃ分が悪い!俺がやるかわりに、お前らはザントを叩け!」

「………」

「リンク聞いてんのか!」


音も、視界も、何もかもが遠い。ぼんやりと視線を彷徨わせ、知らず知らずのうちにエリシュカの姿を探した。
嘘だ。そんなはずない。あんな姿でいて、無事なはずが。なら、きっとあれはエリシュカの偽物で、だから本物のあいつは必ず何処かに──


「……ふ、」


ちょっと前の自分なら、きっとそんなふうに幻想を抱いて現実を受け入れたがらなかったろう。
今は……怒りで、気が遠くなりそうだ。

ここまでお膳立てしてもらっときながら、悔やんで膝ついてカッコ悪く泣くなんて──勇者のやることじゃねぇよな。


固く握りしめた聖剣。覇気すら纏って繰り出した回転斬りは、奴の光弾を掻き消して、更に輝きを増す。


「聞こえてるさ。暴れていいんだろ?」


噛み締めた奥歯が、きしりと音を立てた。
ミドナは俺の影に飛び込みながら笑った。


「あと1秒反応が遅かったら、頭突きしたあとザントの代わりにオマエを殴ってたね」

「いやそこはザントを殴れよ」

「ククッ!さーて、リーチの届かない敵相手に、どう仕掛ける?」


パチン、軽快に響く指を弾いた音。俺の手に握らされたのは、久しぶりに日の目を見た精霊宿るはやちの飛去来器。


「疾風最大で頼むぜ!!!」



大きく振りかぶり、投擲。風に煽られ、空中を闊歩していたはずのヤツは竜巻に巻き込まれて地上へと引きずり下ろされる。


「でやぁぁああああ!!!!」


一閃。袈裟懸けに斬りつける。ぎゃあと悲鳴を上げるも、即座に体勢を立て直し再び宙に逃げるザントを、すかさず目で追う。
その背景で、ババラントが絶叫。空気を裂くような耳に痛い断末魔を上げて、早々に毒沼に沈んでいく。


「なんだ、結構強いんじゃねーか」

「遅いな。まだ一撃か?」

「るせっ」


軽口を叩きあっていると、再び空間が闇に塗り込められる。魔法印が表れても、エリシュカの姿は見当たらない。

おそらくはザントを破り、術を瓦解させない限り、彼女の解放は望めない。


とたんに、熱気が込み上げる。纏わりつくそれに、予想した通りのフィールドが再構築された。
茹だるような暑さ、火傷しそうな熱さ。うねるマグマの鍋に、ぐらぐらと足場の落ち着かない岩石の孤島。ゴロン鉱山で、ダンゴロスとやりあった部屋だ。


「やったなシャドウ!おまえの得意舞台だぜ!」

「馬鹿言え逆だ馬鹿」

「馬鹿馬鹿言うなよ?!」

「マグマは流動体だが炎だ。汗も乾く此処で、水の眷属である俺には、不利………」


言うだけ言って、俺の背の鞘に成り変わると、シャドウはおとなしくなった。全く、簡単でいいなァこいつ。


「要するに、俺だけ頑張れってことね」

「オイオ〜イ、ワタシもいるぞ。暑いから影から出ねぇけど」

「おまえらなぁ!!!」


迫る殺気。間一髪光弾を避けるも、追尾してくるそれを盾で防ぐ。徐々に押され、孤島の縁が近付く。後がない。


「いくら幻のマグマでも、落っこちるのは勘弁したいよな?」


足を覆う鉄塊が、磁力によって力強く足場を支えた。ちょうどそこで、光弾の猛襲が止み、息を切らし肩を大きく上下させる奴の姿が見えた。


「相撲で俺に勝ちたきゃ、ゴロン族を呼んでくるんだな!!!」


足が軽くなる。駆け出して、力一杯切っ先を横に薙いだ。



***



記憶が戻る瞬間は、まるで夢から覚めたときみたいだった。

姫様と手を取り合って笑った瞬間、ママの穏やかな笑顔と苦しそうな息が絶えた瞬間、パパが私の頭を撫でて家を出ていった日の扉が閉まる瞬間。


真珠の魔力が強まらないと戻らない記憶。
おかしいと思ったんだ、元々魔力を持たない私にそんな仕掛けを施す必要無かったのにって。

目が覚めると同時に、自分が何者かも思い出す。


魔力をもたない℃ゥ分、それさえも、書き換えられた偽物の意識だったんだ。


一族の人間が自分ただ一人になると、一族で一番の魔力の使い手になる。
まるで、先代の紡ぎ屋≠サのままじゃないか。

異空間に過去を繋いで再現する。
これも、昔のあなたがやったことなんだよね。


巡りめぐって、同じ道を辿る。

それは、血の繋がりがさせるのではない。


私こそが、彼女の写し身≠セからだったんだ。






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