おわりのはじまり



水球は、天空都市頂上まで元通り俺達を運ぶと、ばしゃんと形を崩し芝生の恵みへと変わる。
漸く無呼吸から解放され、肺の奥まで深く息を吸い込んだ。弱まった風が、びしょ濡れの身体から水滴を払い、凍えるような寒さを与えてくる。


「……っ、シャドウ!」


身震いもほどほどに、俺達を運んだ水球と共に芝生の上へと降り立った男を睨む。
しかし奴は不敵に笑むばかりで、答える気配はない。そうこうしている間に、ナルドブレアが滑空してくる。先程とは違い鎧を纏わぬぶん段違いにすばしっこい。横っ飛びでなんとかかわした。左腕を庇う様子の俺に、奴はまたフ、と息を漏らし笑う。


「光の勇者ともあろう者が、情けない姿だな」

「うるせぇ!……なんでおまえが此処に、」

「お喋りは後だ。さっさと片をつけたいんだろう?」


ハッと上空を見上げる。気づけば暗雲立ち込め雷鳴を轟かせる空の中旋回して戻ってきた炎竜は、休む隙を与えず業火を吐いた。俺は再びクローショットで高所へ避ける。今度こそ離すまいと、左手の持ち手を握り直した。

ミドナが傍らにやってきて水滴の滴る頬を拭う。


「アイツの言う通りだ、まずは奴をどうにかしよう。おそらく背中の核が弱点だ、隙を見て背後に回れ!」


頷くと同時に、俺は鉤爪を射出する。翼竜は焔を吐きながら徐々に高度を上げてきた。敵を取り囲むように浮遊するペラプロの実を伝って移動するも、ナルドブレアもまた俺を追うように火を吹く。なかなか背に回れない。


「……っく……そ……!」


あまり長時間ぶら下がると、全体重が腕にかかるため負傷した左腕へのダメージが大きい。じくじくと痛むそこから痺れが伝わる。ほんの少しでも気を抜けば手のひらがすっぽ抜けそうだ。

またもや焔のエネルギーを蓄積して炎塊を作り出しているナルドブレアに、思わず舌打ちをする。しかしそこでミドナがハッと目を見開いた。


「アレだ!さっき奴は攻撃したあと僅かにインターバルがあった……うまいこと避ければ翼の裏側が見えてくるはずだ!」


吐き出された炎塊。迫る熱風をなんとかかわす。すると、漸く魔力の埋め込まれた核が見えてきた。
照準をしっかり定め、クローショットを撃ち込んだ。奴の固い鱗に引っ掛かり、力強く俺を引き寄せる鎖。暴れ咆哮するナルドブレアの背に掴まると、聖剣を引き抜き斬りつける。

核は鱗同様硬質的で、しかし僅かずつ亀裂が入っていく。
いくつも亀裂の重なった、最も脆い中央目掛け、両の手で握りしめたマスターソードを突き立てた。


「っだぁぁああああ!!!」


ぴきぴき。雛が卵の殻を破るような音がして、静脈のような亀裂が広がっていく。
破裂音を響かせ、核が弾けた。ナルドブレアは叫びを上げて落下していく。鎧のない姿で地面に叩き付けられたことがとどめとなったか、奴はくたりと首をもたげ二股の舌を垂らしたまま動かなくなり、やがて漆黒の炭のようになって爆散した。


竜が姿を消すと同時に、空中で奴の隠れ蓑となっていた雲や霧が晴れていく。
眩しいほどの陽光が照らし、澄み渡る空に似つかわしくない禍々しい気配が結集していくのを感じた。塵が集まり形を成し、大きな石鏡の欠片となる。


「やったなリンク!これでかけらが全部揃ったぞ!」

「これで影の世界に……!」

「お姉ちゃんを探しに行けるのね!」


「そして、影の真珠もまた完成した」


第三者の声に、ミドナは鏡のかけらを髪で掴んだままそちらを見やる。
警戒する俺に、奴───消えたはずの男、シャドウはフンと鼻を鳴らした。


「窮地を救った恩人にその態度とはな」

「何故おまえが此処にいる!エリシュカは確かにおまえが死んだって……!」

「死んだ?違うな。俺はもとより魔力で具現化された人形。俺を構成する魔力が失われ、姿形をなくしていたにすぎない」

「リンク落ち着け。……どちらにしろオマエが此処にいることは不自然だ。何処からそんな魔力が……! まさか、」


ミドナがそうっと俺を振り返る。夕焼け色を湛えた瞳の視線の先に、俺もまたはたと気が付いた。

背負ったはずの、鞘がない。


「俺そのものが、影の真珠だ」


シャドウは、その身を影の粒子に四散させると、いびつな形の巻き貝のような結晶へ姿を変える。その形はまさしく影の真珠、しかし以前と異なり、人の頭ほどの大きさだ。
とてもエリシュカの胸元に埋まっていた元の真珠と同じものとは思えない。それだけ魔力が強力になっている証拠だ。あいつが影の姿を解けないまでか、苦しそうにしていたのも頷ける。

瞬く間に再び離散し、俺と瓜二つの姿へ戻った。血のような、焔のような、鋭い紅色の瞳がこちらを真っ直ぐ見据えている。


「なんだよ、それ……どういうことだよ」

「ワタシも説明がほしい。真珠が人格を持つなんてあり得ない、そんなもの神業に等しいぞ」

「其処の天空人なら知っているだろう?」

「えっ?!」


突然話を振られ、今まで草葉の陰からこちらを見守っていたおばちゃんが、頓狂な声を上げて躍り出てきた。


「貴様なら知っているはずだ……神業≠キらこなすことの出来る人間を」

「………!
昔、地上にいた魔法使いさんのこと?」

「「!!!」」

「そうだ。奴はこの世界と異空間を繋ぎ、開いたその地に時の神殿をまるごと移設した。そして自らをも時空の狭間に閉じ込めた──
既に貴様らも知り得た情報だ」

「紡ぎ屋……!」


でも、そんな馬鹿な。
エリシュカが紡ぎ屋の一族の血を引いてると分かったのはつい最近だ。それに、彼女自身には大層な魔力もない。ただのハイリア人だ。
一族は彼女しかいない……父親や、育ての母である叔母も、もうこの世にはいない。なら、何故?


「俺が実体を取り戻したということは、エリシュカの封じられた記憶が呼び覚まされたことを意味する」

「……!」

「此処から話すことは、彼女の記憶の断片であり、そして彼女の父がひた隠しにしたがった忌まわしき過去だ。承知の上で聞け」


シャドウは、くるりと手を振って空気中から水分を集めると、魔力で凝縮させ水人形を形作る。
彼の手のひらの上で、おそらく少女と思わしき人形が、楽しそうに跳ね回っていた。



────……
──────……


王家の遠縁の病弱な女と、紡ぎ屋の古き血を引くと言い伝えられる王国騎士の男の間に産まれたのは、玉のような女の子だった。
少女は、紡ぎ屋の言い伝えに倣いエリシュカと名付けられた。

エリシュカは、父の故郷である南の小さな村で幼少期を過ごす。
彼女は父に似てか身体が丈夫で、広大な森を駆け回ったり木に上ったり、牧場のヤギと遊ぶのが大好きだった。
父は中々多忙で家族団らんの時間は短かったが、彼女は母も父も等しく愛した。等しく愛された。


ある日、彼女の母が急な発作に倒れた。村の大人は城下町へ使いを出し医者を呼んだ。父もそれを聞いて飛んで帰ってきた。病状は悪化、その後も母は三日三晩と寝込み続けた。
父が身体に障らぬ食事と薬を買いに何度も城下町と村を往復する間、少女は幼いながらも必死で看病をした。大好きな母がいなくなってしまいそうで、怖かった。

暫くして病状がほんの少し落ち着いた頃、城下町は王女の誕生日を祝う祭りの話で持ちきりだった。
漸くベッドから身体を起こせるようになった母に、父がその話をする。エリシュカは瞳をきらきら輝かせて、自分も行きたいと声を上げた。
王女は、母の遠い親戚。兄弟もいない、村の子供もそう多くはない。友人の少ないエリシュカは、かねてより城下町に憧れていたが、よりいっそう行きたいと思うようになったのだ。

父はしばしば王女と謁見する立場にあった。ある機会に娘の話をすると、ぜひ会ってみたいと表情を綻ばせる。同年代の友人が少ないという境遇は、彼女もまた同じだったのだ。
生誕祭の前日、エリシュカは父と二人で城下町に行けることになった。まだ安静が必要な母にお土産を持って帰ると約束をして。

父は、城下町に店を構えている自らの姉を訪ねた。エリシュカにドレスを仕立ててもらうためだ。
父が仕事に行く間、独りで町を出歩いてはいけないという言いつけを守って、エリシュカは叔母の家で一日過ごした。その時、初めて針を持ち、裁縫を習った。これが存外面白く感じられて、エリシュカは初日でハンカチを一枚縫い上げてしまった。

祭り当日。父が連れ立って入城したエリシュカは、諸々挨拶を終えた王女に謁見した。といっても堅苦しいのは始めばかりで、二人はあっという間に意気投合した。父は城内の見回りの任を預かっていたので、王女に暫く娘を頼み仕事へ向かった。


「ママがね、びょうきなの」

「まぁ、それはたいへん。治らないのかしら?」

「………」


言葉を交わすうち、エリシュカの口から零れたのは病床の母のことだった。村に独り置いてきたのが心配で、つい話してしまった。
王女ことゼルダは親身になって話を聞いた。三日三晩寝込み苦しんでいた母を思い出して不安になり、涙ぐんでしまったエリシュカに、そうだわとゼルダは明るい声を出す。


「あなたに見せたいものがあるんです」

「……なぁに?」

「きれいな貝殻の宝石です。じつはわたくしもまだ見たことがないのですけれど、お父様があなたのお父上と話しているのを聞いてしまって」

「きれいな、宝石?」

「隠してある場所はだいたい分かります。きっときれいなものを見たら、元気が出るわ」


二人が部屋を抜け出したのは、丁度黄昏刻。夕陽に照らされ妖しく映る廻廊を抜けて、どんどん人気のないほうへと歩みを進める少女たち。


「ゼルダさま、なんだかこわい」

「大丈夫、わたくしがついてます。この先の隠し部屋に、あるはずなんです」


「ゼルダ様?」


其処を通り掛かった、一人の兵士が王女を呼び止めた。生誕祭が終わり、後夜祭に移ろうとしている。ゼルダは閉式の挨拶を広場でしなければなかった。


「エリシュカ、あなたは此処で待っていて。すぐに戻るから」


兵士に連れられて行ってしまった王女の後ろ姿を見送り、ぽつんと独りになってしまったエリシュカ。
けれど、誰もいない、祭りの喧騒も遠い静かな場所でじっとしているのは出来なかった。黄昏の光が不気味に感じられたからだ。

この先の隠し部屋に、宝石はある。そうだ、見つかるかは分からないけど、先に一人で探しにいってみよう。恐怖に勝った好奇心が、エリシュカを突き動かす。
小川しかない村で育った彼女は、貝殻の形さえ見たことがない。楽しみで楽しみで仕方なかった。


すると、真っ白な壁の違和感に気付いたエリシュカは、廊下の突き当たりを手当たり次第に調べ回った。黄昏刻で影が濃くなる時間、壁のスイッチも陰影で僅かに分かるようになっていたのだ。
現れた細く狭い通路を、射し込む夕陽が照らす。進んだ先には、開かれた空間と、床に刻まれた王家の紋章トライフォースが見えてくる。

部屋の奥に設えられた棚台に、小さな箱が安置されていた。
しんとした薄暗がりに広がる禍々しい雰囲気に、エリシュカは罪悪感を覚えつつも室内へ踏み込んだ。


箱を開く。
中には、深緑の幾何学模様が廻らされた貝殻のような宝石が、鈍く輝きを放っていた。


魅入られたように手を伸ばす。


「エリシュカ駄目だ!!!」


突如背後から、父の聞いたこともないような怒号が響く。
驚いて振り向くも、時すでに遅し。


彼女の手には、影の真珠≠ェ握られていた。






[ 54/71 ]

[*prev] [next#]
back




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -