えらばれしもの



***



「お待ちなさい……我が泉へ……」


集めるべきものを手にして、森までの道を駆け抜けながら、村まで戻って来た経緯をふと思い返していると、不意にか細い声が脳髄に木霊した。
耳から物理的に受け取ったものとは違う声色に、俺は怪しんでというよりは惹かれるようにして泉に立ち寄る。


水面に映っていた光の粒子がふわりと浮かび上がり、やがてそれが大きくなってひとつの形を描き始めた。
まばゆい光が再びふわりとその強さを弱めたとき、そこにはトアル山羊に似た何かがいた。角の中央に、潤った光の固まりを抱えている。


「勇猛なる若者よ、私は神々の命によりハイラルを守りし光の四精霊の一人、ラトアーヌ。
この地に降り立ち襲い来る黒き魔物は、我ら光の精霊の持つ力を狙う影の者達。既にハイラルの光の精霊達はかの者の襲撃を受け、その身を捕らわれたが故に力を失い、光の世界は黄昏の黒雲が覆う影の世界へと姿を変えてしまいました」


山羊の姿を取った精霊ラトアーヌは、続けて「このままでは世界は影の者の手に堕ちてしまう」と告げた。


「このハイラルの地を影の王の手から救うには、影の領域に捕らわれた三人の光の精霊を蘇らせ、失われた光を取り戻さなければなりません。
そして、それが出来るのは貴方だけなのです」

『俺が……?』


偏狭の田舎に住むしがない牧童だと、あいつに言われるまでもなく自覚していた。
その現実を、いつだって変えようと思えば出来たはずの自分が、現状に満足したふりをしてしり込みをしていたことを言い当てられたようで、ただただあいつに歯向かうことで否定しようとして。
無力なまま、大切な村の仲間を奪われて、必死に探し出すことでまた自分自身から目を背けようとしていたのかもしれない。

世界を救えるのが、こんな俺だけだって言うのか?


「貴方は、まだ気付いていないのです。自分の持つ本当の力に」


そう言い残し、暗闇にその光を溶かし込むようにして消えてしまったラトアーヌ。
泉に佇む俺は、色々なことがごちゃ混ぜになってしまって、ただ茫然としていた。


「いつまでそうしてるつもりだ?そら、早く森に向かうぞ!」


精霊の言葉が聞こえていたのかいなかったのか、ミドナは素っ気なく言うなり俺の背を叩いて先を急かしたのだった。



***



夜も更け、朝が近付いてくる。

エリシュカは、部屋に戻って机上に散らかったものを眺めながら小さく嘆息した。


「……クソガキは私ね。あの頃から何も変わっちゃいないわ」


幾重にも重なった布切れを一枚手に取り、彼女は月明かりに透かしてはまたため息をついた。


エリシュカ!
なぁ、気に入ってくれたか?



思い浮かぶ無邪気な笑顔が、彼女の胸を痛める。
あの時ああしていれば、こうしていればなんて、幾度となく思っては虚しい気持ちになった。
けれども、後悔せずにはいられなかった。そのせいで、彼女は全てを失ったから。


傍らに置かれた鞘入りの短剣を見やっては、窓の外の月に思いを馳せる。

皆、無事でいるだろうか。


「……リンクには、そろそろ謝らなくちゃね」


道中複数のモリブリンに襲われて、命からがら漸く村までたどり着いた時。
荒んだ心持ちの自分は、心配して駆け寄ってきてくれた青年に冷酷な言葉を吐いた。

それでも彼は、手を振り払った自分がよろめくのを見て、もう一度支えてくれたのだ。
自分を見つけてくれたのは彼だ。村まで連れて行ってくれたのも彼だ。彼がいなかったら、自分は間違いなく野垂れ死ぬことを選んだろう。
彼が自分の命を繋いでくれたのだ。


(それを、私は……)


自分で遠ざけたのに、何故傷付いているのだろう。
腕を叩かれて、どうして悲しくなったりしたのだろう。
それこそ理不尽だ。彼が怒るのはもっともだ。


後悔に後悔を重ねて、自分はいつ間違いに気付くというのか。


「ホント、いつも遅すぎるのよ」


目元を拭った袖口が濡れていることにも知らん顔をして、エリシュカはまた家を出た。



***



『……ぃよしッ、最後の一匹!』


弾けるようにそれを包んでいた闇が取り払われ、珠玉の淡い光が姿を現す。
雫を垂らしたような耳に心地好い音を奏でて、光は植物の蔓を編んだような器へと吸い込まれていった。
すると、器が独りでに輝き始め、瞬く間に輝きは森全体へと波紋を打つように広がっていく。

俺は、フィローネの森の影を取り払うべく、精霊フィローネに預かった光の器を用いて、散り散りになった精霊の光を集めていたのだ。


「あ〜あ、せっかく過ごしやすかったのに。じゃ、またな!」


光の戻った世界では実体化出来ないミドナは、するりと俺の影の中へと消えていく。
俺はといえば、馴染みある視点に戻ったことで狼の姿から解放されたと気付いた。

泉まで息咳切って走り戻れば、見慣れたフィローネの泉がそこにある。安堵したのもつかの間、柔らかい光の粒子が集まって、珠玉を抱く尾長猿の姿をとった。


「私の名はフィローネ。神々の命により、この森を守りし者。
勇猛なる若者よ、光の人々が魂となる影の領域トワイライトで、貴方は蒼き目の獣と化した。しかしそれは兆し……
貴方の中に眠る、神に選ばれし者の力の目覚めの兆しだったのです。

見るのです、目覚めしその姿を」


確かに、どうして自分は狼になるばかりで、他の人々と同じ魂の姿にはならないのかと思いもした。
目覚め?なんのことだ?

はたと、自分の今の格好を見下ろしてみる。
見慣れたトアルの衣装ではない、この森に溶け込むような青々と茂る草葉の色を写した鮮やかな緑の衣を纏っていた。
腕は手甲で武装が施されており、気付けばトワイライトに入った時に使えないからとミドナが消した、元は献上品の盾と剣も背負っている。


「その緑の衣は、かつて神に選ばれし古の勇者のもの。それが、貴方の本当の力。

貴方の名はリンク。神に選ばれし者」



俺が、勇者?



「勇者リンクよ、この森の奥にある神殿には黒き力が眠っています。それは、古代に我ら光の精霊によって封じ込められた禁断の力……本来それは、光の世界の者達が決して触れてはならぬものです。
しかし影の王よりこの世界を救うには、その力が必要となるでしょう……もし貴方がその力を望むなら、この森の奥にある神殿に向かいなさい」


漠然と、聞いていた。

俺が、神に選ばれた勇者?
運命だったとでも言うのか?
ラトアーヌも言っていた、俺にしか出来ないことって、こういうことなのかよ?

世界を救える、のか?
こんな、こんな俺が。


「ふ〜ん、オマエが勇者だからあんな獣になったんだってよ!残念だな〜……皆と同じように何も知らずに永遠に魂として彷徨ってた方が、幸せだったかもな?」


小馬鹿にした声が足元から響く。見れば影の姿で現れたミドナが、にやりと口角を上げて、夕焼け色の瞳を細めて笑った。


「どうするんだ?勇者さんよ」

「……、どうするも何も、」


イリア達を、探さなくちゃ。
もしかしたら、フィローネの言う神殿にいるかもしれない。
だとするならば、真っ先にそこへ向かうべき、なのだが。


「神殿に行くよ」

「そうこなくっちゃ。ワタシもそこに用があるんだ、よろしく頼むよ勇者さん」




嗚呼、また謝るのが、先伸ばしになる。

あいつのことだから、気にしてない、なんて言うに決まってるけど。



「お礼、しっかりしてもらわなきゃな」



自嘲的に微笑んで、俺は神殿に向かう道へと足を向けた。





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