まほうのことば




「最後まで付き合わせるとは言ったけど、俺一人で事足りるときくらいちゃんと休め」



そう言われてしまっては、あまり強く物も言えず。

リンク達が忘れられた里のお婆さんを訪ねに行く間、私はカカリコ村に滞在していた。
魔力を使えない私は人間の頃に比べてもひどく弱っていて、村の復興を手伝うことも一苦労。すぐに疲れてしまうせいで、一日の大半を教会でイリアの話し相手として過ごした。


「そっか、エリシュカさんはシャッドさんの幼馴染みだったのね。なんか納得」

「どういうこと?」

「二人、纏ってる空気というか、雰囲気がよく似てるもの」

「それを言うなら、イリアとリンクだって」


くすぐったそうに笑ったイリアが、弾ませていた声を徐々に潜めてしまう。

記憶が戻った彼女は前のようによく笑い、子供達の面倒をみてははつらつと喜怒哀楽を形にした。
でも、ひとつだけ元通りじゃないことがあった。彼女とリンクの間の会話が減ったことだ。

リンク自身も様子がおかしかった。二人の間に、何かあったのだろうか。


「……ねぇイリア。リンクと、何かあったの?」


私のそんな突拍子もない質問も、すこし予感していたようで、イリアは小さく頭を振ってから話し始めた。


「何もなかったわ。ただ……私が、リンクの前で普通になれないだけ」

「………」

「記憶がなかった頃の自分が何を思って過ごしていたのか、何も思い出せなくて。特にリンクといるとね、居心地はいいのに、ふと寂しく感じてしまうから」


私は、それを聞いて確信に近い疑念を抱いた。けれど容易く言葉にはできない。
幼馴染みをリンクルと呼んでいたあの少女は、宙ぶらりんな自分に恐怖しながらも懸命に生きていた。そして、自分を助け、それからも気遣ってくれた彼を、きらきらと憧れの眼差しで見ていたのを、私は知っていた。


「その……それは、ほら……」

「……やだ、違うわよ!エリシュカさんたら!」


私の言わんとするところを分かってか、イリアはまた笑いながら否定した。その笑顔に曇りはない。


「リンク相手にそれはない!」

「そんなきっぱりと……私はお似合いだと思うわよ」

「エリシュカさんてば、心にもないことを」


ぎくりとしていないと言えば嘘になる。
イリアの否定の言葉を聞いてどこか安心する自分に、少し格好悪いとか、罪悪感のようなものを覚えていた。

私の顔色を確認しつつも、自身に言い聞かせるようにしてイリアは言葉を続ける。


「私にとってあいつは、家族みたいなものだから。恋するなら、あんな粗野なくせして女々しい男より、紳士的で男らしいひとがいいわ」

「ふふ、イリアらしい」

「……もし、何も知らない私≠ェあいつを好きだったとしても、それはきっと憧れよ。あくまでも憧れ。恋とは違う」


膝の上で組んだ手のひらをほどき、胸元にあててそっと瞼を閉じる彼女。
私はその隣で、胸元に埋まったままの影の真珠をそっと撫でた。


「互いに誰かを好きになって、もしどちらかが村を離れて暮らすようになったとしても、私達は私達のまま。そうやって私の知るリンクはリンクのままでいるんだって思っていたから」

「うん」

「あんな格好して勇者だなんて言われて、私の行ったことない場所に詳しくて、剣も弓も上手なリンクを私は知らない」

「……うん」

「だから、きっと寂しかっただけなの。いつかリンクが私の知らないリンクになるって、分かってても、それがあんまり急だったから。
リンクが遠い存在になっちゃったみたいで、なんて声をかけたらいいか分からないの」


イリアの話に耳を傾けながら、私はシャッドのことを思った。

突然騎士になると家を飛び出した私に、彼は驚いたことだろう。昨日まで一緒に本を読んで手遊びをしていた仲なのに。
それでも彼は、私を待っていてくれた。10年も。その間に、彼も変わった。昔はあんなに行動的じゃなかったし、おしゃべりなのは彼じゃなくて私の方だった。
お互いに昔の自分達とはすっかり変わってしまったけど、それでもやっぱり一緒にいるのが好きだ。それはあの頃から何も変わらない。


「……うまく、言えないけど」


イリアは私を見て、翡翠の瞳を僅かに震わせる。


「変わってしまったものほど目につくけれど、変わらないものだってたくさんあるわ。
私にできなくてイリアだからあいつにしてやれることは山ほどあるもの。ちょっとずつ、取り戻せばいいのよ」


私がそう言えば、イリアは一度目を丸くして瞬くと、ゆるく唇を弧に描いて頷いた。


「でも私じゃなくてエリシュカさんにしてほしいことも山ほどあると思うな〜?」

「? ……服の修繕とか?」

「またまたぁ」


肩を揺らして笑う彼女に、もとの明るさが戻ったことを確信した私は、自分が灰白の化け物の姿であることも忘れて一緒に笑っていた。

いつものリンク≠知る彼女が、ほんのすこし羨ましくなる。
心配することなんてないのに。イリアが知ってるままのリンクは、きっと誰にも冒されることなくそのままであるはずなんだ。



その晩リンクが戻ると、イリアは目敏く彼の傷が増えていることに気付くなり、食事の前にと救急箱を持ち出してきて甲斐甲斐しく手当てした。


「また怪我増やして!」

「こんなのかすり傷だよ」

「怪我は怪我よ!もう!」


今では怪我など日常茶飯事、小さいものなら自分で手当てしてしまう器用な彼だから、「また危ないことして!」と怒る彼女に驚いては、すこし嬉しそうに「悪かったよ」と口先ばかりの謝罪を溢す。

元通りにはまだ遠いだろうけど、二人の距離が以前に程近くなったことに、私は頬を緩める。


なんだか懐かしく感じてしまった。
これは彼らにとっての当たり前の光景だったのだと思ったら、私の当たり前はどんなだったろうとさえ思ったのだ。


私は、パパにもらったこの真珠にすがるしか出来なかったけど。
支えようとしてくれたひとを振り切って、独りで何もかも出来る気がして、必死で何かと戦ってた。

リンクと出会わなかったら、そんな自分の弱さにさえ気付けずにいたんだろうな。


「なんてカオしてるんだい」

「あら、シャッド。いたの」

「ひどいなぁ」

「昼間から石像と手帳とにらめっこしっぱなしだったじゃない。まだ地下にこもってるとばっかり」

「ボクは地底人じゃないよ」


食事時だと地下室から戻ったシャッドが、隣にちゃっかり座っては私の皿から料理を一口つまみ食いした。
彼の尖った耳を引っ張っていると、リンクがこっちを見て「あ」と声を上げる。イリアの手当ても済んだようで、あちこちに絆創膏が目立つ腕でポーチから一冊の書物を取り出す。


「エリシュカ!シャッドにも見てほしいものがあるんだ」

「ん?」

「ボクにも?なんだい?」

「インパルさん……イリアを助けてくれたお婆さんに、こんなものを譲ってもらったんだ」


パンをちぎっていた私の代わりにシャッドがそれを受け取る。
ぱらぱらと開くなり、彼は瞠目しては息を詰まらせる。


「なっ……、これは天空文字じゃないか……!」



***



俺がインパルさんにコピーロッドを見せると、彼女は「まさかあなたが天空への使者だったとは」と両手のひらを擦り合わせて言った。


「我が一族の言い伝えによると、昔王家がまだ天空と交流があった時代、天空の者より不思議な力を秘めた杖を献上されたそうです……その杖はコピーロッドと呼ばれ、王家が天空へ使いを送る時に、王家が認めた使者のみがその杖を持つことを許されました」


黙って話を聞く俺と影の中の住人に、インパルさんは一呼吸置くと、一度室内に戻り何やら手にしてまた表に出てきてくれた。


「……そして我が一族は、王家の命により天空への使者が必要とするある書物を、代々守ってきたのです。
これがその書物です。お受け取りくだされ」


端々が綻び日焼けた書物は、しかし叩いても埃など出そうにない。よほど大切に保管されてきたのだろうことが窺える。
受け取るなりパラパラとページを開いて、俺は「ん?」と妙な唸り声を上げた。そこには到底読み解けそうにない記号の羅列が並んでいた。


「これは……」

「その書物は古の天空語で書かれているそうです。この里を離れなくて本当に良かった…もしあの娘に会っていなかったら、今の私はなかったでしょう。あの娘との出会いは、きっとこの事を知らせる神のお導きだったのかもしれません」


天空語で書かれた書物。シャッドに解読してもらえば、何かしらの手掛かりが見つかるかもしれない。
加えて天空への使者が代々シーカー族から借り受けてきたものなら、シャッドが探しているという開封の呪文≠ネるものが書かれているかも……


「ありがとうございます!」

「いいえ、お役に立てたならば幸い。この村に残っていて本当に良かったです」


俺は本が皺にならないよう丁寧に懐へしまいこむと、老婆がただ一人で生活を続けたという寂れた町並みを今一度見回した。
インパルさんはそんな俺の背中に、しわがれた声をかける。


「此処も、昔はまだもうすこし人がいたものです。王家との繋がりも薄らいでは、外に人が出ていくばかりでしたが……」

「そうでしたか……」

「とはいえ、大昔からのお役目を受け継いだ以上、私だけでもこの村を守らねばならなかったのです」


あなたに出会えて本当に良かった。安堵の息と一緒に溢すインパルさん。
形にならない思いのやり場に困っていると、そこでふと俺は閃いた。


「……あの。もしかしてインパルさん」

「はい、なんでしょう」

「紡ぎ屋って……知ってますか」


俺がそう問うと、彼女は細い目を見開いて幾度か瞬いた。

エリシュカは自分が王家の遠縁にあたると言っていた。
ならば、古くから仕える一族の長たるこのひとも、何かを知っているのではないだろうか。
あいつに秘密でこんなことを他の誰かに聞くのも変な話ではあるが……あいつは、都合の悪いことはどうしたって隠したがるから。


「そうですか……その名を知る方がまだいらっしゃったとは……」

「知ってるんですね?」

「知ってますとも。共にハイラル王家に仕えた一族です……紡ぎ屋の一族は我々よりもとうの昔に絶えたとばかり聞いていましたが」


何処でそれを聞いたのか。何のために知りたいのか。それを訊きはせず、インパルさんは訥々と語った。


「大昔、この世界にまだ妖精や魔力が当たり前に存在していた頃……彼らはその魔力を寄り合わせ紡ぎ、繋ぐ≠アとを仕事としていました」

「繋ぐ……?何をです?」

「ある者は、大地と水脈を。ある者は、人が立ち入れぬ魔の森で、番人として異形と人間の仲を取り持ちました。またある者は、とある大きな力を人々から守り隠すため、繋がり≠断ち切ったといいます」


ありとあらゆるものの繋がり≠時には作り、時には断つ、それが彼らの担った大事なお役目。
そう言ってから、インパルさんは眉をひそませて続けた。


「しかし、とある時代の一人の紡ぎ屋は……その強大で異色なる力に魅入られ繋ぐものを間違えたがために、時空の狭間に引き込まれてもとの世界に戻れなくなった……そんな伝説を昔聞いたことがあります」

「時空の狭間?」

「はい。時の流れない、空も大地も他人も存在しない……孤独だけが支配する空間です」



最後の彼女の言葉がぼんやりと俺の心に靄をかけた。

どうか、旅先お気をつけて。
インパルさんに見送られてエポナを走らせると、俺はたまらなくエリシュカの顔が見たくなった。


最後まで付き合わせる。
その気持ちは変わらないけど、何か予感のようなものが胸のうちに迫っていた。

いつだったか、トワイライトのカカリコ村で、魂の姿でない彼女が地に伏すのを見たときのように。




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