てをのばせば




「君が、おじさんを殺したって?」


シャッドが今一度繰り返す。
けれどその言葉に、一切相違はない。


「えぇ」

「待ってくれよ、だって話を聞くに彼は任務先での戦死だったんだろ?キミはあの頃ボクと変わらず幼かった、何を言ってるんだ」

「……記憶が戻るほど、魔力が強くなるほど、私は呪われた力に取り込まれる。姿が戻らなくなっている今、真実まであと少しなのは身をもって実感できるわ」


そして、先程ポータル移動の際にちらついた記憶。


「きっとパパは、私のせいで死んだのよ」


フラッシュバックしたのは、とても断片的なものだった。
でも、予感したんだ。罪悪感と、いけないことをしでかした焦りと、そして、取り返しがつかないことへの茫然とした感覚を。

開かれた扉。足元に広がる聖三角形。
私を取り巻いた黒の渦。私の腕を引く、強い手のひら。

視界をも覆ったそれは、やがて私から目前の光景のみならずその時の記憶さえも、奪って。


「だから、早く知りたいの」

「知ったからって、どうする気だい」

「どうもできないわ……でも、無知でいるよりずっといい。そうすればきっと、この力の本当の使い道がわかるはずだから」


もし。もしも、私がこの力で誰かを殺めたのだとしたら。
償わなければならない。命に報いなければならない。世界に尽くさなければならない。

ありったけの魔力があれば、新しい解決策が浮かぶかもしれない。
誰も傷つけずに済む方法が、あるかもしれない。
それを、誰かを傷付けた力で成そうとするのは、馬鹿げた話かもしれないけれど……


俯く私を気遣ってか、「そういえば、エリシュカ」とシャッドが明るい声をあげる。


「なに?」

「君の力をもってすれば、あのイリアって子の記憶を取り戻すのだって容易かったんじゃ?」

「あぁ、それはね。だめだったのよ」

「え?」


私はざんばらになった髪をかきあげて、自嘲気味に笑う。
シャッドは座り込み、物見台の縁から足をぶらぶらとさせながら私を振り返る。


「願いを叶える力じゃ、無かったのね。きっと」

「え?」

「死者を蘇らせることが出来ないのと同じ。記憶は、ひとの命に等しい質量をもつ。手繰り寄せる≠ノは、その過去を知り得ない私じゃ無理なのよ」


もしもリンクがこの力を得ていたら、彼女と共有しただけの記憶を蘇らせてあげられたかもしれない。
でも、村で暮らしてから上っ面ばかりで極力他人を遠ざけていた私には、それは出来なかったのだ。


「それに、私が簡単に取り戻させた記憶なんかより、ずっと重みがあっていいと思う。思い出って、そんな薄っぺらいものじゃないから」


どんなに小さな記憶だって、それに心揺さぶられたのなら、それはその人にとってかけがえのない大切な経験なのだ。


「……な、何すんのよっ。くらくらするじゃない」


シャッドは眼鏡を取るなり、ポケットから取り出したハンカチでグラスを拭うと、それをおもむろに私にかけさせた。


「キミってば、何でもかんでも見えすぎなんだ」

「え?」

「ちょっとは自分に正直になりなよ」


ぼやけ歪む視界の真ん中で、幼なじみが笑った。


「……散々わがままを通してきたんだから、いいのよ。これで」

「ほら、またそうやって理性的に話す」

「だって事実じゃない」

「……肝心なところは臆病なままなんだなぁ。ホラ、キミ虫とか苦手だったし」

「う、うるさいわね!」


くだらないやり取りのなかで、私は私≠思い出す。
力や記憶を得て無意識に突き動かされていたものが、段々と鎮まっていく。
私らしさを取り戻しては、自分の気持ちを自覚するのだ。

嗚呼、やっぱりシャッドにはかなわない。
誰がなんと言ったって、彼は私の大切な一部なのだ。



***



木彫りの像を取り返し、ポータルを伝ってカカリコ村まで駆けていく。
教会にあの二人の姿はなく、聞けばシャッドが連れ出してそのまま戻らないのだそうだ。荷物はあるから、村は出ていないらしい。そのうち戻ってくるでしょうと話すレナードさんの表情に、うっすらと戸惑いの色が重なっていた。


「まさか、エリシュカさんまで……」

「気にしないでください。影の魔物になるのとは、あいつの場合訳が違うんです」

「しかし」

「あいつが元に戻るためにも!……今は、手掛かりが必要なんだ。天空に繋がる……だからイリア、協力してくれるよな」


びくり。肩を震わせ、怯えた目で俺を見る彼女は、今一度視線をさ迷わせる。


「……エリシュカさん、なんですよね。さっきの……」

「あぁ。……それこそ言わないでいたけど、この村に来て間もない頃から、あいつはあの姿に変わったり戻ったりを繰り返してる」

「リンクルさんは、エリシュカさんを元に戻してあげたいんですか?」

「……そりゃ、な。あのままじゃ、良くないことだってあるし……どうした?イリア」


俺が手渡した木彫りの像に彫り込まれた瞳をじっと見つめ、イリアは暫く閉口する。
僅かに表情を歪めて、頭を抱えた彼女。周囲がどよめく中、揺れる瞳が数回瞬いて、それから静かに言の葉を紡いだ。


「……私は、何処かで監禁されていた……、そこで一緒にいた誰かに、助けられた……。コレは、その時私を逃がしてくれたひとがくれたモノ……。
そうだ!早くその人を助けないと……っ、でもその場所が何処だか、思い出せない……」


息苦しそうにそう呟いたイリア。他者を思いやる顔色は、しかし監禁された記憶のためか真っ青に変わっている。
恐怖に震える彼女の背を、落ち着かせるように叩いた。小さく息をつく彼女に代わって、ゴロン族長老のドン・コローネが声を上げる。


「思い出したゴロ!その像は、昔ハイラル王家に仕えていたある一族だけが持つ、聖なる像ゴロ……」

「ハイラル王家に?」

「王家を裏で支えていたため、人里離れた場所にひっそり暮らしていたが……長引く戦争でその一族は滅んだとされているゴロ。
しかしその隠れ家なら、オルディン大橋を越えたラネール地方に通ずる道の途中にあるはず」


先日大岩で塞がれてしまったという里の入り口を開くため、一足先にダルボスが体を丸め駆けていく。


「イリア、もう少しの辛抱だからな!おまえを助けてくれたその人を、今度は俺が助けてくるよ」

「……リンクルさん……」


何かを言いかけた彼女に、一瞬振り返る。しかし眉尻を下げて「気をつけて」とだけ言ったイリアに、俺は手を振って教会を出た。


記憶が戻れば、俺の大切な幼馴染みも戻る。色々積もる話があるし、散々リンクル呼ばわりしたことを笑ってやりたい。
何より、あいつが耳に挟んだという天空の杖の話≠ニやらが気になる。もしそれが天空に繋がる手掛かりとなるのなら、早いとこ鏡の最後の一欠片を見つけに行かなくては。

エリシュカを元に戻してやりたい。あの姿でいる限り、あいつに死の影が付きまとうことは必至だ。
それに、鏡が揃えば親父さんの記憶が戻るんだ。懐かしい家族の思い出を、取り戻すことができる。

たくさんたくさん助けられた。力になってくれた。
だから、今度は俺があいつの力になってやりたい。つらいときも傍にいてやりたい。シャッドにも負けないくらい、たくさんのことをあいつと共有したい。

それと同じくらい、俺の知るイリアが戻ることも嬉しいんだ。
まだ全部終わったわけじゃないのに、俺の目先には希望ばかりが満ち溢れていた。






「………」


思い出したくない、なんて言えなかった。

とっくのとうに分かってたはずなのに。
あのひとがずっと目で追い掛けているのは、私≠ナも、記憶を失う前の私自身でもない。

私が何も覚えていないと口にしてから、彼の傍にいたのはエリシュカさんだった。
エリシュカさんは、とてもいい人。私にも良くしてくれるし、日常の些末なことは彼女が教えてくれた。レナードさんに私と子供たちを預けても、戻ってくるたび心配してたくさん話を聞いてくれた。

あのひとは、寧ろ私と距離を置きたいようだった。
分かってる。それまで親しかったひとが急に遠い存在になって、関わりづらいというのも、彼女がそれまでの私≠ノ代わる彼にとって大きな存在になったということも。

私の記憶を取り戻す。
名目上は私のためでも、事実彼はそれを切っ掛けにエリシュカさんを助けたいと思ってる。

私はあくまで通過点。
見過ごされるだけの存在。

だったら、一度なくした記憶なんてもう戻らなくてもいい。
たとえお荷物でも、ほんの少しだって彼の気掛かりになる存在でありたい。
そう思うのは、私≠フわがままであって、イリア≠フ願いじゃないんだろうな。


「嬢ちゃん、顔色が悪いゴロよ」

「……ちょっと、外の空気を吸ってきます」

「あぁ、その方が良いでしょう。急にものを思い出して身も心も疲れたでしょうから」


コローネ長老とレナード牧師に見送られ、私は教会の扉をそっと開く。
ゴロン族を見たときも驚いたけれど、エリシュカさんの変わり果てた姿を見たときには心臓が口からこぼれ落ちてしまうかと思ったものだ。

普段あんなに気丈に振る舞う美しい彼女が、黒ずんだ化け物になって苦しそうに息をついていた。
旅そのものの過酷さもだけど、道中で何があったらあんなふうになるのだろう。私は、何も知らないんだ。

それに、あんなおぞましい姿になった彼女を……彼は大切そうにおぶってきた。
教会に着いて横に寝かせたときの手つきだって、ひどく優しくて。

いいなぁ、と思った。
何も知らない私じゃ、到底及ばない。

だから、元の私に戻ったら、いくらか彼の目も私に向くのかなって。
あんなふうに、優しい真っ直ぐな瞳で見てもらえるのかなって。


それは私≠カゃなくて、彼や子供たち、皆の知るイリア≠セから、厳密には元の私なんてものは無いんだろうけど。
誰かのために身体を、命を張る彼の姿に憧れたのは、確かに私≠セ。

彼から笑顔を奪った私が、最後の最後に彼を喜ばせることができるなら。
曖昧な自我など手放して、元の私に戻りたいと思ったんだ。


「あ、イリアお姉ちゃん」


私を呼ぶのは、コリンさんだ。
村で一番おとなしかったという彼だが、今や子供たちの中で誰よりも頼もしい存在になった……らしい。
優しい心持ちはそのままに、しかし最近ではカカリコ村復興の支援だけでなく、ゴロン族に戦い方を習ったりしているという。

そんな彼が手にしているのは、何処からか摘み取ってきたらしい小さな花束。小脇に抱えた籠には、パンとクッキー、それからトアル印のミルクだろうか。


「何処に行くの?」

「エリシュカ姉ちゃんのところ。さっき、具合悪そうだったから」

「……あの姿の彼女を見て、よくエリシュカさんだって気付きましたね。怖く、ないんですか」


教会に居なかった彼は、偶然にもシャッドさんが彼女を物見台へ連れていくところを見掛けたのだそうだ。
ぱちぱちと瞬いて、コリンさんは柔らかく笑顔を作る。


「怖くなんてないよ。だってボク、エリシュカ姉ちゃんが優しいひとだって知ってるもの」

「それはそうですけど」

「ボク、リンクが違う姿になってたって気付けると思う」


リンク。その名前に、どくりと心臓が跳ねる。


「リンクはね、時々村に戻ってくるとね、いつもイリア姉ちゃんのことをボクに訊ねるんだ」

「え……」

「元気にしてるか、不自由はしてないか。何か思い出したことはないか。……自分で聞けば良いのに」


彼の言葉に呆然とする私にふふっと微笑んで、コリンさんは言った。


「リンク、直接言わないだけでずっとずっとイリア姉ちゃんのこと気にかけてたよ。もうすぐ記憶が戻るかもしれないんでしょう?」

「……」

「きっとね、リンクが誰よりもそれを喜んでる。イリア姉ちゃんにたくさん旅の話をして驚かせたいんだって、いつもボクに言うんだもの」




物見台へ駆けていく小さな背中が、滲んで見えた。

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