せまりくるやみ



石造りの動く壁。
スイッチで開閉する金の柵。
張り巡らされた数々の罠も、難解な仕掛けの謎も、今まで攻略してきたものとは何処か風変わりである場所、時の神殿。

それはどの神殿よりも明確に、余所者の侵入を拒むためのもの。


「攻略に行き詰まるというより、直接仕留めにかかる類の罠が多いな……」

「これらも全部、おばちゃんの種族の文明なのか?」


途中合流した、ワープできる人面鳥ことおばちゃん親子。俺の足元を僅かに先導する背中に問いかけると、つぶらな瞳孔をこちらに向けて囀ずった。


「半分くらいはねぇ。もう半分はハイラルの人の知恵、それから地上にただ一人の魔法使いさんよ」

「地上にただ一人の?」

「そうよぉ、この仕掛けは全部後付けだから。それまで神殿はお城のすぐそばにあったし、一般の人も礼拝に来れたの。でも色々とあってねぇ、神殿を移すことにしたのよ」

「城の近く!?フィローネの森と城下町じゃ距離がありすぎる、それに移すって……この建物まるごとやったのか!?」


思わず歩みを止めた俺に、今度は体ごと振り返ったおばちゃんは、ぱちくりと妖しく灯る瞳を瞬かせて、いつもより幾分か落とされたトーンの声で呟いた。


「出来る子がいたのよ。もうとっくに死んじゃったろうけどねぇ」

「……おばちゃん今いくつなんだ」

「やぁねぇ、お兄ちゃんたら!女性にその話題は禁句よぅ!」

「……そうまでして守るべき何かが、この神殿にあったんだな」


ミドナが冷静にそう告げた。
何人たりとも寄せ付けぬための罠。進むこの先に、何が隠されているというのか。


「おばちゃん達ねぇ、そのコピーロッドをずうっと探していたんだけど」


俺の手のなかにある、奇妙な出で立ちをした杖。
虚ろな蛍火のように尾を引いて灯る光は、一部の石像に宿ることで俺の動きに合わせ操れるようになる。


「時の神殿にあるのは覚えてたんだけど、神殿が何処に移されたのかうっかり忘れちゃったのよ」

「……あぁ、だから行く先々におばちゃん居たのか」

「そうよぉ、神聖な場所に悪い力は集まりやすいから、良くない噂の立つところに神殿があるんじゃないかって、数打ちゃ当たる精神でねぇ」

「まるで働き蜂を追い掛けて巣を探すような……」

「移された神殿の場所はおばちゃんの一族とハイラルの王様達、それから魔法使いさんしか知らなかったから、今回此処に来れたのは本当にラッキーだったわぁ」


剣の熟練者と思われる守りの兵士、タートナックを打ち砕き手に入れたコピーロッド。
杖で導くは、閉ざされた扉の鍵とも言える片割れの石像。

階段を降り、立ちはだかるリザルフォスを持ち変えた手で握った聖剣で両断する。
タートナックとは些か苦戦したが、伊達に過酷な旅を続けてきたわけじゃない。剣技だけなら、かつて城に仕えていたエリシュカにだってもう劣らないだろう。


1階フロア中央に鎮座まします鐘楼の鐘の中から、鉄槌を手にした鎧姿の石像が姿を現す。鐘楼は、どうやらこの石像専用の転送装置らしい。
胸元にぽっかりと開いた空洞へロッドの光を投げ入れれば、俺の歩みに合わせ跳ねるように移動する。
対の石像とシンメトリーになる位置へ誘導すると、独りでに向きを整え鉄槌を下ろす。同時に仰々しい音を立てて道が開いた。


「……鏡はこの奥だ、間違いない」


ミドナが呟く。
俺は手中にあるボス部屋の鍵を弄びながら、道が続くその先を見据えた。


「さっさと手に入れて、エリシュカを迎えに行こう」



***



一足先に森の聖域へ返された私は、気が付いた時地に横たわっていた。
神殿の守りを担う一対の石像が見下ろす、王家の紋章。体を起こし聖三角の印を撫でると、不意につきりと頭痛がした。


「……」


見覚えがある。当たり前だ。城下町だけじゃない、仕えていた城にも、王家に関係するもの全てにこの紋章は刻まれ、あしらわれているのだから。
でも、そんな漠然とした記憶じゃない。足元に広がる聖三角。今よりも小さな私の足。フラッシュバックする光景は、鮮明とは言えずとも、確かに覚えがあった。だけどそれ以上は、思い出せない。


「……解れてるんだ」


それは記憶を封印する術。パパが私に縫い付けた、紡ぎ屋のまじない。
彼女は言った。鏡が集まることで、私の力が強まっていくと。
記憶を閉じ込める糸より、手繰り寄せる糸の方が強くなるほど、隠された過去が覗く。


鏡が揃ったその時、私の記憶は元に戻るだろう。
書き換えられた記憶は削除され、真実が明るみに出る。

同時に私は膨れ上がった魔力の波に溺れるのだ。
正直、今の自分にそれをコントロールするだけの技量があるとは到底考えられない。


かといってザントの思い通りにはさせたくない。
旅を続けてきて、たくさん経験したのだ。力には多くの人の願いが通う。様々な人の思いが込められている。
それを丸ごと悪用させるなんて、絶対嫌。あらゆる繋がりを絶つために、未来をねじ曲げるために使うなんて。


「でも……」


私に、何が出来るだろう。

自分に出来ることを。その一心でここまで来た。
なのに、ここから先の展望が全く浮かばない。


姫様をお守りすることも、途中放棄した。
自分で手一杯で、リンクにはいつも助けられてばかり。
ミドナに至っては、私が何かしてやれたことがあったか。


ぐるぐる渦巻くわだかまりが、黒く暗く私を支配していく。
シャッドに啖呵を切ったくせに、結局いつもこうだ。

私はいつだってそう。虚勢を張って、弱音を見せぬことにばかり価値を見出だそうとして、仮初めの強さに浸って、本当に大切なものを見失う。そうやって、いくつも失って来たんじゃなかったのか。


どんなに糸を通したって、穴だらけの布じゃあ意味がない。



途端に怖くなった。いつも傍にいてくれる仲間がいなくなって、まるで私は世界に一人きりのようだ。


怖い。何もかも。変わってしまうことが。何が変わる?分からない。自分自身かもしれない。記憶が戻って、自分に打ち負かされるのが怖い。それだけ弱いんだ。
怖い、怖い。このままじゃ飲み込まれる。恐ろしい。私は、またただの魔力の塊になってしまうというの。


ならば支配せよ


恐れに支配されるな。己を脅かすもの皆全て、支配するのだ


「ッ!!!」


木の葉のさざめきに重なって、誰かの声がした。
ねっとり纏わりつくような、厭に耳に残る声音。背筋が粟立つように寒気が全身を駆け抜ける。


力ある者が支配するべきだ

貴様が欲するならば、見合うだけの力を与えよう


「誰……!」


声は答えない。

ざわざわ、ざわざわ。
不穏に揺らぐ木の梢の向こう、ひどく暗い雲が這い出て空を覆わんとしている。


力を求めよ

さすれば貴様の望み通り、恐怖に打ち勝てるだろう


得体の知れない声が、皮膚を震わせ全身に絡み付くようだ。
身動ぎひとつ出来ない身体で、私は細く息をする。


娘よ、力を欲するのだ


身の内に通う影の魔力が、窮屈そうに蠢いているのがわかる。
返事をしてはいけない。直感でわかった。

そこで、ふと視界の端が妙に明るいことに気がつく。
視線だけを下にくべると、腰元の鞘で紡ぎ針が柔らかな光を放っていた。

強張る手を無理矢理に動かし、針に触れる。
すると光が溢れ出し、天へと突き抜けた。とくとくと脈打つような温もりが、いつの間にか冷えきっていた指先から伝わって全身を温めていく。

何処からともなく私に降り注ぎ、身体中を拘束していた声の圧力が、一瞬で消えたかと思った時、空は再びざわめいてたちまち暗がりが引いていった。


……死して尚、聖地への扉を守るか

紡ぎ屋貴様だけは、我がこの手で………


空がすっかり明るくなり、木漏れ日が照らし出した頃、緊張が解けた私はかくんと膝が折れて座り込んでしまった。

今の声は……ザントのものとは違った。怨めしい声色は、賢者達のものとも違う。それに、聖地への扉って……


考えを巡らせようにも、ひどく疲れてしまっていて、私は疑問の答えを導き出すより先に地に倒れ伏し、瞼を下ろしてしまった。



***



「……っくそ、暗いな!」


つがえた矢は、しかし狙いを定められず切っ先を彷徨わせるばかり。
明かりは天井から漏れ出る僅かな光のみ。

闇の中を蠢く不快な音に耳を済まし、光が翳った場所へ弓を向ける。しかし、


「リンク避けろ!」

「っうわ!」


覚醒甲殻眼シェルドゴーマ。天井を這い回る巨大な蜘蛛の姿をした敵は、背中の目玉から炎のビームを吐く。ぎょろりと剥いた目がこちらを睨み付けた次の瞬間、俺の足元の床は焼け焦げ煙を上げていた。


「くそっ、すばしっこいくせに隙がねぇ!」

「おばちゃん何か方法はねぇのか!」

「うーん、昔はあんな立派なクモいなかったからねぇ」


隠れるのが得意なおばちゃんは、部屋の四方に配置された天井まで背丈のある大きな石像のうちひとつの陰から奴を観察し、ハッと気がついたように甲高い声を上げた。


「そうだわぁ!この石像の拳なら、あのクモの固そうな殻も壊せるかも!……きゃあ!」

「おばちゃん!」


俺を追いかけていたビームが、不意におばちゃんへ狙いを変えた。
慌てて駆ける足にブレーキをかけ、振り返ったそこに彼女はおらず、しゅうしゅうと煙だけが立ち上る。


「嘘だろ……」

「まったくよ!んもう!」

「おわぁっ!」

「ワープしたのか!」


耳元で急に高い声が喋るものだから、驚きすぎて俺は跳ね上がる。
俺の肩にワープしていたおばちゃんを見て、ミドナがニヤリと微笑う。


「イイコト思い付いた!」

「え?何々?おばちゃんにも教えて……ってキャ───!!!」


ミドナは橙色の手のひらでおばちゃんを鷲掴みにするなり、正面に向けて放り投げた。おばちゃんは小さな翼で必死に羽ばたきながら、石像の陰へ避難する。
敵はおばちゃんに的を絞って、炎のビームで追尾する。しかし石像まで追ったところで、そこにおばちゃんはいないのだ。


「何するのよ、もうっ!」

「リンク、これを繰り返すんだ!いくぞ!」

「おばちゃんすまない、今だけ協力してくれ!」

「えっ?お兄ちゃん?ちょっと待っキャァァアアアア」


ビームの熱で部屋が瞬時に明るくなる。俺は矢をつがえ弓を構えると、目一杯引き絞ったそれを奴の目玉向けて引き放った。

苦しみもがくシェルドゴーマの足が天井から離れ、地響きと共に落下する。すかさず俺はその一番近くにある石像へ向けコピーロッドを振った。蛍光色の光が宿り、力強い拳がゴーマに叩き付けられる。


「よし、」


再び素早く天井へ逃げた奴に向け、弓を構える。しかし待っていたのは炎のビームではなかった。


「うわっ!気持ち悪ッ!」


ぼとぼと、無造作に落とされたのは──卵。たくさんの卵。
ミドナが悲鳴を上げ俺の背後に隠れた。瞬く間にふ化し幼生ゴーマがフロア中へのさばる。


「あんまり美味しくなさそうねぇ」

「おばちゃん食べる気か」

「なら真ん中でごちそうに囲まれてこーいッ!!!」

「キャァァアアアア」


幼生ゴーマの渦中へ再び放られたおばちゃんを見送り、俺は剣を抜く。どうやらこいつらを始末しないと奴は目を覆う瞼のような殻を開く気はないらしい。

蹴散らし粗方片付ければ、また赤い眼が覗く。
弓を構え、矢を引き絞る。


「お兄ちゃん危ない!」


正面からビームが迫る。俺は反射的に横っ飛びで避けながら、矢を放った。
うまく受け身が取れなかったおかげで強かに打ち付けたが、なんとか立ち上がるなりロッドを振るう。

巨人の拳が、怪物の腹を打ち砕いた。

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