うけつぐもの



古の森に存在するという、古代の文明が残る神殿を目指し、迷い子の案内で辿り着いたかと思ったも束の間。
門扉を開き踏み込んだその向こう側は、神殿とは似ても似つかない全く異なった世界が広がっていた。


「うちは基本的に口伝だから書物も特に残していないの。感覚的な部分も多いからね。だからあなたには、今からいくつかのことを知ってもらうわ」

「あの、リンク達……私が、此処に来る前まで一緒にいた、」

「大丈夫よ。今頃時の神殿の中にいるわ。全部終わったら、あなたは一足先に森に帰してあげる」


そう言って彼女……先代の紡ぎ屋は何処からともなく光で出来た針を取り出すと、杖のようにそれを振るう。
足元の水面が弾むように波紋を作り、彼女の紡ぐ言葉に合わせ、ゆらゆらと映像が浮かび上がってきた。よくよく見れば、それは刺繍のように細々とした線が幾重にも連なり重なって出来た絵画のようだ。


「こんな昔話を知っている?」


神々は聖地を治めるため精霊を遣わし、精霊は黒き大いなる力を細かく切り分け封印を施した。
ひとつは、命芽吹く古き森の奥の神殿。
ひとつは、灼熱の業火噴き荒れる鉱山。
ひとつは、大地見上げる湖の底の神殿。

そして、力が悪しき者の手に触れぬよう守らせた。
鉱山には、岩をも砕く屈強な力を持つ種族を。
湖底には、水中を自由に駆けるに適した種族を。
森林には、命を寄り合わせ紡ぐ、人間の一族を。



「人間の一族……?」


水面にさざめく映像の最後に映ったのは、大きく長い針を手にした赤毛の人々の姿。


「私たちは、大昔に神様に影の結晶石を託された、特別な一族なのよ」

「……!」


にっこり微笑う彼女が、光の針を振るう。波紋が立ち、掻き消えたそこに、新たな刺繍が施されていく。


「それは、今は昔のこと────」







その昔、まだこの国が聖地と呼ばれていた頃。

魔力を持った人々が聖地を巡り争い始めるなかで、魔力を持たない人々を守るためだけに力を使った一族がいた。
彼らは杖の代わりに長く大きな針を持ち、その穴に魔力を寄り合わせた糸を通して特殊な術を使ったという。

魔力を持った人々が影の世界に送り込まれたなかで、彼らだけは光のある世界に留められた。

魔力を悪用せぬよう監視する意も込め、王家と深く交流することが約束された彼らは、城から遠く離れた南の地を任された。
その地に築かれた神殿に聖剣を収め、結界を張り森ごとその地を守った。

王家は黒き力の要である影の真珠を代々守り、誰の目にもふれないところへしまいこんだ。


その後、人々の記憶から力の存在が薄らぎ、忘れられるようになる頃、同時に紡ぎ屋の血は途絶え始めていた。
一族の中で魔力を持つものも少なくなり始め、またその存在の奇特さと王家との交流を理由に、人々に迫害された。
かつて彼らが守ったはずの人間の子孫は、彼らを異端者と呼び蔑んだ。


紡ぎ屋の一族は、その力の強大さ故に短命を運命付けられていた。
一人の少女を残し、一族の者が皆生き絶え、やがて彼女も年をとって重い病を抱えるようになると、長年の友である森の迷い子にひとつ頼み事をした。


ねぇスタル坊や、ひとつ私のお願いを聞いてほしいの

私、もうすぐ此処へやって来れなくなるわ、だから私の代わりにこの森を守っていてほしい。
え?……そうよ、体の具合がちょっとね。私ももう年だから……
忘れたの?何度も言ったでしょ、私は大人になれない体なのよ

でも私の子供はもう私よりずっと大きくなったわ。そうよ、スタル坊やも一度は会ったことがあるあの子。
あの子はこの近くの村の友人に預けたから、きっと大丈夫!

私の子供なら、大きくて長い針を持っているはずだから、もし遊びに来たら秘密の場所……この神殿へ通してあげてね。もしかしたら顔が似ているから、すぐ分かるかも

番人は不安?安心して、森の入り口には魔法がかけてあるから。入ってこれる人は優しい心の持ち主だけよ、だから遊んでもらいなさい




やがて彼女は人知れず姿を消した。

森は、迷い子が独り寂しく守り続けた。


長い時が過ぎ、神殿が朽ちても、迷い子は人形と遊びながら主の帰りを待ち続けた。




「私は死に絶える直前の僅かな命を使って、針に魔法をかけた。魔力を持つ一族の人間が針を使って神殿の扉を開けた時、この部屋へやって来れる魔法よ」

「魔力なんて私には……」

「影の真珠を持っていたでしょ?あの魔力に反応したのよ」


水面に縫い付けられた糸が、瞬く間に解れ溶け消えていく。
私は腰元に提げた鞘から覗く針を見やってから、彼女に視線をくべる。


「あなたが受け継いだその針は、光の世界であらゆる封印術を施すためのもの。その針そのものにも魔力が宿っているわ。名前は、紡ぎ針=v


針を握り直した私のご先祖様は、光の金糸を周囲に取り巻きながらまた笑いかけた。


「じゃあ、ここからが本番。紡ぎ針の使い方を教えるわ。私の真似をして!」



その時、白いだけだった空間に幾重もの糸が折り重なって、天の川を生み出した。



***



まるで一瞬で眠りに落ちるような微睡みが訪れて、はっと我に返った時、目前にあったのはあの引き込まれんばかりのねじ曲がったセピア色ではなく、物々しいまでの神殿そのものだった。


「……すごい……何十、いや何百と前の造りだ……」

「ハイラル城と同じくらいには年季が入ってるな……大昔に造られたってのは強ち間違いじゃないだろう」


人の手で造られたはずのそれは、一切人の気配を感じさせない。
近くの手摺に触れ、何気なく振り返る。


「!」


しかし、其処にエリシュカは居なかった。
慌てて周囲を見回すも、やはり彼女はこの空間に存在しないようだった。


「置いてきちまったかな」

「いや、オマエと並んで踏み入ったはずだ。……とにもかくにも、早いとこ鏡を見つけてココを出よう!もしかしたら森で待っているかもしれない」

「……そうだな」


ザントが影の真珠を諦めたということはないだろう。エリシュカを不用意に独りにはできない。


階段を下り、門番の彫像が守る入り口を抜けると、再び石壇と見える。大きな窓枠から漏れる光はステンドグラスを通して様々な色に煌めく。今までに訪れてきた神殿とはまた違った趣に、古めかしさをも感じる。
石壇に聖剣を収めると、光の階段が現れた。階段の先には、ステンドグラスの窓。外へ繋がっているのだろうか、と首を傾げた俺の足元を、何かが素早く駆け抜けて行った。


「あっ……!」


細かい羽ばたきを繰り返し走る後ろ姿は、見紛うはずもないあのひとの姿。


「待っ、おばちゃん!」


その先のステンドグラスは、摩訶不思議なことに溶け消え、その向こうに神殿内部への入り口とおぼしき扉が現れたのだ。


「おそらく、内部を守るための封印のひとつだろう。……ココなら確実に鏡のかけらが見つかりそうだ」


影からそう教える声に頷いた俺は、飛び込んでいったおばちゃんを追いかけて自らも扉の先へと進む。
扉には、時の神殿≠ニ古いハイラル語で刻まれていた。



***



「うんうん、さすがは私の子ね!筋がいいわ」

「……っはぁ、はぁ……」


一方その頃。
エリシュカは、あの白い空間で少女の教えの下、紡ぎ屋に伝わる封印術を学んでいた。


「あなたの魔力は命を削るものだったかしら?」

「……えぇ、まぁ……」

「安心して、この部屋ではそういうルールも全部無しよ」

「どうも……」


深呼吸をし、膝をついた体勢からゆっくり体を起こす。
確かに、魔力の消耗で蓄積された疲労感はあっという間になくなり、呼吸もいつも通りに戻った。
エリシュカが針を鞘に戻しながら一息つくと、楽しそうに笑い声を上げた紡ぎ屋の少女の手から金色の針が消えていく。


「本当はね、時の神殿はハイラル城からそう遠くない場所にあったのよ」

「え……?」

「私が切り取って≠アの森に縫い付けた=Bだから今はこんな辺鄙な場所に眠ってるってわけ」


信じがたい言葉だった。跡地だけでも結構な広さだったのだ、神殿が形を残していた頃はもっと背が高く、それはそれは大きかったことだろう。


「あなた、大人になれないって……そんな小さい体なのに、どれほどの魔力を」

「……ふふ、フフフッ」


可愛らしく笑う彼女は、しかし笑顔のままで表情を変えない。
どこか不気味にすら感じられるそれに、剣呑に目を細めてエリシュカは答えを待つ。


「あなたの持つ可能性は無限大よ」

「……?」

「陰りの鏡が力を取り戻す度に、あなたの魔力も強まるわ。実感はないでしょうけど」


水面に写る自分の顔を見たところで、特に何も変化はない。
自分の命を吸い取り影の真珠が魔力を蓄えたときのような痣も、一切見当たらなかった。


「気を付けて。あなたのお父さんがかけた魔法が解けて記憶を取り戻す頃、その魔力は大きく膨れ上がってあなたを飲み込もうとする」

「……私は、また死ぬの?」

「厳密にはそうとは言い切れないわ。でも、それは隠しきれない強さになる。影の王は、あなたが魔力を溜め込むのを待っている」


そうか。エリシュカはハッと息を飲んだ。シャドウがいなくなったというのに、独りでいても向こうから一切コンタクトがないとは思っていた。
ただ野放しに泳がせているのではない、敵はより自分が利用価値のある道具に変わるのを待っていたのだ。


「心配いらないわ。あなたにはあなたの素敵な勇者様がついてるから」

「!」

「……私にも、勇者様がいたわ」

「……まさか、時渡りの勇者……?」

「フフッ、お姫様と仲良しだものね、そりゃ知ってるか!」


そう言うなり、紡ぎ屋の顔から笑みが消える。


「私は紡ぎ屋。なのに、彼から繋がりを奪ってしまった」

「……、」

「だから、あなたはあなたの勇者様の繋がりを守ってあげてね。約束よ、エリシュカ」

「それはどういう、!」


渦巻く水面に吸い込まれていく。
きっと、現実の世界に自分は戻されるのだ。そう確信したエリシュカは、また嘘っぽく微笑む少女に手を伸ばすも、距離は依然として縮まらない。


「待って、あなたの名前を教えて!また会えるわよね!?」

「いいえ、もう二度と会うことはないでしょう。こちらに来ては駄目よ、私の可愛い子」


沈む体。もがけばもがくほど、視界は狭まり彼女は遠退く。


「元気でね」


少女の言葉を最後に、とぷんと水面はエリシュカをすべて呑み込んだ。
自らの姿が写ることのないそこをじっと眺めながら、少女は彼の勇者を思い出していた。


君の名前を教えてよ!僕はリンク、森から来たんだ



「私の名前は、エリシュカよ」



涙はとうの昔に使い果たした。
寂しさも虚しさも、すべて彼と自分の大事な思い出だと思えば、哀しくなんてなかった。

ただ、もしも叶うならばもう一度。


「きみに会いたいよ、リンク」



しゃがみこんだ膝に頬杖をついて、目を細める。


今はもう、この真っ白な世界にきみを思い描くしか出来ないけれど。






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