きみとなら



狼姿で雪山を駆るリンクは、ニオイマスの匂いを辿って軽い足取りで進んでいく。
反して私は、魔力を極力使わずに済むよう、人間の格好のまま登山だ。


「ちょっ、と、雪が深い……っ」

『気を付けろよ、その辺り滑るから』

「吹雪いてきて視界も悪いな……」

「待って、っきゃあ!」

『エリシュカ!』


雪で足を滑らせ、がくんと体勢を崩す。
不意打ちの落下に、心臓がもっていかれるかと思った。ミドナが咄嗟に髪で私の腕を掴んで引き留め、袖をくわえたリンクが後退して、徐々に私を引き上げていく。


「……し、しぬかと……」

『だから気を付けろって言ったろ!』

「気を付けようにもこの猛吹雪じゃ、足元と景色の見分けがつかないわよ!」

「おーおー、そんだけ元気なら大丈夫だろ。そら見ろ、テッペンまであと少しじゃないか」


吹き付ける風が、顔中に雪を張り付けて体温を奪いながら、通り過ぎていく。
身を縮こまらせながら、先導するリンクとミドナの後を追い掛けた。


「しっかし、獣人とやらは随分危なっかしい道を通るんだなぁ」

『……匂い、この先だ』

「先って、どう見ても壁よ?これ」

『雪が他より柔らかいから、地中を潜ったのかも』


そう言うなり、硬い爪先で雪を掘り始めた。跳ねた雪を被って、くしゃみをひとつ。
ちょうど人一人通れるくらいの穴を掘ると、一般的な狼より一回り大きい体躯を捩らせながら、リンクは穴を掘り進め潜ってしまう。
ミドナも彼の影に瞬時に戻って、一緒に着いていってしまった。


「……嘘でしょ〜……」


意を決して身を屈め、息を止めながら雪を掻き分けるように進む。薄明かり灯る場所を目指して必死でもがいていると、指先が硬い地面に触れた。なんとか身を乗り出し、顔を突き出して深呼吸。


「っぷは、」

「オイオイ、水中じゃないんだから息しろよ」


苦笑いしながら見下ろしてきたミドナの手には、リンクのカンテラ。人間の姿に戻った彼は、コートについた雪を払い落としていた。


「す、滑って出れない……」

「ッハハ!昨日たらふくお代わりしてたから、腹がつっかえてるんじゃねぇの?」

「違うわよバカ!デリカシーの欠片もないわね!」

「わかったわかった、今手伝うから」


穴から抜けるのに手こずっていると、彼が腕を掴んで、一気に引っ張り上げてくれる。その勢いのままに彼の胸元へ飛び込んでしまって、慌てて身体を離す。覗き込んできた顔の近さに、凍えそうだった体が即座に温まるようだ。


「ハハッ、エリシュカってば顔赤いな〜!霜焼けか?」

「う、うるさいわねっ。あんたこそ、鼻真っ赤じゃない」

「イチャイチャも程々にな〜。……さて、どうやら自然に出来たというよりは、整備された洞窟に近いな。少し此処で休憩するぞ」


腰を降ろすと、ミドナが指をぱちんと鳴らした。目の前には食糧の入った鞄が現れる。
固形食糧を口に運びながら、カンテラの火の僅かな温もりに手を寄せた。ふと、隣で何度も手を擦り合わせるリンクの姿が目に留まっる。


「……やだ、凍傷になってるじゃない」

「獣の時は気にならなかったんだけどな〜……」

「素手で雪掻きゃそうなるよな」

「ちょっと待って、薬を持ってきたはず」


自分のしていた手袋を間に合わせに指先に引っ掛けさせてから、腰のポーチに入れておいた小瓶とテープを取り出す。
真っ赤になっている患部に軟膏を塗ってから、テープで覆うように巻き付けた。


「剣を握る手なんだから、大事にしなさい」

「……お、おう……」

「はい、これで温めておけば多少はマシになるでしょう」


そう言って、出したものを片付けようとした手のひらをそっと掴む指先。
突き刺すような冷たさに、ひどく冷えた指先を逆に握りこんだ。


「にしても冷たいわねぇ」

「あったけ〜……」

「手袋してたもの」

「まぁ髪と睫毛は凍ってるけどな」

「あはは、あんたもバリバリよ」


手を握って温めてやっていると、こつんと額がぶつかってきた。僅かな温もりで溶けた氷が滴ってくる。


「リンク?」

「……暫く、こうしてていいか?」

「いいけど……」

「……唇、真っ青だな」

「そりゃね、寒いからね」


ミドナが気を利かせて、鞄の中に詰めておいた毛布を取って寄越した。リンクにかけてやると、彼は私の凍り付いた髪を解すように撫でつける。


「なんか燃やせるモンないか探してくるから、オマエらは温まっとけよ」

「悪いわね、ありがとう」


私のランプを手渡すと、ミドナは柔らかく微笑んで洞窟の奥へと消えていった。


「エリシュカ、入らないか」

「え?」

「おまえも寒いだろ」


ひら、と肩にかけた毛布を広げて誘うその隣にお邪魔する。肩を寄せあって、狭い毛布の中おしくらまんじゅうだ。

さりげなく触れた手のひらは、まだまだ冷たい。重ねて、そうっと指を絡めた。


「この手が、いろんな人を守って、笑顔にしてきたのよね」


カンテラの灯が、ゆらゆらと燃ゆるのを眺めながら、しっかりと手を握る。感覚のないだろう手が、それでもちゃんと握り返してくれたことで、私もまた笑顔になる。
こつん、と頭が傾いてきて、私に寄りかかる。なぁに、と声をかければ、お互い目を合わせることないままにリンクが呟いた。


「……なぁ、覚えてるか?」

「うん?」

「おまえさ、一番最初に獣姿の俺を見てイリアや子供達を探して≠チて頼んだよな」

「そういえば、そんなこともあったっけ……」

「見つけたら、なんでもお礼するとも言った」

「……そうだったかしら?」

「とぼけるなよ〜……」


本当は、ちゃんと覚えている。
自分の無力さに空回りして、それを宥められて。精一杯自分に出来ることを、と村の見回りをしていたあの日だ。
優しい真っ直ぐな瞳をしたあの日の狼は、私の必死の頼みにきちんと応えてくれた。


「お礼ね、何がいい?」

「……あのさ。鏡集めも、ザントも、ハイラル城も、何もかも終わってからでいいからさ」

「うん」

「また、俺にハンカチ織ってよ」


フラッシュバックする、祈り。

私の織った布に、魂は宿らなかった。誰も守れないまま、無様に残っただけの布切れ。


「……全部、終わったらね。考えとくわ」

「俺思うんだよね」

「何を、」

「……この手のひらだって、たくさん人を笑顔にしてきただろ、って」


思い出す記憶。

私の仕立てた服を着て、喜ぶ子供たち。
綺麗に直した服を返せば、村の大人も笑ってくれた。

この手で剣を握って、守れなかった命もあった。けど、それ以上にたくさんの人を救ってきた。


「だから、おまえも笑ってなきゃだめだ」

「……」

「おまえが知りたいって言うから、俺は止めない。けど、それで笑わなくなるなら、俺はおまえが笑えるようになるまで一緒にいるからな。……おまえの、家族の分も」


家族の、分も。
その言葉が一番嬉しかった。

そうだったらいいな、と思った。




「なんだなんだ、随分くっついてやがんな〜」

「あ、ミドナお帰りなさい」

「寒い。ミドナ、火」

「単語で命令すんな!オマエだけ雪ん中にほっぽりだすぞ!」


小枝や枯れた蔦の葉を少し集めてきたミドナが、焚き火をする。
まだ中継地点だ、あまり休んでもいられない。少しだけ温まったらまたすぐに出発だ。



***



雪に反射する太陽の光が、刺すように眩しい。
暫くぶりに明るい場所へ出て、目がちかちかと痛かった。


「……ねぇ、アレまさか」

「……思った以上にでかいなぁ」


小高い坂道を登った先に立つ、雪とは少し色みの違う白さを持った巨大な背中を見上げた。
雪を踏み分け歩く足音にいち早く気付いたそれは、こちらを振り向いて大きな目をさらに見開いて声をあげる。


「あんれまぁ!騒がしいと思ったらニンゲンじゃねぇか、珍しいなぁ〜!」

((すーげぇ訛ってる))


快活に笑う猿の手には、巨大なニオイマスがあった。間違いない、里に降りてきていたという獣人は彼のことだろう。
体に見合うだけの大きな声は、消音効果のあるこの銀世界においても真っ直ぐ耳に届いた。むしろやや煩い。


「オメェら一体何しに来ただ?二人揃って自分探しっちゅーやつか?んなわけねーか!ガッハッハ!!!」

「あ、あははは……」


苦笑いである。

簡単な説明だけして、この辺りで鏡の欠片を見なかったか聞くと、つい最近それらしいものを拾ったと獣人は答えた。


「家に来て見てみっか?丁度エェ、うまい魚もあるで飯でも食わしちゃる!」

「やった!ありがとうございます!」

「オラはドサンコフっつーんだ。家まで滑ってくけぇ、着いて来ぉい!」


器用に氷った葉をボードにして下り坂を滑っていく彼を見送ってから、見よう見まねで同じように葉に乗り、位置についた。
鏡集め、なんてことにならなかったら、きっとこんな土地まで足を運ばなかったわね。


「どうせなら、あいつんちまで競争しようぜ」

「えええ?!ちょ、無理よ私こういうの得意じゃない!」

「お先に〜」

「〜〜っあの運動神経の化け物め……!」


正直羨ましいというよりも恐ろしい。
助走をつけると、意図も容易そうに滑走するリンクの背中が、みるみる小さくなっていく。
負けじとこちらも本領発揮だ。


「だー!まどろっこしい!」

「うわ、それ反則だろ!」


影の姿をとった私は、素足で斜面を駆けていく。
ミドナと同じくある程度は自然界の影響を受けない体なので、寒さも忘れ童心に返った心持ちで全力疾走だ。凍り付いた大地を踏みつけ、高く跳躍すれば大幅なショートカットになる。


リンクが、器用にも滑走しながら手を雪面に這わせて雪を掻き集めると、固く握って作った雪玉を私目掛けて投擲してきた。
スーパー腕力の賜物で私の背中にぼすんと当たったそれは、ぼろっと形を崩し溶けていく。


「やったわね〜!」

「そら、もうひとつ!」

「きゃっ!冷たい!」


改めてこの大地を見渡して、興奮しないはずがないんだ。
雪のない地域で育った私達が、子供みたいにはしゃいだっておかしくないんだ。


雪の粉を散らしながら山下りを楽しんで漸く目的地に辿り着いた頃には、二人ともコートを脱ぐくらいぽかぽかに温まっていた。


「お〜っきいお屋敷…!」

「獣人のくせに、たいそうな住まいだなぁこりゃ」

「あったまってるうちに、中に入ろうぜ」


揃って人間の姿になると、私達は影に隠れたミドナも合わせてせーので屋敷内に踏み込んだ。
まさか、鏡の欠片の魔力でこの屋敷がダンジョン化していたなんて、この時は知りもしなかったけど。




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