うけとめるゆうき



「おーい、今戻った……あれ」


ゾーラの里でニオイマスを釣り上げ、手掛かりとしてその匂いを覚えた。
臭みを取れば栄養価の高い食料になると聞いて、今晩の夕食にでもとその丸々とした魚を二匹程手土産に城下の仕立て屋へと持ち帰る。しかし裁縫道具一式の揃った一階店に彼女の姿は見当たらない。

母屋の方だろうか、と階段に足を向けた時、何かが爪先にぶつかった。


「………うおおお?!!エリシュカ、大丈夫か!」


床に転がっていたのは、エリシュカその人。
ぐったりとうつ伏せる姿は、昨夜のデジャヴだろうか。慌てて抱き起こすと、どうやらすっかり眠りこけてしまっているようだった。


「ふーん、仕事はきっちり終わらせたみてーだな」

「……本当だ」


机上には、コートが一着。窓辺にハンガーで吊るされたもう一着は、彼女のものだろう。
朝出掛けて、夕方に帰ったら完成してるとは……型紙こそ朝取らされたが、にしたって裁断もまだだったのに。仕事が早いだけでなく、丁寧に繕われた彼女の服はとても丈夫だ。幼い頃から針を握っていただけのことはある。


「……今日は俺が飯当番かな」

「その前にせめてソファーにでも運んでやれ」

「勿論」


横に抱き上げたところで一切目覚める気配のない彼女の、あどけない寝顔に暫し癒される。
黙ってりゃ美人なのにな……減らず口ばっかり目立つから。そういうところも、もう嫌いじゃないけれど。

二階のベッドまで運び寝かせてやると、俺は若草色の長帽子を取って手甲を外した。荷物を全て降ろすと、袖を捲り久方ぶりに台所に立つ。


「マズイもん作るなよ〜」

「はは、独り暮らしを嘗めるなよ〜」


俺は包丁を握ると、まな板の上で僅かに喘ぐニオイマスを睨み付けて、にやりと笑った。



***



なんだか、いい香り。


ふと気がついて、ゆっくり瞼を開く。いつの間に眠ったんだろう、あれ、コートは完成したのだっけ。
ボヤける視界に、目を擦った。部屋は真っ暗、カーテンの開きっぱなしな部屋には月の光が燦々とさしている。


「お、起きたか」

「ミドナ……?えっと、リンクが戻ってるのかしら」

「あぁ、ちょうどメシが出来たとこだから呼びに来たんだ」

「え?ご飯……リンクが作ったの?」

「そうさ」


影の世界の住人は、暗闇においてもその存在感を損なわない。
くるくる踊るように宙を滑る彼女の、夕焼け色の瞳と髪の毛が尾を引くようだ。ぼんやり見つめる私の顔を、小さな手のひらがぺちぺちと力なく叩いた。


「エリシュカ〜?メシ!起きろ〜」

「う、うん……」


なんだか、あまりに目まぐるしい一日だったものだから……何処からが夢の中なのか、現実なのか、曖昧になっている気がしてならない。
ミドナに連れられて寝室を出ると、リンクが皿に料理を盛り付けているところだった。いい香りはやっぱりこれだったのね、期待できそう。

顔を洗ってから席について、早速一口。


「………美味し」

「だろ〜?その魚、ゾーラの里で俺が釣ったんだぜ」

「そうなの……」

「エリシュカ、まだ寝ボケてんのか?」


もごもごと口の中でホロホロに崩れる魚の身を咀嚼しながら、私はすこし考えていた。

あの日記のことを、二人に話すべきだろうか。
影の結晶石が揃った一瞬の間に、書き換えられた記憶が戻らなかったということは、より強固な願いによって現実化されたものだと分かる。
なら、陰りの鏡が復元出来たら?ミドナの話では、鏡は魔力を有しており、欠片が揃えばそれは影の結晶石をも上回る力になるという。しかし今までそれは、光と影、二つの世界を繋げることのみに注がれていたから、ハイラルに異変をもたらすには至らなかったのだろう。


おそらく、陰りの鏡で私の記憶は元通りになる。記憶が戻れば、いくらかは私の求める事の真相に近付けるはずだ。
でも、それは取り戻すべき記憶なんだろうか。パパが、そのために削った命を、無駄にしてしまうのではないだろうか。


「──……い。おーい」


はた、と瞬く。目前には、大きく節くれだった手のひらがゆらゆら。


「そんなに眠いのか?なんか、悪かったな。仕事急かしたみたいで」

「あ、あぁ、ごめん。ご飯、美味しいわ。おかわりしちゃおうかしら」


慌てて場を取り成すように口早にそう言うと、みるみるリンクの顔が心配そうなものから奇妙なものを見るものへ変わった。
何よ、と唇を尖らせてみれば、ミドナとアイコンタクトを取ったのち、改めて私の顔をまじまじと見つめてきた。


「おかしい!」

「はぁ?」

「いつものおまえなら、その通りよ、あんたは自分の仕事してきたわけ?魚釣りして遊んでただけなら張り倒すわよ≠ュらい言うだろ!?」

「私どんだけ嫌なやつなのソレ」

「なんだよ、どうしたんだよ」


普段の倍速スピードで仕事をしたおかげでお腹はぺこぺこだ。私の器におかわりを盛ってくれながら、リンクはやや声のトーンを落として問う。

暫し逡巡して、言葉を飲み込んだ。
自信作だと言うだけあって、あたたかいご飯は本当に美味しかった。お腹があたたまると、少しずつ目が覚めるように頭の中に靄掛かった何かが晴れていくようだった。


「ねぇ、変なことを言うわ」

「今さら。何」

「私、姫様とご親戚だったの」


リンクがスプーンをくわえながら、びたっと硬直する。
ミドナもまた、スープをごくりと勢いよく飲み込んで、瞠目する。


「………それ、ハイラルジョーク?」

「同じハイリア人のあんたに通じないのにジョークなの?」

「だよな、うん。……え?」


ぺろりと平らげてしまった器をテーブルに置いてから、私は二人を見やって、ひとつ息をつく。



「なんでも話せって、言った」

「……あぁ、」

「だから、全部話す。私も、今日知ったことばかりだから、半分は理解してない。ううん、理解しても納得出来てない」

「……おう」

「聞き流してくれればいいから」


そうは言いつつも、食事の手を止めて耳を傾けてくれる二人の姿に、心底安心したのは内緒だ。



***



翌朝。簡単に食事を済ませた私達は、旅支度を進めていた。



「すげー、ぴったりだ」

「当たり前じゃない、私を誰だと思ってんのよ」


着苦しくないように、肩や腰などの可動部位の布はゆったりめに取ってある。襟の高いコートは保温性もバッチリだ。
裾丈が長いので足も温かい、と喜ぶリンクが鏡の前でくるくると動き回る。なんだか女の子みたいね、と笑えば照れ怒るので、私はまたくすくすと肩を揺らして笑うのだ。


「ミドナ、はい」

「ワタシにも?」

「だって、さすがに雪山でその格好は寒いでしょう」


以前訊ねたところ、ザントの魔力によって魔物の姿に変えられてしまってからは、皮肉にも自然への適応力が高まったのだという。
暑さ寒さを一切感じないわけではないが、不快に思うだけで生命力に支障を来すほどではないのだそうだ。
邪魔にならない程度には、お揃いではないけれど、何かを繕ってやりたい。そう思って、目測りではあるけれどポンチョコートを作っておいたのだ。

襟元の毛皮がくすぐったそうだけれど、ミドナは鏡の前で二転三転、くるくるふわりと宙返りを決めて、それから私を振り返ると、たまらなく嬉しそうな色を含んだ夕焼け色の瞳を向けてくれた。


「喜んでもらえたみたいで」

「ば、バカ野郎!こんなものまで作るから、疲労で倒れたりするんだ」

「あはは、作ってたら楽しくなっちゃって、つい凝りすぎたのよね」

「………アリガト」


ひどく気に入った様子で、部屋中を飛び回るミドナに気を良くして、私も自分のワンピース状のコートに袖を通した。
身に付ける荷物は最低限に、雪山での万が一に備えて用意した食糧やら備品やらを詰めた鞄は、ミドナが影の力に圧縮して持ち運んでくれることになっている。



「よし、じゃあ行くか」



コートの上から盾と聖剣を背負ったリンクが、私を振り返って言った。
手袋をした手のひらの中にある日記を大事に胸に抱えて、それから表紙をそっと撫でると、私は作業机の真ん中に置いた。


「絶対、帰ってくる」

「当然だ」

「パパのことも、ママのことも、ちゃんと取り戻す」

「あぁ」

「だから、宜しくね。光の勇者さん」

「おう」




昨夜、結局私は二人にあの話をした。

今まで信じてきたことが、偽物の記憶であることへの不安。真実を知る恐怖。
情けない話だけど、とても独りでは受け止めきれなかった。一気に核心に迫ったようで、私は怯えすくんでしまっていた。
自分でも自覚していないところで、戸惑っていたんだと思う。二人に話をしながら、自分の気持ちを吐露して初めて、嗚呼私怖いんだと分かった。


「オマエさぁ」

「うん」

「理屈っぽく考えるから、ダメなんだよ。知りたいか知りたくないか、突き詰めちまえばその2択しかないだろ」

「……うん」

「どうなんだよ」

「……知りたい、です。忘れたままに、したくないです……」

「それで十分じゃないか」


ミドナがにんまりと牙を見せて笑顔になった。
リンクはかしかしと頭を掻いたあと、不思議そうにぼやいた。


「何が怖いのかわかんねぇけど……だって、それってさ、おまえ愛されてたってことじゃん」

「え、」

「確かにさ、もう一人お袋さんがいたんなら、また一人身内を喪ったことになるなら、つれぇだろうけど。それはもう悔いたって、変わらないんだろ」

「……うん」

「少なくとも、親父さんはおまえを傷付けないようにって、そのために記憶を書き換えたんだと思うし、だったら、そんだけ大事にされてたって思えばさ」

「……うん」

「純粋に羨ましいよ。俺なんか親のこと、ほとんど覚えてねぇもん」


別段嫌みっぽくもなく、ニカッと歯を見せて笑った彼に、私は一瞬で不安や戸惑いを払拭されてしまったのだ。





「別にしんどいなら俺一人でもいいよ」

「や、やだ!」

「自分にやれること、やるんだろ?」

「うん、そう」

「気張れよ、まだ欠片ひとつめだ」

「分かってる」



何が起こるか。ううん、何が起こって、私はどうなったのか。
何だって、知る前は怖いものだ。けど、きっと一人じゃなきゃ大丈夫。一緒に受け止めるよって、背負うからって言ってくれるやつがいる。

私達は頷き合うと、影の力で姿を変え、ミドナによって黒い粒子となりながらポータルを潜り抜けた。


スノーピークへ、いざ行かん。






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