ねがいをかなえるちから



戦闘時にいつの間にか抜け出していたおばちゃんは、一足先にこの奥の部屋を見てきたらしく、「ここは違ったみたいだからまた探さなくちゃ」と小さな翼を羽ばたかせて何処かへ行ってしまった。
巷のおばちゃん宜しくあまりに気軽にじゃあね〜と目の前でワープされたときは、どんな顔をすればいいのかと困ったものだ。


そして、それとは別に、現在進行形で困っている。


「いい、自分で歩けるわ」

「黙ってろ」

「後からちゃんと追いかけるってば」


あのばかでかい骨を食い止めるのにたくさんの糸を寄り合わせたおかげで、少しばかり疲弊していたところ、強引に腕を引き起こされて寄りかかったのは彼の広い背中。
普段背負っているはずの盾や聖剣は気が付けばミドナの手のひらの上でふわふわと浮かび、塵になって収納された。


「いいからちゃんと掴まってろ」

「素直じゃないねェ〜」


ミドナがクックッと喉の奥で笑ったあと、空中を泳ぐように移動して先導する。
処刑場の最奥、塔の頂上を目指し廻廊を進んでいく彼は、先ほどから前だけを見据えてちらりともこちらを見やしない。

気恥ずかしくて肩に添える程度だった手を、ゆっくりと彼の首回りで交差させ、緩やかに絡めた。リンクの肩口にそっと頬を寄せる。
何故だか不機嫌な彼が、少しだけ怖い。……というか、下手なことを言えばさらに機嫌を損ねそうで億劫になる。やっぱりあとでもう一度、鼻を蹴飛ばしたこと謝っておこうかしら。


(あったかい)


パパとリンクを重ねていた私だけど、おぶられた時の心地の違いにくらい気付いていた。
最後にパパの背から世界を見渡したのは、いつの頃だったっけ。高い場所から見える景色にワクワクしたのも、ここから見えるもの全てを守っている父親を誇りに感じたのも、全部、ぜんぶちゃんと覚えている。
私よりほんの少しだけ背の高い彼におぶられて見える視界は、あの頃に比べたらそう広大には感じられなかった。けど、手近なものひとつひとつを大切に思う彼の心に近付けたような気がした。
それに、彼の鼓動がすぐ傍に感じられることがこの上なく嬉しかった。とても安心する。生きているんだ、って感じさせてくれる。
私のこの高ぶる鼓動まで伝わってしまいそうだけど、そんなことも忘れて……ううん、いっそ伝わってしまえばいいと思えるくらい、満たされた気持ちになれた。

駄目ね、この願い≠叶えるのは、何もかもが終わってからだって決めたのに。



「ソコ、足元崩れてるから気を付けろよ」

「よっと。……エリシュカ、歩きづれぇ」

「いいでしょー、この方がラクなの」

「…………」

「オイ、スケベ顔」

「すっスススケベ言うな!!!」

「説得力皆無じゃねぇか」


クスクスと笑いながら、私はシャドウのことを思い返していた。
そっくり瓜二つのくせに、こちらは背に寄り添っただけで初々しいまでに照れて面白いったら。ことあるごとに触れてきた助平とは大違いだわ。


ダンジョンマップに『鏡の間』と明記されていた場所に到着した。漸く背から降ろしてもらうと、思わず感嘆の声が漏れる。
開けたそこには、満天の星空が頭上に広がっている。炎の灯りが荘厳な造りを照らし出しており、またその陽炎が幻想的に空を映し出していた。

部屋の中央のやや積もった砂地に、長大な蛇を巻き付けた格好の、人間の背丈の10倍ほどはありそうな彫像がそびえ立っている。
陰りの鏡と思わしきものが見当たらず、何か仕掛けがあるのではないかと近付いた瞬間、不意をついて現れたのは影の使者だった。


「こんなところにまで奴の手が回ってんのか……」

「先程といい……どうやら、私達が鏡を探して此処に訪れたことはバレてるみたいね」

「早いとこザコを蹴散らして鏡を見つけるぞ!」


短剣を腰鞘から引き抜き構えるも、ミドナから武器を受け取ったリンクが私の前に立つ。
私の手を煩わせるまでもない、と言いたいのだろうけど……ただでさえ色々と面倒をかけているのに、何もしないなんて。


「いいから下がってろ」

「何よ、影の魔力に頼らなきゃいいんでしょ?」

「そういう問題じゃない」

「知ーらない!」

「おい、エリシュカ!」


隙をついて駆け出した勢いで、短剣を突き出した。惜しくも躱され、もう一歩踏み込んでから袈裟懸けに振り下ろす。背後に迫っていた一匹の腕を屈んで避けた後、顎らしき部分目掛け足技を繰り出した。


「っきゃ!」


しかし、命中する前に脚を掴まれてしまった。抵抗も虚しく宙吊りにされ、表情の読み取れない石板のような顔に一気に背が凍り付く。
は、と首を巡らせ後ろを見やり、ぎらついた爪を持つ手が自分に迫っているのに思わず目を瞑った。


「はぁッ!!!」


突如斬撃が影の使者を襲った。力なく倒れるそれを踏みつけ、追撃は私の足首を握る腕を斬り落とす。叫ぶ間もなく斬り捨てられた使者が横たわると、勇者は駆けていき残りの敵をまとめて回転斬りで仕留めた。

私のポーチの中の影の真珠に、使者達の残滓が吸い込まれるのをぼうっと見ていると、今度は力強く抱き上げられる感触。目まぐるしく変わる景色と、腹回りに痛みにも近い重力に慌てて見回す。すると、途端に床がスライドして動いていく。


「ぎゃあ!ちょっと!」

「あーうるせぇうるせぇ」

「コラ!お、降ろしなさい!」

「暴れんな落ちるぞ」


ひどいこともあったものだ。私を俵の如く肩に抱えあげたリンクが、そのままスピナーに乗って彫像の蛇を辿るようにレールを登っているではないか。心無しかさっきから手つきが乱暴だし、みるみる遠ざかる床との距離に悲鳴を上げても、無情にも彼は優しい返事をくれない。そんなに鼻が痛かったなら意地を張らずに言えばいいのに!

彫像の頭頂部の台座に到着するとすんなり降ろしてくれたものの、まだまだ表情は若干怪しい。もう何も言うまい、と腕を組み目をすがめているミドナに首を傾げる。
と、リンクがスピナーで仕掛けを作動させたおかげかぐらりと足元が揺らぎ始めた。
彫像は徐々に床下へと沈み始め、代わりに地中へと伸びていた鎖が何かを引き上げていく。台座が部屋の床と同化する高さまで落ちると、巨大な石碑と小さな台座が姿を現した。


「もしかして、これが……」

「!!!」



ミドナが飛び出していった先にあるのは、目的の鏡──の、一部のみ。



「そんな……!」



本来ならば、テーブルほどのサイズはある大きな円盤型の鏡があったはずなのだろう。鏡そのものの台座と枠縁から察するに、いま此処に残っているのは……4分の1だけだ。
やられた。ザントの本来の目的は、私達を倒すことではなく、むしろ彼処で足止めをさせ……私達が鏡を見付けるより先に、鏡を破壊することだったんだ。

声もなく、瞠目したままへたり込んでしまったミドナの背にかける言葉が見つからない。


影の結晶石は、今や全てザントの手の内。私の持つ影の真珠がなければ本来の力を発揮することはないとはいえ、陰りの鏡すら満足に手に出来ないとあれば……反撃の余地はほぼ皆無に等しい。


「そ、そうだわ。私が願えば、影の真珠の力できっと鏡が──」

「ふざけるなよ、そんなことしたら……それこそ、本当に死んじまうだろ」

「でも!じゃあ、どうしろっていうのよ……」


リンクが私の腕を乱暴に掴んで、険しい面持ちで睨み付けてくる。
沈みこんでいく思いを拾い上げるには、まだ心の準備が出来ていなかった。


私は、ミドナの願いを叶えるって約束したのよ。

それに、このままじゃザントに辿り着けない。
パパのことも、分からないままになってしまう。

パパは、どうしてこの力を私に託したっていうの。
じゃなきゃ、何故私は、こんなにもたくさんの大切なものを、失わなければならなかったというの──


「影に邪悪なる魔が宿り、闇となる」


厳格な声色でそう告げた者は、私達よりも上方、各々紋章の違う柱の上に浮遊してこちらを見下ろしていた。


「運命に導かれ神に選ばれし紋章を持つ者よ。我々は、いにしえより神の命に従って陰りの鏡を守りし賢者である」

「賢者……?」

「汝らが求める陰りの鏡は、魔力により砕け散った」

「……笑わせるな、何も守れていないじゃないか」


漸く言の葉を紡いだミドナの声音は、怒りと落胆と困惑に満ち溢れ、彼らを責めるにはあまりに鋭敏さを欠いた弱々しいものだった。
賢者達は仮面の奥の瞳に感情の色を乗せるでもなく、しかし申し訳なさそうに頭を垂れた。


「鏡を失ったのは、我々の賢者としての傲りが故……謝罪代わりとは言わぬが、教えよう。
鏡を砕いた魔力は、とある者の闇の力。持ち主は、かのガノンドロフである」

「ガノンドロフ……!」

「知ってるのか、エリシュカ」

「知ってるも何も……歴史から抹消されるほどの大罪人よ、王家に仕える一部の者だけがその存在を伝え聞かされる」


かつて魔盗賊として恐れられた男は、ある日その強大な力を危惧した王家に捕らえられ、処刑されたと聞く。
そして、歴史からその名を消された一番の要因は、


「神の悪戯か、奴もまた神に選ばれし力を持つ者であった」

「……!」

「我ら賢者のうち一人を葬り去った奴を、苦肉の策として影の世界に送り込んだのだ」

「……罪人の世界に、か」


ミドナが掠れた息と共に吐き出した自嘲の言葉に、胸が軋む。
影の一族の祖先の話をしてくれたとき、彼女は何を思っていたのだろう。故郷そのものが、罪人の流刑地だなんて、どんな心地だろう。
力になるなんて口先ばかりだ。私は、この小人の切なる願いひとつすら叶えてやれない。


「奴の持つ憎悪や欲望は、怨念となり長きを経てもなお息づいている。そうして、魔力はあのザントに宿ったのであろう」

「今さらザントの魔力のことがわかったところで……もう遅いよ!陰りの鏡がなくちゃ、もう影の世界にも戻れないんだ……」


膝を抱え、背を丸めて歯噛みする彼女。
かける言葉など、見つかるはずもない。リンクも、同じように視線をさまよわせながら、しかしミドナを見つめるばかりだ。

もう救いの手立ては無いかに思えた頃、賢者の一人が、そうっと告げた。


「……陰りの鏡を無くすことが出来るのは、影の一族が認めた一族の長のみ」

「……え?」

「魔力により壊れた鏡の欠片は、今もこのハイラルの各地に眠っている」


私も、リンクも……当然ミドナも。おもむろに顔を上げ、賢者の言葉に耳を傾けた。


「1つは、雪深き山に」

「1つは、古の森の中に」

「そして1つは、天空に」

「神々が遣わしたる者よ、汝ならば欠片を集めることは可能であろう。……だが、心するがよい。欠片には魔力が宿っていることを」


ミドナの顔色が、みるみる晴れていく。
すべての欠片が揃えば、陰りの鏡は再び使えるようになる。そうすれば、ザントの元へも行けるようになる。そして……パパのことも。


「そうと決まれば、急ぐぞ!リンク、エリシュカ!」

「あぁ!」


深く頷くリンクに合わせ、私もくちびるを弧に描いて頷いた。
するりと鏡の間を出ていくミドナを慌てて追い掛けるリンクの背を小走りで追おうとした矢先、声が降り注いだ。


「紡ぎ屋よ」

「……え?私……?」

「汝の力は未だ目覚めておらぬ。然るべき刻が訪れれば、汝は自らの役目に気が付くであろう」


振り返ると、そこに既に賢者達の姿はなかった。幻でも見ていたかと瞼を擦るけれど、欠けた鏡と岩盤はそのままの姿で佇んでいる。


「紡ぎ屋……」


針を通すごとに、糸一本一本にも命を込める。大切に一生懸命織った布には命が宿り、身に付ける者に神の加護を与える。

いつだったか、私にそう教えてくれたママの言葉を、ぼんやりと思い出した。


「……あれ?」


その時、ママはどんな顔をしていた?
私に裁縫の技を教えてくれたママは、どんな手つきで縫っていた?


「………」


あの言葉を教えてくれたのは、本当にママだった?






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