ひねくれものはだれだ



チビ達の前で一通り剣技を披露してみせると、最近いたずらっ子で有名な森の猿が姿を現した。
タロは威勢よく追いかけていってしまい、慌てて俺が後を追えば、森の奥の神殿前で魔物達に猿と一緒になって捕らえられている彼がいた。
なんとか助け出すと、その後も魔物からタロを守りつつ森を出て、フィローネの泉まで出てくることができた。


「リンク、ありがとう」

「おまえなぁ、もう少し考えて飛び出せよ?まったく無茶して」

「うん……あぁ、でもあのサルのことは、秘密にしておいて!
あいつ、おれをかばって一緒に捕まっちゃったんだ。本当はいいやつなんだよ」

「分かった。秘密だな、約束するよ」

「森の奥には危ないから入るなって、いつも父ちゃんにきつく言われてたんだ。リンクが来なかったら、今頃おれ、あのサルと一緒に食べられちゃってたかもしれない」


手に力を込めて、少し泣きそうな顔になっているタロ。俺は彼の頭をそっと撫でてやった。
ちょっと突っ走りがちだけど、こいつはこいつの正義感でやったことなんだよな。そう思うと、胸のあたりがほっこり温かくなる。


「もう、心配かけちゃだめだぞ」

「……うん、リンクありがとう!」


駆け戻っていくタロの背中を見送りながら、ふと脇道から草を踏み分けやって来る人の気配に気が付いた。見やれば、それはモイさんだった。


「息子にタロが森に入っていったと聞いて飛んできたんだが……、おまえが助けてくれたんだな。ありがとうリンク」

「いえ、その場に居合わせてたんで……。それに、モイさんに剣を習ってなかったら、俺も無謀だったと思ってます。後先考えずに森に入ったのは、俺もタロも同じですし……」

「いやぁ、無事だったんだ、それでいいじゃねぇか。
にしても、近頃は森の様子がおかしくないか?昔はこんなに魔物が彷徨くような、物騒な場所じゃなかったんだが……」

「そうですね……何もないといいんですけど」


黄昏時が過ぎ、段々と滲むように闇夜が空を染めていくのを見上げて、俺はぽつりとそう返した。


「リンク!モイさん!」


よく通る声が聞こえてきた。
心配性のイリアだろうかと振り返ったのが、そもそも間違いだった。俺が人の声を聞き間違えるなんて、そんな。


「おぉ、エリシュカ来てくれたのか」

「今、すれ違ったタロも診たけど、リンクが助けてくれたって言ってたから。あんた、怪我してない?」

「してねぇよ」

「でも、ほら、袖口が少し切れて──」

「触るなよ!」


伸びてきた手を、思わず弾いた。
ぱしん、と乾いた音が、泉に木霊する。


「あんたねぇ、意地張るのもいい加減に、」

「よそ者ならよそ者らしくしてろよ!なんでいきなり、心配とかしてんだよ。普段は俺の失敗からかうような奴のくせに!」

「な……、それは」

「おまえ、最初からわけわかんねぇんだよ。触るなって自分で言ったやつが、今度は簡単に手当てするなんて言うのかよ!おかしいだろ!」

「………」

「俺のこと何も知らないくせに、知ったふうなこと言わないでくれよ!」


ぱしん、と。
また乾いた音が、泉に響き渡って。


「言い過ぎだ、リンク」


気づけば俺は、モイさんに頬を叩かれていた。
静かに俺を見つめるまなざしは、怒りを湛えていて。生唾を飲み込んだ俺は、漸く冷静になって、はっとエリシュカを見やった。


「いいよ、モイさん。リンクの言い分も確かなんだから」

「あ、エリシュカ、」

「私があんたの心配するなんて、気の迷いだったのかもね。たしかに矛盾してる、お門違いだわ。気分悪くさせて悪かったわね」


踵を返す彼女の、救急箱を小脇に抱えた腕には、つい先週包帯が取れたばかりの傷痕が残っていた。
村に来て早々に自分の家へ戻った彼女は、傷の手当ても自分でやったらしい。様子を幾度か見に立ち寄ったというイリアから聞いた。

相変わらずからりと笑って、去ってしまった彼女の胸の内を思おうとして、いつどの彼女が彼女自身の本音であるかが分からず、胸を痛めることすら出来ない自分がいた。


「リンク、たしかにあの子はおまえをよく知らないだろう。
けど、おまえだって、あの子をよく知らないじゃないか」

「………」

「いつもつらく当たって、最初はそれこそあの子の態度のせいもあるだろうと多めに見ていたが……今のはどうしたってやりすぎだ」

「………はい」


茫然としている俺を見て、ひとつ息をつくと、モイさんはいつもの調子に戻ってやんわりと笑顔を作った。


「付き合いづらい性格なのは分かる。真っ直ぐなおまえとひねくれもののあの子では反りが合わないのも気付いてるさ」

「………」

「それでもな、リンク。俺は、おまえにあの子と仲良くなってほしいと思うよ。
おまえなら、あの子の心を開けると、そう信じてる」


俯いて、足元をぼうっと見つめる俺の肩を、そっと叩いてモイさんは言った。


「今日の稽古はお預けにしよう。帰ってしっかり休むといい、出発も明日に控えているしな」

「えっ……、」

「なに、気にするな。帰ってきたらまた稽古はつけてやるよ」


純粋に俺の身体のことを思っての言葉だと分かって、いくらか安堵する。
なんだ、そうか。あいつにつんけんしている俺の方こそ、俺らしくなかったってことなのか。
ひとつ頭のなかで整理ができて、俺は嘆息すると、薄く微笑んで「わかりました」と答えた。


それからは、家に戻って簡単な旅支度をした。おそらく日帰り出来る距離ではないので、着替えを軽く詰めた革鞄を用意すると、夕食を取っていつもより早めに就寝することにした。
あいつの家は、方角的に俺の家の向かいにあって、ボウさんの家の裏手の小高い丘の上にある。眠る前に小窓からそちらを見れば、未だ部屋の灯りがついているようだった。


(明日、出発の前に謝りに行こう)


そう心に決めて、俺は月明かりの下、眠りについた。



***



イリアとの喧嘩のときもそうだが、謝ろうと決めると逆に、なかなか謝罪の言葉が出てこなくなってしまうのが、俺だった。

牧場の隅の坂に腰掛けて、ぼんやりなんと謝るか考えてみる。一番通いなれた場所で、動物のいる此処は比較的落ち着いて考え事がしやすい。


「言いすぎた、ごめん。……って、それモイさんに叱られたからまんま言ってるみたいだよなぁ……」


相手がひねくれものなだけに、どうやったら嫌みで切り返されず心地好い謝罪ができるのかと思考を巡らせる。
しかしなかなか良案が浮かんでこない。むむ、困った。時間もあまりないというのに。


「リンク、そろそろ出発だろ?今日は早めに終わらせようぜ」

「え?あ、あぁ、うん」


突然ファドに声をかけられて思わず動揺してしまった。
誤魔化すように草笛を吹いて、エポナを呼ぶ。


「なんだ?またエリシュカと喧嘩したのか?」

「う……喧嘩というか、なんというか」

「まぁ、あいつ分かりにくい性格だからな。突っ掛かりたくなるのも分かるよ」


のんびりと穏やかなファドからそんな言葉が聞けるとは、思ってもいなかった。
俺の目の前で止まったエポナを撫でてやると、頬をすり寄せて甘えてくる。


「根は優しい奴だからさ、仲良くやってくれよ」

「……なぁ、ファド」

「うん?」

「俺さ、あいつの考えてること、ちっとも分からないんだよ」


ファドはにんまりと口角を上げて笑うと、言った。


「それでいいんだよ、リンク」

「えぇ?」

「さ、ほら出発に遅れたら村長がうるさいぜ。早いとこ頼むよ」

「あ、あぁ……」


なんだかうまいこと話をそらされたような気もするが……。

エポナに乗って手早く山羊追いを済ませてしまうと、俺はファドに挨拶をしてそのまま牧場を降りた。





「エポナにまで怪我させて!無茶はしないでって、常々言ってるのに!」


昨日タロを助けに行ったとき、一緒に連れていったエポナに怪我をさせてしまっていたのを、目敏い幼馴染みは見付けてからというものご立腹だ。
イリアにきつーく叱られながら、俺は別の事を考えていた。
あいつなら、なんて嫌みを言って俺をズタズタにしただろうか。生憎エリシュカと毎日のように顔を突き合わせる度売り言葉に買い言葉(?)をしていた俺には、イリアのお説教程度では「悪いことしたな」としか感じられない。
あいつに説教されると、苛立ちと一緒に屈服させられるせいで非を認めなければならない心地になるものだからな。



「エポナ、泉に連れていってあげる。大丈夫よ、精霊の力を借りれば傷もすぐ治るから」

「あっ、ちょっこれイリア!」



俺と一緒になって何故か怒られていたボウさんが慌てて呼び止めるも、気にもしない風体でイリアはエポナを連れていってしまった。


「エポナがおらんでは、献上品が運べんじゃないか……」

「俺、謝ってエポナを返してもらってきます」


駆け出そうとして、思い直しボウさんちの裏の坂を登ろうと方向転換すると、


「あぁ、エリシュカを訪ねるなら帰ってからにしたほうがいいぞ。昨夜はかなり遅くまで灯りがついていたようだからな、今頃ぐっすり寝ているだろう」

「え、あ、……そう、ですか」


一言、悪かったと伝えたいだけだったんだが……。
仕方ない。そんな早々とまた村を出たりなんてしないだろう、戻ってきてから謝ってもいいかもしれない。
なんなら、城下町で手土産のひとつでも買ってきて、一緒に渡すのもいいだろう。あいつの出身地だから、良いものを探すのは一苦労かもしれないけど。それもいい、なんて思えてしまっている今日の俺は、昨日に比べて何処か頭を打ってしまったのではと危惧されるレベルだ。


そうと決まれば、イリアとエポナには悪いけど、早いとこ献上品を届けに行かなくちゃ。
今の俺には、初めて見る外の世界よりも、あいつが慣れ親しんだ町に行けることのほうが、好奇心を駆り立てるものになっていた。





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