ふたりのきょり



「リンク、そっち行ったわ!」

「任せろ!」


どうにか日が落ちる頃には処刑場の手前門辺りに辿り着けたものの、なんと其処は魔物共の巣窟となっていた。
暗がりで火を焚いているのがまさかブルブリンだとは思わず、人がいるのかと声を掛けたが最後。奴らの見張りに次々応援を呼ばれ、俺達はあっという間に囲まれてしまったのだ。


「リンク、まとめて片付けるぞ!」

「!……おうっ」


ミドナが俺に向けて指を振ると、稲妻が一閃し瞬く間に俺は狼へと姿を変えた。
背に跨がるミドナの結界の内に誘き寄せた敵を一気に攻撃すると、魔物が消滅する際の特有の爆煙が俺を取り巻く。

煙に紛れて飛び込んできたブルブリンを硬化させた尾で払うように切り上げる。


「おいリンク、上だ!」

『くそっ、あいつら……!』


見張りをやらない限り、後から後から湧いてくる。奴らの弓の射程に入らない場所から狙いを定めるのは、この暗闇の中では至難の技だ。


「任せて!」


異形の姿を取ったエリシュカは、飛ぶように軽やかな跳躍で距離をつめ、影の魔力を具現化した糸で見張りを全て縛り上げる。
そのまま高台から引きずり落とせば、ブルブリン達はぎゃあと喚きながら塵と化した。


「よし、これで一丁上がりっと」


着地と同時に人間の姿に戻った彼女を見上げて、俺はがおうと吠えた。


『エリシュカ!そんな安易に影の魔力を使ったら……!』

「あーあー何も聞こえなーい」

『コノヤロウ』

「バウバウうるさいわよワン公」

『だぁーッ、せっかく心配してやってんのに、おまえってヤツは!』

「ハイハイ、その辺にしとけ!」


ミドナに諌められ、お互いに鼻をならしそっぽを向く。小人は夕焼け色の瞳をすがめてため息をついた。



***



「よくも置いてったわね」


投げ出され、打ち付けた腰や肩を擦りながら立ち上がった其処に仁王立ちする彼女。
キングブルブリンと対峙したのち、木製の砦に火を放たれたところを、ブルボーを駆ることで脱出したはいいものの。


「しょうがないだろ〜、いってー……」

「それだけじゃないわよ!よりによってあんた、ブルボーで私のこと跳ねたわよね?!!」

「おーおー、そんだけ威勢があんだから問題ないな」

「咄嗟に受け身取ったけど!痛かったわよバァカ!」

「大したことなくて良かったなー俺もおまえも」

「ミドナ、ちょっとコイツ砂漠に埋めてきていいかしら」

「戯れてる場合じゃないだろうオマエら……遊びに来てんじゃねーんだぞ?ン?」


ミドナが魔力を宿した髪の毛を振り上げ、特大の握り拳を作ったところでさすがにまずいと思ったのか、しかし押し黙ったエリシュカはふいとそっぽを向くばかり。
呆れたようにため息をついたミドナが、ふわふわと宙を移動しながら髪で建物の入り口を指差した。


「そら、とっとと進むぞ!」

「……えぇ」

「ったく、なんで此処に来て仲悪化してるんだよ」

「知るかよ、エリシュカに言ってくれ」


俺とミドナの会話など何処吹く風、とさくさく前進する背中。
彼女に続いて中へ入ると、不思議なことに壁脇の灯籠にはすべて火が点っていた。


「もう長く使われていないはずなのに……不気味ね」

「あぁ、建物自体が風化して砂の侵食を許してる。これはあまり持ちそうにないな」

「足場も所々崩落してる、砂に足をとられないよう気を付けて進みな」


ダンジョン慣れしている俺とミドナは然程不思議に思わなかったが、エリシュカは灯籠を見やってはひどく顔を歪めていた。

慎重に、けれどもたつくこともなく、時には手を貸し合いながら先へと進む。


いくらか石畳の足場が安定している部屋に出ると、そこは明かりもない暗闇だった。


「何よ半端ねぇ、灯りつけるなら全部明るくしときなさいよ」

「ダンジョンに文句言うやつも珍しいけどな……」


カンテラの油は満タンだが、この先灯りをつける仕掛けがないとも限らない。
なるべく節約思考で進みたいところ。薄暗がりの中でも、ある程度は夜目が利く。立ちはだかる扉を開けるための鍵さえ見つかればいいのだ。

室内を一通り探すも、あったのはカンテラ油を補給できる大きな杯しか見つからない。やはり出し惜しみするべきではないか、と思い直したその時。


「待ってリンク、何か音がしない?」

「……心なしか複数だな」

「灯りはやめましょう、敵に居場所を知られる」


カンテラを持つ俺の手をとめるように重ねられた手のひら。
ひんやりとしたそれの温度を感じながら灯を消し、意識を周囲に張り詰めさせた。

ざわざわ、迫り来る足音。

先に声を上げたのはエリシュカだった。


「っちょ、ヤダ!何なに!?」

「どうした!」

「う、気持ち悪い、ゴワゴワしてる何よこれ……っ」


重ねていた手のひらがいなくなったことに気付いて、俺は目をこらしエリシュカを見やる。
しかし夜目に映る前に、ソレは俺の足元からものさばらんとしていた。


「うおっ!?」

「リンク明かり!明かり!!!」


やけに重量を増した自分の体。前進するにも一歩がズッシリと重たく、何が起こったかと狼狽える俺に鋭い声を上げた張本人は、しかし灯した明かりの中、俺以上に狼狽していた。


「いやぁぁああああ!!!気持ち悪ッ、取って!コレ取ってぇぇええ!!!」


明かりを彼女に翳すと、蜘蛛の子を散らすようにムイムイ達が我先にと逃げていく。俺の身体に纏わりついていた奴らも散っていくのを目で追い掛ければ、カンテラの灯の淵で燻るように周囲を取り囲む黒いざわつきが見えた。


「虫!虫!ねぇリンク!」

「わーってるよ!」

「もうついてない?一匹も?」

「大丈夫だよ、ホラ」


今一度彼女にカンテラを翳せば、服と服の隙間に隠れていた最後の一匹が、ぴょこんと跳ねた。
エリシュカはひどく身震いをしてごしごしと全身を擦ったあと、灯を持つ俺の腕に躊躇うことなく抱きついた。地面に足をつくのも嫌なのか、爪先立ちをしながら身を擦り寄せてくる。


「無理ムリむり!!!もーやだ帰りたい今すぐシャワーを浴びてふかふかのベッドに潜りたい〜!!!」

「ちょっ、くっつきすぎ!動けな……っ、大体おまえ、トアルにいた頃は虫嫌いなんかじゃなかっただろ!」

「駄目なの!他の虫は大丈夫でも……っ、あの黒光りする楕円のフォルムといい、がさがさとわざとらしく歩み寄ってくる仕草といい……っアイツだけは嫌!」


引き剥がすに剥がせぬまま、立ち竦んだエリシュカに抱きつかれた状態で、身動き取れなくなっている俺を見かねたミドナが、影から頭だけをひょこりと突き出して深くため息をついた。


「オマエらなぁ〜、こんなとこでまでいちゃつくんじゃねぇよ」

「いちゃついてねぇ!」

「むり、むり、帰る、絶対帰る、」


最早言葉も通じなくなっているエリシュカを引き摺りながら、俺はいつの間にやら激減していたカンテラの油を補給、ムイムイ以外に敵がいないことを確認し、隠し扉の中に見つけた宝箱から鍵を見つけ出し、そして漸く次の部屋に進むことができたのだった。


「オマエ、自分の明かりはどうしたんだ」

「!!!」


さっきまで半べそをかきながら「帰る、帰る」としか言わなかったエリシュカが、大慌てでポーチから小型のランプを取り出し、もたつきながらも火を灯した。
心底安堵したように表情を緩める彼女。俺とミドナの視線を受けてハッと息を飲むと、まだ若干震えている唇を噛み締めながら無理に声を張り上げた。


「さ、さっさと先に進むわよ!」

「本当に大丈夫かエリシュカ……膝が笑ってるぞ」

「こんなの、ぜ、全然へっちゃらよ!!!」

「調子いいみたいで何よりだぜ」


やれやれと肩を竦めたミドナが再び影に身を潜めると、彼女は腰にランプを取り付けさかさかと足を運んでいく。
しかし途中で歩みを止めると、振り返りもせずに……いやこの場合出来ないのか、強張った声のまま早く!と俺を急かした。


「……今からおまえだけでも戻るか?」

「嫌よっ」

「強情だなぁ……」

「ほ、ほら!こんなダンジョンとっとと攻略して帰るわよ!」


俺の背中を押す彼女は、果たして恐怖心や弱みを見せた羞恥心を誤魔化そうとしているのか、それとも俺を先に行かせることで身の安全を確保しようとしているのか、はたまた両方か。
涙だけは見せまいと鼻をぐずつかせる後ろの彼女に、俺は困ったような、安心させてやりたいような不意の庇護欲を抱きつつ、足元を確かめるような歩調でゆっくりと前進した。


なんとなく予想はしていたものの、その後出会したゴーストにも驚いた彼女はよりによって俺のカンテラを振り回し、容赦のない鉄拳を俺に食らわせた上でカンテラを放りやってしまい、エリシュカのランプによる薄明かりの中それを探すはめになった。
しかし極限状態により力の加減を忘れているせいか、魔物達はいつも以上に呆気なく彼女の前に打ち倒されていった。後に異形の姿を取れば良かったことに気付くまで、彼女はなんだかんだと俺の傍を離れないのであった。



「オマエらさぁ、仲良いのか悪いのか、どっちかにしろよ」

「だ、誰がこんなやつと!」

「あーそうかよじゃあ離れればいいだろ」

「馬鹿言ってんじゃないわよ!」

「意地っ張りだなぁ……」



終始そんな調子だったエリシュカだが、一人より二人、二人より三人。謎解きも仕掛けも、以前に比べてずっと容易に進められていることに気付けば、彼女の足取りの重さやハプニングによるロスタイムなど細やかなものに過ぎないと思えた。
何より、普段こそ強気も勝ち気なあのエリシュカが、傍を離れるなとしがみついて遠回しに俺を頼ってくれている。それがなんだか嬉しくて、また彼女を身近に感じられることに安心していた。

再会してからというもの、彼女は俺と一緒に居ながら最初の頃のように何処と無くよそよそしかった。
……いや違うな、俺が一方的にそう感じていただけだ。
たくさんの出来事を乗り越えて、誰より彼女を理解した気になっていた。でも彼女を知れば知るほど、彼女は俺じゃない誰かと過ごした時間の方が長いことに、俺じゃない誰かにも心を預け許していることに、心の隅で愕然としていたんだ。
自分勝手な思い込みだった。エリシュカはいつだって、自分以外の人のことを思って行動していたというのに、俺は彼女を孤独な人だと勘違いしていたんだ。


俺が居なきゃ何もできない、そんな女じゃないんだよな、最初から。
だからって僻むこともないんだ。彼女が俺だからこそ頼ってくれているところも分かったから。俺は、俺に出来る形であいつを支えて、守ってやれたらいいなって、そう思うから。


(それにしても……)


エリシュカがシャッドに抱きつかれているのを見たとき、どうしてあんなにも俺はショックだったんだろう。
彼女にしがみつかれている今、思い返したとて何も感じはしないのだけど……


ん?いや、なんだろう。
無性に怒りが湧いてくる。
それはそれでムカッとくる。



(俺、どうしたんだ……?)



悶々とする俺を影から眺めて、呆れたように息をついたミドナに気付くはずもなく。
灯篭の明かりに油断して人間の姿に戻っていたエリシュカが、再びムイムイに攻め立てられ悲鳴を上げるまで、俺はぼんやりとこの妙にわき起こる怒りの正体について、頭を悩ませるのだった。




[ 28/71 ]

[*prev] [next#]
back




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -