おなじさきをみつめる

目が覚めると、俺は知らない部屋のダブルベッドに寝かされていた。


「…………」


頭を押さえながらなんとか起き上がる。昨晩の記憶が途中から無い……えぇと、モイさんたちと酒を酌み交わして、ハイラルの話やその他諸々聞いて……あれ?なんか忘れてるような……


「あぁ、ちょうど起きてたのね」

「ッ!?」


ひょいと顔を覗かせたのは、濡れ髪で首にタオルをかけたエリシュカ。
そうだ、昨夜酔い潰れた俺を連れて帰った彼女の実家に、宿泊していたんだった。


「寝癖ついてるわよー。ひとっ風呂浴びてきたら?」

「お、おう……」


エリシュカが手をひらひらさせて出ていったのを見届けてから、ホッと胸を撫で下ろす。

あいつは警戒心というものがないのか。
薄着1枚で風呂上がりの絹肌を惜しげもなくさらしたりして……いや待てよ?俺が男として意識されてない?

とにもかくにも、ああいう無防備すぎるところは直してもらいたいものである。こっちの身がもたない。
若干ガックシと肩を落としながら、バスルームへ足を運ぶ。


「おーおー、全く青臭くてかなわないぜ」

「うおわっ!?……ミドナ、いきなり出てくるなよ」


旅の道中に被った砂埃や泥汚れ、汗なんかも吸ってだいぶ汚くなっていた緑衣を脱いで、編み上げの籠に放り入れる。
下の服に手をかけた瞬間不意打ちで姿を見せた相棒が、至極滑稽だとでも言うようにカラカラ笑った。


「エリシュカのヤツも不憫だなぁ〜」

「……は?何が?」

「……ふむ……敵も多しだ、前途多難だねぇ」

「敵?なんのことだよ、旅の話か?」


ミドナはやれやれと肩を竦め頭を振るなり、実体を得た黒い指先で俺の額を弾いた。


「いって!」

「あんだけウジウジしてたくせに、再会した途端けろっと鈍感に戻りやがって」

「だから何の話だよ、ぼかすなよ!」

「……先が思いやられるぜ」


俺は瞬くばかりで、何も言い返せぬまま。


「ちょっとー、何喚いてるの?ご近所迷惑……」

「…………、っ!エリシュカ」


其処に声を聞き付けたエリシュカまで入ってきて、俺の格好とミドナをまじまじと見比べるものだから、俺はいよいよ訳が分からないままに慌てふためいてしまう。
何も後ろめたいことなど無いのに、言い訳を考えそうになる。少ししてエリシュカは表情を変えないまま再び口を開いた。


「早くしないとご飯冷めるよ?」

「あっ朝飯?」

「簡単なもので悪いけど。食べないなら捨てる」

「わーっ食う!食うから!」


そう、と小さく相槌を打って踵を返したエリシュカは、何処と無く機嫌が良さそうだった。
ミドナはそっと嘆息してから、するりと影に戻っていく。

数々のダンジョンの仕掛けを解いた俺の頭脳をもってしても、彼女の言うことはいまいち理解出来ないままだった。



─────………



エリシュカの作った朝食を平らげている間に、緑衣はすっかり洗濯も終えて乾ききっていた。
借り物の服から緑衣に着替え、手甲を嵌めたりしていると、こちらも旅装束に着替え終わったエリシュカが顔を覗かせた。


「用意が済んだら、ラフレルさんに会いに行くわよ」

「ラフレルって、あの砂漠を調べてるっていう……」


最後に緑の帽子を被り直していると、エリシュカは深く頷いた。


「昔、とある大罪人が砂漠の処刑場にて刑に処された、って記録を見た覚えがあるわ。今は封鎖されているけれど、そこには罪人をあの世に直接送り込んだ呪いの鏡があった、って話」


ミドナがふわりと影から抜け出してきて、「それは本当か」と瞠目した。


「無関係ってことは無いだろうな」

「ラフレルさんは古くから王家に仕えている人だから、そのあたりにも詳しいと思う」


俺達は互いに頷き合うと、旅支度を整えて店を出た。



***



ハイラル湖の見張り高台の上で双眼鏡を覗き込んでいた老兵は、俺とエリシュカの姿を見るなり「そろそろ来る頃だと思っておりました」と目を細めた。


「リンク殿、ですな?」

「はい」

「……テルマより話は伺っております。先日は数々の無礼、大変失礼しました……エリシュカ、その方も変わりないようで何より」

「お久しぶりです、ラフレルさん」


彼は砂漠の処刑場にあるという呪われた鏡が、この国の異変をもたらしているのではと睨んで調査しているのだそうだ。
しかし現在、砂漠そのものが世界と隔絶された場所である故、容易に向かうことは不可能であることを溢すラフレルさん。エリシュカはそこをどうにか、と頼み込む。


「その鏡が、私達の探しているものと同一のものかもしれないんです……砂漠には、どうやったら行けますか?」


ラフレルさんは暫く閉口した後、懐から一枚の紙を抜き出して俺に手渡した。


「では、これを。ハイリア湖の湖上にて遊戯屋を営むトビーという男に見せてください」

「メモ?」

「貴奴には少々縁がありましてな……この老輩には頭が上がらんのですよ。あとは彼がうまくやってくれるでしょう」


柔らかく目尻を下げて笑んだのち、ラフレルさんはそっとエリシュカを見やって言った。


「お主も、リンク殿と共に砂漠へ行くのだろう」

「……えぇ。やっと私にも……私にしか、出来ないことを見つけたから」


するとラフレルさんはゆっくりと頷いて、しわがれた声で穏やかに続けた。


「そうか、そうか。……ただし、ひとつ忘れてはいけぬ。お主は自分をないがしろにしたとて、誰も悲しまない──悲しむ者がいても、それが最善であり、成すべき役目……払われるべき犠牲であると考えるだろう。
しかしな、エリシュカよ。お主が姿を消せば、探す者がいる。お主が会いに来るのを、何年とじっと待つ者がいる。けしてお主は、居なくなっても良い存在などではないことを、肝に命じておきなさい」


アッシュは、エリシュカが何も話さぬまま街を出てからというもの、所在を掴もうとわざわざ方々への遠征を請け負ったそうだ。
シャッドは、勢いのままに騎士学校に編入して家に帰らなくなった彼女を思いながら、何度も彼女の実家の店を手伝ったという。

トアル村に来たときも、彼女は自らそれとなくよそ者だとふれ回って他人と距離をおこうとしていたが、村の皆は家族として彼女を受け入れた。
俺だって、今やそう簡単に居なくなられては困るほど、すっかりエリシュカの存在に助けられてる。


「………はい。ちゃんと、帰ってきます」


おまえは独りじゃないんだってことに、そろそろ気付くべきだよ。


「皆に、宜しく伝えてください」とはにかんだエリシュカが一足先に見張り台を降りていく。
俺もお礼を告げ、後に続こうとしたところを、ラフレルさんに呼び止められた。


「リンク殿」

「はい」

「……エリシュカは本来守られるべき¢カ在です。
どうか、どうか彼女を……」

「……大丈夫です。俺が、責任もってちゃんと連れ帰りますから」


そうして、何かを瞳の奥に隠した彼に見送られながら、俺達は遊戯屋トビーを訪ねに向かったのだった。



***



オアシスコース≠烽ニい、トビーの大砲によって砂漠までブッ飛ばされたわけだが、乾燥した空気と砂埃にまみれながら着地した其処に広がる大自然。俺の後に続いて発射されたエリシュカも到着し、その広大な景色に感嘆の声を洩らしていた。


「砂漠なんて、肉眼で見たのは初めて……」

「だな。おそらく処刑場っつーのはあっちにうっすら見えてる建造物のことだろう」


エリシュカが用意しておいてくれたローブを羽織りながら、陽炎の向こうに揺れて見える影を指差した。
エリシュカもまたローブのフードを被りながら目を凝らしている。


「早いところ進みましょう、日が暮れる前に少しでも……」

「二人とも、待ってくれ」

「ミドナ?」


するりと影から抜け出した小人は、俯き砂地に暗がりを作りながら俺達を引き留める。


「……その前に、少し話を聞いてほしいんだ」

「話……?どうしたんだよ、また」


視線をさ迷わせながら呟くように小さく溢すミドナを見返り、俺もエリシュカもじっとその続きの言葉を待つ。


「……精霊が言っていた影の結晶石にまつわる話を、覚えているか?」

「勿論よ。聖地を治めようとした者の魔力を精霊達が取り上げ、具現化したもの……それが影の結晶石よね」

「あぁ。じゃあ、魔力で聖地を治めようとした者達は、そのあとどうなったと思う?」


エリシュカは腕を組み、俺もその言葉に一頻り考えを巡らせそして──ひとつの仮説にたどり着く。
まさか、と息を止めた俺達の前で、ミドナは徐々に答えを導いていく。


「聖地ハイラルを追われ、神によってある場所に追いやられたのさ……
其処は日の光輝くハイラルとは対極を成す、──光とは決して交わることのできない影の領域。
影の世界へ落とされた者は、元の世界へ戻ることを許されず、永遠にハイラルの影として陰りの中を生きるようになったそうだ」

「なら、あなたは……」

「そう、これは我が影の一族に伝わる歴史。ワタシは、光の世界から影に落とされた者たちの末裔なのさ!」


歯噛みし拳を作るミドナの思いを、完璧に理解することなど出来ない。それはエリシュカとて同じだ。
だけど俺達は知ってる。きっと今の彼女に、力を手にして光の世界をどうこうする思いなど無いことを。ミドナは優しい……少しずつ変わったんだ。


握り拳をそっと開きながら、また手のひらを見つめ、それからもう一度俺達に目を向けたミドナ。
夕焼け色の瞳に、悪意は感じられない。


「影の世界はザントに支配され、一族はあの影の魔物に変えられた……奴は我々一族と異なる強大な魔力を持ち、影の世界には奴の力なくしては入れない。
しかし、一族の中にこんな言い伝えがあるんだ。神は一族が光の世界に戻ることは禁じたが、光と影を繋ぐ鍵をひとつだけ残した。それは陰りの鏡と呼ばれ、ハイラルを守るもの達に託された、と──」

「要するに、陰りの鏡を使って影の世界へ行き、其処に居座ってるザントの野郎を叩きのめせばいいわけだ」


俺がそう言うと、冠を乗せた頭を重そうにもたげていた小人が、ふと顔を上げる。


「一緒に行ってくれるのか……?」

「何言ってんだよ、水くさい奴だなぁ。最後まで付き合うって言っただろ」


勇者の務め、とか。そういう言い分もあるのかもしれない。
様々なひとから、ハイラルを託された。その責務の重さに折れそうになった俺を叱咤して、此処まで導いたのはミドナ自身だし、傍にはそんな俺でも支えてくれて……そして、俺が支えたいと思うひとがいる。
帰れば待っていてくれる奴らがいる。これ以上の強みはないよ。

だったら、とことん俺は俺に出来ることを果たしたい。
それに、勇者なんかじゃなくても、一個人として大切な相棒の助けになってやれるなら……力を尽くすまでだ。


「光と影の合いの子となった今、私にとっちゃ自分のことみたいなものよ。今さら遠慮しないでよ、ミドナらしくないわ」

「……そもそもエリシュカは被害者だろう。オマエは一度力の犠牲になった身だ……」

「あら、私転んでもタダじゃ起きない性分よ?あなたには影の一族としての負い目があるのかもしれないけど……私にしたら知ったことじゃないわよ」


影の真珠は、影の結晶石がなければ生まれなかった。
そしてミドナは、いま真珠の力をも頼りにして、エリシュカごと巻き込むことに胸を痛めている様子だった。

それにも全部気付いた上でエリシュカは微笑う。
眩しく、柔らかく、そして優しく。



「だから、どーんと任せなさい!今度は私が、ミドナの願いを叶えてあげる!」



「昨晩考えていたのは、このことだったのね」と一人ごちるエリシュカが、ミドナの頬をそっと撫でる。
誤魔化すように笑顔を浮かべたミドナが影に身を潜めてから、砂漠を振り返って、俺は呟いた。


「じゃあ行こうか、砂漠の処刑場へ」


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