かさなるふたり






長い夢を見ていたような気分だ。



「んんーっ……よく寝た」



目が覚めると、自分はベッドで横になっていた。
身体を起こして、ぐっと伸びをする。もう何処も痛くないし、気だるさも熱も引いたようだ。


「……なんだ、帰ってたの」


椅子にかけたまま、器用に眠りこけている緑色を見つけて、ホッと安堵の息をつく。
しかしすぐに気が付いて、私はぎょっと目を剥いた。


「ッ、どういうことよ───ッ!!?」


「ウワアアアなんだなんだ!!?敵襲!!?」


午前も半ばを過ぎた頃の宿場に、私の怒声とリンクの情けない声が響いた。



──────………



「何処に何をしに行くとこんなふうにボロボロに焼け焦げるの!」

「う、悪かったって……」

「ホラ、さっさと服脱ぐ!火傷だらけなのはバレてんのよ!」

「だーッ!分かったから!自分で脱ぐから!」


勇者としての務めを果たしたらしい彼はひどい格好をしていた。
緑衣諸とも勇者の衣は端々が焦げていてみっともないし、何より私がプレゼントしたバンダナが、見るも無惨な姿でなんとか彼の腕に引っ掛かっていた。
帽子もひんむいて、ひとまず上半身丸裸のやんちゃ坊主を椅子に座り直させると、私はてきぱきと動きながら彼の傷の手当てをした。


「〜〜っいってェェエ!!!」

「当たり前でしょ、前ばっかり真っ赤にして!いっちょまえに背中に傷は作らなかったみたいね!」

「もっとこう、労った感じのさ……」

「残念、そういうのは他を当たることね」

「っだーから痛ェっつの!」


擦り傷や切り傷、打撲とあらゆる軽傷を網羅してはいたものの、主に目立つ外傷はやはり火傷だった。軟膏を塗ったり時には布を当てたりして、仕上げに氷のうをぶつけておく。


「……なぁ、」

「何」

「服、いつ頃だ?」


実は余り布で作っておいた代わりの服に着替えながら、ぼそぼそと聞いてくるリンク。
なんでも、精霊様のお告げで探し人は東のラネールの地にいると言われたらしい。早くイリアを見つけにいきたいってとこかしら。


「……明日には」

「そっか!仕事が早くて助かるな」


眩しいその笑顔が、ちくりと胸を刺す。
私は、バンダナを握りしめて言った。


「明日には、八つ裂きになってるわ」

「は?」


ぽかん。効果音にするなら、本当にそんな調子。
ネジが外れちゃったみたいに、リンクは唖然とした顔を見せて、暫くしてから椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった。


「はぁー?!!」

「直すわけないでしょ!こんなボロクソにされちゃあ服の方がたまんないわよ!」

「待てよ、にしたって八つ裂きになんか……!」

「ええそうね、せっかくの伝統をこんな形で終わらせることになるとは、私も残念でならないわ」

「待てーーー!!!」


ビリッ。焼けて繊維が脆くなった布を引き裂くのは、とても簡単だった。
私はそのまま、たった今真っ二つに破いたバンダナをビリビリに引き破く。


「……な、何すんだよ……!それ、俺にくれたんだろ!?」


リンクがひどい顔をして叫ぶ。
千切ったそれが風に吹かれて飛んでいくのを眺めると、私は笑った。


「こんなボロボロじゃあ、直しようがないわ。やっぱり、私が織ったんじゃだめなのよ。
安心しなさい、さっきのは悪い冗談よ。ちゃんと明日には直しておくから、今日はゆっくり身体を休めることね」


ちゃんと、笑えてたかな。

重ねちゃいけないって思うのに、どうしても同じことの繰り返しになるんじゃないかって考えてしまう。
それじゃダメだって、もう分かってるはずなのに。


そうよ、もう、直しようがないんだから。
振り返ってばかりじゃ、前に進めないんだから。



***



気付けば、夜になった。
作業に没頭してしまうと、時間を忘れてしまっていけない。

カンテラに火を灯して、作業場を照らし出す。もう少し粘ってから食事にしようと思ったけど、そろそろお腹がものを詰めろと騒ぎ立てそうなので、おとなしく私は下の階に降りた。
レナードさんとルダが作ってくれるご飯はとても美味しい。少ない物資で作るのに、健康を考えた食事メニューはいつだって飽きない。

子供たちは配膳やら何やらを手伝っていた。
しかし、そこにいつもの金髪が見当たらなくて、私は首を傾げた。
代わりに、病み上がりだというのにてきぱきと手伝うコリンの姿が。


「コリン、あんたもう少し休んでなさいよ。リンクは?」

「あ、エリシュカ姉ちゃん。ボクはもう本当にだいじょうぶだよ。リンクは……教会かな、」

「もう、何してんだか。私呼んでくる」

「あぁ、いや、いいんだエリシュカ姉ちゃん!リンク、あとで食べるんだって」

「……そう」


優しく微笑むコリンが言うなら仕方ない、と私も配膳の手伝いに回った。
剣の練習でもないのに、教会であいつ、何してるのかしら。




食事を済ませて、さっさと作業場に戻るなり衣の修繕の続きをしていると、扉をノックする音。
振り返ると、そこにはリンクがいた。


「なに、まだよ」

「あぁ、いや、催促じゃないよ」

「じゃあ、何?」


なんだかぎこちない、落ち着かない表情をする彼が変で、ついついこちらも怪訝な面持ちになる。
ゆっくり歩み寄ってきた彼が私に見せたのは、


「!……これ、」

「いや、ほら……布は繋ぎ合わせればまた使えるって、おまえが言ってたから」


私が散り散りに破いたバンダナの布地を繋ぎ合わせた、とてもみすぼらしいハンカチだった。
縫い目も荒く、継ぎ接ぎに近いそれ。自分で縫い合わせたのか、彼の手は絆創膏だらけだった。


「そんなの、……言えばちゃんと、作ったのに」

「そうじゃないんだ。……おまえがどんだけすごいか分かったよ。俺なんて、これ一枚に何時間もかかっちまったのに、エリシュカは一晩もあれば服一式直せちゃうんだから」

「……仕事なんだから、いいのよ……」


彼の手から布切れのようなハンカチをとって、不格好な繋ぎ目をなぞった。
彼は頬を掻いて乾いた笑いを浮かべたあと、所在なさげな手を首の後ろにやった。


「……悪かったよ。おまえがせっかく俺にってくれたのに、ボロボロにしちまって。
だからさ、その……もし良かったら、さ。また、織ってくれよ」

「………」

「ああでも、この村に機織りなんてないもんな!ハハ、さっさとトワイライト晴らしてイリア見つけて、みんなでトアルに戻れなきゃ無理か」


ハンカチを握る手に、力が籠る。

いまだけは、どうしてもリンクの顔を見れなかった。
怖かった。また、彼をあのひとと重ねてしまいそうで。


「……もう、リンクの服なんて、直してやらないって……本当に思ったの」


埃っぽくて、所々繊維が傷んで縮れているそれ。
私がバラバラにしたものを、わざわざ拾い集めて繋ぎ合わせて、持ってきてくれた。
それだけで良かった。それが、私はずっと出来ないでいたから。


「なんで怪我しに行くひとのために、わざわざ服を直すんだろう、って。
私が服を直せば、リンクはまた傷付きに行くのに」

「そうじゃねぇよ」

「分かってる!……でも、結果論はそうでしょう」


ずっと俯いて顔を見せない私に、彼が問い掛けた。


「なぁ、エリシュカ。俺は、話し相手になれない?」

「え……」

「あのペンダントをくれたひと、だろ。おまえがずっと、思い悩んでる相手。俺は、誰かに似ているって」

「な、……聞いてたの?」

「コリンに聞いたんだ」


私がリンクに素直になれない理由。似ている彼を、再び失うようなことになりたくなくて、大切に思わなくてすむようにってひどいことをした。
未だに彼を重ねて、リンクをリンクとして見れない私を、それでも許して、心を開こうとしてくれる。

めげない頑固なとこも、本当にそっくりね。


「……私が初めて作ったのは、ハンカチだったの」

「うん」

「その人、プレゼントしたらすごく喜んで。でもすぐボロボロにしちゃって、また新しいのを作ってあげても、すぐダメにしちゃうの。
それでいつもお詫びにって、手土産携えて戻ってきたわ」

「じゃあ、あのペンダントも」

「そう、私のプレゼントのお詫び」


初めて作ったハンカチは、確かにこんなふうに継ぎ接ぎで、とてもじゃないけど今じゃ人にあげられるようなものじゃなかったっけ。


「ある日、彼は戦争に駆り出されることになった。私は言い伝えを信じて、7日かけて織った布で、またハンカチを作ったの」

「……無事を祈ったんだな」

「そうよ。……でも、彼は帰って来なかった。帰ってきたのは、血塗れでぐずぐずになったハンカチだけ」


彼を守って、と作ったはずのハンカチだけが戻ってきたときのことは、何も覚えていない。
頭が真っ白になって、何も考えられなかったのだと思う。

私は息を深く吸い込んで、漸く顔を上げた。


「ああもう、変な空気になっちゃった。忘れてね、さて仕事仕事」

「忘れないよ」


無理に笑って机に向かう私の後ろで、力強い声が、そう告げる。


「じゃあ、俺は絶対戻ってくるから。だから、そうしたらまた、話を聞かせてくれよ。
おまえの気持ちの捌け口にしろよ、溜め込むなよ。大人ぶんな」

「……ばかじゃないの、」

「ばかでいいよ」


震える手じゃ、裁縫なんて出来ないじゃない。
ぐ、と涙を堪えた。背筋が芯から揺さぶられるような思いだった。


「話してくれてありがとな」


顔を見られない私を、どうか許してね。


「……こっちこそ」



***



その晩のうちに修繕は済んで、眠る前にエリシュカから衣を受け取った俺は、翌朝それに着替えてあらかじめ用意をしておいた荷物を背負うと、教会前に並んだレナードさんと子供たちに旅立ちの挨拶をしていた。


「じゃあ、そろそろ行きます」

「旅先、お気をつけて」


待たせているエポナに跨がろうとしたその時。


「お待たせ!あぁよかった、間に合って」

「え、エリシュカ?」


髪をポニーテールに結い、旅装束に身を包んだエリシュカがそこに立っていた。


「忘れたとは言わせないわよ、あんたが戻ったら私も旅立つって約束だったじゃない」

「……あ」

「ちょうどいいから、城下まで乗せなさいよ」


エポナに挨拶をするエリシュカを横目に、なんと言い返すか言葉を決めあぐねていると、レナードさんがそこに割って入った。


「いけませんエリシュカさん、平原は危険です。武器のあるリンクさんならともかく、女性のあなたでは……」

「あら、心配には及びませんよ」


すると、彼女は懐から短剣を引き抜いて軽く振り回して見せた。
隙のない立ち回りに、最近戦い慣れした俺も目を丸くする。


「その動きは……!」

「はい。私、ついこの間まで現役の王宮騎士だったんです」

「はぁ!!?」

「隠してるつもりはなかったんだけど。言ってなかったっけ」

「初耳だけど?!!」


しかも、その短剣は、トアルに来る際折れたままだったものじゃ。
俺がそう問えば、彼女はにこりと綺麗に笑った。


「昨日朝早くにバーンズさんのとこに材料を卸しに来ていたゴロン族に頼んで、ゴロンの鍛冶屋に急ピッチで仕上げてもらったの。
ゴロン鉱山の鋼鉄は何よりも堅いから、きっと余程のことがないかぎりもう折れないわ」

「おま……」

「勿論、私も簡単には折れないわよ?」


連れていく他の選択肢がないことを思い知らされる。
はぁ、だから姫様が心配だの何だの言ってたわけか……。


ニコニコと笑顔が絶えないエリシュカを前に、俺は昨日のやり取りはなんだったのかと急に恥ずかしくなって、顔を両手で覆った。




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