きみがために




マグマ煮えたぎる地下道を潜り抜け、赤褐色の重機械が聳え立つ鉱山内部を攻略し、現在一面マグマの部屋で、浮島のような大きな足場に立って、俺は一際大きな体躯をしたゴロン族と相対していた。
相対する、とは言っても、既に決着がついたようなもので、彼は兜の外れた姿で、屈強な武装に似つかわしくないつぶらな瞳を覗かせていた。


「く、くそ〜……アイテテテ……、ニンゲンのくせに、なんて奴だゴロ……」

「手荒な真似をして悪かった、俺は宝を奪いに来たんじゃなくて、ただここを通してもらいたいだけなんだ」


さすがに灼熱の地に長らく居ただけあって、息も絶え絶えではあるが、何とか勝負に勝つことができた。
落ち着いた様子の相手にそう話すと、彼は驚いた声を上げた。


「も、もしかして……オマエ、族長のところへ……?」

「まぁな。これでも一応、長老達には了解を得ているんだ」

「……ここまでやって来るということは、言わずもがなだゴロ。長老達が認めるのも分かる……」


すると彼は懐からひとつの古びた鍵を手渡してきた。


「オイラはダンゴロス、この先にある宝を守護する番人ゴロ。この鍵は、オイラのすぐ後ろにある扉の鍵だゴロ、そこから族長のいる場所まで続いてるゴロよ」

「あぁ、ありがとう。助かるよ」

「手の施しようの無い窮地に何処からかやって来る緑衣の者…まるでアンタは彼と似ているゴロ。
宝は古の勇者の武器。どうか持っていってくれ。そして、族長の事を助けてやって欲しいゴロ!」


ダンゴロスの促す通りに扉を解錠して、先に続く部屋へと足を踏み入れる。
切り立った崖のような、細い危うげな足場の先に、宝箱はあった。慎重に足を進めて、宝箱から取り出したのは……細かな装飾が施された、弓矢だった。

初めて触れるはずなのに、何処か手に馴染む感触に、俺は首を傾げる。
そんな俺を見てか、ミドナが影から抜け出てきた。


「どうした?もしかして不良品掴まされたのか?ククッ」

「なっ、違ェよ。ただ……」

「ただ?」

「長老のドン・コローネも言ってただろ?古から伝わる、勇者の話。よく比較されるなぁって」

「あぁ、」


合点がいったように頷くミドナ。


「純粋に、オマエが次なる勇者ってことで同じ服装してっから言ってるだけじゃないのか?」

「そうかもしれないけど……」


伝説の勇者は、どうして勇者になったのだろう。
俺みたいに、小さなきっかけから……?

そうして俺は、今は手甲で隠れている左手の甲の痣を見やった。


(なるべくしてなったとでも……?)


「ホラホラ、考えに耽ってる場合でもねェだろ?いつまでもこんな暑苦しいとこにいたいなら別だけどな」


ミドナに急かされて、俺は矢を番える。
扉を吊り下げるように繋がっているロープに照準を合わせ、弓を引いた。


そうだ。少しでも先を急がなければ。


ひゅ、と熱気を裂くように、矢が放たれた。



***



「……眠ったか」


自分の肩に首をもたげて、規則正しい呼吸を繰り返す彼女の背を擦ってやりながら、そうっとベッドに寝かせてやる。
涙を流すことさえも堪えた彼女。長らく本当の感情を吐露していなかったのだろう。押し込めていたものが溢れだしてしまったのを、更に留めようとするような、そんな泣き方。

人肌の温もりを得た身体は、少し不便だと感じた。何より、肌と肌が離れるときの寂しさが慣れない。
女の一挙手一投足に一喜一憂する我が身を、滑稽だと嘲笑う自分の傍らで、それでも愛しいと、そばにいてやりたいと思う自分が主張する。


俺が本物のヒトになれたなら、おまえはこんなふうに苦しんで泣くこともなかっただろうか。
隣に寄り添って、話を聞いてやれたのかな。


(そうか、だからおまえに惹かれたんだ)


重ねた手のひらから伝わる温度。
それは俺を切なくさせ、同時にひどく優しい気持ちにさせる。

こんな感情が芽生えるなんて。

額を寄せて、瞼を閉じた。
少しでも、おまえの苦しみが俺に伝わるように。重荷だというなら、おまえの負担になる記憶も、すべて俺が吸い込んでしまえたら。


もどかしいよ、エリシュカ。
俺は、おまえに何が出来るんだろう。


「───……何用だ」


ふと、顕現した気配に面を上げる。
塵を集めたようにして現れたのは、俺に影の真珠強奪を命じた男───影の王。


「随分手間取っていると思って見に来れば、なんだ、入れ込んだのか」

「……お前は俺を騙した」

「騙した?人聞きの悪いことを。私は確かに言ったはずだ、お前は影の力によって作られた≠ニ」

「だからといって、俺がお前に従う義理はない」

「何を勘違いしている?」


歩み寄る影の王とエリシュカの間を阻むように立ち上がる俺。
迫る奴の手が、不意をついて俺の顔面を掴んだ。


「私は影の王だ。影の力に属するものは、すべて我が配下にあるも同じこと」

「……ぐっ、」

「だからお前に選択肢はないんだよ」


そのまま腕を上げる影の王。俺は地から引き離され、頭に全体重がかかるせいで引きちぎれるように首が痛む。なんとか奴の腕に掴まって耐える。
抵抗しようにも、生憎力は王を名乗るだけあってこいつの方が俺を上回っている。……だからといって、俺はおとなしくされるがままになる男でもない。

瞬時に剣を抜き、奴の腕を切り落とす勢いで振り抜いた。
しかしそこにもう腕はなく、それでいて俺は身動きが取れなくなっていた。


「……っくそ!」

「その剣に宿るは、お前の力の源。古くさい力のみで私に対抗できると思ったら大間違いだ」

「やめろ!!!」


枕元に置かれていた影の真珠に手を伸ばす奴に、エリシュカが眠っていることも忘れて怒号した。
しかし俺のときと同じように、奴の手が触れる寸前で影の真珠は鋭い稲妻を放ち、自らを奪取しようとするものを退ける。


「フム……やはり駄目か」

「これ以上手出しはするな、エリシュカはお前に利用させたりしない!」


燃え焦げた手元を気にするでもなく、エリシュカを一瞥した奴に向かって吠えると、影の王は仮面の口元を開いて、ニタリと嫌な笑みを浮かべた。


「そうか、そんなにこの娘が大事か」

「……指一本でも触れてみろ、俺はお前を許さない」

「そういきり立つな。安心しろ、こやつには手を出さないと約束しよう」


そのとき、エリシュカが苦悶の表情で呻いた。真珠を身に付けていないはずなのに。
……そうか、こいつの身に宿った闇の力≠ノあてられて──


刹那、深い闇が、俺を包み込んだ。


「私が利用するのは、お前なのだから」


燻されるような、身を焦がす闇の力に、俺は最早成す術もなかった。
影の力といえど、彼女が俺に与えてくれたものは、この身体だけではなかった。


シャドウと、名をくれた。

空っぽの俺に心をくれた。

愛しいという感情をくれた。

人並みの体温をくれた。

人間になりたいという、僅かな希望さえくれた。


それが、みんなみんな、黒≠ノ塗り潰されていく。



シャドウ、お茶はいかが?

シャドウといると、不思議な気持ちになる
昔から、あなたを知っているような……




記憶だけそのままに、俺≠ェ塗り替えられていく。
足元から闇の焔に焦がされ、やがて全身を包んでいく。

やめろ、やめてくれ。
俺は、俺は…………


「アァ、────」



黒炎のかたまりは、王が姿を消すと同時に、幾何学の塵となって霧散した。



***



「ッ熱!!!」

「気を付けろ、相手は溶岩で出来た巨人だ!」

「分かってら……ッ!」


所変わって俺は、覚醒火炎獣・マグドフレイモスを相手取って戦っていた。
ゴロンの族長が影の結晶石の力に乗っ取られて変貌したものではあるが、しかし規格外のデカさをしており、おまけに理性がないものだから所構わず暴れまわって、手がつけられない。
気を緩めれば、間違いなく死に直結する。族長が封じられていたこの閉鎖空間では、正確な避難場所も得られそうになかった。


緊張と室内の熱気で滲む汗を拭うことも忘れて、俺は注意深く奴の動向を観察した。
同じく影から様子を窺っていたミドナが、声を上げる。


「額だ!奴の額に、力の核がある!そこを狙え!」

「ッ、了ー解っ!」


矢を番えようと、弓を構えたその時だった。

「うおっ?!!」

思わず耳を塞ぎたくなるような咆哮、後に吐き出された業火。地を焼き焦がしていくそれからなんとか回避するも、引きちぎった鎖を纏った豪腕を振りかぶる敵によって、周囲にあった石柱が破壊されていく。


「………ッ」


バラバラと降り注ぐ瓦礫。
万事休す、と思わず腕を掲げて頭を守ろうと身を屈めた。


瞬間、目も眩むような光が迸る。



「ウァァアアアッ……!!!」



刹那の無音が俺を襲い、閉じた瞼の裏までも入り込むような光が暗がりを覆い尽くす。
やがて、いつまで経っても身体に衝撃が加わらないことに気が付いて、そろりと視界を開く。

其処には、砂と化した瓦礫だったもの≠ェ広がっており、マグドフレイモスは眩さに額の眼をやられ、呻き声を上げていた。


(今のは、何だったんだ……?)


咄嗟に思うも、隙を逃すまいと瞬時に合わせた照準で、矢を放つ。
核を穿たれた痛みで悶え苦しむ奴が、こちらをギロリと睨み付けて業火を吹き付けてきた。

反撃があると予測していなかった俺は、今度こそヤバいと覚悟し、もう一度と番えていた矢を放った。


しかし、業火をも押し返す勢いで風を裂くように矢が突き抜け、再び核に命中したそれに煽られたマグドフレイモスは、仰向けに横転した。
ふと見やると、左腕に巻いたバンダナが淡く翡翠の光を帯びている。


「──ッのバカ!!!」


体調を崩すほどの願いとは何か。
直接の原因がそれでなかったとしても、俺はあいつの負荷になってしまってるってのか。


魔を祓うだけの力で、瓦礫を粉砕出来るわけないだろう。


俺は奥歯を噛み締めるようにしながら、敵の頭部へ回り込み、鋭く剣先を弱点の其処へと突き立てた。









─────……


「よしよし、よくやった!これで2つ目だな」


ミドナは手にした影の結晶石を眺めながら、満足げに笑った。


「……うん、そうだな。ご褒美に面白い話を聞かせてやるよ」

「……面白い話?」

「あの女……エリシュカにも関わる話さ」


その一言で、俺は疲労感も忘れて耳をそばだてる。


「ザント。この世界に影の領域を広げた、影の王と呼ばれるヤツの名前さ」

「それって……!」

「あぁ。あの真っ黒々助が言ってたヤツのことだよ」


俺瓜二つの容姿でありながら、エリシュカに近付こうとする俺を退けんと立ちはだかったあいつを思い浮かべ、俺はくちびるを引き結ぶ。


「奴は確かに強い。オマエと比べ物にならないほどにな。でもワタシはあいつが我々影の一族の王だなんて、絶対認めない。
そしてこの光の世界を治めるのが、あの温室育ちの姫さんだということもな」


一度城でまみえた、喪に臥した姫。しかしミドナが敵対視する意味までは、汲み取れない。


「まぁ姫さんに手出しするわけじゃないぜ。ワタシは影の結晶石が手に入ればそれでいい。
ただな、それにはあの女が持つ影の真珠が必要なんだよ」

「……どういうことだ?」

「山登り中に教えたよな。
真珠の力を奪うには、影の結晶石が必要だって」

「あぁ」


確かに、ミドナはそう言った。
間に合わなければ、死に繋がるとも。


「だから、その逆もあるんだよ。
石の力は、真珠がなければ引き出せない。今回や、前回の森の神殿のような事例は、あくまでもイレギュラーなんだよ」


ミドナは一呼吸置くと、静かに告げた。



「タイムリミットが来たら、エリシュカは死ぬ。正確には───
真珠と同化して、人格を失うのさ」



一際強くなった己の鼓動が、耳に木霊した。





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