にたものどうし



コリンを魔の手から救い出し、エポナに乗せて一緒に戻ってくると、子供たちが一斉に駆け寄ってきた。
俺の腕の中で、そうっと目を覚ました少年は、ぼんやりとした目付きのままか細い声で俺を呼ぶ。


「……リンク……?」

「あぁ、俺だよ。何処も痛くはないか?」

「……だいじょうぶ……」


ベスとタロが彼を覗き込み、コリンは思い出したように「ベス、突き飛ばしたりしてごめんね」とそっと謝った。ベスは気にしないで、と強く頭を振る。


「ボクね、父さんがリンクのようになれって言った意味、やっと分かった気がするんだ。
それは、勇気を持つことだって」


ぐ、と伸ばされた腕は、何か大切なものを掴むように、強く握られて。
力を抜いて腕を落とすと、コリンは笑った。


「リンクが助けてくれたんでしょう?ボク、ずっと信じてたよ。
だからね、リンク、イリア姉ちゃんを助けてあげて」


力強く頷くと、ほうと息をついて、安心したようにまた眠りについたコリン。繊細な心の彼には、やはり魔物に連れ去られるというトラウマのフラッシュバックが、ひどく負担になっていたのだろう。
タロが一生懸命コリンを背負おうとしてもたついているのを見かねて、傍についていたレナードさんが彼を抱き上げる。


「子供たちは私が責任もって面倒を見ます。あなたはどうか、デスマウンテンへ。その使命を果たしてください」

「……はい」


俺はふと気がついたように辺りを見回して、その姿が見えないと分かると、レナードさんに問うた。


「あの、エリシュカは」

「彼女なら、体調を崩されたようで……民宿の二階に寝かせてあります。おそらくは、心労かと」

「体調を……?」

「もし時間がおありなら、様子を見に行ってあげてください。ずっとうわ言を呟いていて、心配ですから……」


俺は心当たりがあった。
すぐに民宿の方へ駆けていく。


(あいつ、まさか)


皆がコリンについて教会へ向かった矢先、こちらにいるのは俺だけだと、そう思っていた。


「何をしに来た」


だから、そう声が聞こえた時、俺は耳を疑った。
階段を登った先に、黒衣を身に纏ったやつがいて、まじまじと見るなり俺は瞠目した。


「おま、なん……っ、俺?」

「お前と一緒にするな。俺は俺、お前はお前。勘違いするな」

「でも、じゃあなんで、」

「問いに答えろ」


月明かりを映したような銀灰の髪に、真っ赤な瞳が映えて一目で異形だと分かる彼の者は、何故か立ち塞がっている。
俺は状況が把握できず困惑しながらも、強張る声を張り上げた。


「エリシュカに会いに来た」

「…………」

「そこを退いてくれ」

「出来ない」

「は?」


黒い影は、背中の剣を取って構える。
覇気が圧力となって俺の身体を押さえ込むのが分かった。


「エリシュカは、お前に会いたくないと言っている」

「はぁ?!なんだよそれ、」

「去れ。でなくば、俺はいまこの場でお前を斬り捨てる」


訳がわからない、けれど殺気は本物だ。びりびりと肌を刺激してくるそれに、躊躇うことなく剣を抜く。
しかしそれを制するようにミドナがするりと現れる。実体でない影の姿の彼女は、照明のない屋内の暗闇に溶け込んでいて、不思議な色合いを見せた。


「待て、早まるなこの単純バカが」

「なっ、ミドナ!単純って……」

「おい、オマエ。幾つかの質問に答えろ」


剣を収めようとしない相手に向かって、ミドナは慎重に声をかけた。


「影の真珠の存在を、オマエは知ってるな?」

「…………あぁ」

「誰から聞いた」

「……影の王だ」


それを聞くなり、ミドナは悔しそうに歯噛みして、握りこぶしを作った。
影の王、って……この世界を、トワイライトで支配しようとした、張本人か?


「っ、なら尚更!」

「だから待てと言ってるだろう!
……エリシュカは、いま真珠を所持しているのか?」


剣を構え直す俺を牽制し、影の者を見上げて問うミドナを相手に、奴は一瞬表情を変えて答えた。


「……呪いが、あいつの身体を蝕んでいる。しかしそれも、俺が傍に在ることで、多少は和らぐだろう。けれど俺には、あいつから真珠を奪う力がない」

「それは、既に侵食が始まっているってことか?」

「……いや、或いは、本人の意思をもってすれば」


俺にはさっぱりな内容で言葉を交わし、納得したように目配せをすると、くるりと踵を返して髪で俺を手招くミドナ。


「ホラ、行くぞ!」

「ちょっ、なんだよ、どういうことだよ!エリシュカは……っ」

「山登りがてら説明してやる!少しでもいいから急ぐんだよ!」


俺は影の者を一瞥し、射抜くような眼差しで奴を睨み上げてから、ミドナの後を追って駆け出した。





「ミドナ!」

「うるせぇな分かったからイチイチ怒鳴るな!ホラ、また次が来るぞ」


現在、デスマウンテン攻略中。

次から次へと転がり込んでくるゴロン族を、トアル山羊宜しく転がしながら順調に頂上を目指して登山する。
しかし道中に説明すると言ったきりミドナは一向にその続きを言おうとしない。俺が催促したところでこの有り様だ。


トアル村の村長ボウさんから譲り受けた、ゴロン族に対抗できる唯一無二の手段、アイアンブーツ。ガシャガシャとひどい音を立てながら、それでも少しずつ前進する俺。さすがに履きっぱなしでは効率が悪いと気付き、要所要所で履き替えながら着実に頂上に近付いていく。


「いいか、今から話すことは、影の一族でも一部の者しか知らない話だ。だから、全部は今のオマエにも話せない。いいな?」

「……分かった」


そして、ミドナは厳かに言の葉を紡ぎ始める。
俺は、それを地響きの中でも聞き逃さないようにと、耳をそばだてた。


──────………


漸く辿り着いた最上階に待っていたのは、今までのものより更に体格がいいゴロン族達。
一斉に高速回転し始めたそれに、流石の俺も戦いて何処から手をつけようかと戸惑う。


「やめるゴロ!この兄さんは、テメェらが束でかかったところで敵う相手じゃねえゴロ」


威勢の良い、よく通る声が部屋の奥から響き渡る。
すると、すんなり攻撃に入る構えを解いた彼ら。自分もそれに従って、臨戦態勢を解く。


「ワシは長老ドン・コローネ。今は訳あって、族長ダルボスに代わりゴロン族を束ねている。
兄さん、下の村のモンか?」

「あぁ、俺はリンク。ラトアーヌ地方のトアル村からやって来た。
ちょっと野暮用で、山の中に入りたい。そこを退いてくれ」


確固たる意志を秘めた青い瞳で、俺は長老ドン・コローネとやらを見やる。

ミドナに話を聞いたからには、先を急がなければならない。
じゃないと、エリシュカは──……。


「ここから先は、ゴロン族にとっての聖地。そう簡単には余所者を通すわけにいかないゴロ。
……ワシを倒して、力付くで通ってみせる覚悟はあるか?」


ニヤリと口角を上げるドン・コローネに続くようにして、俺は部屋中央にある土俵に上がった。



***



「……熱が下がりませんね」


夜も更けた頃、不安そうにベッド周りに集まる子供達を見やって、目覚めたエリシュカは苦しそうな息を吐きながら緩く微笑んだ。


「だいじょうぶ、すぐ好くなるわ」

「でも……」

「私はいいから、皆はコリンについていてあげて」


一人一人の頭を撫でてやるなり、重たい瞼を力に従って閉じながら、また深く息をつく。
子供達が寝室を出ていったあとも、少しの間レナードが付き添った。


「おかしいですね。何処にも異常は無い様子なのに、熱だけ……」

「ふふ、ただの疲れですよ……。色々、心配事も重なりましたから……」


目を閉じたままそう続けるエリシュカ。
レナードは、そっと彼女の頭を撫でて囁いた。


「何も、無理して堪える必要はありません」

「……!」

「つらいときこそ、誰かに頼って良いんですから」


それだけ言い置くと、レナードは静かに部屋を出ていった。
エリシュカは眉根を寄せて、微かに息を漏らしながら笑う。


「……頼れるわけないのに」


腕を持ち上げ、視界を覆い隠すように目元に置いて、薄ら笑いをやめる。気配に気が付いて腕をずらし見た先には、もう見慣れてしまった黒い姿の彼がいた。


「もう、病人を休ませる気あるのかしら」

「……言っておくが、俺は人外だからな。その程度の言葉で遠ざけられるものと思うなよ」


言葉とは裏腹に柔らかい声色のそれに、エリシュカは思わず聞かなかったフリをする。寝返りをうってシャドウの見えない方を向くが、闇を伝ってすぐに正面に現れてしまう彼に、小さく嘆息する。


「……興醒め、したんじゃなかったの」

「気が変わった」

「……魔物さんは気まぐれなのね」


寝返りをうったことでずり落ちた濡れタオルを手に取り、もう温かくなってしまっているそれを手近な場所にある水桶に戻す。
タオルの代わりに、その灰白の手のひらを彼女の頬に滑らせた。


「……ん、つめた……。血も通っていないの?」

「馬鹿を言え、肉体の構造そのものが違う」

「あぁ、そっか」


「──……けれど、おまえが望めば、この身は人の温もりを得るだろう」


押し殺したような、それでいて何とはなしに呟いたような声音に、エリシュカはハッと目線だけで彼を見上げた。


「…………どういう、こと……」

「おまえのためなら、水鏡に写したように姿形だって変えてやろう。なぁ、エリシュカ」

「……シャドウ?」

「違うだろう。俺に新たな名を与えたりして、おまえは何がしたいんだ」

「待ってよ、何を言ってるの?」


ゆっくりと身体を起こしながら、自分を見下ろすシャドウの顔色を窺う。
しかしそこには、初めて出会ったときのような黒い靄に覆われた姿ではなく、たしかに人の姿をして、ただ自分を見ている彼がいるだけだ。

シャドウはエリシュカの胸元に手を伸ばす。
が、それは黒の稲妻と翠の光によって弾かれてしまう。

慌てて自分の胸元を見やるエリシュカに、シャドウは僅かに焼けて煙を上げている手元を一瞥してから言った。


「おまえのそのペンダントは、影の真珠という魔道具だ。術者の命を蝕みながら、願いを具現化する」

「……こ、これが……?」

「おまえが体調を崩しているのはソレのせいだ。このままでは、おまえは遠からず……」

「し、……死ぬの?」


不安に顔を曇らせたエリシュカ。シャドウは一旦言葉を収めて、少しばかり思案してから、か細い声で言い聞かせる。


「まだ、死なない。けれど、死ぬまえにひどい苦しみがおまえを襲うだろう」

「……まだってことは、やがては死ぬのね」

「……あぁ。代償は大きい」

「でも!私の願いは、これっぽっちも叶っていないわ」


しがみついて訴える彼女を宥めるように、腰を落として目線を合わせながらシャドウは再度口を開いた。


「どちらにせよ、今のままでは危ない。……影の真珠を、外すんだ」

「……渡せって、言わないの?」

「言っただろう、気が変わったと」


エリシュカは、緩慢な動作で胸元からペンダントを引き出す。ボディに引かれた緑線から、絶えず光が漏れ出していた。
首を通してそれを外し、枕元に置くと、光が止み、室内は蝋燭の僅かな明かりだけになる。


「なぁ、エリシュカ。俺は人じゃない。だから、我慢することはないんだ」

「シャドウ……?」

「おまえの好きにしていいんだよ。
たとえば、ほら、誰か≠フ代わりにしたっていい」


それを聞いて目を見開くエリシュカを、彼は優しい手つきで抱き寄せた。
その手が徐々に温かくなっていくのを感じて、シャドウは目を細めた。



(おまえの願いは、俺なんだ)



愛しいひとが、静かに嗚咽を漏らして涙をこぼすのを、彼はひたすらに彼女を抱きしめたその手で、背を叩いたり髪を鋤くように頭を撫でたりして、ただただ、受け止めた。




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