とけていく



翌朝、村を出てデスマウンテンに向かう道中に、俺を叱りつけたのは他でもないミドナだった。


「ったくこのバカ!影の真珠を、奪えと言ったんだワタシは!」

「しょうがないだろ!……やっと普通に会話出来るようになったのに、また仲が拗れるようなことしたくないんだよ」


情けないことは分かってる。でも、深く事情を説明してしまうのも躊躇われる。あいつだって、こんな俺でも気にかけて心配してくれるんだってことを知ったから。


「オマエ、なんでそこまでしてあの女に執着するんだよ?」

「え?……執着?」

「どう考えてもそうだろ!まさか無意識とか言うんじゃないだろうな?は〜ヤダヤダ、青臭い!」

「なんだよ青臭いって……」


でも、確かに言われて初めてそんなことを考える。
最初は失礼なやつ、だいきらいなやつ、としか考えてなくて、普通に接したらいいやつだって知って?
……そう、村の人のことは大抵なんでも知ってる俺が、唯一何も知らない相手。


「あいつ、自分のこと何にも話さないんだ。家族のこと、仕事のこと、好きなものも嫌いなものも、何一つ。
気のせいかもしれないけど、……ちゃんと話すようになってから気付いた。時々、すごく哀しい顔をするんだ」


何かを心に決めて、けれどひどく後悔しているような、強くてとても寂しい表情をする。
子供たちやカカリコ村の人と揃って団らんを過ごしていると、始終笑顔なくせに、ふと遠くを見るような目が気になってしまう。


「あいつのタチからして、こっちから聞いたところで話してくれなさそうだからさ。もう少し仲良くなれば、話してくれるかなって」

「………フーン?一発ガツンと言ってやればいいのに、オマエも大概お人好しだな」


気付けば、小高い崖の上にいるのはゴロン族。高台に登る梯子は断ち切られているが、塀を覆う金網を伝って登れそうだ。


「お、おまえ、ニンゲンだな!……ここから先はゴロン族の縄張り!ニンゲンは通さないゴロ!」


辿り着いたそこでそう言い放ち、構えの体勢から助走に入ったゴロンを見て、俺も腰を低くし構えた。
ミドナの囁く声が聞こえる。


「……そうそう、ガツンとな」



***



リンクがちょっとした用事、とデスマウンテンに向かったことをエリシュカに聞いたレナードが慌てて彼を止めに駆け出した、数分後。


「あんたバカなんじゃないの」

「いや、イケると思ったんだよ……って!」

「真っ逆さまに落ちるとか……受け身くらい取りなさいよ、ああもうたんこぶになってる」

「痛いって!加減しろよ!」


出発早々に武力行使で手痛く追い返されたリンクの手当てにあたったのは、ちょうど洗濯仕事を終えたばかりのエリシュカだった。
軽く患部を冷やしながら文句をつけるリンクに、エリシュカは救急箱を片付けながら言う。


「まったくこんなんじゃ先が思いやられるわね」

「う……」

「大体、なんでデスマウンテンに用事なのよ。この緊急事態に。あんたゴロンに知り合いでもいた?」

「あ、あぁ、いや……その、探し物だよ。勇者の務めってやつ!ほら、光の精霊に頼まれてて、ゴロン族の助けにもなれたらなぁって……」

「わかったわかった、そんなしどろもどろにならなくてもいいわよ」

「別に嘘じゃねェ」


むくれた顔付きで反抗するリンクを相手にするでもなく、エリシュカは縫い物を再開する。


「……なぁに?手当ては済んだわ、さっさと出掛けるなりしたら?」


昨日までとうって変わって冷たいその態度にやや戸惑いを隠せずにいると、エリシュカはハッとなって視線を泳がせた。


「……ごめん。今のなし」


まだ、お互いの距離感を正確に掴めていないのは、エリシュカも同じ。そう気が付いて、リンクは安心したように表情を緩めた。


「ん、サンキュ。レナードさんに対策も聞いたことだし、とりあえずトアル村まで戻るよ」

「対策?」

「ゴロンの必勝法は、ボウさんが知ってるって」

「村長が?」


エリシュカが目を丸くするのも無理はない。普段は娘に対して腰が低いような人だ、そんな強者だったとはとリンクも驚いた。


「ついでに、皆にチビ達の無事を伝えてくるよ」

「そうね、それがいいわ。あぁそうだ、表でちょっと待っていて」


エリシュカは一度席を立つと、荷物やら何やらが置いてあるホテルの寝室へ向かった。リンクが外に出て、しばらくすると何やら布きれを手に彼女が戻ってきた。


「これは?」

「バンダナ。本当はさ、あんたが村を出発するときに渡そうと思って作ったんだ。こんなことになっちゃって、すっかり忘れてたけど」

「……え?」


リンクが村を出発するとき、というのはおそらく、献上品を届ける仕事のときのことだろう。
その頃はまだまだ不仲であったはずのエリシュカが、自分のために何かを作ってくれるなんて。リンクは驚くあまり、数回瞬いてからもう一度エリシュカを見た。


「私の母の家系にはね、7日かけて織った衣類を身に纏えば魔を払える、という言い伝えがあったの。
急な話だったから、7日もかけられなかったけど、慰めにはなるかと思って。3日かけて織り込んだのよ」

「……あ、それでおまえ、」


彼女がリンクの出発間際になっても家から出てこなかったのは、このバンダナを織るために夜遅くまで作業していて、寝過ごしてしまったからなのだ。
バンダナは緑をベースにしたまだら模様をしており、隅の一角にはハイラル語でリンク、と赤い糸で刺繍がなされていた。


「……っ、ありがとう!すっげ、手織り?大変だったろ?」

「べつに、……助けてもらってから、感謝の言葉も伝えてなかったのは私だもの」


そんな二人のやりとりを、もどかしく思いながら聞いていた影の中のミドナ。今すぐにでも飛び出していって、弛みきっただらしない顔を見せているリンクに猫だましをしてやりたくなる衝動を、ぐっと堪える。


ふと、そこに何やら騒々しい足音が迫ってくるのが聞こえた。
様子を窺うリンクとエリシュカ。リンクの方が、逸早く音の正体に気が付いて声を上げる。



「エポナ!!!」



俊足を誇る彼の愛馬は、錯乱したようにがむしゃらに走り回り、乗りこなそうとしたらしいボコブリン達を振り落としてこちらにやって来る。落ちた衝撃で、ボコブリン達は煙と化して消滅した。


「ごめんエリシュカ、今だけ持ってて!」


受け取ったばかりのバンダナを手荒く預けて、迫り来るエポナの眼前にと躍り出るリンク。
しかし平静でない愛馬は、主人であることも認識できぬまま突っ込んできた。寸でのところで横に転がり避けると、リンクは背中を見せたエポナの鞍になんとか掴まる。


「エポナ!!!俺だ、リンクだよ!!!」



───────………


呼び掛けながら、振り落とされることのないよううまく体重をかける。
駆け回るのをやめて高く仰け反ろうとしたところを、なんとか押さえると、漸く興奮を鎮めたエポナは鼻を鳴らして冷静さを取り戻した。


「どうどう。よし、いい子だ」


鬣を撫でてやると、元気よく嘶いた。大事がなくて本当に良かった。
きっとイリアと一緒に連れていかれたところを、振り切ってやって来たんだろうな……。あいつは今どうしているだろう。無事だといいんだけど。


「エポナ!良かった、何処も怪我はない?」


駆け寄ってきたエリシュカに気が付いて、エポナも嬉しそうに擦り寄る。相変わらず動物には懐かれてるんだよな。
預けていたバンダナを受け取って、左腕に巻き付ける。


「よし、ちょうどいいから、このままエポナに乗って村までひとっ走り行ってくるよ」

「そうね、それがいいわ。エポナ、リンクをよろしくね」


手を振って見送るエリシュカに見えるよう、俺はバンダナをつけた左腕を大きく振ってカカリコ村を出た。


「オマエもたまには気が利くじゃないか。馬がいれば、オマエの村に行くのも楽チンでいいや」


ふわりと影から飛び出したミドナが、寛ぐような姿勢で笑った。



***



リンクがカカリコ村を出て数時間後。
子供たちの着替えを繕っていたエリシュカは、そろそろ夕暮れかと洗濯物を取り込むために席を立った。
ホテルの屋上には温泉がある。今日はそこでゆっくり身を休めて、明日から復興作業に自分も加わろう。そんなことを思いながら。


「やっと二人になれたな」


不意にそんな声がして、エリシュカは身を固くしながらシーツを抱きしめる腕に力を込める。
背後から聞こえた声の出所を探るように、慎重に振り返るも、そこには誰もいない。
ホッと安堵の息をついて、作業途中の物干し竿に向き直ると、あの黒いかたまりがシーツ越しに自分を見つめていた。


「っ、あんたは!」

「……ほう。今はアレを着けていないのか」

「な、何よ!」


シーツを手で避けて、一歩ずつ迫り来るそれに、エリシュカはじりじりと後退せざるを得ない。


「リンクの格好をしたところで、あんたなんか怖くもなんともないわ!」

「その名を呼ぶなと言っただろう。殺されたいのか?」


彼の背には、リンクと同じく剣が収められている。その気になれば、得物もない自分など一太刀で命を奪えることだろう。
助けを呼ぶわけにはいかない。子供たちを近付けないためにも、自分一人でこの場を切り抜けなければ。


「……何か用?あのペンダントなら渡さないわよ」

「そのようだな。しかし渡してもらう他ない、居場所を吐け」

「誰があんたなんかに!」


背が、壁に当たった。


「強気な女は嫌いじゃない……良いのか?俺が、この手で、いまこの場でお前を犯しても」

「……っふ、あいにくその手には慣れてるわ」

「嘘ばかり」


黒い彼の手が、エリシュカの肩に触れる。
びくりと跳ねた身体に、しまったと息を詰まらせるも、時すでに遅し。
エリシュカはなんとかして抗おうと、声を絞り出した。


「……初対面でもないのに名乗らないような男に、身体を許すほど私も女を捨てていないわ」

「名か……お前の好きに呼べばいい。俺に名はない」

「……なんなのよ、あんた……っ」


そっと耳元で囁かれる声に、ぞくりと背筋が震える。衝動的に突き放していた。


「リンクとそっくりなくせに!あいつはヘタレでどうしようもなくガキっぽいけど、あんたほど性根が腐ったやつじゃないわ!」


その言葉にぴくりと反応すると、黒き者はその深紅の瞳を剣呑に煌めかせて言った。


「奴と同一視されたいとは思わないが、そう見て取られるのも心外だな」

「なら!」

「……魔物相手に、そうも揺らがぬ己でいる女というのも珍しいが」


彼を取り巻く燻る黒い霧が、払拭される。
銀灰の髪に、血の気が一切ない青白い肌、そして血で塗り固めたような深紅の瞳。リンクとそっくり同じ造形をしているにも関わらず、それは異形の者であると一目で分かる。


「俺は、奴の影。黒き力にて造られし者」

「……リンクの、影……」

「女。お前は何者だ」


まさか、問い返されるとは思っていなかったため、エリシュカは瞠目した。


「影の真珠を、どうやって手に入れた」

「それは……っ」

「唯人ではあるまい」


エリシュカは息を飲み込むと、渾身の一撃をと彼の者の脇腹に蹴りを叩き込む。
不意打ちを喰らいはしたものの、その足を取って放さない影は、考えを変えたように目を細めて笑った。


「上の命令だ、真珠は何れ必ず奪うことにしよう」

「ちょっと、放しなさいよ!」

「黙れ」


足を取った手のひらを、太ももの裏までするりと這わせながら、男は言った。



「俺はいま、お前が欲しいよ」



黄昏の夕陽を背に、ふたつの影が重なった。




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