ふつうのおんなのこ



翌日。


「勇者ぁ?」

「そ、そうだよ。何か文句あっかよ」

「……や、別にないけど」


ホテルの食堂を借りて皆と一緒に朝食を済ませた俺は、予定ではカカリコ村近郊にあるデスマウンテンに向かうことになっていた。
しかし勇者の衣である緑衣ごと身ぐるみをエリシュカに丸々ひっぺがされ、修繕してやるから一日待つようにと言われてしまったのだ。
レナードさんに服を借りたはいいものの、身の丈が驚くほど合わず、紐で括ったりして何とか着用している。丈を合わせるにしても、プロフェッショナルがいるのだから全く問題なかった。

子供たちに混ざってある程度復興作業の手伝いをすると、レナードさんとルダが用意してくれた昼食を頂いた。
エリシュカは食事も取らずに、洗濯を終えた衣服やシーツを乾かし、乾きの早い緑衣から先に修繕を施し始めていた。


何も食べないのは昨夜の様子からして良くないから、とレナードさんに頼まれて彼女のいる部屋まで食事を運ぶと、この服の入手経路をしつこく聞かれたので、俺は少しばかり迷ったのちにすべからく話してしまったのだった。


「ふうん、伝説の勇者ねぇ」

「……で?」

「いやぁ、どうりで見たこともない繊維で出来てるわけだ。乾くのも異常に早かったし」

「あぁ、確かに。水場に全身浸かっても、ものの数秒で乾くからな」

「何それ?前代未聞ね」


話しながらでも、彼女の針を進める手は止まらない。袖口や裾の解れはあっという間に直ってしまった。


「よし!あとは下に着ていた服が乾くのを待つだけね」

「多分すぐだと思うけどな。下手したらもう乾いてるかも」

「本当に機能的ね。勇者に伝わるものなだけあるわ」


俺が運んできた食事に漸く手をつけると、エリシュカはふと疑問をぶつけてきた。


「そういえば、どうしてあんたが献上品の剣と盾持ってるの?」

「え?あっ、いや……まぁ、ちょっとね」

「ふぅん?」

「な、なんだよ」

「いーえ?察しといてあげる」


千切ったパンを頬張りながらクスクス笑うエリシュカの姿を見てから、漸くからかわれていたのだということに気が付いた。


「俺で遊ぶなよ!」

「ふふふ、遊んでなんかないわ。ホッとしてただけ」


にっこりと微笑む彼女とうまく目を合わせられない。どうしてだろう。
子供たちだけじゃない、俺の無事も確認して安心してくれていることが、何処と無くくすぐったく思えてしまって仕方ない。


「でも、そっかー。あんたが光の勇者様ってわけね」

「光の?」

「そうよ。光の世界を、影の者の支配から救う。だから、光の勇者様」


ミドナから話を聞いていたのを間近に見ていたので、事情を知っていることには何ら驚きはしなかった。頭の中で反芻する、勇者というワードには未だ実感がない。
嗚呼、あの金色の狼が言っていたのはこういうことなのか……勇なき剣に、力は宿らぬ。俺にはまだまだ自覚が足りない。


「ねぇ、勇者様?」

「……ん、え?やめろよ、普通に呼べって」

「はいはい。で、子供たちが此処に留まるのだとしたら、誰が面倒を見るのかしら」

「え?エリシュカじゃないの?」

「あんたってやつは、本当人任せね」


子供たちは、自分達だけ安全区域に逃げ帰ることはしたくないと言って、安全に平原を越える手立てが見つかるまではひとまずこの村に身を置き、復興作業を手伝うことにしたのだ。
ため息をつきながらスープを啜る彼女。てっきり俺は、俺が不在の間の保護者を買って出てくれるとばかり思っていた。
レナードさんもいることだし、面倒をかけることに罪悪感が一切ないとは言わないが、心配するほど負担はないと思うのに。


「言っとくけど、私も明日には此処を発つわ」

「……はぁ?なんで」

「城下に行くのよ。影の者とやらはハイラル全土を脅かすだけの力があるんだから、姫の御身が心配でならないわ」

「な……、ばっか、おまえ独りで行ったところで!」

「城下には知り合いが大勢いるわ。忘れたの?私の父は王宮騎士よ」

「知ってるけど、そういうわけにもいかないだろ!大体、道中の方が危険なんだぞ!」

「大丈夫よ、私にはこのお守りがあるもの」


そう続けたエリシュカが指先で触れたのは、首紐を繋ぎ直したあのペンダントだった。
改めて見てみると、妙にデザインが凝っていて一言では言い表し難い形をしている。強いて言えば、黒い巻き貝に幾何学模様の緑線が入ったものだ。
俺の記憶じゃあ、こいつの首からこんなものが下がってるのを見たのは、昨日狼の姿で再会した時が初めてだ。


「……なぁ、それさ、前から着けてたのか?」

「ん?そうよ。いつもは服の内側に入れちゃってるから、見えなかったでしょうけど」


そう言って再度ペンダントを襟内にしまいこむ。
食事を終えて食器をまとめ始めた彼女の手元を眺めながら、それとなく聞いてみる。


「お守りって、それさ、何処で手に入れたんだ?ずいぶん不思議な形してるけど」

「これは貰い物なの。肌身離さず着けていれば、願い事が何でも叶う魔法のペンダント」

「えっ!?」

「本当に効くのよ?退魔の力があるみたいでね、これを持っていれば大抵の魔物は寄ってこないわ」

「なっ……」


足元でミドナが奪えと囁いてくる。素直に従うわけにもいかなかったが、ミドナが言うからには何か影の世界に関わるものなのかもしれない。見てくれも、影の結晶石に似通った要素があった。
俺は思い切って言葉をかけた。


「なっなぁ、それ俺に貸してよ」

「いやよ」

「即答かよ」

「勇者は魔を払ってナンボでしょ!楽しようとするんじゃないの」

「あ、いや、そうじゃなくて……」

「とにかく!どんなに頼まれても貸しません!はい、この話はおしまいっ」


皿を片付けるついでに洗濯物をみてくる、と部屋を出ていってしまったエリシュカの背中を見届けると、タイミングを見計らってミドナが影から抜け出てきた。


「だーっもうこのヘタレ!ちゃんと奪えって!」

「しょうがないだろ、何かそういう雰囲気じゃなかったんだから!
それに、すごく大事にしてるみたいだったし……」

「バカヤロウ!あんなもん、一般人が持ってるほうが危険なんだぞ!」

「えええ?」


ミドナの剣幕におののきながら言い訳をすると、犬歯を剥き出しにして睨み迫ってくる。
その言葉に耳を疑った俺に言い聞かせるようにして、ミドナがひそめた声音で話の続きを紡いだ。


「あれは、影の結晶石の一部だ」

「なっ」

「……いや、正しくは影の結晶石とは違う。でも、影の力を秘めた強力な魔道具なんだよ。名を影の真珠≠ニいう」

「真珠……?」

「影の魔力を核として、術者の生命力を取り込みながら力を増幅させ、願いを叶える道具さ」

「っ!!?」

「あのままにしておけば、いつかあの女は影の真珠に命を全部吸い付くされちまうぜ」


どうしてそんなものが、エリシュカの手にあるのか。そもそもそんな道具が、どうして作られたのか。分からないことばかりだけど、ミドナはそれ以上口を割りそうになかった。


「ワタシにはアレも必要なんだ、早いとこ取り上げてこいよ」

「………ミドナ」

「ん?」

「あれは、持ってるだけで危険なのか?」

「そうさ。ワタシのような影の者ならともかく、光の世界の者は触れているだけで生命力を吸われる。
肌身離さずとは、渡した奴も惨いことを言ったもんだよ、ククッ」


俺は歯噛みして、無意識に作った拳をテーブルに叩きつけた。


「ちょっと?テーブル壊さないでよね」

「……なっ、」

「あんたってば、トアル山羊を放り投げるくらいには馬鹿力なんだから」


いつの間にか、部屋の入り口にはエリシュカが立っていた。慌てて見回すと、ミドナは既に俺の影へと戻ったあとらしい。


「……いつからいたんだ?」

「え?ついさっきよ。そういえば、あんた誰かと喋ってなかった?」

「いや、喋ってない。独り言」

「ずいぶんお喋りな独り言ね」

「おまえなぁ」


エリシュカは抱えていたそれをテーブルに広げると、屈託ない笑顔を浮かべた。


「それより、見て!本当に乾いてたわ」

「……、あぁ、だろ?」

「すごいのね、勇者の衣って。それにずいぶん丈夫だし。これなら、重たい鎧でなくても身を守ってくれるかもね」

「うん」

「リンク、もう一度着て見せてよ」


何の変哲もない、服が大好きな女の子。
あんなに大嫌いだったのに、こいつが笑ってるのを見ると嬉しくなるよ。
だって、喧嘩腰じゃない穏やかな会話の最中に、勇者様≠カゃなくてちゃんと名前を呼んでくれるんだ。


「自分で脱がしといて、よく言うよ」


減らず口は、ご愛嬌。
俺も一緒に笑顔になれる日が来るなんて、思わなかったな。




***




夕飯を皆で食べていると、タロがぽつりと呟いた。


「リンク、明日にはイリアを探しに行っちゃうんだろ?」

「あぁ、まぁな。ちょっと頼まれ事してるから、寄り道がてらになっちゃうけど」

「オイラがもっと強かったらなぁ……」

「ははっ、タロにはタロにしか出来ない仕事があるだろ。皆と協力して復興作業、頑張ってくれよ」

「うん!わかった」


元気になったタロの隣で、ベスが急に大きな声を上げる。


「あぁ!タロ、シチューこぼさないでよ!ベスの服が汚れちゃったじゃない!」

「洗えばいいだろ!」

「着替えがないわよ!もう!」

「あぁ、無人の家とかホテルの物置にいっぱい布があったから、一人一着ずつくらいなら服を作ってあげられるわ」

「エリシュカ、本当?」

「えぇ。その間まで、ルダにお洋服借りておきなさい」


一人一着ずつという言葉に、タロとマロも喜びを見せる。コリンもそっと微笑んで嬉しそうだ。


「そうだ、エリシュカ」

「ん?なに、リンク」

「服を作るついでに、俺が用事を終えて戻るまではこの村にいろよ」

「え?」

「……おまえが飛び出したところで、トワイライトの中には入れないだろ。おとなしくチビ達といてくれって」


レナードさんや、爆弾屋のバーンズさんもいる中での会話なので、声をひそめて言う俺。
しばらくだんまりではあったが、やがてエリシュカは口を開いた。


「……用事って、すぐ終わるの?」

「なるべく急ぐよ」

「………わかったわ」


不服そうではあるが、その言葉に心底安心した。トワイライトには入ったことがあるから大丈夫だと無理を言われるかと思った。単独で平原を渡ったところで無謀だとわかってくれたらしい。
俺はそこに忘れそうになっていたことを付け加える。


「それから、あのペンダントは俺が戻るまで、触れずに何処かにしまっておいて」

「はぁ?なんでよ」

「なんでも」

「リンクには関係ないじゃない」

「頼むから!」


つかみかかる勢いで迫れば、渋々頷いてくれた。


「へんなやつ」


それでもいいよ、なんて溢した俺とエリシュカを見守っていたチビ達が笑顔で言った。


「なんだ、リンクとエリシュカ仲直りしたんだな!」

「良かったわぁ!」

「なっ……タロ、ベス!」

「痴話喧嘩なら他所でやれ」

「マロまで!」

「エリシュカ姉ちゃん、良かったね」

「うん?まぁね、私が妥協してあげたのよ」

「エリシュカおまえなぁ!」


こんな団らんが、いつまでも続くなら。
そのためだったら、勇者様≠セって悪くない、かも。

そんなふうに、思い始めていた。





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