起源


あれから2週間が経った。


「今日は何食べてんの?」


ティータイムに出してもらったおやつを食べていると、不意にかちりと窓の鍵が外れた。
窓枠に肘をついて私を見下ろす吸血鬼ダリルと目が合って、手元のスイーツに視線を戻す。
彼の神出鬼没ぶりにももう慣れたものだ。


「カスタードミルフィーユのクランベリーソース添え」

「ふぅん」

「美味しいよ。食べる?」

「いらない」


窓枠に足をかけて軽やかに室内に着地したダリルは、いらないと言ってのけたくせに顔を近づけて匂いを嗅いだ。


「いらないの?」

「人間と吸血鬼じゃ味覚が違うからね。
…こんなものの何処が美味いの?」

「甘くて美味しいよ」

「ヘンなの」


あれからきっかり2日おきにダリルが私の部屋を訪れていることは父や兄にも知らせている。
けれど、父も兄もダリルに会おうとはしない。父は、ダリルに会ったら怒りで殺してしまいそうだから、兄はオカルトに興味はない、と言って、私の部屋に近寄りすらしない。


「(オカルトじゃなくて、実在するんだけどなぁ…)」


フォークをくわえながら思案顔をする私。お行儀が悪いことに気が付いて、誤魔化すようにティーカップを口元へと運ぶ。
すると、もうひとつの椅子に座ってテーブルに肘をつきながら、私をじっと見つめるダリル。この椅子は、元々私の部屋には無かったのだけど、彼のために使用人に用意させたものだ。毎回ベッドに座らせるというのも、メノーム家の令嬢としては失礼にあたるから。

ティーカップを置いて、またフォークを手に取った私の手の上に、骨張った手のひらが重ねられる。
それが何を意味するか分かっている私は、口をへの字に歪めて彼を横目に見た。


「ねぇ、お腹すいた」

「まだだめ」

「いいじゃんか、2日ぶりの飯なんだから」

「これ食べてから」

「どうしても?」

「どうしても」

「ケチ」

「我慢しないなら金輪際あげない」

「我慢したら?」

「……いつもより3秒長く喰べてもいいよ」

「ちぇー、たったの3秒かよ」

「文句言わない」

「ケチんぼサーシェ」

「はいはい」


だって、ティータイムを中断するのはお行儀が悪いもの。

私は、吸血時に分泌される毒によるあの麻酔を打たれたような感覚が苦手で、出来るだけダリルには食事を短時間で済ませるようにお願いしているのだ。
食事くらいゆっくりとりたい、という気持ちもよく分かる。分かるけど、どうもあのむず痒い痺れには慣れそうにない。


これからまたあの甘い痺れに全身を支配されるのだと思ったら、自然と食べ飲みするスピードが遅くなる。
ダリルはそれを苛々とした目でじっと眺めてくる。頬杖をついた手の指先が、彼のこめかみをとんとんとんと小気味よく、且つ私を急かすようにつつく。


「まーだぁ?」

「あと一口」

「遅いよ、このノロマっ」

「こら、口が悪いよ」

「子供扱いすんなっ」


実際、子供みたいな中身してるじゃない。
そう言いかけた口に、最後の一欠けを運ぶ。もくもくと歯触りを楽しみながらミルフィーユを咀嚼する。
彼のじっとりとした視線は、私の口の動きから流れるように喉へと移り、食べたものが食道を通り過ぎたのを確認するとぱぁっと顔を明るくさせた。


「ねぇ、もういいでしょ!?」

「……うん」

「やっとありつける!」


前のめりになっていた身体をぴょこりと起こして立ち上がるなり、椅子に腰掛ける私の背後に回って襟を止めていたリボンをほどき始めた。


「いっただっきまーす」

「ん……ぅ、」


ダリルの舌が探り当てた血管目掛けて、彼の牙が突き立てられる。ゆっくりじわじわと皮膚に押し付けられた牙が其処を突き抜け内部に侵入したとき、あの痺れが全身を駆け巡るのだ。
息が苦しくなって、じっとしていられなくなるような甘い痛み。抱き寄せられた体に触れる彼の筋張った指も擽ったいと思えてしまう。
上品に音を立てることなく血液を吸い取る彼の唇は、容貌から考えられる年齢に似合わず色っぽい。傷口を食むように唇を宛がって、舌先で溢れ出た血液を掬い取る。その仕草がまた、少年らしくなくていじらしい。


「んん………」

「……っふ、あ……ちょっ、…と、ダリル…っ、長い…っ」


唇で皮膚の感触を楽しみながら血を吸うダリル。なかなか口を離そうとしない。
彼の頭を押し退けようと上げた手は、彼の左手に絡め取られてしまって無意味だった。
ぞくぞく、と背筋が粟立つような感覚にもう堪えられなくなって、背を反らしながら目をぎゅうと瞑れば、名残惜しそうに傷口を一舐めするとダリルは唇を首筋から離した。


「っん、今日はこんくらいにしてあげる」

「言ったのと違う…」

「3秒くらい誤差出るって」

「(調子いいんだから…)」


美味しかった、と首に抱き付いてくるダリル。ちょっと苦しいし、血を抜いたばかりの頭にはくらくらしてつらいものがあるけれど、彼の甘えるようなスキンシップは嫌いじゃない。
私がティーカップにおかわりの紅茶を注ぐと、つまらなそうに頬を膨らませる。まったく、構ってちゃんだ。


「ねーえー、」

「なぁに、」

「食べたりない」

「2日に1回でいいって、ダリルが言ったんでしょ」

「もっと食べたい」

「トマトジュース持ってこさせようか?」

「あんなの全然美味しくないよ」

「赤ワインは?」

「血がいいの」

「わがまま」

「言わなきゃ良かったなー」


ぶうたれた顔をしながらまた椅子に戻るダリル。拗ねてしまったのか、椅子に足をかけて体育座りをするような格好に縮こまる。


「今日の血は甘くて一段と美味かったのに」

「甘い?」

「お前がたった今甘いものを食べたからじゃない?」

「人間と吸血鬼は味覚が違うんじゃないの?」

「人間が甘いって感じるのは消化前の糖分。吸血鬼は消化されて栄養たっぷり含んだ血液から吸収するからそこで味を感じる。
人間の食べ物を僕らが食べたってぼそぼそするし感触ばっかり不快で美味くない」

「ふぅん、そうなんだ」

「人間は、豚の餌は食べなくてもそれを食べた豚は食べるだろ?それとおんなじ」

「ダリルって説明上手だよね」

「誉めるなら喰べさせて」

「それとこれとは話が別」

「ちぇっ」


今日は随分と食い下がるなぁ。余程スイーツを食べた直後の血がお口に合ったようだ。
私が頑なに本日二度目を拒むと、いい加減諦めたのか唇を尖らせながら私のベッドまで行って盛大に寝っ転がった。表情から察するにほんの細やかな仕返しのつもりらしい。

枕元に読みかけのまま放置していたあの本を手に取って、寝転がりながら開いて眺めるダリル。
目は文字を追わずにぼんやりとページを見つめたまま。


「読めるの?」

「読めない。ねぇ、これどういう話?いつも読んでるけど、面白いの?」

「うーん…人それぞれかな」


簡潔に本の粗筋を説明してやると、彼はつまらなそうな目で頬杖をついた。


「ふーん」

「途中で飽きちゃってからは全然読んでないの。最後は私も分からない」

「愛、ね。くだらない人間の偶像だ」

「そう?」

「目に見えないものは信じない主義なの」

「(ダリルが言うとなんか違和感)」


最近は、食事だけじゃなくて、喰べたあともこうして話をしたりする。ダリルはよくベッドに転がるから、綺麗な金糸が落ちていることがたまにある。掃除に来た使用人には何か勘違いされていそうだ。

ふと、以前父が言っていた吸血鬼の起源を思い出す。


吸血鬼とは、生前悔いあるままに息絶えた者がなる、と伝えられています


「ダリル、ちょっとそれ貸して」

「んー」


読めもしない本を広げてつまらなそうに眺めている彼に声をかけると、片手でひょいと手渡される書物。
ぱらぱらとページを捲りながらベッドに横になる彼の傍らに腰を落ち着ける。ドイツ語は分からないと言っていたのに、興味はあるらしく、横からひょこりと覗き込んできた。


「何?」

「んー…」


確か、最後に読んだのは、クライマックスも近い吸血鬼の男の独白シーン。
なんてことはない、ただの野暮な好奇心だ。だけど、差し支えないのならその理由を知りたい。

それはきっと、私が彼を懐かしく思う何かと関係している気がするから。


私は本の一節を指でなぞりながら、手元の書物を覗きこむあどけない顔に小さく問い掛けた。


「ねぇ、ダリル」

「何?」

「あなたは、どうして吸血鬼になったの?」

「え?どうしてって……、」



長い長い数秒だった。
真ん丸だった彼の瞳が、色をなくしていくような気が、した。



「……………ぁ、」

「……ダリル?」


「……ぁあ、あぁああぁぁああ、」

「どうしたの…?」

「うわあぁぁぁぁああああああぁぁぁあああぁああああああああああああ!!!!!!」


刹那、絶叫した彼に喉を掴まれた。



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