ジレンマに溺れる



「スガさん!」


呼ばれて、振り向く。

後ろに固まった後輩達が、こぞって俺に詰め寄った。


「椎柴先輩って!スガさんのカノジョ!!?」

「日向、直球すぎ!」

「いや、でも実は俺も気になってて……」

「田中先輩は清水先輩以外にもああいう反応するのかと思ってましたケド」

「バッ!潔子さんは別格だ!」

「で?で?ホントのとこは?」

「お前らな〜……」


呆れ半分、なんとも言えない優越感半分。
あいつが分かれ道で帰ったとたんにこれか。まぁ、練習中もなんだかそわそわしてる連中がいたのには気付いてたけどね。


「俺とシバは元中の同級生!トモダチ!」

「え〜……」

「え〜とはなんだ日向?ん?」

「でも、なんだか随分親しげですよね?もっと幼い頃から一緒にいるみたいでした」


山口の言葉に、影山がこくこくと頷く。一年の後ろで二年もしっかりと俺の言葉を待っている。


「……わかったよ、白状する」


さんざん目を泳がせたあとで、俺は息をついた。


「シバと俺は付き合ってない。これは本当」

「え、じゃあ……」

「……菅原先輩が、あの先輩を好き、とか」

「……月島、あたり」


普段からも冷静で鋭いやつだけど、そっちの勘も冴えてたか。いや、こいつ顔はいいからな……。

ざわつく連中に「でも!」と大きな声を出した。


「告る気もないし、あいつが見に来るからって浮かれてバレーをおろそかにする気もない」

「告んないんすか!」

「ばーか、言やぁいいってもんじゃねーの。
だから、お前たちも、このことは秘密な!」


大地の視線がばしばし痛くて、俺は知らんぷりをしながら皆の先頭をぐいぐい歩き始める。

ただでさえ、中学の頃にさんざ迷惑かけたんだ。
俺はあいつの隣を誰かに譲る気はないけれど、この距離感を縮めることはおそろしい。

あいつがまた学校に来なくなるようなことだけは、もう二度と繰り返したくないんだ。


「スガは妙に我が儘だからなぁ」

「なんだよ大地」

「わざわざ公言して、ガード張ったつもりだろ」

「……バレてたか」


分かれ道で解散してから、方向が違うはずなのに着いてきた大地と肩を並べ、暫く歩いてから立ち止まる。
大地は優しいけど、目敏いからなぁ。いろいろ、感付いていたに違いない。


「で?実際のとこは?」

「まだ疑ってんのか〜?付き合ってないって本当に」

「そうじゃない。お前が椎柴にちょっかいかけてんのって、好き云々差し引いても理由があるんだろ」

「……大地には全部お見通しなんだな……」

「俺に隠し事しようなんざ10年早い」

「10年後も敵わない気すらする」


鞄を背負い直して、深呼吸。
話題を選んで、言葉を選んで、それでも形にならないものがそぞろとわだかまる。


「全部は、大地にも言えない。けど、あいつには俺がついてなくちゃ駄目なんだよ」

「……どういうことだ?」

「俺は一度、あいつを殺しかけたから」


瞠目する大地。
そりゃそうだよな。こんな話をハイそうですかって聞き流せるような、そういう類いの修羅場を掻い潜ってきた高校生なんてめったにいないだろう。
でも、冗談でも嘘でも、ましてや大げさでもない。

俺は一度、あいつを殺しかけた。


「………スガ、お前……えっと、あれか?好きすぎて手出しちゃったのか?悪い意味で」

「違う違う違う!病んでたとかじゃない!そっちの路線じゃない!」

「あぁ良かった」

「事故だよ、事故。でも、俺の責任。だから俺は、あいつの目の届くところにいたいだけ」


そう。あれは事故だった。
シバは誰のせいでもない、と俺を責めはしなかったけど。
だからこそ俺は、あいつを一番に理解してなきゃいけない。一番にあいつを、見ていたい。


「責任とってくれって、言ってくれた方がいっそ楽だったのにな」


ぽつりと呟いた言葉に、大地は敢えてなんのことだとは言わなかった。
俺の周りは、優しい奴らばっかりだ。


「じゃあ、またな。明日は青城との練習試合もあるんだ、朝練しっかり出ろよ」

「分かってる!また明日な〜」


残りの帰路を辿りつつ、坂ノ下商店の肉まんを頬張って喜んでいたシバの顔を思い出して、俺は一人微笑んだ。



***



翌々日。昨日の青城戦はからくも勝利、県内4強の実力もさながらそれに打ち勝つ新しい戦力に、チームは少し浮き足立っていた。
とはいえまだまだ穴が多いのが現状、メンバーだって不十分だ。きっとこれからもっと烏野は上を目指せる。勝って勝って、たくさん試合をするんだ。


「よっ」

「あ、おはようスガ。昨日の試合どうだった?」


教室に入ると、ハードカバーの分厚い本を広げているシバがいた。
前の入り口から入ったのは、俺の前の席の彼女に気付いてもらうため。こういうとこが「ずるい」って言われる要因のひとつなんだろうなぁ。
自分の机に鞄を下ろしながら右手でVサインを作ると、シバは嬉しそうに表情を綻ばせた。


「やったね!すごい、強いところだったんでしょ?」

「まぁね。向こうが万全じゃなかったのもあるけど」

「そっか……でもすごいね、きっとインハイはいいとこいけるね」

「だといいんだけどな」

「そしたら、スガもたくさんトス打てるもんね」


そう言って微笑う彼女は、俺が昨日の試合ベンチだったことを知っている。俺から話した。
この間の練習で、影山の実力を目にしていた彼女は、それでも納得いかないと唇を尖らせた。そうやって彼女が俺を認めてくれていることが嬉しかった。なんせ中学でレギュラー入りを果たす前から見守ってくれている。


「来月のGWに合宿なんだ」

「合宿……」


部活経験は勿論ない彼女。
中学の頃の修学旅行3泊のうち後ろ2日、シバは熱を出してホテルで寝込んでいた。
高校の修学旅行に至っては体調不良で欠席。合宿の響きに心ときめかせるのも訳ないだろう。


「て、手伝いに行ってもいいかな……」

「むしろ頼もうと思ったから言ったんだよ」

「!ありがとう、スガッ」


清水と並んだら、そりゃあ10人中10人が清水の方が美人だと言うだろう。
特別可愛い造形をしているわけじゃない。平均的。野暮ったいぱっつん前髪に伸びっぱなしのブルネット、不揃いな睫毛にいつも血色の優れない唇。色白と言うには蒼白すぎる肌。
それでも俺は、シバを好きになった。何処がいいとか、こんなことがあったからとか、理屈で固めた理由じゃない。気が付いたら、友達の枠を外れていた。好きだったんだ。

それは……そう、安直な例えで表すなら、まるで化学反応。


「俺シバの飯食いたい」

「ご飯?うーん……料理はしないわけじゃないけど……」

「激辛麻婆豆腐!」

「いきなり難易度高い!ていうかそれただのスガの好物!」

「いーじゃん、作ってくれよ〜」

「激辛なんて……胃がただれそう」

「ホント軟弱だなぁシバは」

「人一倍か弱いって言ってよね」


他人と関わることに積極的じゃないシバ。こいつのこんな綻んだ表情、正面から見られるのはきっと俺だけ。昔はそんな馬鹿馬鹿しいことも考えたっけなぁ。
そうやって突っ走って、思い込んで。だからあんなことになったんだ。

俺は、シバからほんの少しだけ離れた場所で、こいつを見守れたら、それでいい。
隣が欲しいなんて思わない。ただ、その隣を埋める誰かをすんなり許そうとも思えない。

天の邪鬼な俺を笑ってくれ。


「あ、ねぇ澤村!」

「ん〜?」


早速今度の合宿について話すシバと大地。
大地もシバも同じクラスで良かった、と思ったものだけど。
この二人が仲良くなるのはあんまりいい気分がしない。


「えぇ?椎柴が?」

「朝から夜まで!合宿場には泊まらないから……」

「シバ泊まらないの?」

「泊める部屋がねぇべ」

「いいよスガ、私家近いし」

「よくない」


思わずシバの服の袖を引いた。びくりと肩が跳ねるのがわかって、そっと手を離す。


「女の子が夜に出歩いたら危ないだろ、いくら田舎だからって」

「……でも」

「んー、じゃあスガが責任もって送り迎えすりゃいいべ」

「えっ……そんな」

「それならしゃーない!」

「悪いよスガ、やっぱり私……」

「シバは手伝い!それは決定事項っ。今さら遠慮すんなって」


くしゃ、と彼女の頭を撫でる。
照れくさそうに、けどそれを隠すように、唇を引き結んで目を伏せる表情。
シバのその顔が、昔から大好きだった。


「シバ、今日の練習も手伝い来いよ!清水も助かるしさ」

「うん。仕事覚えないとだしね」

「あぁそうだ、俺清水に呼ばれてんだった」

「キャプテンを顎で使うとはやるなぁ〜清水」

「清水さん……あ、キヨちゃん……私も会いたい。澤村、ついてっていい?」

「?あぁ」


わざわざ確認をとるところとか、図々しくものを言えないところとか。
小動物みたいな身動ぎとか、わざと丈を長く作ったスカートの裾を直す手つきとか。
全部全部、好きなんだ。
でも、好きってなに?だからどうしたっていうんだ。好きだから、俺が彼女に出来ることなんて。


澤村の後をついて歩いていく背中を見つめて、か細くため息をつく。
早く戻ってこないかな。ほら、こうやって自分本意なことばっかりだ。

俺は黒板上の時計をぼんやり眺めながら、早く朝のHRが始まればいいなんて胸中で呟いた。


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