優しいまやかし


「スガさん!その先輩は?」

「新しいマネージャーすか?」


第二体育館。バレーコート1つ分しかない其処に足を踏み入れて、一番に私に気が付いたのはオレンジ頭の子と背が高い黒髪の男の子。


「スガのがちゃっこい」

「うるせー。日向、影山!紹介するよ、こいつは椎柴悠。俺の元中で同級生」

「おぉ!スガさんの!」

「どもっす」

「今日練習が見てみたいっつーことで、見学させるから。くれぐれもこいつにボール当てんなよ〜」


人見知り発動で不恰好に会釈する私。でも日向くんも影山くんも気にしていなさげ。
とっても美人なマネージャーさんがパイプ椅子を用意してくれて、小声でありがとうございますと言いながら着席した。


「私、3組の清水潔子。菅原から聞いてるよ」

「え?」

「ここなら大丈夫だと思うけど、万が一もあるから、なるべく流れ球は避けてね」


抑揚の少ない声色。ミステリアスな雰囲気に、ほんのり混じる色香と華やかさ。美人。めんこい。素敵なひと。
こんな子といつも一緒にいるのか……スガ、ずるいぞ。嫉妬の矛先がスガに向くくらい、同性の私から見ても魅力的な女の子だった。


「っしゃーレシーブ練いくぞー」

「オスッ」

「そのあとはミニゲーム!せっかくギャラリーもいるしな」

「ヨッシャー!!!」

「サッコォーイ」


熱気を帯びた空間。汗のにおい。ボールを打つ音、スキール音。
歓声も罵声も、その必死さも。
私が今まで持っていなかったもの、全部ここにある。肌でそう感じる。

ぼんやり見ている間にレシーブ練が終わったようで、チームごとに分かれネットを挟むと、体育館内の空気が一層厚さを増したものに変わった。
清水さんが、一年生の男の子と得点係。審判は私の知らない部員。二年生かな。

ホイッスルが鳴り響く。


「大地さんナイッサー!」

「オーライ」

「月島ー!」

「ナイスカバーですスガさぁん!」

「ゴルァ日向ボケェ!!!今の取れたろうが!!!」


ボールがあっちへ、こっちへ、またあっちへ行って、あぁ危ない、おっとこっちに来た。

そうやってラリーを続けるチームの皆に、コート外から声かけする他の部員。
何より皆、食らい付かんばかりの勢いだ。練習なのに、とても一生懸命。


「いいなぁ」


昔は、スガのバレー談義は退屈で仕方なくて、いつも聞き流しては「聞いてる?それでさ」なんて延々と続くのにまたため息をついたりして。
だから、スガがどれくらいバレーを好きか、うわべだけで知ってるつもりになってた。

ボールに触れると、チームの誰かにボールが繋がると、スガはすごく楽しそうな顔になる。
目付きは真剣だし、いつもの笑顔もしまいこんで集中力を研ぎ澄まして、でも心の底からバレーを楽しんでいるってわかる、スガの顔。

初めてスガの笑った顔を見たときみたい。
私の中に何かが芽生えて、ふわっと花開くんだ。

大好きな君の、素敵な表情をまたひとつ見つけた。



1セットが終わると、負けた側はペナルティー。それをこなす間は勝ち側にとっての僅かな休息でもある。
スレスレで勝ったチームのスガが、ボールを手にしたまま私のほうへやって来る。途中で清水さんにドリンクをもらって、両手がいっぱいかと思いきや……スガ、手のひら大きくなったねぇ。


「どう?」

「……いいなぁって」

「はは、シバじゃサーブ受けただけでぶっ飛びそうだもんな」

「そんな軽くない」

「どーだか?前よか細っこいじゃん」


む、と膨れっ面をしていると、スガが座っている私にボールを投げてきた。受け止めて、首をかしげる。


「ヘイ!」

「えっ?」

「昔教えたべ、サーブしてみ」

「無理むり!覚えてないよ……」

「いーからっ」


覚束ない手つきで、アンダーハンドサーブをかろうじて打つ。スカらなくて良かったけど、ボールは見当違いな方向へ飛んでいってしまった。


「だから言ったのに!」

「日向ーボールとってー」

「ハイッス!」


私のへなちょこサーブを受けてくれた日向くん。そのボールを受けたスガがトスをして、私は慌ててレシーブの格好を作った。


「やるならやるって言ってよ」

「ハハ、急にやりたくなってな〜」


べこっ、ぽこっ。情けない音を立てて、ボールがスガに返っていく。
暫くはボールを目で追うのに一生懸命だったのだけど、とりきれなかったものを拾い上げてくれたのがとっても背の高い眼鏡の男の子で、その視線に若干竦み上がる。
よくよく気が付いたら、皆が皆私とスガの練習とも言えないボールのやりとりを見つめていたようで。


「先輩、バレーやってたんですか!?」

「ひ、」

「中学の頃、俺が自主練に付き合わせてただけだよ。こいつ運動オンチだし」

「スガは一言余計!」

「のわりに、レシーブ安定してますね」


そう話しかけてきたのは、ペナルティーを終えた影山くんだ。
私は目を合わせないように視線をさまよわせながら、小さく頷いた。


「中学の頃、運動したのそれだけだから……」

「えっ?」

「それに、スガも手抜いてるから」

「椎柴先輩はマネージャーやりませんか?やりましょうよ!」

「こら日向」


どんどん前のめりに聞いてくる彼に私が後退ると、澤村が日向くんの襟首をつかまえて引き戻す。
答えられないままでいたら、澤村が私を一瞥してから皆に声をかけた。


「ほら、メンバー変えてもう1セットやるぞ!山口は月島と交代で入れー木下と成田は影山日向と交代!」

「はい!」

「ウッス」

「スガも。休憩終わりだ」

「わかった」


眼鏡の男の子からボールを受け取ったスガが、私の頭をやわく撫でた。


「んなに構えるなって」

「……うん」


暫くぶりだったのに、中学の続きみたいに接してくるスガ。
手のひらの大きさも、私との身長差も違う。変わった。それでも、変わらず接してくれるから。

甘えちゃいけないのに、このまま現状維持でいいんじゃないかなんて思いが過るのだ。




練習が全部終わっても、皆なかなか片付けを始めない。今度は自主練に励んでいる。
体育館は閉めなきゃいけないから、すぐに退館できるようある程度の片付けはしなければならない。清水さんの手伝いで得点板を倉庫にしまっていると、モップを取りに来たスガが声をかけてきた。


「シバさ、ちょっと待っててよ。一緒に帰ろう」

「え、でも」

「大地が肉まんおごってくれるらしいぞ〜」

「いや、なんか悪いよ」

「なんも悪くねぇって!鞄取って来たらすぐだから、ちゃんと待ってろよ」


倉庫から出て、体育館を見渡して思った。

ココは、嫌いじゃない。
でも、まだ居心地が良いって言えるようなものじゃ、ない。


今までの私は、馴染まないようにっていっつも独りを選んでたけど。
……こういうところも、変えていいのかな。


「清水さん」

「ん?」

「……時々、マネージャーの手伝いに来てもいい?」


ぱちぱち、長い睫毛をしばたたかせて、それからゆるりと唇を弧に描いた彼女。


「もちろん。ねぇ、私もシバって呼びたい」

「え、……うん。あ、えっと、じゃあ……私、キヨちゃんって呼んでも……」

「いいよ。またいつでもおいでね、シバ」


少しずつ変わらなきゃ。
ちょっと気負ってすらいたそれが、ココでなら自然と出来そうな気がした。
何て言ったって、スガがいるんだ。頑張れそう。

入部するかどうかは未定だけど、もう少しこの体育館に足を運びたいと思った。




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