告白と私


ダリルくんは、そのまま着いてくることはなかった。


ローワンが選んでくれたフレンチのお店は、雰囲気もよくてご飯も美味しい、素敵な場所だった。
ここ最近顔色が優れないと思ったら、夜は交通整備のバイトをしていたそうで、ただでさえカツカツの生活をしているはずなのに食事を奢ってくれた。
代わりに何かプレゼントしようと思って、そのあと一緒に繁華街まで足を延ばした。この服が可愛いだとか、ぬいぐるみがほしいだとか、ちょっとでも口を滑らせれば「今度プレゼントするよ」なんて悪気のない満面の笑顔で言われてしまうのがちょっぴりプレッシャーだったけれど、私に似合うものを見つけてくれたり、道中もいろんな話で退屈させなかったり、ダリルくんが言っていたよく気のつく彼≠サのものだなぁなんてぼんやり考えた。

帰り際にいくつか本を買ってあげて、カフェで少しお茶をしてから、駅まで行って別れた。
けれど彼≠轤オく、目敏くもデート中上の空だった私に気が付いていたローワンは、最後心配そうに顔を覗き込んできた。


「ねぇサーシェ、俺でよければ相談にのるよ」

「えっ?」

「なんだか浮かない顔をしてる。相槌も所々おかしかったし」

「あ、ごめんなさい。そんなつもりじゃ」

「あぁいや、気にしないで。無理やり約束を取り付けたのは俺なんだし……それより、何か悩んでるみたいだったから」


すぐに答えられなくて、思わず俯いた私に、ローワンは困ったみたいに笑って言った。


「言いたくないなら、いいんだ。溜め込むのはよくないと思って」

「ううん、嬉しい。ただ、ちょっと言いづらくて」

「だよな〜……俺、よくお節介眼鏡って言われてたし」

「お節介眼鏡?」

「あぁ、……誰だったか覚えてないけど。でも、心配性が過ぎて鬱陶しいって言われるんだよ」


その苦笑いと、誰だったかなぁという言葉に、思い当たる節はひとつだけだ。


ひどく世話焼きな人で、

素直に礼のひとつも言わなかったけど



「気になると追求しすぎるの、良くないとは思ってるんだけど……何せそういう性分だから、まぁ私生活には不向きな性格だよ」

「そんなことない!」


唐突に大きな声を出した私に、ローワンは目を丸くする。
周囲の人もなんだなんだとこちらを見るけど、気にも留めない。


「きっと、きっとローワンの優しさは伝わってるよっ。お節介なんてことないよ、気にかけてもらえて、たとえ鬱陶しいって口では言ってるその人だって、感謝してるよ!」

「サーシェ、ちょっと、声が大きい」

「だから、……だから、ローワンはそのままでいいんだよ。そのままでいてよ……」


なんだか泣きそうだった。

彼の中に、きっとダリルくんと過ごした時間はまだ残ってる。
だから、無くさないでほしかった。私以外の誰かの中にも、彼の存在を知らしめる何かがあること、消さないでいてほしかったんだ。


「……ありがとう」


照れくさそうに頬をかいて微笑う彼に、私は完全敗北を確信した。

元より勝ち目なんてなかったのにね。ダリルくんがずうっと思い続けた人。私にもわかる気がしたんだ。


「実は、さ。今日誘ったのは、少し話しておきたいことがあったからなんだ」


眼鏡のブリッジを押し上げて、そろそろと視線が行ったり来たりする。首の後ろを掻いたり、乾いた唇を舐めたり、なんだか落ち着きがないローワンに、私は固まって動けなくなる。

あ。だめだ、これ。
聞いちゃいけない。でも、何も言えない。


喉の奥で、言葉になりきれないかけらがつっかえる。


「俺、君のことが好きなんだ」


ぜんぶぜんぶ、何もかもにひびが入ったような気持ちだ。
ぴしりと深くひび割れた心を抱えるのに精一杯の両手じゃ、耳は塞げやしなかった。


「店に通ってた頃から、きれいな瞳だなって……落ち着いてて、優しくて、一緒に働くようになっても変わらなかったんだ」

「……まって、」

「専門書ばっかり買う俺に、息抜きにどうですかって勧めてくれた本があっただろ?綺麗な写真集でさ、君をいつかああいう場所に連れていけたらなって……」

「だめ、言わないで」


そんな、そんなの、だめだ。

だって、あのひとの心の支えはあなたしか居ないのに。
私なんてニセモノじゃ、彼は孤独に押しつぶされて、消えちゃうよ。

そんな、何も覚えてないみたいに言わないで。
簡単に好きだなんて、言わないでよ。


「ご、ごめん。急にこんなこと、迷惑だったよな……」

「ちが、違うの。嫌とか、そんなんじゃなくて」


海の中でもがくみたいに、息もつっかえている私の様子に、ローワンは自然な動作で落ち着けるように背を撫でてくれた。
はらはらとこぼれだした涙に、両の手で顔を覆っても、何も言わないでいてくれる。

告白して泣かれるなんて、予想外もいいとこだ。びっくりしただろうな。


結局、返事はまた後日ということになって、彼にハンカチを借りたまま、その場でバイバイした。
帰りの電車で、窓ガラスに写る泣き腫らした顔の自分に、涙を流す資格もないのにと思った。

何がおめかしだ。新しい恋だ。
何もかもめちゃくちゃで、こんなのってないよ。



***



力なく自宅の扉を開ける。
電気のついていない部屋は久しぶりで、更に気持ちを沈ませた。


「……ただいま」


絞り出した声に、返事はない。
まだ帰ってないのかと思ったけど、私のベッドの上で小さく丸くなっている透けた背中を見つけた。


「楽しかったんだろ」


怒りも、哀しみもない空っぽの声が響いた。
何も言えずにいる私に、少し間をあけてまた言葉が突き刺さる。


「楽しかったに決まってる。だってそうだ、あいつと一緒にいて楽しくないなんてこと、あるわけないんだ」

「……ねぇ」

「僕のこと、大事だって……大切だから、ずっと一緒にいるって言ったのに」

「ダリルく、」

「すんなり生まれ変わってさ、僕ばっかり置いてきぼりだ、僕だけこんな中途半端で、だったら今まで僕はなんのために」

「ダリルくん!」

「こんなことなら思い出さなきゃ良かった!!!」


悲痛な叫びが部屋中に反響して、私の耳にだけ届いた。
嗚呼、こんなにも傷ついている。見つかったはずの居場所がなくなって、空っぽになってしまった。

誰よりも寂しがりやなんだよ。
言葉を交わして、目を合わせて、此処にいるって感じたくて傍に来てくれた。

なのに、空回りばっかりだ。


「姿を見て、一目でわかったんだ。しゃぼん玉が弾けるみたいに、一気にぜんぶ思い出して……」

「……」

「なんだ、やっぱり嘘だったんだ」


ゆっくりこちらを振り向くすみれ色は虚ろで、止めどなく溢れる涙で目元が真っ赤だ。もう何時間泣いているのだろう。


「なんか言えよ。笑えよ、無駄な労力だったって」

「……そんなこと」

「ないって?馬鹿言え、これ以上の結果がどこにあるんだよ。じゃあなんで僕だけゴーストになったんだ。なんであいつは、アンドレイはあんなふうに笑ってるんだよ」

「……」

「おまえには分からないよな、だって触れるんだ、アンドレイと話して、一緒に地面を踏みしめて歩けるんだ。あいつの隣は僕の特等席だったのに。あいつの一番はとっくに僕じゃなかったんだ、だから──」

「勝手なこと言わないでよ!」


当たらないことを分かって、それでも目一杯手近なクッションを顔面目掛けて投げつけた。
すり抜けて、窓ガラスにばふっと当たって跳ね返る。虚しさしか残らないというのに、続けてペットボトルや雑誌、ティッシュ箱と投げ続ける。投げるものがなくなって息をついた頃、窓ガラスには小さな亀裂が入っていた。


「私の気も知らないで、そんな、ぜんぶ無駄だとか、やめてよ!」

「おまえのことなんか知るもんか!おまえはずるいよ、生きてるくせに、僕とは違うくせに!」

「そうだよ生きてるよ!でもどうしようもないじゃんか、だって私、わたし……っ」


この間まで近所付き合いがどうのと言っていたくせに、相手はゴーストなのに、声が割れるくらいの大声をあげた。
止まらなくなって、そんなつもりなどなかったのに、口が滑ったんだ。


「そんなに嫌なら、消えちゃえばいいんだ!」


言ってしまってから、私は息を止めた。
ああ、もうおしまいだ。


逃げるように、いや事実私は逃げたんだ。
戸締まりも片付けも忘れたまま、パンプスをつっかけた足で部屋を出た。走って走って、エントランスにいたいのりにどうしたのと呼びかけられても、一瞥くれただけで立ち止まりはしなかった。


悔しかった。
私はダリルくんの一番になれないのに、ずるいなんて言われたことも。
思い出さなきゃ良かったなんて言葉も。
ぜんぶ無駄だって、こと、も。



どうして僕だけ、なんて言わないでほしかった。
じゃあ、そんな君を、そんな君だから好きになった私はどうなるんだ。


無駄なんて思いたくなかったんだ。


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bkm
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