ゴーストと私




他人より視力の良いこの目は、いろんなものを映してきた。
そう、他の人には見えないものも、たくさん。


身寄りもなく施設を出た後の自分は、様々な仕事をしてなんとか食い繋いでいる社会の隅に追いやられた人間だった。
見えるからといってどうこうできるわけでもない。ただの景色だと思って見過ごすしかない。
わがままも言えるような身でないし、安い物件を探した末事故物件に行き着くこともしばしばだ。引っ越しだってタダじゃない。


だから正直、今回は当たりを引いたと思ったんだ。
確かに妙な雰囲気はあるけど、何か目立つものが居るわけでもない。わりと新築で小綺麗なマンションの角部屋、今までで一番素敵な物件だった。

それが、まさか自分でゴーストを連れ込むことになるなんて。





アルバイトの帰り道、夕食に惣菜パンをいくつか買い込んだ袋を提げながら歩いていると、通り道にある空き家の窓から独り、ぽつんと見下ろしてくる白い影を見つけた。長いこと無人だったらしい其処には、越してくる前から出る≠ニもっぱらの噂。
暗闇にうっすら透けているそれを眺め、何も見なかったことにして通り過ぎた。見えたところで、何かしてやれるわけでもない。

しかし翌日、翌々日、そのまた翌日と日を重ねていくうち、白い影は通りすがる度に距離を縮めてきたのだった。
ある日は窓から、ある日はベランダに、ある日は一階の窓際、庭先、玄関。何をするでもなく、ただひたすらじっとこちらを見てくる白い影。

今日もいるなぁ、と思いながら視線をやると、白い影はゆらりと立ち上がった。すると薄ぼやけていたその姿が、徐々に輪郭を形作り始めたのだ。
私は思わず立ち止まった。怖くはない。横目に見ても平気で通り過ぎることができるくらいには、無害だと感じられるものだ。


「ねぇ、あんた、僕が見えるの」


声は、年若い青年のものだった。見目は、17〜18くらいだろうか。
ふわりと浮かんで、滑るように私の目前まで迫ってくる彼に、私はぱちくりと瞬く。

周囲に人目がないことを確認してから小さく頷くと、彼は少しばかり機嫌が良さそうに微笑んで、ふぅんと言うなり姿を消してしまった。


何だったんだろう、と小首を傾げながら帰宅した私の眼前に彼が現れた時は、久しく叫び声など上げてしまったっけ。

そんな話も、今は少し懐かしく思える。
彼がウチに来てから、1ヵ月が経とうとしていた。



「なーにボーッとしてるわけ?」

「……んー」

「アホ面が更にアホみたいになってるけど」


この失礼極まりない言動を繰り返すゴーストこそが、あの日私がどうやら拾ってきてしまったらしいものだ。名をダリルという。
いつからゴーストだったのか、何故あの空き家に居たのか、何も覚えちゃいないらしい。わかっているのは、名前と、自分が昨日今日死んだ身じゃないこと。それから、


「いまの宅配のお兄さんかっこよかったね」

「そう?彼≠ノは及ばないけどね」


彼は生前、同性愛者だったらしい、ということだけ。
彼自身超がつくほどの美形であるし、生きていればさぞかし持て囃されたことだろうけど、残念なことに女の子には塵ほども興味がないらしい。

彼は生前、憧れていた男性がいたそうだ。
もうその人の名前も、容姿も、どんな人だったかも覚えていないほどに記憶は擦りきれてしまっているみたいで、時々ものすごく寂しそうな顔をする。
だけど今でも彼≠ニ呼び慕い、一途に思い続けているようで。


「今日も成果はなし?」

「てんで駄目だね、やっぱりこの辺りじゃないのかなぁ」


ダリルくんはその人に思いを遂げられぬままゴーストになったらしい。
もう長いことその身体でいるせいで、彼≠フ生存はあり得ないだろうと自覚している。それでも彼が成仏できないでいるのは、未練がましく彼≠フ姿を探しているから。
ゴースト同士になっていれば、その後も添い遂げられるかもしれない。たとえ姿が見付からなくても、彼の墓を見付けることが出来なければ、踏ん切りがつかないのだ。
そう言って儚い望みに賭けるダリルくんはどこまでもひた向きで、私は力になってやりたいと思った。


だけど近頃は、彼に成仏してほしくないとも思ってしまっているのが、現状だ。


「あの空き家に居たのは、彼≠ニ関係があるからじゃないの?」

「知らないよ。僕が僕だって意識する前からこの姿だったみたいだし、ふわふわ漂ってたらあそこに行き着いたんじゃない?」

「じゃあなんで私にくっついてきたの」

「退屈しのぎだって言ってるじゃん」


そう、彼は別に呪縛霊でもなければ私に何かがあるからとくっついてきたわけでもないのだ。
退屈しのぎって言いながら見える人間の傍にいるんだから、多分生前は寂しがりやだったに違いない。話し相手がほしかっただけなんだろうなぁ。

かく言う私も、別段友達が多いわけじゃない。だから悪い気はしないのだけど……


「それよりさぁ、今日のあいつ誰」

「あいつ?」

「店に来てた客だよ!暫く話してただろっ」

「あぁ、嘘界さんね」


彼は私が以前働いていたCDショップの常連さんだ。お喋りな人で、でも気さくなお客さん。
愛想がいいわけでもない私に度々声をかけてくれる上、時々ご飯に誘ってくれる。

そう説明すると、ダリルくんは何処か不満げに口元を歪めながらそっぽを向いてしまった。
器用にもふわふわと浮きながら身体を横たわらせて、腕を組んだまま不機嫌な様子だ。


「……仲良いの」

「え?……たぶん」


よくあることなので、私は気にも止めずテレビをつけながら夕飯に手をつける。
するとパチッと音をたててテレビの電源が落ちてしまった。何回かつけ直してもまた切れる。


「ダリルくん?」

「そいつ嫌い。面白くない」


子供のように頬を膨らませる彼に、私は少し困ったように息をついた。

彼はこうして時折やきもちなのか分からないけど、気に食わない!つまんない!と文句をつけてくる。
精神的にはやや幼い彼の可愛らしい嫉妬なのだろうけど、こうも毎度のように言われると、煩わしいどころか何か勘違いをしてしまいそうになる。


「あとあいつ、なんて言ったっけ……しゅ、」

「シュウ?」

「そう、シュウ!あいつとは最近喋ってないんだろうね」

「まぁ、彼いまテスト期間らしいから……忙しいだろうし」


前の店の同じバイト君にも勿論やきもちを妬く。
彼≠探しながら時折店まで様子を見に来るくらいには、私のことを気にかけてくれているみたいで。

ここ最近は、そんな何処かむず痒い心地を好きになってしまいそうな自分を誤魔化すので精一杯だ。


「明日は?」

「もう、スケジュール把握しなくてもいいでしょ」

「夕方には帰るの?」

「……そのままコンビニの夜勤」

「はぁ?!一日中働くの!?」


彼が激昂すると、室内の家具やら何やらが震え始める。
私はカップスープを啜りながら眉根を寄せて彼を睨み上げた。


「ポルターガイストは反則」

「僕のことほったらかしにするわけ?!」

「だって、ご飯用意しなきゃいけないわけでもないじゃん」

「確かに食べないけどさっ」


じゃあはい、と彼の足元にあたる机の端に半分に割ったパンをお供えするも、食べないってば!とまた怒った。
私はしぶしぶそれを手に取ってまたかじりつくと、今にも再び癇癪を起こしそうなダリルくんを見上げながら小さく呟いた。


「……まぁ、夜勤ならほとんど独り仕事だから、ついてきてもいいよ」

「やった!」


思わず喜びの声を上げる彼が、恥ずかしそうに口元を押さえてそっぽを向き直した。はいはい、いつものことね。
普段は職場に来るなと言ってある。周りからしたら彼との会話は私の独り言。怪しまれるのを避けるためだ。

彼≠フ代わりであることは百も承知だが、それでもダリルくんが私を必要として、傍にいたいと思ってくれている間は、この距離感を忘れないようにしたい。
だって、この気持ちを認めてしまったところで、彼を困らせるだけだ。ゴーストを好きになったって報われないのは目に見えてる。


だから私は、彼の存在証明として、彼をこの目に写していれば、それだけでいいのだ。




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