気付いてお願い気付かないで

瞼が、重くて持ち上がらない。
呼吸が苦しくてうまくできない。心臓が、どくどくと脈を打っている音が耳の奥から響いてくる。


頭のてっぺんのずっと先から、かみさまの声がした気がした。





伍:気付いてお願い気付かないで





「おい!!早くしろ!!容態は!?」

「血中の酸素濃度が急激に低下しています!!このままではあと一時間としないうちに脳の機能が完全に停止します…っ!!」

「緊急手術を開始する、必要な機器類持って来い!!」

「「はいっ!!」」






─────……


──あ、声が、する。



私の担当医だった、先生の声…


「名前ちゃん、分かるかい!?返事できるかい!?聞こえてたら手を握ってくれ!!」



…先生、聞こえるよ。

私の左手を握る、温もりも。分かるよ、


でも、力が、入らないよ。



諦めたのか、先生は私の手を離して手術の作業に集中することにしたようだ。
先生の声が響く。声はやや焦っているけれど、指示や動作は無駄がなく冷静そのものだ。



さっきから、息をしているつもりなのに、吸っても空気が入ってこない。
苦しい。苦しいよ…


段々聞こえていたものも遠ざかって無になっていく。
ぽつん、真っ暗闇に一人きりになってしまったよう。





「………」


暗闇が広がっている。

それは私が目を閉じているからなのだけど、さっきまで感じていた息苦しさに熱っぽいだるさ、ありとあらゆる感覚が削がれたような、その不思議な感覚が少し怖くなって、そぅっと瞼を開く。




どこまでも、暗闇が広がっていた。


「……あれ、」



ここ、どこだろう。


気付けば私は、きちんと2本の足で立っていた。
足の裏に地面の感触はないけれど、なんとなく、身体の安定感からかそう思った。
さっきまで、手術室のベッドに横たわってたのに。背中にかかる体重の感じもないし、かといって辺りをキョロキョロと無防備に見回しても、よろけたり転んだりするようなこともなかった。


ふわふわした気分。なんだろう、これは。

ふと、考えを巡らせていた脳裏を掠める思考。




「───死んだ、かな……」



案外、あっさりしたものなのね。
分かった途端、すとんと胸に降りるような安心感。納得した。死語の世界は、暗闇で出来ている。




「──…………」



暫くやることもなくて、ぼんやり、暗闇の中をたゆたいながら何一つ変化を成さない暗闇を見つめる。


「(そういえば、)」


私、小さい頃、お化け駄目だったなぁ。
いや、死んだ今となっては私がお化けの立場なのだけど。

夜に一人でトイレに行けなくて、泣きべそかきながら隣の布団で眠る風を起こして、廊下まで一緒に来てもらってたような。
恥ずかしい、けど、今となってはいい思い出。


それから、まるで釣られるようにしてどんどん幼い頃の思い出が蘇ってきた。暗闇に鮮やかに映るようにして鮮明に脳裏に浮かんでは消えるを繰り返していた。

風と初めて会った日のこと、初めて喧嘩した日のこと、初めて仲直りした日のこと。
一緒におやつの餡まんを半分こして食べたこと、稽古で疲れた私に一緒にお勉強しようって微笑いかけてくれたこと、
風の伸びてきた髪を三つ編みにしたらいいって言って、やってあげたときのことに、風が風邪を拗らせた私に付きっきりで看病してくれて、そのまま移してしまったときのこと…




「………あ、」



最後に映ったのは、優しい彼の笑顔ではなく、
私がリボーンについていくかいかないかで大喧嘩した日の、風の怒った顔だった。


遠くに行くなんて、


「………っ、」


ずき、


胸が痛い。
おかしい、さっきまで感覚と言えるようなそれらしいものは何もなかったのに。

急に胸が、

奥が。


痛い、

苦しい





ぽたり。


「……ぇ、」



何かが目尻から落ちていった。

そっと指先で頬を撫でる。


「………あ、…」



泣いていた。

途端に、フラッシュバックする記憶。



朝陽のこと、もっとちゃんと分かりたいです



それから、朝陽にも、私のこと、知って欲しいです




あ、


わたし、




わたし、まだ


死にたくない



「…あ……、」


急に涙が止まらなくなって、ぼろぼろ、ぼろぼろ。
どうすることもできなくて、立ち尽くしたまま溢れる雫にまた胸の奥がずきずき、痛み出す。


足元から、指先から、身体の表面から、
じわじわ、じわじわと感覚が蘇ってくる。
冷たい身体をきゅうと抱きしめて、しゃがみこんで小さく蹲る。

やだ、やだ。

このまま死ぬのは、



いや、



頬を伝う悲しみと後悔のかたまりは、酷く冷たくて、重たく感じた。
胸の奥の奥が、たぎるように熱く、熱く痛む。


まだ私、風のこと何も知らないよ。
やっと隣に立てたばっかりなのに。

こんなの、死んでも死にきれない。


また風に、つらい顔させるの?
ひとりきりに、させるの?


違う。

私、風と居るの。

一緒に泣いて、一緒に笑って、

今度はふたりで、


歩いていくって、決めたじゃないか。



そう思ったら、身体の内側から段々あったかくなってきて。
ゆっくり立ち上がると、さっきまで真っ暗闇だったそこは、明るく白み始めていた。


行かなくちゃ。

風が、待ってくれてる。


風、










いま、行くからね。















ぱん、


柏手を打ったような、乾いた音が頭の内側で弾けた。

そうしたら、目の前がさっきまで何もない空間の白だったのが、蛍光灯とタイル張りの白になった。…天井、かな。


ぼんやり眺めていたら、徐々に感覚が戻ってきた。最初に、布に包まれてる感覚、次に、背中に感じるベッドの感触、最後に、


……右手を握る、あったかい手の存在。



うまく力が入らなくて握り返せなかった。から、目線だけそちらに向けると、

俯いて震えてる、風が居た。



声が、出ない。

悔しい、そう顔をしかめたら、握られる右手に落ちる、温かい心の雫。



風、風。

わたし、ここにいるよ。

泣かないで、ねぇ。


わたしは、いまここで、



いきを、しているよ。





柔らかく、手を握り返す。

すると、さっきまで小刻みに震えていた肩が、ぴくりと跳ねた。
ゆっくり、ゆっくりとこちらを向く。
優しく微笑いかけたら、また目を見開いて、

泣いた。



「ふぉ、…ん、」



見たことないくらいにぼろぼろと涙を溢す君に、愛しさが込み上げてきて、私の眦からもそれがつぅと流れ落ちる。
嗚呼、これは、幸せと愛おしさのかたまり。


「……っ、名前…!」


握っていた手を緩めて、指を絡ませる。もう片方の手も重ねて、大事そうに包んでくれた。

暫くそうやって二人で泣いていたところに、リボーンがやって来て、生きている私を見て、一度驚き、それから優しく微笑うと、私の頭を一撫でして、ボルサリーノを目深にして部屋を出ていった。




「………名前、」

「ん、」

「………


おかえり、なさい」


ただいま、と目を細めて微笑い合うと、そっと唇を重ねた。

それから、もう少しだけ二人で泣いた。
優しくて、あったかくて。





強がりだった私。

君がいなくても平気、なんて馬鹿みたいなこと言ってた。

でも、そうじゃないって気付かせてくれてありがとう。
気付きたくなくて、素直になれなくて、たくさんたくさん迷い道をしたけれど、

君が手を引いてくれるから、大丈夫だね。



これからは、

二人で、


隣を、歩いていくんだ。



完.




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