ひとりで生きたいわけじゃない



参:ひとりで生きたいわけじゃない







頭が痛い。

ここはどこなんだろう、そう思って瞼を開けようとするけれど、力がうまく入らない。


耳から流れ込んでくる音。


私の呼吸音と、何か機械の電子音。


それから、曇って聞こえる、人の声。






だんだん感覚が甦ってきて、私は今布の中にいるんだってことが感じられた。
冷たいのにほんの少しだけ温い、微妙な温かさ。これは、私の体温で温まったから?

布団の中に、いるのかな。


布団の中で、電子音…。もしかして、病院?






なんだ、死ねなかったのか、結局。











遠くで聞こえる、一方的に誰かを叱るような声にぼんやりと耳を澄ませた。





『てめぇが一番あいつのこと分かってるんじゃなかったのか』

『…………』

『お前、もしかして何も聞いてなかったのか…?』

『なに、を…ですか、』

『あいつが生まれつき病持ちだってことだ』

『…………っ、』




どこかで聞いたことのある声だった。

リボーン、来てくれたのかな。

それから、この声は…


こんな風に震えているのは聞いたこと無いけれど、





きっと、いや絶対に、


風の、声。






生まれつき病持ち…



私の、こと?






『こんな寒空の下、名前一人で行かせやがって』

『………すみませ、』

『オレに謝んねーで名前に直接言いやがれ。あいつがどれだけお前に会うの、楽しみにしてたか…』

『……………!』

『名前はな、お前に会うの、ずっとずっと楽しみにしてたんだ。次会うときは絶対負かしてやる、って言ってな』

『そんな、こと』

『いい加減隠すの止めろ。お前、あいつの前に出ると感情すぐ隠すだろ』

『……………です、が』

『いいから。早く行ってやれ。もう起きてっかもしれねぇ』

『……………いや、です』




拒絶。

どうして、



怖いよ、風。そんなこと言わないで、



真っ暗な景色がとてつもなく怖く感じて、無理矢理に瞼を開けた。
ゆらゆら、揺れている景色。真っ白な天井が歪んで映る。
頬に冷たいものが伝うのを感じた。

また、泣いてしまった、


『こわいです、』

『…………風、てめぇ』

『わたし、は………、名前に、会うのが、』


こわいで、す。






私は何をした?

何が原因で、こうなった?


大好きな大切な彼が、私を怖いと言う。
私の望まないことばかり、言う。

これは、私が今まで我が侭尽くしだったから、罰なのかな。
私の意思にそぐわないことばかり言って、自業自得なのかな。



涙が溢れて止まらなかった。


嫌だ、

風に嫌われるのは、




死ぬよりも、ずっと嫌、









『いいから行け』

『いやです、』

『行け』

『行きません』

『行け!!!!』





もういいよ、


嫌々私に会うくらいなら、


二度と顔を見せないでよ、








ガチャリ、






私の意に反して開く扉。

人の入ってくる気配。




止まらない涙に、焦点の合わない瞳。





「ちゃおッス名前。大丈夫か?」

「……………」

「おら、風連れて来てやったからな。言いたいこと、全部言ってやれ」

「…………リボー、ン」

「ん、なんだ?」

「……………ごめん、」

「…名前?」

「いまは、だれとも、はなしたくな、い………っ」


目を瞑る。
涙が止めどなく溢れる。枕がぐしょぐしょに濡れた。



リボーンはそうか、とだけ呟いて、早く元気になれよ、と言って頭を撫でてくれた。
そして静かに、部屋を出て行ってくれた。
私を強くしてくれた、優しい、私の先生。最強のヒットマン。

ごめんなさい、ごめんなさい。


いまは、ひとりにしてほしいの。









本当は風に話したいこと、いっぱいあった。
言えなかったこと言いたかったし、それから八つ当たりだってしてやりたかった。
病気のことも今まで心配するだろうから言わなかったけど、ちゃんと話してあげたかった。

好きなんだよ、ってことも、伝えたかったよ。




風は、部屋に入ってこなかった。

扉越しに居るのは分かるのに、それきり入る気配もないし、
ただただ、扉越しにずっとそこにいた。


私は、出来るだけ聞こえないように、それでもすっきりするまで、
声を殺して泣いた。どんなに泣いてもすっきりしなかった。

気が付いた時には、泣いたまま眠ってしまった。


















生まれつきの病気が原因で、武道は上手くならなかった。
私は、肺の病気だった。激しい運動も控えるように言われていた。
だけど、どうしても風と居たくて、女の子なんだって思われたくなくて、
風と同等の立場に居たくて、医者の先生に無理言って、少しずつ武道を始めた。

急激に温度が下がったりすると、肺炎を起こしやすくなるし、
呼吸困難も一ヶ月に一回は起こる。薬を吸引しても、なかなか好くならない。


だから、私は風にこのことを秘密にした。



守って欲しくなんかなかった。



いつも自分のことは後回しにする風なんかに、


人を守れるなんて、思わない。













風がいつも元気で笑っていてくれなかったら、

物理的に守られていても、

心の中で私は、ぼろぼろなんだよ。











ひとりはいやだ。


寂しい、いつもいつも風のそばに居たから、怖いよ。


でも、風から私のそばに来てくれたことはなかった。






やっぱり、私風に嫌われてたのかな。


ひとりはいやだよ、こわいよ、




おいていかないで、











「………名前、」



ふと、手を掴まれる感覚。




はっとして目を見開くと、そこには、












「名前、」





私の名を呼んでくれる、愛しいあの人。
















「名前、ごめんなさい」


風の瞳から、光の粒が零れ落ちる。




続けて、2粒、3粒。


「名前のこと、もっとちゃんと分かりたいです」




ゆっくりと握り返す手の平。



「それから、名前にも、私のこと、知って欲しいです」




「おしえて、くれるの?」




風が、泣いている。

笑おうとはしていなかった。


はじめて見た、



風が、ぼろぼろ泣いている。


笑ってつくろおうとしていない、


心から純粋に泣いている、風。





「名前が雨の中、倒れてる時は、死ぬかと思ったんですよ………っ」

「…………ごめんね、」

「名前がまた遠くに行ってしまうと思ったら、私、わた、しっ………!」

「……………風、」

「………っ、…はい、」

「ひとりは、いやだよ」



ぽろぽろ、今度は私が泣き始める。


風は、私もいやです、と言って、ぎゅうと抱きしめてくれた。
二人でぽろぽろ、ぼろぼろ、涙の粒を転がしながら泣いた。

泣き虫な二人の大人。



でも、やっと言える、





「昔から、私、風のこと」

「待って、」

「………え、」

「私、が、先に言いたい…です、」



風が私の首元に顔を埋める。
彼の猫っ毛な黒髪がくすぐったかった。







「名前、  だいすき、」



うん、私も、だいすき。



言葉にならなかったから、精一杯の力で抱きしめ返した。





もう、ひとりじゃない、の?









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