壱:私は、そんなに弱くないから
私には、好きな人がいます。
彼の名前は風と言って、かぜと書くのにふぉんと読むのです。
彼は中国の人で、私も中国出身ですが、長いこと日本にいたので、
少し母国語を忘れています。
彼はとても優しく笑います。
攣り目なのに、笑うとそれが可愛らしく見えます。
そんな笑顔に恋をしました。
彼は私を名前≠ニ呼びます。
だから私も風≠ニ呼ぶのです。
彼と私は、俗に言う幼馴染みというものです。
だけど、私は彼に秘密ばかり持っています。
彼に言えないことばかりで、
いつかきっと後悔をするんだろうなと、
ずっと昔から思っていました。
「名前、久しぶりですね」
「久しぶり。風は元気にしてた?」
「はい。名前こそ、」
「私は大丈夫。元気だよ」
「そうですか、良かった」
ふわり、かぜに揺られる彼の長い三つ編み。
おんなじように、ふわりと彼は笑う。
「ねぇ風、せっかくだから手合わせしようよ」
「何を言ってるんですか、まだこっちに戻ってきたばかりでしょう?
それにあなたは女性で、私は男…」
「いいから。やってくれないの?」
「……はぁ、一度言ったら聞かないところは昔のままですね」
「褒め言葉として受け取っとく」
呆れた、というセリフを言いながら、その顔はどこか嬉しそうで。
私といる時に彼が笑ってくれるのが、私の癒しなのだ。
風は武道家としてどんどん強くなっていった。
同じ道場にいたのに、私は風とは比べ物にもならないくらい弱かった。
武道はどんなに頑張っても上手くならなくて、泣いてばっかりだった。
その度に風が、あなたは強くなくてもいいんですよ、って言ってくれた。
ある日、風が知り合いだと言ってリボーンというイタリア人を連れてきた。
一流のヒットマンだという彼は、私が銃の扱いに長けていると知って、殺し屋に誘ってきた。
勿論風は猛烈に反対した。
名前にそんなことをさせたくてあなたを連れてきたんじゃない、
そう言って、今まで見たこと無いくらいの剣幕で、怒った。
だけど私はその誘いに乗った。
強くなりたかったから。
風の隣に居たかったから。
私を置いて強くなっていく風に、
追いつきたかったから。
そのあとリボーンにいっぱい鍛えてもらって、私は前の比じゃないくらい強くなった。
ボンゴレというファミリーに所属することになって、
日本の長期任務でずっと中国には戻れなくなった。
時々風の話を雑誌や新聞の記事で見た。
中国武道大会で連続優勝したこと、各地の道場を回って稽古をつけていること。
弟子をとったことも、いろいろ知った。
私がいないところでも、彼はまたどんどん上へ上へ進んでく。
だから、私も与えられた任務を完遂することで、彼に追いつこうと必死だった。
追い越すことは、考えられなかった。
久しぶりに見た風は、背も少しだけ伸びてたし、凛々しい顔つきで、前よりも美人になってた。
男の人に美人は失礼かと思ったけど、本当に、素敵なひとになっていた。
また置いていかれたのかな、
少し胸の奥が痛くなったのも、本当。
風と手合わせを始めて30分。
風は、相変わらずの武道で、でもずっとずっと強くなって、
私は、何年もの間鍛えた銃の腕と、(もちろん実弾じゃなくゴム製のだ)
必然的にプラスされる体力や筋力、あの頃よりかは出来るようになった体術。
ありがとう、楽しかった。そう言って手合わせは終わりにした。
少しは成長したかな。
ほんの少しはあなたに近づけたかな。
「さすがにリボーンに鍛えられるとなるとここまで変わりますか…」
「風、も。どんどん強くなって、私なんか、」
「いいえ、名前も充分成長しています。
あなた相手とはいえ、手が抜けなくて困りました」
「私は本気だったもん。手を抜かれたんじゃ困る」
「そうでしたか、それは失礼。
でも、強くなりましたね、名前」
風は、離れる少し前から、強さについては上から目線になっていた。
見下すわけじゃないけど、師が生徒に言うように、
優しく、それでも、格段に何かが違う言い方。
強くなったと認めてくれることは嬉しい。
でも、
「また、風は私が女なのを理由に、上から物を言う」
私だって、強くなったのに。
一生懸命、少しでも、近づけるように、
強くなったのに。
「別に上から言っているわけではないですよ、ただそう聞こえたのなら…」
「違う」
「…は?」
「そうじゃ、ない」
ぽたり、
ぽたり。
立ち上がった。
風に背を向けて、走り出す。
分かってない。
分かってくれてない。
私のこと、全然分かってない。
風が、大きな声で私の名前を呼んだ。
でも、立ち止まらない。
今自分がどこにいるのか、
分からなくなるまで走り続けた。
私は、
風に守って欲しくなんか、ない。
守られるほど、ひ弱じゃない。
強くなりたいんだ。
もっともっと強くなって、
風の隣に居たかったんだ。
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bkm