言葉で言うのと、それを行うのとでは難易度が違う。
それを、これ以上ないほどに教えられているような気になる。

そしてだからこそ、彼女が何を考え、どう感じ、そうするに至ったのか。
あたしは、考えなくちゃいけないんだ。



18:覚悟するということ



「…………は?」


ぽかん、とあんぐり口を開けているような呆気にとられた声が頭上から聞こえてきた。


「イタリア?帰るってなんの話だい?」

「痛い痛い痛い恭弥痛い絞まってる絞まってる」


羽交い締めにされた腕をギリギリと締め上げられて鈍い痛みが痛覚を刺激した。
あたしに言わないでよ、あたしだって嫌なんだから。
でも、まぁある程度は加減してくれてるだろう強さなので、本気で痛がるのもやめた。本気で痛いけど。
何せ彼は豪腕の不良を全治3ヶ月に追い込めるほどの怪力だ。手加減しているとはいえ痛いものは痛い。
腕相撲なんてした日には肘から先を持ってかれるんじゃなかろうか。良からぬ想像をして青ざめたあたしの顔をにんまりと笑顔で覗き込んできたお母さん、嬉しそうにそこから恭弥をちろりと視線だけで見上げた。


「そうよ。少年、君の名前は?」

「…………」

「雲雀恭弥、並中風紀委員長。この間のメールに書いたでしょ?」

「あぁ!この子が…」

「恭弥、あたしのお母さんだよ」

「南瑠奈ですー、よろしくね」


じと目でお母さんを観察する頭上の彼。元々の目付きのせいか睨め付けているようにも見えた。

お母さんは「この人がねー。ふふん、成る程〜」と意味深にも程がある口調でにやにやしながらそこらを歩き回り始めた。
我が母親ながら恥ずかしい。恭弥が腕を外してくれないのでどうしようもないのだけど、捕まっているあたしごと見つめてくるのがまた余計恥ずかしい。
一旦青ざめた顔色が紅潮してくるのがわかって、恭弥から見えないように俯きながらお母さんに向けて喚いた。


「や、やだ…っにやにやしないでよっ!」

「ほほ〜う、なかなかのイケメンね。羽無ってばやるぅ〜」

「ちょっとお母さん!ほんとに怒るよ!」

「真っ赤な顔で怒ったって怖くないわよ〜」

「もー!」


後ろで恭弥が首を傾げているのがなんとなくわかる。
もう、手術を受けることにした動機、もう少し誤魔化して書けば良かった!
長い間一緒にいなかった分娘であるあたしの色恋沙汰なんて知る由もなかったから、お母さんてば嬉しそうににやけるんだよね。そのにやけ顔がまた緩みきってて見てるこっちが恥ずかしくなる。


「恭弥くん、うちの羽無をよろしくね〜」

「おっかあ・さ・ん!」

「はいはい熱々ね〜」

「ちょ、夕飯お母さんの嫌いなしょうが焼きにするよ!」

「やーぁよー」


「ねぇ、」


不意に響いた、ちょっと不機嫌そうなテノール。
ぴくりと肩が跳ねた。なんせ耳元で囁くように言われたものだから、吐息が耳にかかってくすぐったかったのだ。


「結局、」

「え、」

「イタリアに帰るって。どういうこと」

「あ、」

「それを断固拒否する理由も話してよ」

「あー」

「意味わかんなくてつまんないんだけど」


羽交い締めにされていたのをほどかれて、けれども逃げられないように手首をがっちりと掴まれてしまった。
なんか、よくわからないけど不機嫌だ、恭弥。あ、昨日ほったらかしにしたから、まだ怒ってるのかな。
重ね重ねほったらかしにして申し訳ないと思いつつ、言いたくないなぁと視線を游がせていると、くすくすと喉の奥で笑う声がして。


「恭弥くん、ごめんね。何も、ずっと連れ帰って戻らないってわけじゃないのよ」

「?」

「一時的な帰省よ」

「里帰りって季節じゃないけど」

「シュ・ギョ・ウ☆のためよ」

「修行?するの?」

「うん…まぁ…したいって、言った…けど」


確かに、強くなりたい、とは言った。そのためなら、修行だって頑張れる。
綱吉や隼人くんたちが欠席していて、どうしたんだろうと思っていたそこに、お母さんがやって来たのだ。
何か忘れ物をしただろうかと思いながら廊下に出ると、お母さんは手ぶらだった。まぁ、お母さんは忘れ物を届けてくれるようなひとじゃないから、わかってたけど。忘れ物をしたことにすら気づかない人だ。

そうして、授業中だというのに廊下で立ち話をしていたら、おもむろにお母さんは懐からチケットを取り出した。イタリア行きの航空券だ。


羽無、イタリア帰るわよっ


いきなりすぎる。ぽかんとしていたら、お母さんに手首を掴まれて、無理にでも空港まで拉致されそうだったので、反射的にそれを振り払って逃げてきたのだ。
校舎中を逃げ回って最後に辿り着いたのが屋上で、そこにいた恭弥に、まんまと捕獲されてしまったのだった。


「綱吉とか、恭弥も…やってるから、なら、あたしも頑張れると思って。
だけど、やっぱりイタリアに帰るのはやだよ」

「なんで」

「つーか瑠奈さん、なんでイタリアに帰る必要があるんだ?」


静かに様子を見守っていたディーノさんがぽつりと問うた。
拗ねるように唇を尖らせたあたしの頭を、ぽふぽふと慰めてから、お母さんの言葉に耳を傾ける恭弥。

こういうちょっとした仕草をされると、すこし拗ねた尖った気持ちも、ほんわか丸くなるような気がする。


「イタリアの環境が、羽無の修行には必要不可欠だからよ」

「環境…ですか?」

「そう。それに、修行相手のパートナーも向こう在住だしね」

「やーだー」

「いい加減仲直りしなさいな」

「だって…」

「仲直り?」

「この子、イタリアを出たときにその子と喧嘩別れしてきてるのよ。だから、顔合わせたくないって」

「それで羽無は駄々こねてんのか」

「だっ、駄々じゃないですー!」


ディーノさんが面白そうに微笑う。あたしにとったら笑い事なんかじゃ全然ないんだけど。


「イタリアまで行って、何するの。
この子に肉体的な普通の修行は無理があるんじゃない?」

「暗に運動音痴だと言ってる…!?」

「明確に言葉にしたつもりだけど」

「ひどいよ恭弥!」

「だって君、跳び箱4段も跳べないだろ」

「なんで知ってるの!?」


確かに跳べないけどさ!


ディーノさんやそのお付きのロマーリオさんの前で恥辱をバラされた上、お母さんも「そういえば…」と大昔のあたしの失敗を語り出そうとし出した。
それを遮るようにしてあたしは声を張り上げた。もう、みんな揃ってデリカシーないんだから!


「とにかく!イタリアには帰りたくない!」

「もー、わがまま言わないの」

「わがままじゃないよ!綱吉や恭弥たちは並盛で修行してるのに、なんであたしだけイタリアまで帰らなくちゃいけないの?」

「言ったでしょう?イタリアじゃなきゃ、あんたの修行は出来ないの。
場所も人もモノも、向こうに全部揃ってるんだから」

「でも…!飛行機なんかで時間かけてる間に、ヴァリアーが来ちゃったら、」

「そのときはそのときよ。直接手は出せなくても、こっちにはリボーンやディーノがいるんだもの、なんとかなるわ。
それに、あの人もいるしね」

「あ、あの人…?」

「現門外顧問のトップよ。心配することないわ。

それに羽無、今は皆の心配よりも自分の心配をすべきよ」

「え…」


急に真剣な眼差しで声色を変えたお母さん。
黙って話を聞いていた恭弥も、目の色を変えて、じっとお母さんの言葉の続きを待っている。



「今回の戦い、その中枢にあんたは関与することになんのよ」



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