翌日。

あたしはあのあと、学校まで戻り荷物を取ってから家に帰った。
恭弥は応接室に居なかったから…見回りにでも行ってたのかな?

その日はゆっくり家でお母さんとご飯やお土産のお菓子を食べながらたくさん話をした。
この間、何があったのか。骸と知り合った経緯や、手術を受けるに至った気持ちの変化。あたしの考えや、過去の経験、いろいろ、数えきれないくらいの話題に溢れて、あたしは久しぶりにひとりぼっちじゃない家での時間を過ごしたのだ。


うんうんと頷いて聞いてくれるお母さん。今まで話せなかったこと、お仕事の話や、同僚との日常、それから、これからのこと。たくさん話して、聞いて、嗚呼、やっぱりお母さんはあたしのお母さんだなぁ、なんて感じたりして。

バジルくんが目覚めたら、うちに身を置くことにするそうだ。
バジルくんも、なかなか話を聞く分には優しくてとってもいいひとのように印象を受けるから、きっとささやかながらも楽しくなるだろうなぁ、と今から胸がほくほくする。

お父さんはイタリアの本部に身を置いているから、なかなか帰国出来ないのだそうだ。
いつか、家族揃って遊びに行ったりしたいねと、小さな夢の話をした。


「(…………にしても、)」


肝心なこと、聞けなかった。


羽無は、叫べるじゃない


あれは、どういう意味だったんだろう。
叫んだって、皆の力にならなきゃ、無力なままと何も変わらない。いざというときだって、あたしはお荷物になってしまう。


「(お母さんは、明日になればわかる≠チて言ってたけど)」


まだこちらでも準備があるから、明日まで待って。そう、言われたのだ。
今日も、いつも通り学校に行っておいで、と言われて、あたしは頭に疑問符を浮かべながら登校した。
準備って何?あたしが、強くなるため?

運動神経はもっぱらダメダメなあたしのことだから、今から体力作りをしたんじゃ間に合わないだろう。
だとしたら、皆のサポートに回れるような技術を何か学ぶ必要があるはず。それも、きっと怪我の治療とか、その程度じゃやっぱり足手まといのままだ。
もっと、もっと皆が必要とできるような。戦力にならなきゃ、いけない。

ついこの間まで、誰かが誰かを殴るのすら目を瞑って耳を塞いでいないと怖くて仕方なかったあたしが、そんなふうに、なれるのだろうか。
わからないけど、やれるならやるしかない。皆がぼろぼろになってくのを見てるだけの方が、絶対つらい。


そういえば。そこで、ふと昨日の駅前の騒ぎを思い出す。


「(スクアーロさん、なんで怒ったんだろ…?)」


あれは、彼がお母さんに斬りかかったのを見て、必死の思いでやめてと叫んだ。ただ、それだけだった。
何をした≠チて怒られたけど…、うるさいって意味?違う、なんだろう。何かが不自然だった。
斬りかかった彼があそこでびたりと動きを止めたのも、なんだかおかしい。なんだろう、この違和感。

うー…ん、考えても、今はわからない。保留にしておこう。


「羽無おはよう!」

「あ、京子。おはよー」

「大丈夫だった?怪我は?」

「平気だよー。心配かけてごめんね」

「良かった…!」


昨日はいろいろあって、頭のなかを整理するので精一杯で京子に無事を伝える連絡をしていなかった。
学校に来て、席に鞄を置いてから悶々としていたそこに京子がやって来て、安心したようにあたしの手を握る。


「お母さんも無事?」

「うん。昨日は連絡しなくてごめんね」

「ううん、気にしないで。いろいろ大変だっただろうし…
お母さんと積もる話もあったでしょ?」

「…えへ、まぁね」


にこりと笑ってくれる京子。お母さんがいない間にたくさん話を聞いてくれていたこの子は、あたしがどれだけお母さんに聞きたいこと、話したいことがあったのかを知っている。

あ。


「?どうしたの羽無、顔真っ青だよ?」

「………っうそうそうそ!やっばいうわああああ」


慌てて携帯を取り出し、開く。
そこに表示されていたのは、不在着信7件。全部恭弥から。
昨日見当たらなかったからとはいえ一切言伝て無しに帰っちゃったわけだし、絶対怒られる。うわー…何気無くいつも通り鞄に入れてきたけど、そういや昨日あのあと一切携帯確認してなかったよ…ごめん恭弥…。
真っ直ぐ応接室寄ってこなくて逆に良かったかもしれない。というか今日このあとも応接室には近寄らないでおこう。呼び出しがあっても行くもんか。


…とりあえず、ごめんねメールだけは送っておこう。


ペナルティは書類何百枚だろうか、と今からため息をつきたくなる。
がっくりと肩を落とし携帯を閉じたあたしを見て、京子はしきりに首をかしげていた。



***



僕は機嫌が悪かった。

大事なことなのでもう一度言う。僕は機嫌が悪かった。


昨日、羽無が帰ってくるまで屋上で昼寝でもしていようと思い、実行したはいいもののなかなか戻ってくる気配が無かったので見回りついでに町中を探していたところ、結局見つからず代わりに駅前広場で建造物損壊にまで至るひどい騒ぎがあったと聞き付けた。
それだけでも既に、僕の並盛が荒らされたことでイライラしていたのに、やっとの思いで学校に戻ると今度は見回りに行く前まではあったはずの羽無の荷物が応接室から消えていた。入れ違いに取りに来て、そのまま帰ったらしい。
僕の手元に残されたのは、羽無に押し付けるつもりだった残りの書類束と、新しく増えた駅前の損壊に関する書類束。何の連絡もしてこない羽無にさすがにムカついて電話を掛けたけど、全部出なかった。
イライライライラ。かけ直してくるかと思いきやそれもない。

もしやまた何かに巻き込まれたのかと一瞬不安が胸を過ったけど、今朝登校して全生徒の出席簿を確認してみたら…しっかり学校に来てるじゃないかあの子。僕のことなんだと思ってるんだろう。
来るなら来るで応接室に寄ってワケを話す方が賢明だと思わないか。全く、朝はポストに変な指輪が入ってるし、何の嫌がらせだって言うんだ。しかもついさっき届いたメールには簡潔に忘れてた。ごめん!≠セけ。

やり場のない怒りに指先で指輪を弄りながら悶々と出席簿を眺めていると、不意にガチャリと扉が開けられた。
時間はもう授業中だけど、謝りに来たのだろうか。ノックもせずにここに入るのなんてあの子くらいだ。

そう思ってそちらに目をやると、全く見知らぬ金髪の外国人がいた。


「おまえが雲雀恭弥だな」

「……誰……?」


日本語を話すあたり、ただの外国人じゃないらしい。


「オレは、ツナの兄貴分でリボーンの知人だ。雲の刻印がついた指輪について話がしたい」

「ふーん…赤ん坊の…。じゃあ強いんだ。
僕は指輪の話なんてどーでもいいよ。あなたを咬み殺せれば」


もう一度言うが、僕はいま機嫌が悪い。
赤ん坊の知人だかなんだか知らないけど、容赦するつもりはないよ。
ちょうどいいから、この沸々と込み上げる怒りは、全部この人にぶちまけてしまおう。
どれくらい手応えのあるサンドバッグか、気になるところだね。

僕は、指輪と出席簿を傍らのソファーに置くと、立ち上がり仕込みトンファーを取り出した。






「学校の屋上とは懐かしいな、好きな場所だぜ」

「だったらずっとここにいさせてあげるよ。
這いつくばらせてね」


鞭を構えたその人に向かって、トンファーを振るいながら走り出す。
何度か殴り付けるけど、避けられた。イラついたから、その涼しげな面した顎を割ってやろうと下から突き上げるように振るう。
すると、鞭を絡めるようにして動きを封じられた。


「その歳にしちゃ上出来だぜ」

「何言ってんの?手加減してんだよ」


どこまでも見下ろしてくるような余裕のある雰囲気が気に入らない。
自由がきく左側のトンファーを斜め下から振り上げる。避けられるだろうことはわかっていたから、踏み込んだ足を回転させて振り返り様に鞭のほどけた右手で殴り付ける。惜しい、髪がかすっただけだった。


外国人に付いてきていたスーツの中年男性が、感嘆の声を漏らす。
漸くやる気になったのか、しょうがない≠フ一言とともに外国人が鞭を振るった。

「甘いね。死になよ」

僕はそれを体位をずらすことで最小限の動きで避け、その鳩尾にトンファーを突き立ててやるつもりで勢いよく腕を振り上げた。

が。

「!!」

さっき振るわれた鞭が、背後から回って僕の腕をがんじがらめに絡め取っていた。


「お前はまだ井の中の蛙だ。こんなレベルで満足してもらっちゃ困る。
もっと強くなってもらうぜ、恭弥」

「やだ」

「なっ!…てっ!てめーなあ!」


偉そうな口ぶりで説教らしいことを垂れるのが目障りだったので、油断した一瞬の隙をついて空いた片手で思い切り殴り付けてやった。
今度こそ当たりはしたけど、無駄口を叩けるその余裕と手応えの浅さに、直撃を避けられたことを悟る。

ふうん、まぁまぁやれそうな相手じゃない。


と、そこに響いた、勢いよく屋上の扉を開け放つ音。
同時に、聞き慣れた声がわんわんと喚きながら入ってくる。


「いやだってば───!!!」

「こら羽無、そこはお母さんの言う通りにしなさいっ!」

「やだ、絶対やだ!!」


羽無だった。羽無に面影が少し似ている黒髪の女性が後から屋上に上がってきた。
羽無の…母親?昨日言っていたひとだろうか。
ぱたぱたと暫く追いかけっこをする二人に呆然としていると、羽無が走り寄ってきて僕の背中に回った。
背後を取られるのは嫌いなんだけどな…、ていうか僕怒ってるんだけど。わかってるのこの子。盾にするってどういうことだ。

しがみついてくる仕草が少し可愛いからって、多めに見たりなんかしないからね。


「恭弥ごめんっ今だけ助けて!」

「やだよめんどくさい」

「鬼っ!恭弥の鬼っ!」

「よし少年、そのままその子押さえといてちょうだいっ。
羽無、いい加減観念しなさ〜い」

「うわーっ!やだやだやだ絶対やだー!!

ちょ!恭弥っ!?」

「面白そうだから」


しがみついていた羽無を引き剥がし、羽交い締めにする。本気で焦っている羽無が予想通り面白かった。


「あのー、瑠奈さん?
こりゃどういうことだ?」

「ん?あらディーノ、こんにちは。
いやね、この子が強くなりたいって言うから」

「でもそれだけは嫌だって言ってるじゃん!!」

「何が嫌なの」

「だって〜…」


僕に捕まっておとなしくしているあたり羽無は本当にいい子だ。
見るからにしょげている羽無を見てふふん、と鼻を鳴らした彼女の母親は、明るい声で言った。




「羽無をイタリアに連れて帰るのよ!」




……………………、


は?


置いてきぼりの気持ち
え?何の話だい?





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