少しここで待ってろ、とリボーンくんに言われてから十数分。 病室の出入口近くのソファーベンチに腰掛けながら、呼ばれるのを待っていると、突然慌ただしい音を立てて扉を開き、勢いのままにそれを閉じると、何故か焦っている綱吉がそのまま病院を出ていってしまった。 それから少しして、今度は静かに開けられた扉。顔を覗かせたのはお母さんだ。 「羽無、入って」 ゆっくりと腰をあげて、そろりと病室に踏み込む。 入ってすぐ目についたベッドで眠っているのは、さっき大怪我をしているようだった男の子だった。 変わる、とは言ったものの、トラウマは簡単に拭えるものじゃない。 リボーンくんはゆっくりでいいと言っていたけど、やっぱり人の傷を見てまでこうも苦しい気持ちになるのは、早く直してしまいたいと思う。 無意識に体を強張らせていたことに気付き、深呼吸をして力を抜いてから、座ってとお母さんに差し出された椅子にまた腰掛けた。 「大事な話って?」 「……そう、ね。何から話せばいいかな…」 「……じゃあ、質問させて」 「え?…えぇ、」 「お母さんは、ボンゴレの人間なの? ボンゴレって、詳しくは何なの?」 あたしの核心を突くような言葉に、斜め後ろでディーノさんが固唾を飲んだのが気配でわかった。 「そこについては、オレから説明するぞ。まずは、ボンゴレのことについてだ」 「うん」 「…お前は、どこまで知ってんだ?」 「ボンゴレは…イタリアの、有力なマフィア。綱吉が深く関与してて、…それを通して骸が乗っ取ろうとしていた組織」 「骸!?羽無、六道骸と知り合いなの!?」 「友達だよ、大切な。あたしの、心の支えになってくれたひと」 「……────」 言ってよかったのか、わからなかったけど。不安の中に、骸への確かな信頼の色を滲ませた瞳で、しっかとお母さんを視界に捉える。 お母さんは、息をつまらせると、「そうだったの…」と何処か悲しげに呟いた。 「そこまでわかってんなら、簡潔に説明して大丈夫だな。 ボンゴレは、お前も知る通りマフィア界の中でも一際デカいファミリーだ。歴史も長い、シマも従える人間の規模も他に比べもんになんねーくらいのな」 「うん。骸が、ボンゴレを乗っ取れればあとは簡単だって言ってた。それだけ、大きいんだなって」 「そうだぞ。んで、ツナはその後継者候補だ。初代から続くボンゴレのボスの血を引いてる」 「後継者…」 「オレは、いまダメダメのあいつを将来有望なボスにするべくかてきょーしてんだぞ」 「あぁ、それで…いろいろなツテがあるわけね」 「本業は殺し屋だからな」 「じゃあ、ディーノさんは」 「ボンゴレと同盟を組んでる、キャバッローネファミリーのボスだ。これもボンゴレの次くらいにデカいファミリーだぞ」 「うん。だからいつも部下さん連れてるんだね」 「まぁ、こいつの場合それだけじゃねーけどな」 「え?」 ひとつひとつ説明してくれるリボーンくん。 なんとなく合点がいって、特にあたしはそういう裏の世界のことは骸に聞かされただけしか知らなかったから、パーツだらけだった情報がひとつに繋がったような気がしていた。 「んで、おめーのママンな」 「ん」 「まぁ…感付いてるだろうが、裏の人間だ。瑠奈だけじゃない、おめーのパパンも、おめーのじーちゃんもだ」 「……同じ会社、って言ってたもんね」 リボーンくんの向こう側に見えるお母さんの姿。 眉を八の字にして、居心地の悪そうな、悲しげな顔をしていた。 「隠してて、ごめんね羽無」 「………うん、」 「あの、あのね。羽無…」 「焦んな。落ち着け、瑠奈」 「……そうね」 何かを言いかけたお母さんを戒めたリボーンくんが、もう一度あたしに向き直って話し出す。 「お前の家族が所属してんのは、門外顧問。ボンゴレの実質No.2でありながら、普段は全く関与しない別動機関だ。ソマリオは、もう引退してっけど、現役の頃はここのトップだったんだぞ」 「うん」 「そこで寝てるバジルも、門外顧問の一員だ」 「………」 あたしと、同い年くらいなのに。 あんなに傷を負って… やんわりと唇を噛む。 それから、獄寺くんやビアンキさん、シャマル先生なんかも裏社会の人間で有名な殺し屋なんだと教えてもらった。 同級生に殺し屋がいるなんて、誰が思うだろうか。薄々気付いてはいたけど(ダイナマイトを所持してる時点でカタギじゃないとは思ってた)、やっぱりあたしの身の回りの人に普通の人なんてほとんどいなかったんだと気付く。 寧ろ、これがあたしの普通になりつつあるんだ。 「さっき騒ぎを起こしたあのロン毛は、スペルビ・スクアーロといって、ボンゴレで最強と謳われる独立暗殺部隊ヴァリアーのメンバーなんだ」 今日奪われたあの箱には、ボンゴレ家宝のハーフボンゴレリングが入っていて、後継者になるのに必要な大事なものであること、本物は手元にあることを告げられたあたしは瞠目した。 「っえ!?だめじゃん!!じゃあスクアーロ?さん?が持ってったのは偽物!?取り返しに来ちゃうんじゃ…」 「さすがだな、お前は賢くて助かるぞ。あれはよくできてっから、10日くらいならばれずに済むはずだ」 「10日したら来ちゃうの!?」 「そうだ。だから… この10日で、ツナたちをみっちり鍛えて迎え撃つ」 「そんな…」 無茶だ。相手は大人のプロの殺し屋、それもボンゴレ最強。 下手したら命を落としてしまうかもしれないのに。 勢いで立ち上がったのを、ゆるゆると力を抜くようにまた椅子に凭れる。 「…………」 「オレから話せんのはこんくらいだな。 あとは瑠奈、お前からちゃんと話せ」 「ん。ありがとう、リボーン」 お母さんが、あたしの目を見て、そして少し視線を游がせて、また目を合わせた。 「……母さんも父さんも、羽無に秘密にしてたのは、危険な世界だから…巻き込みたくなかったからなの」 「…うん。わかるよ。あたしも、お母さんだったらきっとそうする」 「羽無には、裏社会とは無縁に生きてほしかった。生き死にを身近に感じることなく、無邪気に元気に育ってほしかった」 「でも、あたしは、言ってもらえて嬉しかったよ。 ずっと、ずっと…お母さんたちとの距離を掴みあぐねてた。知らないことばっかりで、家族っていう感覚もあやふやだった」 「ごめんね、羽無。ごめん」 「ううん。お母さんたちがあたしを守ろうとしてくれたこと…すごく、ありがたいと思う。ちゃんと、わかってたよ。お母さんたちが何処と無く支えてくれてること」 お母さんはひどく安心したように頬を緩ませて、少し泣きそうな顔であたしを抱き寄せた。 「ありがとう…今まで言えなくて、ごめんね」 「うん…」 「お母さんらしくなくて、ごめん」 「そんなことないよー」 「これから、ずっと一緒だから。お母さん、ちゃんと羽無のそばで羽無のこと、守るから」 「………、」 「………羽無?」 守るから。 その言葉が、胸につっかえる。 骸も、あたしを守るって、そう言って傷ついて、あたしは何もできなくて。 「……悔しい」 「え?」 「あたし、されてばっかりだ」 「………、」 「骸の時もそうだった。あたし、支えてもらって、守ってもらってばっかりで…あたしは、見てるだけ、叫ぶだけしか、出来なかった」 「…………羽無、」 「お母さん。あたし、この世界に足突っ込んだからには、自分の身は自分で守れるようになりたい。皆の力になれるようになりたい。されてばっかりは嫌だよ」 無力な自分ばかり思い知らされるのは、もう嫌だ。 何か出来るようになりたい。ちっぽけでもいい、皆のそばで、皆の支えになりたい。 「……瑠奈さん、あんたほんといい娘持ったな」 「物分かりのいいやつで良かったじゃねーか」 「……親としては、やっぱりまだちょっと複雑だけど… さすがは我が自慢の娘だわ!」 少し困ったような笑顔を浮かべて、お母さんはあたしの頭をくしゃくしゃに撫でた。 くすぐったくて、肩を竦める。お母さんに頭を撫でられるの、あたし好きだった。 「羽無、それでいいのよ」 「え?」 「羽無は、叫べるじゃない」 「……え?」 にっこりと笑んで言ったお母さん。 事情を知っているふうなリボーンくんとディーノさんも、揃ってにっと笑う。 どういうこと、とあたしだけが、首を傾げていた。 [prev] [next] back |